Act 33. 黒甲冑の肖像
寒い。
さきほどまで、暖かかったせいか、肌寒さが際立つ。
吐き出す息も、白くなってるような気がする。
本当に何処だろう、此処は。
学校の体育館とまではいかないが、広々としていて、天井も高い。
声を発したら、響きそうな場所だ。
外の城壁と同じように石畳の壁には、大小多くの高そうな額縁だけが貼り付けられており、窓がひとつもない。
部屋の中央には円柱の台座のようなものがある。
その上に飴玉サイズの黒い宝石が乗っているが、部屋の光源がそれらしい。
書斎ではない。
分かってますけど、出口が見当たりません。
やっぱ、パターン的に瞬間移動魔法とか?
足元をみると、魔方陣のようなものが刻まれているし、ちょっと光ってるようだし。
あの赤い矢印って、移動とかだったのか??
んん、入ってきたのだから、出口がないはずないと思うけど、この部屋から小さな矢印を探すとなると面倒には違いない。
台座の上の黒い宝石が怪しいが、矢印はついてない。
というか、一生ここから出れないと、餓死確実だけど…でるのに時間がかかって、姉が気がついたら仕置き確実だ。
一日に二度も、コブラツイストを食らえと?
『……ここに誰か来るなど、何百年ぶりかのぅ?』
何百年ぶりか、って聞かれても知らない――ってか、誰!?陽気な老人的な声が聞こえるんですけども。幻聴とかってオチじゃないよね。
キョロキョロ周囲を見渡すも、誰もいない。
『こっちじゃ、ワシはこっちじゃ……向かって、左手の方じゃ』
人影はないが、何かが動いているのが見える。
よく見ると、上の方の大きな額縁の中で何かが動いていた。
鈍い輝きの黒いフルフェイスの甲冑。
本来なら目元や口元から人の顔の部分が覗いていてもいいような気がするが、黒く塗りつぶされており、目の部分だけ赤く光ったように描かれている。
その絵の甲冑が、ヒラヒラと、無骨な鎧に包まれた手を振っている。
絵、が喋った。
ふぁ、ファンタジー!魔法ですか、魔法!
『おぉう、魔法も知らんのか…それに、この部屋にやってくる割には若いのぉ。10歳ぐらいかの??』
これでも、18歳ですから!?
そりゃ、背が小さいとかっ、童顔とか、ありますけども!!それが何か!!
っていうか、落ち着け自分。
絵が動いたって、テレビの方が百倍動いてるし。うんうん。
あの滑らかさからいくと、絵の中の甲冑は、動きが妙にコマ送りといった感じである。
『じゅ、じゅうはち……竜人やら、魔人やらの成長の遅さじゃ。微かに魔物臭いのぅ』
乙女に向かって臭いとかいうなっ。
数時間前まで、ゴブリンの軍勢の群れの中にいたからしかたな……ん?言葉にしてないよね?もしかして、独り言、言ってないよね私?
『あぁ、お主の思考筒抜けじゃ。ワシが精神感応魔法を発動させたんじゃ――騎士ならば、心の閉じ方を覚えにゃ、じゃ』
いや、騎士じゃないし。
むしろ、盗賊にされたし、レベル5だよ、私。
そんな高等技術を学んでいるとおもいますか、否、思いません。
心なんて閉じれません。
人様に口は閉ざしておりますが。
それに一方的に人の心を読むなんて、セクハラだ。セクハラ。
『せ、せくはら……むむ、お主、王族じゃないのか?』
……ちがいますけど。
黒い甲冑は絵の中で自分の顎の辺りを撫でながら、考え事をしているようだ。
というか、また怒られるから帰りたいんですけど。
姉にジャイアントスイングに食らっちゃうよ。
『まいったのぅ。てっきり、大きな戦が始まる前に、あれ(・・)取りにきたのかとおもうたが……お主、ただの迷子か?』
はい、迷子です。
間違いなく。
できれば、帰りたいんですけど。
てか、やっぱり戦になるんだ。
絵の中の甲冑は胡散臭く『そうじゃそうじゃ』と頷いている。
なんで、甲冑わかってるんだ?
『ここの騎士で守れんこともないが不安じゃ……やつらから奪ったあれ(・・)を守るために―――おぉ、そうじゃ、ワシは名案を閃いたぞぃ』
絵の中から、甲冑の手が出てきた。
額縁を掴むと、そのまま足、頭―――結局、甲冑が全部、絵の中から出てきた。
ひ、ひぃいい!!
額縁をひょいと、越えて出てきたよ!
お爺ちゃんぽい喋りの癖に、めちゃくちゃ軽快な動きですな、おい。
てか、絵じゃなかったのかい!!
3D??眼鏡をかけると立体映像に見えちゃう感じですか!?
