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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
30/119

Act 29. 門前の忠犬(※凶暴)

「でかっ!」



 言葉を失った我が家族に代わり、私は声を上げた。


 私たち家族が自宅を、朝の7時に出発したというのに、もう7時を回っていた。

 本来だったら、昼過ぎには叔父の家で、まったり寛いでただろう―――追い回される兄、以外は。



 それが、異世界の都市にきちゃってるよ。



 ほんのすこーし、怜二叔父さん心配しているかなーとしんみりしかけたが、よく考えるとあの人がそんなことを考えるはずもない。


 なにせ、電話も繋がってない辺鄙な場所だから、行くとは連絡していない。


 自由気ままに、修行僧並みの生活を送っているだろう。

 

 常々嫌がらせをされている兄に関しては、叔父の家よりも異世界の方が案外、ラッキーとか思っているかもしれない。


 ――そろそろ怜二が心配だから行くぞ。


 父の言葉を聞いた時の兄の嫌そうな顔といったら……ぷくくく。


 すぐに帰れないとなると、現実の世界では『一家謎の失踪?!』とか『神隠し!消えた家族!』とか三流情報誌にデカデカと見出しを書かれているのだろうか。


 帰っても、実は時間が経過していないってパターンもあるかもしんないけど。


 それは、さておき。


 兄のリクエストで、早めの夕食を全員で――あ、騎士(目つき悪)が、まだ起きてないけど――食べ、森を抜けて平地を走った。


 日が沈んで、夜になり、暫し後に、眼前に広がったのは灰色の壁だった。


 そう、物凄い壁である。


 夜空に浮かぶ半分の月と松明みたいなもので、うっすら見えていたが、車のヘッドライトに照らし出された時は正直、びびった。


 圧巻の一言に尽きる。


 運転席と助手席の両親は直接。

 私達兄弟は閉められたカーテンの隙間から、外を覗く。



 うん、一応着替えとかの為にカーテンがついてるので、外からは両親以外は外の人たちに見えないだろう。


 荷台に熊乗ってるし。

 普通に目に入ったら、失神するだろうな。



 よく映画のセットとかで使われているような、トラックだって出入りが出来そうなほど巨大で、ゆうに4メートル以上はあろうかと思われる。


 よし、上ろう――なんて、馬鹿はまずいないだろう。


 石のブロックで積み上げられた城壁。

 

 暗くて見えない状態も手伝ってか、果てしなく左右に続いているように見える。

 

 多くの松明を灯しているのは城壁の上だけで、下には――私達が入ろうとしている――門の左右に大きなものが1つずつついているだけだった。 


 なんて場所だ。


 うっすらとではあるが、この都市の強大さを思い知る。


 てっきり、領地みたいなところだと……正直言えば、弟王子のぼやぼやっぷりと、騎士Sの話から、こんなでかい所に勤めてるなんて、思わなかった。


 こう牧歌的なイメージがあったせいかだろうか??

 

 あんまり、威厳とか感じないし。


 門の数メートル手前で車を止めて、騎士(毒抜き)と、騎士(チャラい)が降りて、二人いた門番となにやら揉めている。


 すんなり通れないところを考えると、彼らは偉い騎士というわけではないようだ。


 すでに立ち往生してから、20分は経過してるだろうか。



「どうしたの?はいれないの?」



 ずっと座りっぱなしで、苛々している姉の言葉に、弟王子が苦笑を零した。


 姉はカーテンの外の現状に髪の毛をかきあげた。

 時々、親指の爪を噛もうとする自分に気がついてはため息をついていた。


 どうやら異世界だということを認識した、といったところだろうか。


 何度か話しかけて気を紛らわせようとしたが、いいから好きなことしてなさい、と逆に気を使われてしまった。


 頼りにならない、妹ですみません。

 とりあえず、温かいお茶を入れたら、落ち着いたようだけど。


 私と兄は『要塞都市』とか『リアルRPG』とか、若干興奮気味だがゲームをさほどしない姉には魅力的ではなかったようだ。


 まぁ、暗いし、ただの壁っていえば、壁だけど。


 ただの城壁に、姉は興味をあっさりと失ったらしい。

 ってか、母も父も「へ~」とか「すごいわね」とか言ってたのが聞こえたが、それだけだった。


 なんだよ、母も。


 家族旅行で京都行ったときは、凄い狂喜乱舞してたじゃんかー。

 それにつられて父もテンションマックスって感じだった。


 周囲の人間にぶつかりまくりだし、気がついたら見知らぬ外人と仲良くなってるし、英語しゃべれないくせに、意気投合ってどうよ?


