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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
23/119

Act 22. オレンジ(※540万円)

―――ザーロ神殿内部。


 隆盛期であったなら目を見張るほど美しかったのだろうと思わせる壁画や調度品は、何百年の月日を経て、風化と破損、絡まる蔓状の植物で、見る影もなかった。


 誰もが、この神殿の本当の意味は知ることはない。


 僕も生まれる前から、見放された聖域であり、放置されて数百年は経過している。

 もしかすると、数千年かもしれない。


 本当は神殿かもわかっておらず、ただ研究者の話によると柱と壁に彫られた古語には幾度も『ザーロ』と『神殿』という文字があったために、便宜上、命名されただけだった。


 大広間らしい場所で兄であるカルムが、祈りを捧げるように緋色の瞳を閉じていた。

 

 きつく握り絞められた拳は胸に添えられ、騎士として教えられた忠節を守るように、神々に敬意を払っているように思えた。


 天窓から差し込む、割れた薔薇窓越しの光が、祝福するように兄を彩る。


 その姿は騎士でもあり、王子でもある。

 しかし、彼がここに足を運ぶのは、兄一個人の――そして、僕の一個人の意思であった。



「兄上」



 悲しげな緋色の双眸が、ゆっくりと此方を向いた。



 

   ・


   ・ 


   ・


   ・


   ・




 って、長!!

 王子の口上、長っ!!



「あ~…ゼルスター君、申し訳ないが、こう、簡潔にお願いできないか??」



 まだ、熊王子が呪われてるところまでいってないけど、始まりからして、すご~~~~く、長い話になりそうなのを兄は察したようだ。


 いくら鈍い私でもわかるよ!


 こいつは校長先生とかになったら、全校集会で貧血の生徒を多く出しちゃうタイプだよ!

 悪気がまったくない分、手に負えねぇ!!


 熊王子が振り返るだけで、どんだけ時間かかるんだい!


 あ~~……もう、あまりの長さに、オレンジの皮むき終わっちゃったよ。


 もういいや、後ろの話は我関せずってことのして、兄、がんばって、ながーーーい、弟王子の話、聞いてやりなさい。うむ。



「母」



 白い部分は全くなくなったオレンジの果肉を誇らしげに、母に見せる。

 今回はまだ季節には早いので、オレンジは缶詰がデザート用に二つあるだけだ。


 生のオレンジがあることで、母は、あぁ、と納得した様子であった。



「さっきのお出かけは蜜柑狩りだったの?」

「ん…」



 こくり、と頷き、割った3分の1を母に差し出す。


 

「あら、お母さんに……ありがとう」



 こくこく、頷く私に満面の笑みを浮かべ――母は花と食料の差し入れを好むし、柑橘系は好きらしいので気に入ってくれたようだ――母は、欠片を受け取る。


 コブラツイストを食らった甲斐が……本来そこは食らわなくてよかった気がするけど。



「ん~、いい香り」


 

 確かに、匂いは甘くはないけど、清涼感があるね。オレンジ。



「なに、ミコ。お母さんになに上げたの?私には」



 ぶーぶー、誰がやるか。

 可愛い妹(まぁ、自分で言ってる時点で終わってるけど)にコブラツイストをかける奴に上げるものなんてないんだからね。


 どうやら姉も弟王子の話は、聞くに堪えなかったらしい。


 私は、ありったけの勇気を持って、叛旗を翻し、オレンジの皮を姉に投げつけた。


 が、あっさりと避けられ、勢いのまま飛んでいった。

 騎士(目つき悪・鼻血つき)の顔の辺りに不時着したが、まあいいか。



「あぶな、なによ。ひとつくらい、いーじゃない」

「あら、酸っぱいわ…種も入ってるし」



 あれ、母?酸っぱいの?

 口をむにゅむにゅと変な動かし方をして、母はジュースホルダーに入ってたペットボトルのお茶で流し込む。


 備え付けのティッシュに種を丸め込むと、ギアーに通したゴミ袋に投げ捨てた。


 え~柑橘系に強い母が、酸っぱいってぐらいだから、凄いの?


 54万のオレンジだよ?

 絶対甘くておいしいと思ったんだけどなぁ。


 一欠片を千切る。





「~~~~っ!!」





 酸っぱすぎて声も出ない私に、姉がはん、と鼻を鳴らして笑う。

 うぅっ、七転八倒したいぐらいだ。



「……食べなくてよかった」



 くそうっ!しかも私のにも種入ってるし!


