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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
28/119

Act 27. 予言

 

 「み、ミコ!?あんた、どうしたの?」



 私の予想が正しければ、最初に手に入れたゴブリンの魔石が。


 兄に手渡した魔石の入ったコンビニの袋を、座席の下から取り出すと、一番でかい魔石を取り出して、情報を表示させる。


 やっぱり、そうだった――予測どおりだった。




   【緑の魔石(みどりのませき)】 

 

   グリーンゴブリンの先行隊長を倒して入手。

   敵に投げつけると地魔法『轟く緑の大地アリゴレスト』を発動。

   武器改造に素材使用可能。地系魔法20%アップ。

   販売価格:24000 (ビル)

 



 王子を追っていたのは、兄が戦ったゴブリンよりも体格がよかった。

 隊長格だったのだ。

 

 そう、先行隊長・・・・


 つまりは、この後に続く、ゴブリンの部隊がある、ということだ。


 30以上の亡骸があったということは、本隊は、それを遥かに上回る、倍以上の数がいるということ。



 ぐ、と兄が、私が悟ったことに気がついてか、奥歯を強く噛んだのがわかった。



 兄は、いつから気がついていたのだろう。

 そして、それを胸の内に秘めたまま沈黙を守ることで、その良心を殺していたのだろう。


 よく考えてみれば、ゴブリンのステータス表示は全部『ゴブリン』ではなく、『ゴブリン兵士・・』だった。



「雅、に――」

「ミコ!!」

「っ」



 兄の荒げられた声は、悲鳴にも似ていた。


 全身が金縛りでもあったかのように硬直する。


 先ほど、騎士(目つき悪)が声を荒げたよりも、ずっと怖かった。

 


 ……ずっと、悲しかった。



 いつもマイペースな兄が私の言葉を遮ったということは、兄は彼らに言う気がないのだ。

 私にも言わせる気がない。


 車内が一気に、ぎこちない空気となり、急に車が止まった。



「どうしたんだ、雅美。お前らしくもない――ミコは何もしてないだろう?」



 さすがの父も驚いたらしく、眉根を寄せて、振り返った。 

 兄が意味もなく、怒鳴る人ではないことは、父が誰よりもよく分かっているだろう。


 少し前まで、父は我関せずという顔で運転していたが、常に私たちに気配を配っていたのかもしれない。


 兄は詰めた息を吐き出して、ぎこちなく笑った。


 

「――……ごめん、父さん。車、出して」

「だが、」

「頼むよ、父さん」



 急いでいる。

 兄は急ぎ、旅の装備を揃えて、町を出て行こうとしている。


 そうでなくては、いけないほどの、距離。


 あれが、最前線だとすると、仲間の死体を見つければ、隠れることをやめて、向かってくる。



 やっぱり目的地は、彼らの国だろう。



 先ほど兄が、珍しく初対面の人間の首に手刀を入れようとしたのは、別に面倒だったからではないのだろうということが、いまさらながら、気がついた。


 父が一瞬、困ったような顔をしたが「ミコに謝りなさい」と言ったまま、車を発進させた。



「ま、さ兄っ」



 からからに渇いた喉の奥から、かろうじて兄を呼ぶ。

 

 兄は悲しそうに「怒鳴って、ごめんな」と呟いた。

 後部座席の騎士たちは、兄の突然の豹変に、驚きを隠せないようだ。



「言うな、といった兄ちゃんが悪い―――だから、お前は、何も考えなくていい」

「でもっ――」

「兄ちゃんは、家族が大事だ」

「私だって!――私だって、父さんも、母さんも、由唯姉も、雅兄も大事だよ!!」

「――っミコ」



 むしろ私は、残酷な人間だから、他人がどうなろうと関係ない。


 でも雅兄は苦しそうな顔してるよ?罪悪感、あるんでしょう?言わなければ、後悔するってわかってるんでしょう?兄の良心は沈黙を咎めているんでしょう??


 兄は自分を殺している。

 

 湧き上がるような激しい衝動に、私は立ち上がった。



「私は、他人がどうなろうと関係ない!勝手に死ねばいい!顔も知らない誰が死んだって、雅兄が心配するほど、私はなんにも感じないよ!―――でも、雅兄は違うでしょ?自分で思ってるほど、ちゃんと隠せてない!」

「いいんだっ!もういいっ……」

「よくない!自分を騙して、罪悪感で一杯だって顔してる!命が危ないかもしれない、助けられるかもしれない人間を放っておくのが嫌だって顔してるよ!」



 こんなに、声を張り上げたのいつ振りだろう。


 馬鹿みたい。

 こんな風に、感情的になるのは好きじゃない――でも、結局自分も感情に振り回されてる。



 なんで私、兄の胸倉掴んでるんだろう。


 

 どこか冷静な自分を感じながらも、その衝動を止められずに感情を吐露した。



「そんなことよりも、私は雅兄が悲しい顔してるほうがよっぽど嫌だ!自分の中に溜め込むのやめろっていったの雅兄じゃん!関わらないで後悔するそんなくらいなら、最初から関わって後悔しなよ!いつもみたいに馬鹿みたいに正義感振りかざしてっ、いつもみたいに突っ込んでけ!それが、あんたのやりたいことなんでしょ!一人、二人が、百人、千人になったくらいで、家族を言い訳に、尻込みするな!私の兄は世界で一番カッコいいんだ!!」



