Act 19. 自称・トレジャーハンター
「ですから、魔石を投げつけるという、概念すらありませんでしたので」
暫し、兄と騎士たちのやり取りが続き、騎士たちの説得が功をそうして――私的には使っちゃってほしかったけど――兄は実験に使うのを止めたらしい。
がっかりしている兄は珍しい。
絶対、自分でも使えるのか何個か試す気だったよ、あの顔は。
私の長年の勘からいくと、兄は虎視眈々と魔法剣士のポジションを狙っているはずだ。
「そうか、高価もんなんだな」
確かに、戦いの度に10万円をポンポン投げるわけにもいかない。
危機的状況ならまだしも、知ってたら絶対投げなかった。
その場合は死んでるけどな、私。
魔法使いを目指すなら、加工して杖にできるし、全部売ったら一等地でも小さな家が一つ買えるらしい。
そして、売るなら、是非王家に売ってほしいとのこと――どうやら、この大きさで良質なものは、流通もさほどないようだ。
って、良質なのかどうか、まったくわからないけどね。
兄は考えておく、と頷いていた。
まぁ、初対面の人間よりも、戦に手を貸して、負い目のある人間に売ったほうが安全である。
うむ、清々しいぐらい、外道だな、兄。
それでなくとも、異世界に放り出された私たちは、田舎者よりも、たちが悪い。
だが魔石を彼らが欲しているわけではないようだ。
話を推測するに、騎士(毒抜き)の友人か、王子たちの身内に魔法が得意分野の方がいるらしく、目の色を変えるので、言うこと聞かせるためには、褒美としてちらつかせるらしい。
「俺も、かじっただけだからあれだけど~、魔石ってのはね。カットしてつかうのが普通なんだよ~?」
「じゃ、市場に回っている魔石は、限られた人間のものってことか」
?? 一瞬、騎士(チャラい)が微かに眉根を寄せ、苦笑した。
なんだ?兄が変なこといったのだろうか?
「……まーね。それに、綺麗だからって、単純に宝石とかお守りで買っちゃう、女性が多いからねぇ――魔術師と高貴なご婦人方が競り合うってのも珍しくないんだよ~」
騎士(チャラい)の説明によると、魔石というのは、魔法道具として使用されるのが基本。
んでもって、驚いたことに、様々なカット方法で、能力を高めたり、集中させたりすることができるらしい。
後、他の特殊な金属製品で力を倍増させたりする。
魔法の杖しかり。
大きさは勿論、魔力の濃度や、属性によっても値段が変わる。
しかし、魔石は他の鉱物と違い鉱山から発掘されることは殆どなく、基本的には魔物と呼ばれる魔力を溜め込んだ動物を倒さないと出てこない。
それは騎士たちが詳しくないので、割愛されたが、話は大体分かった。
ま、十分、長かったけど。
「えー、加工したのもみたい」
お前は鴉か!どんだけ光もの好きなんだよ。今、魔石を四つ(時価40万相当)もポケットに入ってるでしょうが!
って、そういえば、さっきお守り拾ってつけてたけど、あれも宝石がついていたような…??
一応防御力が上がればいいと思って身に着けていたけど、完全に忘れてた。
「加工したのっていうのは、原石よりも割高だよ~。サミィ殿が欲しいのは武器屋か、道具屋だろうし、ユイ嬢のは宝石店のガラスケースの中だねぇ」
「これ売ったら、速攻でいかなくちゃ」
すぽ、と腕から抜き取って凝視すると、小さくはあるけど、緑というよりは黄色に近い、カットされた宝石が二つ銀のチェーンに嵌め込まれている。
「どうしたんですか、サミィ殿」
「いや、ミコがな…あいつ、あんなにお洒落さんじゃないんだがなぁ」
なるほど、いわれてみれば、加工されているのかもしれない。
緑色のやつしかみてなかったけど、よく見ると、中心と端の色がグラデーションになってる。
黄色いのも中々綺麗かもしれない。
ん?なんか静かになったと思ったら、全員私の手元を見ていた。
「……拾った」
ひぃ、視線を集中させないで――チキンハートには厳しいから。
「か、風の魔石!地の魔石も!!」
「うわぁー…二つもついてるってことは、そこそこ値打ちものだね」
慌てて姉に無言で投げつけると、手にした第一声は嬉しげに甲高くなった。
「やだーありがと。ミコ、愛してる~、これ、けっこう可愛ゆぃ」
可愛ゆぃーって。
眩しい!眩しいから後光のエフェクトやめて、切実に(涙)
完全に自分の物にして、腕に巻きつけてると、ぐりぐり、と抱きしめると私の頭を撫で回している。
アクセサリーには興味ないから、どうでもいいけど。
そこそこ、デザインもシンプルだから、姉の衣装にもよく似合う。
っていうか、ゴブリンの死体から剥ぎ取ったと知っても、眼鏡に指紋つけないでね。
「真実、他になに拾ったんだ――兄ちゃんには?兄ちゃんにはないのか?由唯ばっかり、ずるーい。ミコの男卑女尊~」
ずるーいってあーた。いくつなの。
もともと、アクセサリーも私あげたつもりはなかっただけどさ。
あと、拾ったものっていったら――……あ、短剣、ベルトに差したままだった。
二本ほど、短剣を取り出して手渡すと、がっかりされた。
「俺、短剣使わないし」
まぁ、戦士だしね。
でも使えないことはないじゃん。
普通の初期ステータスの人間は、こういうのつかうでしょ……金属バットじゃなくて。
っていうか、金属バット異臭するから、洗おうよ?
