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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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閑話 【食神タイベルの信者たち 1】

※ 微飯テロ犯からの警告 ※

冬の黒猫亭は書いている途中で、深夜二時半にカレーをがっつり食べましたね……ええ、体重計ですか?翌日ほぼ一キロ増えてましたよ? 

これから読む皆様は、空腹時は気を付けよう!


 すっかりと深夜という時間に差し掛かった『王家の食卓』の厨房では6名ほどの料理人の姿があった。


 いつもなら、静まり返っている時間帯である。

 しかし、昨日も今日も厨房の明かりが消えることはなかった。


 三交代で軽い仮眠を取りつつも、この二日間は徹夜に近い状態で激しい議論を、時に結論に至った料理を作っては試食しては、議論に戻る。

 


 そんな濃密な一時だった。



 食神(しょくしん)タイベルの奴隷と公言して憚らない料理長は、他の同じ奴隷たちと共に強い興奮を覚えたまま、流離人(ルエイト)の料理を再現するために苦心していた。


 だが、その流離人(ルエイト)の料理を新たな調理法を貪欲に学び、イシュルス王国の材料や手法に落とし込むという試行錯誤は、ゴールが見えているだけに彼等には嬉しい苦行でしかない。


 皆が至極、真剣な顔だったが、時々、満面の笑顔が込みあげてくるのを抑えられない状態だ。


 すでに王の就寝を見送ったらしい王付き執事筆頭のクロックの姿も増えた。


 畑違いではあるが、王を想う気持ちは皆と同じなのだろう。

 

 食事を作るというのは料理人の領分であるが、王家の貴人たちの食事配分、ペース、量、時間などは彼の領分である。


 少しでも料理を最高の状態で出す。


 彼の執事としての勤勉さは配膳だけでも見て取れるほどだ。


 王族の食事といっても、一般とはことなり、毒見に始まり、王族のコンディションを伝えてくれることもあるので、重要なポジションだった。


 王家にしまわれた銀食器と高価な酒類提供は彼の采配に及ぶところが大きい。


 特に酒は、安酒ならまだしも専用の室内の保管された高級品は、たとえ料理に使う場合でも、必ず彼の許可が必要だった。


 革命後に就任した冒険者くずれの料理長と古き良き時代の王家に何世代も仕える生粋の執事だ。


 反発もし合ったが、現在ではなかなか良好な関係を築いている。



 その切っ掛けと言えば、王の偏食によるところが大きい。



 なにせ偉大で寛大な王ではあるが、まず殆ど料理らしい料理を食べない。


 肉を焼いて塩を振りかけた串焼きのようなものや、生の果実が主食であり、贅沢な食事をしても許される立場ながら、食に対する喜びは薄い。


 一日の食事量も極端に少ない。 


 イシュルスの最高峰の伝統料理が、やんわりと拒絶されたのは古い記憶ではない。


 まだ彼が王になる前は、肉ばかり無理矢理食べていたらしい話も噂で聞いていた。

 なぜか王にとっての苦行そのものだったようだ。


 いくつか『王家の食卓』で開発した料理は口にする事もあるが、それだけでは一週間のレシピですら満足に埋められないような少なさだった。


 だからこそ、王の同郷である流離人(ルエイト)の家族の母親リエという婦人が作った『かれえ』なる、刺激的な香りのソースを米にかけただけの料理を切っ掛けに、それまでの王と別人かと思わせるほどの暴食っぷりを発揮して、料理人のみならず給仕も驚愕した。


 なにより、豚肉の塊を細切れにした『やんぱーく』の存在である。


 イシュルスの貴族や王族などは、巨大な一枚肉を使用することが裕福の象徴とされてきた風潮であったが、ペースト状になるまで細切れにしたものを、様々な野菜や調味料と一緒に捏ねて、焼き直すという発想は、まさに目から鱗だった。


 クロックも味見をしていて、美味しい事は知っていたが、肉の切れ端を集めて焼いただけの料理を王族に出すというのは、かなり勇気が必要だったようだ。


 王の事だから首という事はないだろうが、激怒ぐらいは覚悟したと言われるほどだ。

 顔色が悪かったが、同時に給仕をしていた侍女達の顔色よりはマシだっただろう。


 しかし、この『やんぱーく』というのは、一枚肉とは違い、口に入れればほどけるような触感と、中に入れた玉葱の甘み。


 これを王に出そうと、クロックが決断したのも頷ける。


 香辛料が一枚肉に施してあるが肉特有の臭みが微かに内側に残るが、香辛料を一緒に混ぜることで、殆ど感じなくなっている。


 なにより料理長が驚愕したのは、『かれえ』のソースだった。


 残念ながら、『かれえ』の食欲をそそるソースは、何かを加工したらしい茶色の固形物だったが、その正体が何なのかは教えてもらえず、悔しい思いもした。


 鍋に残った少量を貰ったが、口にした全員が唸る羽目になった。


 流離人(ルエイト)の国の特殊な素材から作られたのではないかという話になったが、人生の半分を食神(しょくしん)タイベルの信者として、放浪していた彼にはいくつかの食材と調味料が浮かぶ。



 東の国で使用されていた肉の臭みを消すのに大いに役立つが、それ自身がかなりの匂いがする葱のような野菜。


 後は砂の大地の国にある、ほろ苦さとなかなか強い香りのする草。


 熱帯の国にあった常緑樹の樹皮から作られる香辛料。


 宗教大国で古くから栽培されて、その価値は同等の金と交換されることすらある根茎。

 


