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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
24/119

Act 23. 不穏


「……裏技だな」

「だって、あの子、昔から動物には弱いじゃない」

「そーだけど、反則っつーか」



 なんか、兄と姉がゴチャゴチャいってるけど、どーでもいいよね。


 艶やかな黒の毛並み。


 触るとふさふさで最高だよねー。

 ちょっと汚れてるから、綺麗に拭いてあげるねー。


 十二分に熊の胸に顔を埋めて楽しんだ私だったが、ちょっと見た目より、固くてゴワゴワしているのがちょっと、だめだよね。


 ちょっと好みじゃないけど…大丈夫!


 ウエットティッシュで汚れを拭うのだが、黒い汚れが取れるのに、時間がかかった。

 かなり、前の染みが固まってしまったものなのだろうか? 


 動物専用の細かい櫛で綺麗に毛並みを整える。



「なんでミコ、動物用の櫛もってんだ?」

「叔父さんちの家の裏にウサギ飼ってるじゃない。あれ、隙を見て毛並みを整えてるのよ」



 ふぅー、毛抜けの季節じゃないのが残念だ。

 猫とか犬の場合は、超、毛が取れて、楽しんだけどー、絡まった毛並みを解くだけに留める。


 よしよし、サバイバル生活が長かったんだね。


 普通は、相手との信頼関係がないとブラッシングさせてくれないんだけど、よく考えたら、熊、元は人間なんだから、それくらい我慢してくれるよね。


 熊なんだけど、中身が温厚な人間だから、いいよねー。


 少し驚いたところに、お腹の所にあった傷がほとんど塞がってるんだよね。

 

 姉はちゃんと縫合して消毒してくれたけど。

 

 ステータス表示させたら、すでに7割くらいまで回復していた。


 う~ん…獣化して自然治癒能力が上がっているとか、そんな感じだろうか。

 よくゲームの中だと獣人は回復比率が高いよね。



「城に戻りましたら、必ずお支払いいたしますので」

「いや、いいんだ――対価はちゃんと支払ってもらってるだろ?」



 兄が私を指差しているが視界に入るが、無視だ、無視――いま、すごく忙しいから。


 指先で顎の辺りを撫でる。

 すでに絡まった部分もすくなく、さらさらと、指先の通りもよい。


 くぅーん、と鼻を鳴らして、熊が擽ったそうに身を捩る。



「ペットカフェに行った時のテンションの高さね」

「熊王子を勝手に売ったお前さんがいうな――ミコは気にするな。元々、そこら辺の木からもぎ取ってきたものだろうし」

「そ、そんな、それでは兄はともかく、私の気がすみません」



 弟王子は大事そうに、檸檬並みに酸っぱいオレンジを、皮袋に入れて抱えている。

 

 事情は分からないが、よっぽどのことなのだろう。

 まぁ、早々に譲っといてよかった。


 あの執着っぷりを見ると、月のない夜に襲撃されても、頷けるし。


 え、変わり身早いなって?

 そら、自分の身の安全を守るっていうか~…熊がもふもふさせてくれるなら、どうでもいいっていうか。


 もしかして、これも帰還イベントって可能性もあるしなー。


 ゲームが現実になると、微妙に感情と己に対する被害を考えたり、実際は楽しいわけでもない。



「私と、この国の宝である騎士の命を救い、兄を見つけてくださった貴方達に何もせずに、礼だけをいうなど、きっと、我が母も許さないでしょう」

「ですね」

「だよね~」



 と、何故か騎士たちが、困ったように同意する。


 かなりの猛者である騎士たちにそんな顔をさせるのだから、よほどの豪傑な女王??

 まぁ、会うことないから関係ないけど。



「どうぞ、私の城で客人として、もてなさせてください」



 願ってもないことだ。

 

 正直、私たちは、左右どころか、上下も分からない状態だ。

 期待していなかったといえば嘘になるが、そういってくれるのは有難い事である。


 宿泊については、幸い車に乗ってるんだから、野宿ということにはならないだろうし、魔石がお金になりそうなので、兄が何とかするだろうと思ってた。


 基本、他力本願だから。



「城って、城?」

「は、はぁ、一般的な城だとは思いますけど」



 姉が瞳を輝かせて――ハートのエフェクトが背中から出てるよ――豪華絢爛な空想にぶっ飛んでいる様子である。


 それともただ、車の中で宿泊が取りやめになったのが嬉しいのか?



