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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
一日目 【真実子の長い一日】
22/119

Act 21. 花柄と、レースと、血塗れの騎士

 えぐえぐ、と半泣きの私。


 走り出した車の中で助手席と運転席の間に、両腕を置いた上で顔を伏せた状態だ。

 頭の上には、掌の感触があり、母がよしよしと慰めている。


 鼻水がたれているらしく、ティッシュも差し出してくれた。


 母、ラブ。


 かみ終わったティッシュを姉に投げつけ――てやりたいのだが、睨まれた。



「でも、ミコも悪いのよ?ちゃんと、誰かに声かけなさいっていわれてるでしょう?」

「あう…ううぅ、でもコブラツイストはないよぅ」



 鼻を啜りながら、自分でも甘ったれた声を出すと、困ったように微笑む。

 

 わかっちゃいるんですよ。

 わかっちゃいるけど、ちょっとだけ~とか、気がつかないだろ~とか、思いまして、はい。



「そうねぇ……お母さんも、由唯のプロレス好きはなんにもいわないけど、スカートの時は、アイアンクローとラリアットだけにしておいたほうがいいと思うわぁ」



 いや、勘弁してください。

 なんか、全部私が食らうの前提っぽい感じがするので。


 ちらり、と母は荷台の方向に視線を向ける。


 そこには王子の横で、ティッシュで鼻に詰め込まれた純情な若造(目つき悪)のとてつもなく情けない姿が横たわっていた。


 私に姉がコブラツイストをかけている時、騎士(目つき悪)は調度よい所にいたらしい。


 視野の中に花柄とレースの布地が入ったらしい。 

 茹でタコのように真っ赤になって、鼻血を噴出しながら、ぶっ倒れてしまった―――というか、私も意識が半分なかったので、知らないけど。


 なんつー純情な。


 同じところにいた兄は無関心(兄弟だしね)だし、騎士(チャラい)は予想通り。


『いや~…いいもんみちゃたぁvv』


 と、背後でハートのエフェクトを乱舞させていた。 


 

「そうですぞ、ユイ嬢。そもそも、そんな短いスカートで足を出すなど……母君ぐらい、着込んで下され」

「僕も、そうしたほうがよいかと」



 熊も同意らしく、珍しく頷いている。

 大人しいから、彫刻のようだよ、あーた。


 騎士(毒抜き)よ。母の長袖、踝までのスカートは、年のせいでUV対策とかだから。

 ちなみに姉のワンピースも、脹脛ぐらいまであるのだが、彼らの感覚ではどうも、母のスカートの丈で当然といった様子である。


 タイツ越しの足が見えるだけで、王子も頬が赤い。



「おかげで俺、天国味わっちゃったぁ」

「変態」

「死ね」

「やぁね。ああいうは乙女の敵っていうのよぅ」



 姉、私、母からの辛らつなコンボに「え~」と騎士(チャラい)は抗議の声を上げたが、私と姉の、それと多分母の中では『初対面のチャラい騎士』から『死んでもいい変態』まで格が下がっている。


 実に分かりやすい評価である。


 いや、車から放り出さなかっただけ、感謝してほしいぐらいだ。


 ちなみに騎士(目つき悪)は『愛想と目つきの悪い初対面の騎士』から『乗り物に弱いむっつり助平で、目つきと愛想の悪い初対面の騎士』という、やや不名誉な位置づけとなっている。


 

「まぁ、いいじゃないか、減るもんでもなし」

「減る。心の何かが確実に減るわ。初対面じゃなかったら、訴えて、慰謝料請求してる所よ」

「そーですかー」



 なぜか騎士たちの援護に回った兄だが、即撃沈。

 そのまま、あっさりと引き下がった。


 姉を敵にしてしまうと、兄の場合は普通にピンヒールでドロップキックとかかましてくるから、死活問題になってしまうだろうに。


 姉は男に容赦ないからね。



「だが、ハーンさんを説得する手間は省けたな。グッジョブ」



 爽やかな笑顔で、親指を立てる兄に、なんだか騎士(目つき悪)が哀れに感じなくもない。

 やっぱり、兄も駄々っ子のように騒ぐ彼にイライラしてたんだろう。


 にしても、コブラツイストはないよ。コブラツイストは。



「真実、お姉ちゃんは、お前を心配してくれたんだぞ」

「うぅ」


 

 父は前を見て運転しながら、少し真面目な声色で言った。

 

 わかってるよ―――わかってるから、姉には文句言ってな―――ご心配かけました!ごめんなさい!だから睨まないで姉よ!

