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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
29/119

Act 28. わりと丸投げ


「黙っていてすまない」



 明らかに動揺した後部座席の面子に、兄は困ったような――それでいて、まったく揺るぎのない瞳で、まるで未来が見えているかのように告げた。


 兄の言葉も、初対面の異邦人であるがゆえに信憑性は薄いのだろう。


 騎士たちの戸惑いの表情。


 出会ってから、数時間の他人である。

 当然の反応だ。



「……サミィ殿、ご冗談にしては笑えません」

「冗談ならよかったんだがな―――確率は高いと思う」



 騎士(毒抜き)と兄は、見合ったまま。


 少しだけ、騎士(目つき悪)が寝ててくれてよかったと考える。

 起きてたら、煩そうだし。


 どうやら結構な距離を走っていたようで、だいぶ日が傾いて、空に赤みが混じりだした。


 兄の真摯な気配に押し負けたように、騎士(毒抜き)が静かに首を横に振る。



「たしかに、異常な魔物の発生は年々増加しています。先ほどのゴブリンも、複数の群れがまとまるなど異例の事です。だからといって、そのような極論になるのはどうかと―――…カルム様?」



 瞳を細めた熊が、騎士(毒抜き)の腕を掴んでいた。


 その瞳は何かを訴えるように、真っ直ぐに騎士(毒抜き)を貫いている。



「まさか、信じられるのですか?!」



 熊は鼻の頭に皺を寄せて、頷いた。


 兄はため息をついて『やっぱりか』と小さく呟いた。



「どーゆう意味?」

「俺の予測だが、カルム王子は、ゴブリンの軍隊に遭遇した。そして、国への進軍を阻止するために軍隊に何度か単身で突っ込んだ―――そうだろう?」



 驚いた様子の熊が、頷いた。



「なっ―――王子!?」

「全身に浴びたゴブリンの紫の血が乾いて、黒く変色するほどだ。一度や二度ではない」



 はっとして、私は自分の服を見ると、パーカーに染み込んだ袖口のゴブリンの紫色の血が、黒味を増している。


 先ほど、熊を拭ったときに、ウェットティッシュ凄い真っ黒になったのは、そのせいだったのか。


 いまさらながら納得する。


 近距離で10体以上はゴブリンを倒したであろう兄のシャツ以外は、返り血はそんなに浴びてはいない。

 それを全身に浴びるほどとなると、一体どれくらいの数を屠ったのだろう。


 そして、一体いつから?



「怒り狂ったゴブリンの部隊は、軍の一部を厄介な熊の討伐に割いたんだろう。大事の前に小事を片付けようとな。それにゴブリンの装備はあれほど完全じゃないといったのはお前さんたちだ。攻め込むことを前提にしていたなら、頷ける」



 兄はつらつらと、淀みなく告げる。

 それはまるで、彼らに言い聞かせているというよりは自分の確認作業のようだった。



「はい」

「なんだね、ミコ生徒」



 足置き場に座り込みながら、右手で挙手する。


 兄は講義に参加した頭の悪い生徒に、哀れむように教師のように、促した。


 うぅ、結構疑問があるんですけど。



「進行速度は、どのくらいですか?」



 時間によっては、先回りして罠にかけられるかもしれない。


 先ほど彼らがいったように、馬で二日。徒歩で三日。女、子供がいればもう少しかかるかもしれないとはいわれたが、大群に関してはどのくらいかはどうだろう。



「大群であればあるほど、進行は愚鈍になる。後方が追いつく前に仕掛けてくるなら、早がけで最低三日。全軍が足並みをそろえているのなら、遅くても五日」

 


 大群を陥れるだけの罠を作るのには、時間がかかるし、仕掛けるのは大変だ。

 基本、戦力を大々的に殺ぐのは難しいか。 


 たしか、昔見た映画でゲリラ戦であれば少人数でも、軍に勝てるという話だったが、もし開けた台地であったなら、罠を作っても引っかかってくれる可能性も低い。



「罠、か――んん。いいかもしれないが、今から準備して、軍の一割も避けないだろう。防衛線をどこに張るかで差はあるが。そもそも、地形がはっきりしないと、なんともいえない」



