Act 18. 魔石と金
後部座席から身を乗り出してきた騎士(毒抜き)に、私は同じぐらい下がる。
その場所がなくなったので、父の座席の後ろの所に座る。
あまりにも過敏な反応に、姉が笑った。
「びっくりしすぎ、サ●エさん並に体浮き上がってたし」
うっせ!本当にビックリしたんだよ。
ドラマ中の人間が、いきなり自分の名前を呼んだら、ビックリするでしょうが!
登場人物の名前と、自分の名前がかぶっただけでも怖いんだから。
「あ、申し訳ない…その、先ほど、なんというか、ゴブリンを倒していたのは、地系統の攻撃魔法ではなかろうか?もしかして、ミィコ殿は魔法使いなのだろうか?だとしたら、今の話のように、魔術を学問として、広める考えには賛同していただけるだろうか?もし教師として、教壇に立つとしたらどのような条件を求められるだろうか?」
鼻息荒く、矢継ぎ早に言われても…怖いから。
前提からして間違ってるし、とりあえず後部座席から乗り出した身を引っ込めやがれ。
後、下の名前で呼ぶことを誰が許可したんじゃい!
「だ、旦那…ちょっと落ち着いて、目血走って怖いから」
その私の不愉快さに気がついたのか、騎士(チャラい)が騎士(毒抜き)を背後から引っ張って、戻す。
私は畳んでおいたトラの毛皮を模した化学繊維を手にして、身を包む。
兄は、ぽん、と拳を手のひらに打ち付けている。
頭に!マークがついている。
「そういえば、なんかそんな事もしてたな。まさかお前、俺に内緒で――」
ぶんぶん、と大きく首を横に振る。
さすがに、勝手に魔法使いとかになってないし、元々、職種に魔法系の仕事なかったから!
あったら速攻でなってたと思うけど。
「だよなぁ~…となると、こいつか?」
と、魔石を人差し指と親指で摘みあげて、不思議そうに眺め、視線をこちらに戻した。
どうやら、説明を要求されているようだった。
眼鏡のことに触れず、説明するために、頭を回転させる。
「………投げるものなかったから、投げたら…ぶしゃ、って勝手になった」
「なにぶしゃって、ぶしゃって効果音おかしくない?」
いや、怪訝そうにするな姉よ。
本当に地面から槍みたいに尖った石が、ぶしゃってなって、ゴブリン倒れていたんだってば。
ちら、と荷台の騎士たちを見ると、おっかない顔で、ワナワナと震えていた。
あれ?目血走ってる人、増えてない??
「な、投げたっ――待ってください!この魔石を投げたんですか!!言っておきますが、それはサミィ殿が持っている大きさですら、上手く売れば小金貨ですよ!?」
「……なに、しょーきんか、って?」
小首を傾げる姉の最もな質問に――相変わらず、金の事となると、無意識に反応してるよ。
多分、お金の単位だと思うけどもしかして、でも結構なお値段なの?