 イライラする。

 そう、これはきっと純然たる怒りだった。


 兄が、なんでもできるチートな兄の唯一の弱点が私達であることが、否、私であることが―――悔しい。


 目を逸らすな。

 戦え。

 負けてもいい、後悔するなって言ったの誰だよ。









「私たち家族を舐めるな―――岸田雅美っ!!!」








 言い切って、荒い呼吸を繰り返す私に、静まり返った車内。

 エンジン音だけが、響き渡る。



 私は嫌だ。

 兄が、そんな顔するのは嫌だ。



 姉も、父も、母も、大好きで――彼らも、同じことを思っているはずだ。


  

「父さん、な」



 その沈黙を破って、真っ直ぐ前を向いたまま父が静かに口を開いた。



「雅美が何をしたいか、さっぱりわからん――だが、俺たちのせいで、諦めることはない。前にも言ったが、お前たち兄弟はしたいことをしてくれればいい。本当に、お前たちがしたいことなら、父さんはそれを反対などしない」

「うん、応援するわよ。お母さんは、お父さんに守ってもらうから、平気だしね」



 助手席から顔を出して、綺麗に母が笑う。

 

 苦笑を浮かべた姉が拳を作って、こつん、と兄の頬を形だけ殴る。



「あんたは、ミコの『正義の味方』でしょ?だったら、最後までやり抜きなさいよ。それが兄さんのやりたいことなんでしょ?」

「頭ばっかりよくって……それ以外は誰に似たのかしら」

「まー、俺の子だからなぁ」


 

 父の苦い苦笑が零れ落ちて―――唐突に、兄の大爆笑が響き渡る。



「ははっ、駄目だなっ!俺って奴は!」

「馬鹿ね」

「馬鹿な息子よ」

「ばーか」

「うん、それでこそ、俺の息子だ」



 呆然としている騎士の面々は、何が起きたか分からないままらしい。


 私は兄の襟を離すと、急に恥ずかしくなってきた。

 

 あんなに叫んだのは、久々だ。

 喉が痛い。


 昔は、あんなふうに大声で、なんでも話していたような気もするが、よく思い出せもしない。


 怒ったのも。

 兄に詰め寄ったのも――そうして、兄が決めたことを覆そうとするのも。


 兄はいつだって正しい。

 多分、今回だって兄が正しいに違いない。


 家族を守るために、家族以外のものを見殺しにするしかないのだと―――唯一兄は、自分の心をだましてしまう結果になるが、安全ではあった。



「にしたって、ミコ、あれ全部、兄ちゃんがお前に言ったことじゃないか」

「最初の部分は私が前にミコに言ったことだわ」



 うぅ。だって、一生懸命だったから、わかんないよ。


 私はトラの敷物に包まって、しゃがみ込み、座席の下の隙間を探すが、荷物で埋まり、あるはずもなく、そのままごろりと足元に転がった。


 この心境ってあれじゃない?



「なに、穴があったら入りたいの?」



 そうです。後悔はしておりませんが、すごく恥ずかしいです。


 いじらないで、ほうっておいてよ。

 もー、泣きたい。


 おーほほほ、と高笑いして、姉が足元にトドのように転がる私を踏んで、前後に揺らして遊んでいる。

 ついでに兄も一緒になって、笑いながら転がしている。


 ちら、っと顔だけ上げて、兄に視線を送る。



「いつ、から?」

「ん~…薄々ってんなら、熊の時、か?確信したのは、さっきの魔石な」



 うへぇ。


 なんで、その時点で大群の予兆がわかったのだろう。

 一緒にいたけど―――というか、ずっと眼鏡かけていた私は、まったく気づかなかった。


 兄の様子がいつもと変わらないなら、絶対、気がつかなかった。


 やっぱり、ダメダメ人だな、私。



「さておき、通りすがりの異世界人である俺がいっても、お前さんらを困らせるだけなんだろうが――言っておいたほうがいいだろうな」

「は、はぁ。な、なんでしょうか??」



 と、兄は苦笑を浮かべて、荷台を振り返った。

 

 兄弟喧嘩――もしくは、一方的に私が兄を詰った??――の成り行きを見守っていた騎士たちと王子たちが、急に話を振られて、きょとん、とした顔をしている。


 珍しく兄は、至極真面目な顔で継げた。



「お前さんらの国にゴブリンの軍勢が、押し寄せる――先ほどのゴブリンの集団を捨て駒に使えるほどの数だ」



 顔色を変えた騎士たちが訝しげに、兄を凝視した。


 それは、疑問でも、勘でもない。

 兄の中には、私以上の確信があるのだろう。






「それが5日以内に、お前たちの国を襲うだろう」





 彼らからは、予言めいた言葉ではあった。


 しかし、あの顔をした兄の言葉に、間違いなどあるはずもなかった。


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