 吐き出しティッシュで丸めて捨てると、私も母のお茶を奪う。

 ごめん、母、緊急事態だから、許して。


 舌が…舌がヒリヒリする。

 

 でも、捨てるにはあまりにも、もったいない―――よし、父、食え。



「ミコ、待て!お父さん、苦いのも、辛いのも平気だけど、酸っぱいのは―――むぐっ!」

「ま、まって―――」



 口を開いた隙に、全部突っ込んでくれるわ!


 きっとこれから起こることを予測して、騒がしくなった背後で、熊がウガウガ煩くなったがかまわず、私は父の口に放り込んだ。


 予想通り、車が急激に蛇行を始め、私は父の口と鼻を塞ぐ。


 ふはは、食え!

 飲み込めばいいよ、父! 


 暫しの蛇行を終えて、嚥下する音が聞こえると、私は手を離した。



「っ!っ!!~~~~っ!!」



 苦悶後、父は瀕死の重傷のような顔をしているが、HPは回復してるし、なんかステータス光ってるし――って、母と私のステータスも光っている。


 んん…人体に影響はないはず、だよね?


 ただの、オレンジだよね??


 

「~~~~、っ、母さん、お茶」

「はい。食料を無駄にしないお父さんは立派ですよ」

「か、母さん。うん」



 まぁ、イナゴでも食べる母さんも絶対、食べる気はないぐらいの酸っぱさだったけどね。


 しゃあない、残りは砂糖入れて煮立ててジャムにしよう。

 とてもじゃないけど、酸っぱいし、加工しないと食べれない部類だ。



「ごめんなさい、母さん」

「いいのよ。味はあれだったけど、嬉しいわ。お母さんのために、採ってきてくれたんでしょう?」

「ん」



 味見してから渡せばよかった。

 母が柑橘類好きだから、一番に食べて欲しかったのが裏目にでた。


 くすくす、と笑っているけど、尋常じゃない酸っぱさで、口の中にもまだ残っている。



「と、父さんにはなにかいうことないのか、ミコ?」

「あ―…父、メンゴ、メンゴ」

「軽っ!父さんへの謝罪、軽っ!」



 しゃーね、おじさんの家の裏庭で取れる木苺でジャムを毎年作っているので、空瓶だけ持ってきてたのだが、それに突っ込むか。


 空瓶を探そうと振り返ると、なぜか王子と騎士(毒抜き)が、こちらに手を伸ばした体勢で固まっている。

 その顔は、なぜか呆然としている。


 しかも弟王子、手にオレンジの皮握り締めてるし。


 なに?

 なんかあったの?


 小首を傾げる私に、姉が肩を竦めた。



「しらない。蜜柑食べたかったんじゃないの?」



 ふーん。剥いたやつならあげてもよかったけど―――ものすっごく酸っぱくていいなら。


 私は座席の下の収納にある鞄から、手のひらに収まる瓶を手にする。

 あまり大きくはないけど、蜜柑は後三つしかないから、半分にもならないだろう。


 残念だが、この調子だと、木苺は無理そうだから。

 人生妥協も必要だよね。


 料理は格段に母の方が上手だが、お菓子なら私もそこそこ自信がある。


 母の作ってくれた焼き立てのパンで、自分好みの甘さのオレンジジャムを塗って食べる…じゅるり。

 今から、想像だけでも、涎が出ちゃうぜ。



「コーチィ殿っ、お願いしますっ!先ほど止まった場所に戻ってください!!」



 コーチィ…あぁ、幸一、父か。

 一瞬誰を呼んでるか分からなかったよ。



「ま、まさか、これが本当にあるなんて!」

「え、だいぶ前だけど?」



 うがうが!と熊まで興奮した様子で、車を揺らしている。


 やめてー。

 なんか車のタイヤパンクしそうで怖いからー。

 

 うん、しかも、物凄い鼻息荒いし、おっかないんですけど―――そこで、何かを察したらしい兄が、口を開いた。



「さっきのオレンジが欲しいのか?」

「そうですっ!!あれがあれば!」


 

 王子は口を噤んで、なにか言いかけたことを飲み込んだ。


 なんで、荷台は、みんなヒートアップしてるのよ。



「まだあるぞ―――ミコ」



 やだよ―。


 もうオレンジジャムにするって決めたんだもん。


 べー、と舌を出すと、それで意思は伝わったらしく、兄は困ったように、コメカミを指で掻いた。

 さっき、コブラツイストで大爆笑してたの、誰だよー。助けろよー。


 

「ミィコ殿は、まだ持っていると!?」

「あぁ、持ってる。しかも奴は、残りを自分でオレンジジャムにして、母さんの作った焼きたてのパンにつけて食べる気だ」

「じゃ、ジャムに」



 瓶を持っているだけで、そこまで見破るとは――さすが、我が兄。やるな。


 そのうち、十人が同時に話しかけても、すべての内容を理解するようになるんじゃね?