そういえば、さっきのステータスので販売可能とかいってたけど、金額はBだったような気がするんですけど。
「え?」
後部座席が、微妙な沈黙が訪れる。
兄は自分たちが異世界人であることを言ってはいるが、彼らも頭から信じてもいなかっただろう。
旅人か、商人だと、思っていたに違いない。
車だって、他の国の文明とかで解釈したんじゃないだろうか。
「っと…金貨ってことは金の単位か?悪いな俺たちのところは金の単位は『円』だからなぁ」
「えん??」
察した兄が苦笑を浮かべ、騎士たちがありえない、と首を横に振っている。
「一応、世界共通金銭単位…なのですが」
「お――…じゃ、これひとつ売れば、家族で2、3日、食べていけるか?」
「2、3日どころか半月は余裕で食べていけるよ――これ、みて?」
と、騎士(チャラい)がごそごそと鎧の隙間から手を突っ込んで、硬貨みたいなものを取り出して、身を乗り出すと、私の座っていた場所にいくつか並べた。
兄弟三人で、頭をつき合わせて覗きこむ。
数は五枚。
大きいものが五百円玉ぐらい、小さいのが百円玉ぐらい。
表面と裏には、細工がされているらしく、やや傷ついて磨耗してるが、人の顔のようなものと、ミミズののたくったような文字っぽいものが書かれている。
「これが『B』。小銅貨。一番小さな金額ね。これがひとつあると、パン一切れが買えるかな。五枚くらいあると、お店で軽い食事ができるよ」
百円玉の大きさの銅のコインで、おっさんの横顔が彫られたコインを指差す。
ぷぷぷっ。
ちょっと、父に似てるし。強面具合が。
へー、とか、ほー、とか兄と姉が感心しているが、気がついていないらしい。
真面目に騎士の金銭講座を受けているので、控えるか。
パン一切れってことは、百八円―――いや、めんどくさいから頭の中で百円でいいか。
きっと私の能力じゃあ計算できないし。
基本、文系だし―――高校時代から、5教科以外は得意なんだけど。
美術とか、音楽とか、体育とか。
「この小銅貨が十枚集まって、大銅貨」
指でつつかれたのが、五百円玉の大きさの銅のコインで、桜の花みたいなものが彫られている。
つまり、千円札みたいな役割??
「で、次。銀貨は大きさが1つだけ。これも大銅貨が十枚分」
百円玉の大きさで、銀のコインで、髪の長い綺麗な女の人の横顔が彫られている。
えーと、千円が十枚ってことだから、一万円札代わりかな。
「この銀貨が十枚で、小金貨一枚」
つまり、金貨は…じゅ、十万円!?
この、ちょっと、変わった模様の入った金色の百円玉もどきが……?
「で、小金貨十枚で大金貨一枚」
き、きたぁあああ~~~~~大金貨が、百万円!!
うわ、うわ、この金色の五百円玉もどきが、百万円………あれ、ん?ちょっと、お待ちなさいな。
「ひゃ、ひゃく……これが?百万円分なの!?」
「こいつが…う~む」
どうやら姉も兄も小銅貨=100円に換算したようだ。
「一応、これより、もうひとつ上で、水晶貨っていう透明な硬貨があるんだけど、さすがに俺も持ってないんだよね。大金貨十枚分で一枚」
えぇえええ、まだ上あり――ってことは、い、いっせんまんえん!??
さすがに、兄も姉も引きつって沈黙してしまった。
コイン一枚で、一千万って、新感覚ね。ひぃえ~…一生、使うことはないだろうけど、そんなものを持って歩く人の気がしれないんですけど。
「……いや、大金貨を普通にもって歩いてるだけで、十分だろう」
呆れたように、騎士(毒抜き)は首を横に振り、さっとこちらに視線を戻して、真剣な顔をする。
「その『ひゃくまんえん』ってのは、わかんないけど、魔石が高価ということを察していただけましたか?」
猛烈に首を立てにふる、私達。
この目の前にある五枚のコインで、えーと、えーと……ひゃく、いや、え、えええ~~~!!
さらっと、目の前に出しちゃう騎士(チャラい)は、もしかしてお金持ち!?
兄は手のひらの、指の先程度の魔石を凝視している。
そりゃ、手の中に十万円が、ころり、と転がっている――って、私のポケットは、どのぐらい入っているの感じなの??
こう、財布に一万円以上入ってると、意味もなくソワソワする小心者だぞ、私は。
もしかしなくても、尋常ではない金額はポケットに入っている…??
こわっ!やべぇ、冷や汗出てきた。
ゴブリンと退治したときと同じぐらい、手汗も物凄いんですけど!
「ミコ」
姉がにっこりと、日頃見せない満面の笑顔を見せて、私に手を差し出した。
うわ、眩しい!!
なぜ今、後光のエフェクト!!??