   


「どっか、落ち着いたら父さんが遊んでやるから、な?機嫌直せ?」



 と、運転席と助手席の間で顔を伏せる私の頭を撫でようと、速度を落として左手を伸ばした――

 


 ガブっ



 ――のだが、父のくせに、上から目線がむかついたので、伸びた手に噛み付いた。


 誰が遊んであげる、だ。

 失敬な。私もう、18ですから。


 ふ、まぁ、大人だから、遊んでくださいっていうなら、遊んであげるけど。



「うぉあ!」



 さすがに、不意打ちで手を噛まれて、びっくりしたらしく、車が蛇行した。

 背後の荷台で騎士たちの叫びが響く。


 ち、母の目があるから、面白いけど、ぺっと、父の手を吐き出した。



「もー、お父さんたら、ちゃんと走ってくれないとぉ、危ないでしょ?」

「いや、ミコがっ!」

「めっ、お父さん」

「う、うぅ、ごめんなさい」



 と、年の割には可愛く窘められて、父は泣き寝入りである。


 母にメロメロだな、おい、父。

 かわいそーに。


 うぷぷぷ。



「ミコ、悪魔的笑顔になってるぞ」



 兄がバックミラー越しに苦笑を浮かべる。


 おっと、うっかり笑っておりました。うっかり、うっかり。

 私も修行が足りませんな。


 さておき、父を苛めて気分も晴れたので、母にオレンジ剥いてあげよう。


 54万オレンジかぁ。

 さぞかし、美味しいんだろうなぁ~…幸い、姉のコブラツイスト時はぐっちゃりと潰れなかったようで、全部無事であった。


 

「で、えーとハーンさんを締め上げる話の前に何の話してたんでしたっけ?」

「なんだったけなぁ~…」



 っつーか、騎士(目つき悪)を締め上げる気だったんかい。


 騎士二人と、兄にかかれば、多分負けるな騎士(目つき悪)は。

 レベル的にも、騎士二人に劣るし。



「ほら、天国みたから、忘れちゃったよ~…」 

「変態」

「死ね」



 完全なる、ループである。


 私は背を向けてオレンジを剥いていたが、しっかりと反応してしまった。

 これも多分、姉の教育の賜物だろう。 



「もう、だめよぅ。貴方たちったら、誰に似たのかしらぁ」

「え、俺?」



 って、父をジト目で見ても、間違いなく貴方の血筋ですよ。母。

 父も突然話し振られて、びっくりしちゃってるじゃん。



「口が悪いんだからぁ。お母さんの教育が悪いっていわれちゃうでしょ~?」

「いやだわ、私ったら。性的にお盛んで、それを胸に隠しておけない紳士は、生物学上、人類に分類してなかったものですから」

「生きているのをやめればいいと思います」



 あぁ、なんて、私たち姉妹は母親の言葉を忠実に守るいい子なのでしょう。

 オブラートに三十枚ぐらい包んであげました。


 わざとらしい猫撫で声の姉の笑顔が、あまりに恐ろしかったのか、兄ですらちょっと引いてるけど――うん、騎士と王子も引いてるか。



「俺…これでも…色男で通ってるんですけど…普通なら『いやんvチャイラ様vv』とかなのに…」



 なにか、ぶつぶつ騎士(チャラい)がブツブツいってるけど、騎士(毒抜き)が苦笑を浮かべて、ぽんぽん、と慰める様に肩を叩いている。



「え~…と、た、たしか、俺が魔法のこと聞いてたんだっけか」

「そ、そうでしたね」



 多分、違うとおもうけど。



「そーいや、なんで、騎士三人だけで、王子連れて入ってたんだ?ゴブリンの事を考えれば、もっと多い数でくるんだろう」



 そらぁ、ゴブリンが大量にでてくると分かっている森を、撃退できない数で入るはずがない。

 近い森なのに、知らない、ということはないだろう。


 つまり、今回のゴブリンの襲撃は全くの予想外の出来事だろう。


 バックミラー越しに、いつもと変わらないマイペースな兄は人の良さそうな爽やかな顔つきだが、世間話をしているつもりで、瞳に剣呑ならぬ光が宿っている。


 なんか、微妙にいつもと違う気がする。


 騎士たちはオブラートに包まれた兄の不穏な気配に気がついた様子はない。



「元々、ゴブリンというのは、4~7体程度の群れで行動しております。今回は異常な数でしたが、本来は正騎士2名、平騎士20名ほどで巡回をしているのですが……」

 


 ちらり、と騎士(毒抜き)が言葉を濁して王子を見る。


 話すべきか、どうか、迷っているようだ。



「―――僕が城を飛び出したせいです」

「家出か?」

「いえ、兄が熊に殺されたと思っていたので、せめて仇だけでも、と」



 大人しく体育座りしている、至極大人しい巨大な黒熊を、なんともいえない表情で弟王子が眺めていた。


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