 すべて薬膳料理に使われていた食材や調味料だ。

 それどころか、薬として重宝されるものもあったような気がする。


 世界を旅し、普通の料理人よりも様々な異国料理や食材に接してきた料理長の舌ですら分析できなかった深すぎる未知の味が、目の前にある。


 嗅覚に暴力的に訴えかける食欲をそそる匂い。


 これを一口食べた時の衝撃といったら、きっと誰にもわかるまい。




 ――――まさしく、『かれえ』は世界の味だった。   




 それも、理想郷のような平和な世界だ。


 きっと他にも世界各地の何十種類もの食材が使われているはずだろうが、それらが見事に調和して、衝突もせず、最高の協調性を見出しているのだ。


 肉の、野菜の、米のよい所を引き出して、最高の一品へ昇華するソース。


 他の者達は第一次料理革命ともいえる決闘料理人カルラとリエ婦人の料理対決で知った『まよぅねーず』の味に万能性を見出していたが――無論、料理長も見出していたが――この『かれえ』は、高いポテンシャルを秘めている。


 薬の原料を食事として摂取できる。

 それも病人の食欲をそそり、なおかつ美味しいという事実に目も眩むほどの興奮を覚えた。


 もしかすると流離人(ルエイト)の食事をヒントに、病に怯え、食の細くなったマドレーヌ姫も食べるかもしれない。

 

 流離人(ルエイト)の家族が『特別な日』の料理だという理由がわかる。


 一日中へばりついて、情けなく啼き散らし、土下座をして、料理人の命の一つである舌で靴を舐めでも知りたい料理の一種ではあるのだが、あの流離人(ルエイト)のご婦人はダメだ、と直感が囁く。


 どうみても、普通の可愛らしいご婦人だ。


 何故か分からないのだが、若い頃にそれなりに高位の冒険者として騎士に勝るとも劣らない剣の腕もあり、年は食ったとはいえ、料理長の感覚はまだ衰えていない。


 様々な危機を乗り越え、時に料理の為に命を落としかけたことだってある。

 普通に生きているより、よっぽど生死を嗅ぎ取る力があった。


 だからなのだろう。

 



 ――――あぁ、この人に(・・・・)逆らってはダメ(・・・・・・・)だ。




 なぜか本能的なレベルで訴えかけてくる危機感が、料理長の中に確かにあった。


 厨房を涼しい顔でドラゴンが闊歩しているような錯覚を覚えるほど。


 この人が明らかに説明が面倒だからと答えをはぐらかしたように『材料は秘密なの~』と微笑みながら言われても、その秘密を探ってはいけないだろう。

 

 気持ちの逸る料理人たちにも、無理に聞き出さない様に言い含めるのが大変だった。


 なにせ、流離人(ルエイト)で王家の客人なのだから失礼のない様にと説明しながらも、その実、機嫌を損ねれば、次の瞬間、この世を去っている可能性もなくはない気がする――――ほとんど料理長の本能的な勘でしかないが。


 時々、王から感じる威圧感とよく似ていた。


 この人と王の血が繋がっていたと言われても、料理長だけは信じただろう。


 もしかすると、彼女もまた高位の冒険者、いや英雄と言われた人物だったのかもしれない。

 前に数えるほどあったことのある英雄の中には同じような雰囲気を持つモノも居たような気がする。


 そうして料理長の次なるターゲットが、リエ婦人の料理をよく手伝っているらしいミィコと呼ばれる流離人(ルエイト)の末の子にシフトチェンジしていったのは言うまでもない。



 『まよぅねーず』『かれえ』『やんぱーく』と、イシュルス料理最前線の『王家の食卓』で起きた革命という名の新しい風が吹いた。



 こうなったら、やることは死なない程度に風に乗って、さらに躍進するだけ。


 昼からずっとイシュルス料理に『まよぅねーず』を落とし込んだ晩餐に、王から二度のおかわりを催促がくるだけではなく、驚いたことにマドレーヌ姫の部屋からも母娘そろって料理の追加の依頼がきた。


 一品だけだったが、料理人たちは追加労働に喜んだ。


 特に昔からマドレーヌ姫の病後の食欲を気にしていた料理人の一人であるターチは、侍女たちが姫の部屋にカートで運んでいく料理を見送った後、帽子を抱いたまま膝から崩れ落ちて、涙を流すほどだ。


 食欲がないと料理が残ってくる事も少なくなかったから余計に。


 ターチは既婚者であり、マドレーヌ姫と同じぐらいの娘がいるから、感情移入していたのだろう。


 その夜に熱の冷めない厨房へ、クロックがやってきた。



『陛下から本日の晩餐に対して、称賛を頂きました。流離人(ルエイト)のソースをそのまま使用するのではなく、イシュルス料理に調和させた努力に心を打たれたようです』



 王の言葉を賜り、厨房は熱を加速させた。

 料理人たちが抱き合って、歓喜の声を上げている。



『…………私も久々に満腹です』



 王を小食を案じて、同量の食事しか食べないと啖呵を切ったガリガリの忠臣が、料理人たちの狂乱の中で一人心地で呟いたのが聞こえた。



『これから、我々はクロックを太らせてみせますよ』



 誰に聞かせる気もなかったであろう呟きを拾い上げると、クロックは微かに羞恥を浮かべて、咳ばらいを二度ほどしてみせた。


 すぐにいつもの顔色に戻り『ぜひ、お願いいたします』と素知らぬ顔で返した。


 彼が太っていくということは、やせ細った王もまた同じ事。

 密かなる料理長の決意表明でもあった。



 誰もが確信していた。

 


 イシュルス料理は、これから流離人(ルエイト)の新たな調理法を得て、さらに躍進する、と。


  

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