『失敬な。これでも、まだピッチピチの319歳じゃ』
ピッチピチで319歳って、どんだけ長生きする気っていうか、十分お爺ちゃんじゃん!
ってか、私の思考で拾うところのチョイスが微妙だな、おい。
うわー、しかも、ステータスも表示されない。
そしてなぜ近づいてくる。
ていうか、甲冑がちゃがちゃさせながら、にじり寄ってくるんですか。
その分、私は下がる。
悪意も敵意も感じられない。
だからといって、私に100%害がない、とは言い切れない。
『お主こそ、なぜ逃げる―――ほーら、なーんにも怖いことないぞぃー』
逆に、怖っ!!
なぜ姿勢を低くするのっ!
ってか、その変質者的手つき、違う意味で怖っ!
よし、逃げるが勝ち――って、出口ないんだったよ、この部屋!
何処に逃げれば……
一瞬の躊躇い。
『大丈夫じゃよー、ワシが外にだしてやるぞぃ……用事が終わったらじゃが』
「ヴぁっ!」
気がつけば、背後から甲冑に羽交い絞めを食らっていた。
って「ヴぁっ」て悲鳴、自分でもおっさんぽいな。
間違っても年頃の乙女の悲鳴じゃないや。
そして、甲冑の中から、何かを取り出すと、私の目の前に取り出したのは―――コインだった。
年季を感じさせるボロボロさがあり、大きさも親指の先ぐらい。
色は濃い黒紫色の金属なのか、でも半透明で水晶のようでもある。
よく分からん物体で作られたコインは、紋章のようなものが入っているようだ。
これもステータス表示がされない。
視線を逸らせないほど目を奪われるのに、脳裏で激しい警告音。
ヤバー…、絶対ヤバーーい!
兄のせいで、ある種の修羅場を潜り抜けた私の本能が警告するのだから、これは間違いなく、危険な物体です。鑑定するまでもありません。
私は大暴れである。
とりあえず、離してほしい。切実に。
だが、甲冑の爺さんはびくともしなかった。
一応、金的を食らわせましたが、鎧越しじゃ、ノーダメージだったようです。うう。
しかたなく、これだけは、後々相手に後遺症が残るし、手にも感触が残って気持ち悪いので、ちょっとやりたくなかったんだけど、しかたない。
私は自分の安全が、最優先ですから!
岸田家秘儀・目潰し!!
赤く光って見える目の部分に、人差し指と中指を突っ込んだ―――のだけど、すか、と指にはなんの感触もない。
もう一度試してみるが、スカスカと通り抜けるだけだった。
あ、あれ?
私の予想だと『ぎゃー』と叫んでお爺ちゃんがのた打ち回るような気がしていたんだけど?
『お、恐ろしい子供じゃな……目潰しって、普通は躊躇してもよいもんだが…ともかく、説明は面倒じゃ―――お主。とりえず、飲むんじゃ』
えええ~~~!!
飲めって飲むってこと!
こんなわけの分からないものを口の中に突っ込むって―――ちょ、まっ、やめ!
『旨いじゃろうー?』
口の中に甘みが広がって、それでいてまったりとして、溶けるような味わい―――違っ、まじ、やめて!鼻と口をつまむんじゃない!!
ごくん。
……。
…………。
……………飲んじゃった。
あ、あぁ……こんな怪しい場所の、怪しい甲冑老人の、怪しいコインを丸呑みしてしまった……。
私は甲冑老人に手を離され、その場に土下座するような形で、しゃがみこむ。
父よ、母よ、我が兄弟よ…先立つ不幸をお許しください。
『いや、死なんよ?』
腸閉塞になったら如何するんだ!
死ぬかもしれん。
この時代の文明で医者は―――はっ!神官なら、魔法的な感じで治してくれるんじゃないだろうか。
いや、でもさっきの赤毛には頼みたくない…あ、聖職者系の職業について治癒魔法を…
『まぁ、人体に影響はないから安心せい』
いや、でも、コインだよ?
腸閉塞じゃない?
喉に残るコインの詰まるような感触に、胸を叩く。
『そのちょー……なんとかは、よくわからんが、ともかく体内に溶けるから、平気じゃ!』
びし、と親指を立てる、甲冑老人。
ああ、それなら安心って――それなら自分で飲め!自分で!
人を実験台にするな、この鬼っ!悪魔!
『ふぉっふぉっふぉっ、それができるなら、すぐにしとる。ほれ、ワシはこのとおり―――』
甲冑老人は、両手で己のフルフェイスの部分を持ち上げた。
『―――人でなし(・・・・)でな』
持ち上げた頭部の部分は、何もない。
その首から下の中身も、ただ鎧の内部の空洞が、覗くだけだった。
真実子……ある種因果応報??
父親に何をしたかは忘れております(笑)