 聖徳太子系の人間になれるよ。兄。

 その時点で、私の中で、兄の立ち位置は、人外決定だけど。



「ミィコ殿!それを僕に売ってください!言い値で買わせていただきます!」

「あちゃ~…言っちゃったよ」

「え~、王族だし、王子はちゃんと払うよ~?まぁ、あれだけ魔石があると魅力感じないかもしれないけど、あるに越したこと、ないでしょ~?」

「いや、金で釣るって、ミコの禁句ワード、ベスト10に入ってるし」



 まったくもって、そのとおり。なんか、かちん、てきたよね。


 魔石成金だから、大金は要らないし。

 

 っつーか、自分で拾ってこい王子。金に物言わせて、すべてのものが上手くいくと思うな、ボンボンが。

 

 けっ。こうなったら、ムキになって、オレンジジャムったら、オレンジジャム。 

 貧乏人の反骨精神を舐めんなー。

 


「えー…ミィコ殿はなんと?」

「聞かないほうがいいと思うが……」



 無言を通す私に、王子が兄に視線を向ける。



「『金で買うってなにそれ?すべての物事が金で決着がつくと思ったら大間違いだぜ、自力で金も稼いだことのないボンボンが。貧乏人舐めんな。もうこうなったら、絶対にオレンジジャムじゃい、ヴォケ!三回死んでろ、あほんだらぁ。つーか、自分でとってこいやぁ』、みたいなことを……」


 

 内容に間違いはなさそうだけど、さらに口が悪くなってるし。

 

 言ってないよ、兄。

 そこまで、恐ろしいこと、言ってない。



「た、たしかに、自力で稼いだことはありませんが……」



 私が言ってるって納得しちゃった!

 子ども扱いと合わせて……王子、お前は何処まで失礼なやつなんだ。私が本当にそんなこと言ったと思っているのだろうか。


 なんか、がっくりと床に手をついて、王子は肩を落としているし。

 

 いや、がっくりと肩を落としたいのは私なんですが? 


 

「なんにも聞かずに、相手に譲ってやるのも男だぞ」



 いや、女だし。

 どうして、兄は私を弟にしたいのか?


 真剣な顔しているから、なにか本当に必要なのかもしれないけどさー、ちょっと唐突だし、横暴じゃないかなーと思うんだよ。


 だって、初対面だよ、私達?

 お弁当の交換だって、お友達一ヵ月後ぐらいでしょ?



「どうか――どうか、ミィコ殿…」



 涙を流しそうな王子に、良心が痛む反面、がんばるオレンジジャムへの執着。

 母と一緒に食べたいんですけどー。


 どっこいどっこいぐらいのびみょーな。


 王子のテンプレ的イベント発生中ってなら、やっぱ自力のほうがいいんじゃない?


 できることなら、下手に王族とか権力の渦中に家族を巻き込まれたくない、というか。

 いや、逆に渡したほうが、巻き込まれないですむのか?



「簡単じゃない、ミコ」



 ん?姉よ、今、第三十八回自分脳内会議で忙しいんだけど?


 答えが出るまで、天使と悪魔が、武装して激突しまくりなんだけど――後、三ヶ月先まで答えは出ないから、その間にオレンジジャムだろうし。

 


「王子に蜜柑あげたら、熊、もふもふしていいって」

「いっ、いたっ!」



 私は瞬時に、パーカーの帽子に手をつっこんで、残りの三つのオレンジを王子に投げつける。

 クリティカルヒットと同時に、私は荷台に乗り込むと、がばり、と熊に抱きついた。



「ぐぁっ!!」



 ごめん、なんか踏んだけど、まあいいや。



 もふもふ、素敵。


 毛並み最高。

 ちょっと獣くさいけど、黒い毛並みに顔を埋める。

 むむ、ちょっとゴブリンの血の匂いが気持ちわるいし、ごわごわしてるけど、生毛皮いいよね!


 もふもふ、最高。最高です。


 もしかしたら、鼻血でるかもしれないけど―、後でちゃんと洗うからねー。


 もふ、もふ。


真実子は、お金の計算が苦手です(苦笑)

実際のオレンジの値段は540万だが、勘違いしている模様…

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