 まるで軍師みたいなこというんだな、兄。


 でも、確かに場所を見てみないと、作戦の立てようがない。

 ゲームの中だって、相手の先方をみて、決めるほうが圧倒的に勝利につながる。


 チェスや将棋だって、戦力が互角でも、戦術で勝敗が決まるのだから。



「それに相手にしたって、常識が通じる相手じゃないだろうしなぁ」



 ゴブリンじゃ、人間の常識が通じないから、相手の先手を打ちづらいってところかなぁ。


 見た感じ、完全なるゴリ押しだと思うけど、ゲームの中と一緒とは限らないし。

 下手に博打して、自滅するのも考え物だ。


 コンテニューはない。


 うむむむ、あ―メンドイから兄、任せた。

 いや、兄はもう晴れ晴れとした顔をしているから―――…



「まぁ、これで俺の胸のつかえは取れた。後はお前さんらの仕事だ」



 はい、きたー、兄が爽やかに無理難題の丸投げ。


 これから、難題を投げつけられた彼らが、大変な思いをするの分かってるけど、我関せずだ。

 さすが、兄の難題スルーは特殊技能でもいいくらいだよ。


 ってか、迫る危機に対して、警告できなかったのが、心の痞えだったのか。



「―――それを、我らに信じろ、と?」

「信じるか信じないかは別として、可能性がある、とだけ思ってもらえばいい」



 さっぱりした顔しやがって。


 逆にあんまりにもあっさり、べらべら告げるから、騎士、王子は戸惑い気味だ。

 熊は両目を瞑り、胸のネックレスを掴んでいる。

 


「ってわけで、俺は俺の言葉を信じてるので、三日以内に家族全員の旅券を発行頼むよ。さすがに軍勢の対決じゃ、俺の出る幕はないからな」



 兄、戦士レベル13だしね。


 ここにいる騎士たちに比べると、完全に戦力的に多少は劣るぐらいだから、即戦力ではるけど、連携は期待できないし。


 せいぜい能力的に勝てるのは、騎士(目つき悪)か、弟王子くらいだろうし。


 

「どーするんです、旦那」

「……とにかく帰って、アガットの偵察を飛ばす。私一任で軍を動かせる話ではない」

「彼らの話を信じるんですかー」



 一瞬の困惑げな表情で、騎士(毒抜き)は私たち全員を眺める。



「彼らが、出会ったばかりの私たちをからかっているとは思えん」

「僕も――サミィ殿が嘘をついているようには」

「勘違いである、という証明をする~ということですかー」



 騎士(チャラい)は、目の鋭さを引っ込めて、困ったとでもいうように肩をすくめて見せた。


 あー、なんか分かるよ。

 騎士(毒抜き)はお人よしそうだもんね。


 周りの人間は苦労するや。


 ま、関係ないけど――っつーか、兄でいっぱいいっぱいですから。



「帰ったら、僕が父上に報告します。兄の件も含めて」

「お願いします」



 弟王子の言葉に、騎士(毒抜き)が頷き、兄に向き直った。



「私は出会ったばかりの貴方たちを全面的に信頼はできません。ですが、我が国に害がおよぶ可能性がわずかにでもあるのならば、私は確認する義務がある」



 兄が頷く。



「確認が取れるまで、拘束されることは覚悟してる」



 僅かな危機感も感じさせず、兄は、からっと、いつものように笑った。


 ってか、拘束されるんだ。

 大変だな、兄。


 うぷぷっ。

 

 牢屋とか1回突っ込まれて、反省するがよい。



「ご理解、感謝いたします。責任をもって部屋を用意させていただきますので」

「まぁ、いざとなったら車でも寝泊りできるんだが」



 いや、狭くなるから、牢屋に宿泊させてもらえばいいさ。

 その分、私の寝床が広くなるし?

 

 にや、と密かに笑うが、そんな私を見て、兄もまた、にやり、と似たような顔で笑っていることは気がつくこともなかった。


ふぅうう…なんとか、落ち着いてきたかなぁ。


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