 そのせいで、我ら兄弟は引き気味だったけどね。


 二泊三日の旅行で、写真がアルバム一冊埋まったってどうなんだろうね。


 いや、楽しかったし、料理美味しかったし、迷子になったけど、悪くなかったじゃん?

 そんな風になるかなーと思ったんだけど、予想外に静かだ。


 母的には京都>>>異世界ってこと?

 


「日が沈んだ後は、門の開閉をしない規則なのです。無論、翌朝まで一般人も出入りできません。騎士たちだけなら、入門できますが、この『くるま』と、旅券のないルエ…いや皆さんも入るとなると、規則をいくつか破ることになります」



 ん?


 なんか知らないけど、私達を言い直したね。

 『いや皆さん』の前になんと言おうとしたんだろ?


 『ルエ…』なんとか―――まぁ、興味ないけど、でも伝説の勇者的な件だったら、嫌だなー。



「そーなの?時間かかりそうね」

「ええ。僕が行けば、さらに話はややこしくなるでしょうし」



 そういえば、さっきこっそり出てきたとか、出てこなかったとか話してたような。


 すでに日が沈んで、一時間は軽く経過してる。


 当たり前らしいが、この世界は、日が沈むと本当に真っ暗であった。


 星と月の明かりだけが頼り。

 幸い半月ぐらいだが、新月が近かったらなら、何も見えなかっただろう。


 ヘッドライトがついていても、いつ木々に突っ込むか分からないほどで、結局父の判断でスピードを落とした。


 そのせいで、入門時間には間に合わなかった。


 

「荷馬車の中も確認せずに通すほど、甘くないか。感心感心」


 

 いや、感心するところじゃないし。


 窓に備え付けのカーテンと、運転席助手席の後ろにあるカーテンを引いたので、門番に見えるのは、父と母の上半身だけだろう。


 弟王子と気絶した騎士はまだいい。


 だが熊王子にプラス、身分も分からず、衣服も替わった人間が乗ってるのだから、怪しむなというほうが、おかしいであろう。


 最初から隠そうとしたのも頷ける。


 ついに、責任者対応になったのか、騎士たちと同じ格好をしたおっさんが出てきた。


 門番と話し込んでいた時とうって変わって、騎士2人がびしぃっ、と姿勢を正す。


 彼らよりも身分が上のものなのだろう。 


 こちらの人間は、東洋人というより西洋人に近く、炎に照らし出された面立ちが、深い陰影を落とすが、その男は表情を窺わせないほど、影が落ちている。


 つまり、怖くみえるんだけど。


 そう考えると、弟王子はちょっとハーフっぽい感じだ。

 整ってるから、そう感じさせないだけってか。



 幾つか言葉を交わしてるようだ。



 それから、騎士(偉い)を伴い、騎士(毒抜き)と騎士(チャラい)が車に戻ってくる。



 うん、騎士ばっかりで分からなくなるよ。




「う、うがぁっ」

「ひっ!」



 何故か、弟王子と熊王子が小さく悲鳴を上げて、体を浮き上がらせた。


 なに??


 やっぱり、偉い人――って王子たちより偉い人なの??

 

 んな、馬鹿な。

 いきなり王様とかじゃないよね?


 背後に回りこむと、ノックが響き、開けてくれと合図があったので、兄が荷台に向かった。



「ヴぇ、ヴェルクスタ団長」



 団長と呼ばれた中年の騎士は、弟王子を一瞥して、軽く頷いた。


 ごくりと、弟王子と熊王子が固唾を呑む音が聞こえた。


 どうやら、超偉い人らしい。

 王様の息子である王子たちが、視線を受けて妙にそわそわしてみせる。



「ゼルスター王子。お帰りなさいませ」

「は、はい…む、無断で国兵である優秀な騎士を三名もお借りし、も、もうしわけ」

「結構」



 しどろもどろの弟王子の言葉をびしゃり、と遮ると、さして大きな音量でもないのに、弟王子はおびえた様子で、雷にでも打たれたかのように肩をすくめた状態で固まった。


 なんか、うん、こっちも凄い緊張するんですけど。


 

「後ほど」

「は、はい」

「カルム王子」



 視線を泳がせながら、がう、と熊が返事をすると、ちらり、と胸のネックレスを眺めた。

 熊もまた緊張しているのが見て取れる。


 次の瞬間。





 ごっ





 と、鈍い音がしたかと思うと、ぎゃいん、と熊の悲鳴が響いた。

 まるで、子犬が叩かれたような声である。

 

