Act 31. 流離人(ルエイト)
「……イシュ城」
王子の家、でかっ。
わー、絶対迷子になる自信ある。
トイレにたどり着けなくて、漏らすとかないんだろうか、王族……あ、部屋にトイレついてるか。
家族の部屋まで歩いて一時間とかだったら洒落にならないな。
CDの貸し借りで、往復二時間とか――うわー、って、家族の部屋は比較的近くにするか。
食事はどうするんだろう…って、誰か運ぶのか?メイド??執事??
でもそれって冷めてない?
まさか食堂で王家一家が食事をしているとは思わないけどさ――なんか、スケールが違うね。
ほう、と誰かのため息が聞こえ、顔を向けると、父がうっとりと城を眺めていた。
「父?」
「ん、あぁ、いや…すごい建築物だな。夜であるのが、もどかしいぐらいだ」
珍しく、子供のように目をきらきらさせて、父は巨大なイシュ城を眺めている。
この建築マニアめ。
「イシュタルは地方都市ですから、中央都市ほどではありませんよ」
「そうか?十分に凄いぞ」
「そうですが、ありがとうございます」
にっこりと無邪気に笑う王子に、父が猛禽類の目で笑う。
「あぁ、設計図が見てみたい…いや、設計図が駄目なら解体して、組みなおせば、その建築の真髄を垣間見ることが…どこかに設計士がいるはずだ。攫って…」
声が小さくて王子には聞こえていないだろうが、目がマジなので、とりあえず母出動。
「なに?ミィコ、どうしたのぅ?」
離れていた母をぐいぐいと無言で押して、父にぶつける。
びく、とした父が正気に戻ったらしい―――ていうか、母、父の足踏んでるよ。踏みっぱなしだよ。
「あら、お父さんが心配だったの?」
私は小首を傾げる。
もっぱら、父が――勝手に人様の家を解体しないかどうかが――心配である。
「素敵なお城ね、お父さん」
「もちろん、お母さんにはかなわないけどね」
「もう、お父さんたら」
さらりと、日本人にあるまじき歯の浮くような台詞に、母は少女のように微笑んだ。
あー、熱い。
夜なのに、あっついよね~。
熱帯夜かな~。
あれ、そういえば、夜なのに暖かいよね?
たしか季節的には秋だったはずなのに、夏の終わりみたいな暑さである。
いや、寒いよりはいいけど。
そこのいちゃいちゃする両親を兄弟でスルー。
両親ラブラブのスルー技能は完全に極まっちゃってるよね。
もともと、二人の間に割り込めるツワモノなど、存在しないのだろう。
「後は、団長についていっていただければ」
「ああ、わかった。怪我、大事にな」
弟王子は足の怪我のため、騎士たちにストップをかけられたらしく、医者の所にいくらしい。
スキンヘッドの騎士におんぶされていってしまった。
熊王子に至っては、なにやら物々しい警護に囲まれたまま、城に入っていった。
残される岸田一家。
……なんだろう。この若干険悪な雰囲気というか、ギスギスしているのは。
見たこともない乗り物に乗ってきて、服装も普通じゃない奴らがきたら排出的になってしまうのは普通の反応だと思うが、尋常じゃ、なくない?
「では、こちらへ」
居心地の悪さを感じながら、団長に促されるまま、後に続く。
背後には彼の部下らしい数名の人間。
無言のまま、裏口らしき場所から入っていくと、やはり現代のように明るくはなかった。
団長が持つ角灯を頼りに、赤い絨毯の敷かれた豪華な調度品の並ぶ廊下を進む。
誰もいないせいか、やけに寒々しい。
日ごろの運動不足か、四階に上がったあたりで、姉が息切れしている。
いつもなら、引きこもりである私も同じように息切れしているはずだが、体力がアップしているせいか、さして苦痛でもなかった。
五階に上り、わずかに光の漏れる場所に、進んでいく。
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長いこと行ったり来たりしたようだが、ようやくゴールらしく。
団長が扉をノックをする。
なに、テロに備えてテレビ局が複雑なように、城も防衛のために、いろいろ迷路みたいにしちゃってるのだろうか??
「はいれ」
男の野太い声が返ってくる。
ん??あれ、私たち、泊まる所に案内されてるんじゃないの?
なんで、人がいるんだ?
団長は入り口を開いて、全員を入るように進めると、団長は頭を下げて、何処かに行ってしまった。
部屋の中に足を踏み入れる。
門の左右に一人ずつ、フルフェイスの全身甲冑をつけた兵士が槍を持って立っていることをのぞけば、いたって普通の書斎だった。
自宅の居間は12畳ぐらいあるけど、それの倍くらいの広さ、ということ以外。
さすが城というべきか??
