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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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閑話 【両手いっぱいの問題】

ミコ視点ではなく、ある赤毛宰相の視点になっております。


「そう、長くは隠し切れんぞ?」



 イシュルスの宰相の一角を担うアドルフ=アマデウスは、赤毛を撫で上げた。

 聖職者という職業柄、身形には気を付けているが、いつもよりも、ぼさぼさとしている気がする。


 年齢なのか、ここ最近の過剰労働のせいだろうか。


 歴史の闇に埋もれてしまったザーロ神殿を偶然発見して、そのままカルム王子が姿を消してから、かなりの月日が経過している。


 それだけでも、イシュルス王国においては大問題だ。


 嫡男の失踪。


 今でも遺体が見つかっていない。

 だからといって決して安心材料であると断言できない。

 

 元々古い神殿であった上に手入れもされず放置されていた神殿の、周囲の地形まで巻き込んで地上部分が地下部分まで大規模に崩落したために、二人の王子はそのまま落下した。


 その時にゼルスターは事なきを得たが、カルムは姿を消した。


 ゼルスターが目を覚ました時には、血塗れのカルムの鎧と、それを弄っている黒い熊。

 

 鑑定の技能を持っていないゼルスターが勘違いしても仕方がないが、その熊こそがカルム本人だった事が判明したのだ。


 アドルフの子飼いの鑑定士に見てもらったものの、やはりステータス画面はカルムの名が浮かぶらしい。


 そして、そのカルムを連れてきたのが、他でもない流離人(ルエイト)

 

 熊になってしまった王子と、この国の王の血縁者である流離人(ルエイト)の存在は、国に大きな波紋を落としている。


 影武者で誤魔化してはいるが、カルムが熊になったとなれば、後継者争いが発生するだろう。

 それだけでも大きな問題で、アドルフの頭は痛い。


 まるでそれが皮切りになったように、イシュルスに困難が押し寄せてきているのだ。


 この国は、静かなるイシュルスの森と叫ぶイシュルスの森の大地の恩恵は計り知れないが、その反面、魔物の襲来の危険を常に孕んでいる。


 他国よりも常駐騎士が多いのもそのせいだ。

 数か月に一度遠征と称して森の討伐隊を組んで、魔物を減らしているが、効果は微々たるものだろう。


 とはいえ、この規模のゴブリンの集団のやってくることなどレジィーが王位に座してから、一度たりともなかった。



「カルム王子もだが、規律の取れたゴブリンの軍勢という話だ」

「バカ息子はなんとかなあかんけど、そっちはおいおいやな。原因がわからな」

「公表は」

「あかん。最悪、影武者やろな。まぁ、ゴブリンはええ。第一、第二に、マサミちゃんもミィたんもおるんや、今日の報告やったら、ユイっちつけて、抑え込めるわ――それに、今日の話、久々にワロタ、大量に草生えるで」 



 斥候が見落としていたゴブリンの軍勢とかち合って全員が生きて帰ってきた話を聞いた時には、さすがにアドルフは三度も聞き直してしまった。


 

「ミィたん、よう生きて、生きてかえ、ぶふっ」



 前髪を犠牲にして帰ってきたらしい姪っ子を思い出したのか、わかりやすくレジィーが噴き出す。


 一体、誰が考えたのだろう。

 ドラゴンを誘い出して、ゴブリンの軍勢とかち合わせるなんて荒業を。


 正確ではないと最初に前置きされたが、ゴブリン部隊の半分程度が壊滅したらしい。



「さぞかし、マントの軍師とはらは焦ったやろなぁ」



 第三騎士団から派遣されていた影奴の報告では、ゴブリンを先導しているモノがいるらしい。

 それはかなりの力量の持ち主で、弱っているとはいえドラゴンと一騎打ちをして、抑え込んでいるほどの人物だという。


 ゴブリンではなく、顔は見えなかったようだが、人である可能性が高いという。


 挟み撃ちのつもりで進めていたのだろうゴブリンの別機動隊は、殆ど機能していないと思っていい。

 せいぜい、その軍師が生きていれば、注意すればいい。



「しかし、キィシガ姉妹を見ていたのがゴブリン側なら、警戒レベルを上げた方がいいが……それすら判別しないとは」



 王宮の外からの魔法は巡らされた強固な結界で防がれており、たとえ王宮内で発動しても、どこで誰が発動したかと、悪戯に発動させれば厳重に処罰される。


 だというのに現に、キィシガ姉妹を魔法で見ていた(・・・・)輩が、王宮内に一人はいることになる。


 普通なら鼻で笑う所だが、レジィー王の兄の子供であり、現時点で幾つかの報告書から神聖魔法の申し子と謳われるほど才覚と魔力をもつ女性だ。


 嘘と断言もできず、見られる理由も、気が付く理由もある。 

 

 だがイシュ城の魔法防衛を担当しているイヴェールですら、誰が発動したのかわからないというのだ。


 追跡ができないほどの力の持ち主。


 この国で五本の指に入る魔術師がわからないという人物ということになれば、想像以上に厄介であることは間違いない。


 なにせ、他の五本の指に入る魔術師の可能性が高いのだ。


 図書館の吸血鬼クラウス=フィルドテットか、人間爆弾ローデン=アッカーマンか。

 派閥など関係なく、権力を全く意に介していない魔曲狂いのジジ=ジーリン=リンフォルツァンドか。


 聖職者に比べて魔術師は、根っからの研究者気質の者―――つまりは変人が多いので予測がつかない。

 