 こっちは声を発する暇もなかった。


 その団長は、熊の鼻っ柱に拳を放った―――ような気がするのだが、あまりの拳の速さに残像しか見えなかった。


 た、たぶん、五感が強化されてなかったら、それすらわからなかった……うん。


 ただわかるのは、たった一撃で八割まで回復していた熊のHPがごっそりと半分以上が失われて、黄色い表示になっているということだけだ。


 上半身をよろめかせる熊。 


 涙目で、鼻の頭を押えて、耳をぺたりとたらしたプリチーな――哀れともいうが――熊を団長は研究者のようにじっと、眺めた後、数度頷いた。



「……ふむ、野生、ではないようですな」



 あまりの出来事に、呆然とする我が家族。


 私も声がでないよ――って、他人がいるところでは無口だけど。

 

 第一印象でいうのなら、『超、おっかねぇ~』の一言が、家族一同の感想だろう。

 熊を食おうとしていた母が、まだ可愛らしい。


 だから、運転席の後ろに引いたカーテン越しに覗いていた両親と、後部座席の姉と私と、後ろの荷台にいる兄に視線が向けられた時には、みんなビクついてしまった。


 さすがの兄も、笑顔が引きつっている。


 突然、殴りつけてくるものなど、知り合いにはいるはずもない。

 あ、いや、兄はしょっちゅう叔父さんと出くわすと、殴り合いの喧嘩に発展するけど、私はそんなことがない。


 それになんともいえない威圧感が、その原因だ。


 なにより、団長のレベル57だから……うん、熊じゃなかったら、あのパンチで、一般市民が一撃で死んでるレベルだから。


 あまりにも凄いレベルのため、視線を泳がせてしまった。


 っつーか、殴っておいて、確かめられたのは野性じゃないということだけ??

 なんつーか、凄く可哀想になってきたよ、熊。 



「よろしい」



 なにが??

 なにがよろしいの!?


 熊殴っといて――あ、鼻血でてるし、熊。


 怖くても、突っ込めないし!


 ちらり、と巡った視線を兄に戻すと、ひとつ頷いた。


 なんだかよく分からないが、引きつった顔から、いつもの爽やかな兄スマイルになってる。

 

 

「……この件は、自分が王に直接掛け合おう。しばし待たれよ」



 淡々と告げて、また城門へと戻っていった。


 ばたんと、荷台をしめて、ようやく車の中が一息ついた。

 熊王子の耳は姿が見えなくなっても、よほど痛かったのか、耳が伏せてある。


 微かに震えているようないないような。


 ほら、ティッシュあげるから、これでとりあえず鼻血拭いて。


 鼻に詰め込んで…ぷぷっ、笑っちゃいけないけど、大爆笑ものの顔だ。

 熊の鼻からティッシュが出てるし。


 

「な、なんだったの?あのおっさん?」



 さすがの姉も驚いた様子である。



「あの方は、イシュルス騎士団の第1団長のヴェルクスタ卿です……三百年も続く騎士の家系で、僕たちの武術の教師なのです」



 どうりで、騎士たちも、王子たちも、まったく頭が上がらない感じである。


 やり手の空気がバンバン発せられていた。

 後、威圧感が半端なくて、家族は誰一人、声を発することもできなかった。


 先ほどまでの鰻上りのテンションは、がた落ちして、私たちは再び団長が戻ってくるまで、もの静かに待っていた。


 っつーか、異世界は恐ろしい所でした。


 『団長おっかない』というイメージが脳裏にこびりついたというか。


 くぅーん、と熊の声が聞こえて、振り返る。


 でかい熊手が――否、弾力のある肉球がぽむぽむ、と私の頭を撫でるのだが、力加減間違ってるらしく、結構痛いよ、熊。


 お前は見えないかもしれないけど、ぽむぽむするたびに、私のHPが5ずつ減っているんだよ。


 子供扱いだが、父のように噛み付くのも躊躇われた。

 心配されているのはわかるし。




 ―――熊だし。熊だから。熊許す。可愛いから。つまり、カワユス。




 私は、鼻からティッシュを出している熊の姿に、また小さく噴出した。


時々、もふもふ成分が欲しくなる……熊、癒されるけど、主人公は地味にダメージを受けている様子。

早く門が開かないと、瀕死の重症まで放置だろう。

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