「いいじゃないv 私たち、とめ――」

「いや」



 姉が決めようとしていた声に、兄が被せる。


 ん?私も、流れ的に泊まる気でいたので、小首をかしげて、兄の声に視線を向ける。

 もしかして、オレンジのイベント的なものかもしれないし。



「遠慮しよう」



 完全なる否定的な言葉に「え~」と姉の猛抗議の声も聞かずに、苦笑を浮かべた。


 自分では上手くいっていると思っているのだろう。


 にこにこと、いつものように笑ってはいるが、眼鏡越しの瞳が、なんとも言えない息の詰まりそうというか、苦々しい色をしていた。


 自嘲気味な―――不の感情が入り混じるが、それも一瞬だった。



「俺たちは異邦人だから、この世界のことには不自由するだろうが、来てしまったのはしょうがない。だろう?」

「まぁ、そういわれれば…仕方ないといえば、ないけど」

「な?お前さんらに迷惑はかけんさ」



 だけど、圧倒的に現在のこの世界の情報量が少ない。

 危険を冒してまで、断る理由にはならない。


 兄は強い――精神的にも肉体的にも、タフな人間で適応能力もあるしチートだ。


 一人でいたなら、そうかもしれない。

 そこらを歩くだけで、周囲から情報を吸収して、適応していくだろう。



 正直、私は思ってた。



 この世界にテンプレ的に召還されたというなら『勇者』は兄だ、と。


 ちょっと年はいってるけど、絶対的な物語の主人公で、いうならば私や家族は『モブ』ないし『おまけ』か手違いなのだろう。


 しかし、そんなチート兄でも嫌がることがある。



 ―――家族の危険だ。 



 それを何より、嫌がるのだ。


 本来なら、城にいれば、家族は外で何も知らない状態でいるよりは、ずっと安全であるはずだ。


 精神的な磨耗はあるかもしれないが、肉体的危機にさらされることはない、はず。


 なにせよ、王子や騎士達から、探るような意思は感じるが、兄が命を二度に渡って救ったことが功をそうしているのか、怪しい私たちに対して、敵意や悪意は感じない。



「でも城よ、城。一般が立ち入ることのできない秘境よ」



 いや、一般人は確かに入れないけど、秘境ではないと思う。


 まぁまぁ、といきり立つ姉を説得しながら、やはり時折、我慢するように奥歯を噛み締めたのか、こめかみが僅かに動いたのを私は見逃さなかった。


 なんだ。

 兄は、何を迷ってるの??



「え~、お城で客人ってことはぁ、しばらくの衣食住は安心できると思うけど~?」

「異世界からきたというのなら、慣れるまでは、ご滞在されよ」



 っていうか、実は私も城の滞在賛成なんだよねー。

 なにせ、熊の毛並みを綺麗にするなんて、長い人生でそうそうあるものじゃないしねー。 


 滞在するなら、その機会もあるだろうし。



「ん~…でもな、んん」



 兄は私に視線を送ってくるが、櫛をブラブラさせると、困ったように言い淀む。

 私の人が苦手なのを理由に断る気だったようだ。


 だが、熊が毛並みを整えさせてくれるなら、別にそこでもいい。妥協しよう。


 人の言葉に甘えまくりの兄だから、よっぽど泊まりたくない理由があるのだろう。


 兄の視線が父と母に向かう。



「父さん、母さん」

「あら、私は食いっぱぐれないなら、宿でも、城でも、車でも、いいわよ?」

「ん、父さんは、母さんがいいなら、どこでもいいぞ」



 はいはい、ご馳走様。


 決定的に断る理由がなくなったようで兄は、小さくため息をついた。



「じゃあ、一日だけ。装備をそろえる時間だけ、置いてもらおう」

「は、はい!一日とはいわず、ゆっくりなさってください」

「いや、一日だけでいいんだ。それ以上は」



 と、無邪気に笑う王子に、決定的に苦々しいものを浮かべた。

 さすがの王子たちも不思議そうにしている。


 

「もし、俺たちに恩義を感じてるんだったら、難しいと思うんだが旅券を発行してほしいんだ――できるだけ早めにお願いしたい」

「すぐに旅立たれるのですか?」

「あぁ、まあ。早ければ早いだけいい――できれば、二日以内で」

「ふ、二日以内ですか?」



 ぶーぶー、そんなに急がずとも観光名所回ろうよー。


 私、お菓子食べたい。

 異世界のお菓子を食べる機会なんて、人生で―――以下略。


 きっとファンタジー果実をつかった、奇妙な感じのが出てくるに違いない。

 紫色のスープとか、青いお菓子とか……想像するだけで、よだれが出てきそうである。


 ってか、なんで、そんなに長期間の滞在を拒むんだろう。


 彼らが嫌いだから、という理由ではない。

 まだ見ぬ都市を恐れているわけでもなく、私たちに政治的な事情に巻き込まれるわけでもない。


 だって、実際は『勇者』として召還されたわけじゃない。

 

 そうだったら、きっと周囲に召喚者がいて、そう告げるに違いない。



 ―――だとしたら、なんだ?

 


 バラバラのパズルのピースが、上から降ってくる奇妙な感覚がある。

 兄が教えてくれた方法で、私も活用している。


 ピースごとに、形と一部の情報が載っており、それをひとつひとつ収集することで、大きな答えを導き出すのだ。



 兄は、王子たちの町に留まるのを嫌がっている。

 それは間違いない。


 なぜ?


 並大抵のことが些事である剛毅な兄が嫌がることはひとつ――家族だ。


 家族が傷つけたり、嫌がることはしない。

 だったら、町に留まらないのは、家族のためとも言える。


 確かに、文明も時代も人も違う町で突如、生活しろと言われても、なんとなく現状を察している私でも、難しい。


 だが、おかれている状況も分からずに、転々とするもの危険だろう。

 私たちに、この世界に対する予備知識などない。


 元の世界に帰るにしても、何故ここにいるかがわからなければ、分かるはずもない。



「ミコ」



 兄の呼びかけに、思考がぶっつりと途切れる。

 基本的、私を放置している兄が困ったような顔で、考えを遮った。



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