天使のように愛らしく、美しい笑顔だというのに、瞳は猛禽類の輝き。
「私にもちょうだい」
あっさりと言ってのけた姉に、騎士が驚愕の顔を見せたが、私はポケットから一掴み、4個の大小の違いはあるが、ビー球のような緑の魔石を姉の手に乗せた。
うん、私、命惜しいから。
「やったー これで、四十万ね」
うっとりとした表情で、姉が魔石を眺めている。
その背後には、ハートマークのエフェクトが乱舞しているが、私はそれどころではない。
それでもポケットに残る重みに、私はうろたえるまま、コンビニの袋を探す。
小さな袋に、がっつがつ、魔石を突っ込んでいく。
数は分からないが、コンビニ袋は、半分ほど魔石で満ちていた。
だって、ゴブリンの死体…数が半端じゃなかったから。
うん、パーカーの両方のポケットと、ズボンの2箇所のポケットにかなり入れたよ。
その口を二重に縛ると、兄の顔に無理やり押し付ける。
家族の中では、金銭感覚はまともなほうだし、多分、襲われても奪われたりはしないだろう。
兄、チートだし。
戦士レベルすごいし。
今になって思ったが、私、十万相当の高価なものをバンバン、ゴブリンに投げつけてたんだ――総額いくら使ったんだろう。
……。
………、……。
……おっかなくて、思い出したくない。忘れろ、潔く忘れるんだ私!がんばれ、私!!
がたがた、ぶるぶる、する私に兄が、大爆笑する。
18年と短くはない人生を送っているが、これほど散財した記憶はない。
お年玉を溜め込んで、思い切ってパソコンを買った時だって、一式で12万ぐらいだったはずだ。
「ははは、預かっておく。こっちは返すぞ。何個か持ってろ。なんかあった時には使えばいい」
十万だよ、十万!
私のバイトの二ヶ月分と、ほとんど変わらないんだよ!
「命の方が大事だろ?つかっちまえ。江戸っ子は宵越しの金をもたないっていうし」
いや、江戸っ子じゃないんですけど―――首を横に振ると、兄は姉を指差す。
「ほら、由唯なんて、すぐに換金して、ウィンドウショッピングする気、満々だぞ?宝くじでも当たった気分で、湯水のようにつかっとけ。自分で稼いでない金は、さして自分の身にならんだろうし」
うふふふ、とトリップする姉を、微妙に尊敬をしていいか悩みつつ、とりあえず3個だけ、受け取った。
こんだけ大金があったら、即貯金派なんで――もしくはゲーム買い捲り。
でも、金額が大きすぎる。
臨時のボーナス一、二万という話ではないのだ。
唸りながら、ポケットにしぶしぶしまいながら―――はっと、更なる問題を思い出した。
兄が座席の下の貴重品入れに突っ込もうとしてたのを止める。
「なんだ、もう、二、三個持っとくか」
ぶんぶん、と首を横に振り、全力で拒否する。
そして、尻側のポケットから、最後にもうひとつ。
最初に拾ったボスゴブリンの近くに落ちてた、魔石を取り出した。
複数の後部座席の騎士たちが、悲鳴を上げる。
「み、見たことありません、こんな大きな魔石っ!」
「王子もですか?わ、私もです――…これひとつで、質素に暮らせば、一人、一生暮らせます」
「魔石成金って言葉もあるくらいだからねぇ~」
ぎゃっ!恐ろしいこといわないで!
普通の魔石の二倍ぐらいだろうか、赤子の拳ほど、というのだろうか。
ともかく普通の魔石よりも、大きくて色も濃い気がする。
「こ、れは……」
受け取る兄の様子が、わずかにおかしい。
どうしたのだろう??
ぽつり、と兄が真顔でつぶやく。
「いや、これって、俺でも使えるのか……これだと魔法効果って、どれくらい続くんだろうな。範囲は大きさに合わせてか?それとも時間がながくなるのだろうか…」
と不吉なことを呟いており、騎士たちが懸命に実験しないでくれと、長々説得を続けていた。