紫色の血が乾いて黒く染みに……うん、悲しくなってくるから、スルー。
「剣もあったけど……邪魔、だった」
あの状況下で、剣とか斧とか背負ってたら、私間違いなく死んでたよ。
だって、それだけで、素早さが格段に落ちて、弓の標的になるのは、目に見えている。
最初から、選択権など私になかった。
「え~…じゃ、眼鏡くれ」
誰がやるか!ステータス見えなくなるじゃん!
自分の使え、自分の―――と電波を飛ばすと、兄は気がついたようで、あっと思い出したように自分の鞄から、眼鏡出した。
「お、見える見える」
「? でしょうね――眼鏡なんだから」
会話の本質を知らない姉は、兄に呆れたような視線を送る。
多分、ステータス画面がはっきりと見えるだろう。
四方八方を眺めた後、兄は手に持ったままの巨大な魔石に見入る。
そのまま、どこか陰鬱そうに眉根をよせた。
「雅兄?」
「……いや、くっきり、はっきりしてる。これで暫く俺も、眼鏡キャラだな。だが戦闘中は逆に近距離だと危険かもしれ――あ」
己の首からぶら下がっている、馬鹿高いネックレスに気がついたらしい。
いつもと変わらない笑顔だが、かなり焦っていると思う。
命を助けたのは実際は車を運転していた父だし、それBの『0』の桁数が半端ないから、兄も引きつったのだろう。
「悪い悪い。これ、返すの忘れてた」
「え?ですが、僕の命はあなた方に救われて――」
「いいんだ。お前さんが呼んでるっていっても、こういう物がないと相手に信用してもらえないと思ったから、借りただけだったんだ」
「そ、そうだったのですか!さすがですっ、サミィ殿!」
はい、嘘ー。
俺って謙虚ですから、見たいな顔で人のよさそうな笑顔浮かべてるけど、嘘ですから。
絶対、売る気だったよ。
王家の国宝を。
多分、生活費にしようとしたんだろうけどさ。
若干、命を助けた割には貰いすぎだよねって、さっき私言ったときは、スルーしたのに。
「――やはり、ミィコ殿も魔術師ではないのですね」
唐突に呟いて、聊か肩を落とした騎士(毒抜き)は、小さくため息を吐き出した。
だから、最初から違うっての。
勝手に期待されて、関係ないことで、がっかりされるとムカつくんですけど。
チキンハートだからー、いわないけどー。
「そうだな。真実は盗賊系だから」
「……あぁ」
納得した!しかも、盗賊系で納得しやがりましたよ!
きぃーっ、むかつくぅー!
あんねー、苦肉の策だったんだよ!
あんた生かすために、こっちは成りたくない盗賊になったんでございますよ!こんちきしょう!
第一志望は、弓使いだったんですからね!
あとで、魔術師になって、びっくりさせてやるんだから!!
やっぱり、チキンハートだからー、いわないけどー。ひっそりと殺意は送るよー。
「……トレジャーハンターだから」
って、この台詞昔やってたゲームのキャラクターが言っていたような…?
同世代で分かるやつは少ないだろうなぁ、兄の世代のRPGだから。
兄も思い出したらしく、苦笑を浮かべた。
「なんの遺跡にも入ったことないんだから、自称だろう」
ブーイング、ブーイング。
いいじゃん、盗賊よりは、まともな職業じゃない?
私は、一度、兄を睨みつけて、体の向きを変えると、窓を全開にして、外の向こうを眺める。
頭から、パーカーの帽子と、トラの頭の部分を被った。
風がびゅんびゅん入ってきて、気持ちがいいが、ちょっと風が冷たい。
「あ、ふてくされた」
恨めしく姉を睨みつけるも、楽しそうに笑ってる。
「うぁ、どうした?!」
「ハーン?!」
と、思ったら、車が出発してから、まったく言葉を発していなかった騎士(目つき悪)が、ギュウギュウの荷台から、強引に後部座席へと乗り込んできた。
「な、なに?この人っ?」
そして、開け放たれた窓から、頭を外にだす。
「おぇええええっ」
体が震えたかと思うと、胃の内容物を吐瀉した。
あ、車酔いしてたんだ。
どうりで、先ほどまで、ぎすぎすしていたのに、大人しくなったーとか思ってたら――いや、騎士(チャラい)の背後にいたから、まったく気がつかなかったけど。
父が背後の騒動に気がついたらしく、車が速度を落とし、停止した。
「そうか~…お前、馬以外だめだったんだっけ」
騎士(チャラい)が呆れたように、前に身を乗り出して、騎士(目つき悪い)の背中を撫でている。
……鎧越しだから、意味ないと思うけど。