本棚がなければもっと広いのだろう。
古紙の独特のにおいがするが、なんと表現していいのか分からない。
おーい、本当に案内だけなんですか?
まったく……一緒に車に乗ってた騎士たちも付き添ってくれないんだな。
ぶーぶー、薄情なやつらだ。
いや、もしかしたら、彼らもゴブリンと対戦して疲労していたのかもしれないが、ピンピンしている兄が隣にいるので、感覚が麻痺しているんだろうか。
王子達はしかたないか。
弟王子は足怪我してるし、兄は熊だし。
ってか、なんで、私たち書斎につっこまれたの??
場所がないから、書斎で寝ろってことじゃないよね??
どうする、どうするの私たち――否、兄は。
背を向けていた椅子が、くるりと回転して、本を眺めていた男が顔を上げる。
波を打つような鮮やかなの茜色の髪に、同じような色の目をしており、先ほどの団長並みに威圧的なごついおっさんが座っていた。
多分、父と同い年ぐらいだと思うが、異様に若々しい感じがする。
椅子ちっちゃすぎない?ってぐらい体がでけぇ。
座っている状態でもでかいが、立ち上がったら、二メートルはあるんじゃなかろうか?
服の上からも筋肉むきむきなのがわかるくらいだし。
こえー、街中で肩で風切って、正面から歩いてきたら、速攻で視線を逸らして、道の端に避けるね。
この顔なら『ヤ』のつくご職業の方に違いない。
父も顔だけは怖いけど、このおっさんには負けるぜ。
え??もしかして、お偉いさん??
なんで家族全員でお偉いさんに会いに来ちゃってるの??
兄だけじゃないの?
「お前さんらが、ルエイト、か」
「る――???」
私が小首を傾げると、おっさんは喉元で笑った。
てか、さっき弟王子も似たようなこと、いってたような、なかったような。
「この世界ではない場所からやってきた人のことだ。流れる、離れる、人といういう意味で『流離人』と纏めて呼ばれておる」
「その言葉を聴く限り、この世界ではよくあること、なんですか?」
兄の言葉に、おっさんは肯定する。
「稀に、な――大人数というと俺も昔話程度だな…っと、すまん。俺の名前はアドルフ=アマデウス。聖職者であり、イシュルスの宰相を任されている」
「アマデウス…」
大人数は稀にって、少ない人数なら、茜色――いや、赤毛の宰相でいいか――は見たことがあるのだろうか?日本人?大穴でロシア人とか。
あれ、そういえば、なんか、モーツアルトの苗字みたいなのって、どっかで聞いたな。
いや、みたような―――??
「もしかして、チャイラさんのご家族の方ですか?」
「ん、まぁ……一応、父親だが、な」
兄の言葉にきれ悪い口調で、アドルフと名乗った騎士(チャラい)のお父さんは、苦笑を浮かべた。
どうやら、込み入った事情のようだ。
深く触れずに、兄も薄々察したようで、それ以上は踏み込まなかった。
赤毛であるということ以外、まったく似てない。
騎士(チャラい)顔はお母さん似なのだろうか――よかったね、お父さん似じゃなくて。
というか、イシュルスの宰相って。
ラスボスとまではいかないが、サブボスぐらいの権力の持ち主がでてきたな、おい。
その『流離人』というのは、よっぽど何かあるらしい。
さすがに、一般市民においそれとお偉いさんが会うとは思えないし。
あと関係ないけど、どう考えてもぱっとみ宰相には見えないよ。
歴戦の戦士とか、傭兵とかいうなら、納得いくけど。
「私の名前は雅美です。家名が、岸田。長男です。こちらが父の幸一。母の理恵。俺の妹で、由唯と、真実子です」
兄が代表して、全員分の挨拶をする。
いつもの、夏はパンツ一丁の兄でぐうたらしてる姿からは、想像もつかないほど、しゃん、とした大人の対応だった。
礼儀をわきまえているというか、隙のない対応をしてみせる。
私たち一家は、礼儀…こっちの世界のはよく分からないが、兄に名前を呼ばれて一応会釈をする。
「ギシアーファミリー…?」
だから、ギシアーって。
やはり、王子や騎士同様に、宰相も聞き取れないようで眉根を寄せた。
兄は一瞬苦笑を浮かべて、言い直す。
「キィシガ、でございます」
あぁ、もう、兄は名前に関して諦めたらしい。
改めて名乗る。
「私は、サミィ、と。こちらが父のコゥーチ。母のリエ。俺の妹で、ユイと、ミィコです」
だからっ!私の名前が!猫みたいになってるから!!
くそっ、絶対わざとだよ。