 内側からでも、ゴブリン側からでも厄介この上ない。



「キィシガ一家は、すぐに巻き込まれるぞ」



 現在はゴブリンの大群の話で煙に巻いているが、カルムの出来事が知れ渡らずとも、彼等の利用価値の高さに貴族共が煩くなるだろう。



「兄貴には話通し通しとるし、マサミちゃんとユイっちは牢屋に入れた意味合いを察しとるやろ。まぁ、わかっとらんかもしれんミィたんのトラブルなんや可愛いもんやけど………問題は義理姉はんや」

「あの、リエというご婦人が?」



 どことなくはっきりとしない様子でレジィーは、思案気に視線が伏せた。


 最初の場所に確かにいたはずなのに、記憶を巡らせても末の子供の顔を思い出せず諦め、王の兄嫁の姿を思い出すと、ふわふわとしたイメージのある愛らしい小柄のご婦人が脳裏を過る。



「あんま、押さえつけると、逆にトラブルおきそうなんや」

「……彼女、が?」

「せや」



 幾度との戦を経ても、イシュルスの危機ですら、飄飄としていた男が、疲れて年相応の顔で、ぎしりと椅子に深く腰掛ける。



「ともかく、義理姉さんは兄貴の傍に置いておんが一番ええわ。一番ええってか、それ以外に代案が思いつかん……あっちはよう何考えてるかわからんけど、あの人はもう身内やねん。兄貴と結婚して子供産んで幸せな人生を歩みたいと願い、努力してる、ただの兄貴の嫁や。夫を愛しとる妻で、子供愛しとる母親なんや。それが根本にある限り敵対はありえん」


 

 どこか自分に言い聞かせる様な声色で告げ、王は『せやけど』と付け加えて、虚空を見つめた。

 


「――――イシュルスから出すな」



 囁くような、それでいて刃のように鋭い声が、アドルフに耳朶を貫く。  


 この王の事だから、兄家族は保護するのは確定している様子で、アドルフもそのように手配している。

 他になんの伝手もなさそうな彼らの事だから、ここにいるだろうと考えていた。


 そうそう他国に行くことなどあるまい。


 その言葉の意味合いをわかりかねて、首を傾げると、苦笑を返してきた。



「ええねん。この国は大規模結界魔法が施されとるから」



 イシュ城を囲む城壁は、特に大規模結界が強く施されている為、外に魔法が漏れることもなく、外からの魔法も漏れることは皆無といてもいい。


 だからこそイヴェールが遠見を使った犯人探しに、辟易しているのだろう。

 内部犯行だと思われる事に対してもだろうが。 



「それがいったい」



 室内に薄く漂った緊張感に、どことなく息苦しさを感じて、アドルフは豪奢であるが動きづらい法衣の襟元を緩める。



「いや、聞かんでおこう」



 ちらりと、此方を向いた王の顔が、聞いたら最後のような気がした。


 情報漏洩したが最後、家族親戚諸共処刑台に送るならまだ可愛いもので、ある日突然、イシュルスから一族の歴史事、抹消されるのだろう。


 彼らの一族の功績も、成り立ちも、情報も、何もかもが。


 穏やかで凪いでいて、スプーン一杯の憐憫を交えた、そんな表情だった。


 旧イシュルス国王体制を惜しんでいた一族で、爵位も低かったことも相俟って、たった一晩で跡形もなく消えてしまった一つの古参の貴族。


 一族の消滅に驚きもせず、また慌てることもなく。

 報告しに来た部下に無言のまま、そんな顔を浮かべていたのを覚えている。



「おっと、残念やなぁ」

「お前が言ったのだろう、深淵を覗く者は、深淵に覗かれる、と。聞かないが、注意は払っておこう」

「頼んだで」

「それで、ユジルデートはどうする気だ」

 


 ヘラヘラした表情を引っ込めて、レジィーは顎髭を緩やかに撫でた。



「……手は打たんとあかん」   



 キィシガ兄妹と共に王宮へやってきた非公式のユジルデートの使者。


 若きエルフのフランチェスカの言葉を思い出して、アドルフも苦々しく口元を歪めた。


 ユジルデートはイシュルス王国の辺境の森で、そこに存在するイシュルス領地内の西方にある存在しない村(・・・・・)の名だ。


 便宜上、レジィーと存在をしる僅かなものがそう呼んでいるだけで、正式に名前があるかもしれないが、自分たちは知ることはないだろう。


 大陸の各地から集まったエルフ、獣人、ドワーフ、と人間以外のありとあらゆる種族が住んでいる。


 隠匿された人外の集落で、多くが人嫌いだ。

 殆どの種族が人に大地を追われて集まった集団であるからだろう。


 この世界では人外の立場はよろしくない。


 特に北東に位置する宗教国家は人間至上主義であり、そこが積極的に排除ないし、殲滅に励んでいる。


 国を二つ挟んでいるにしろ保護しているなどと公に認めれば間違いなく、災いの火種になる可能性を含んでいてもなお、十数年前に存在を知っていたが、それでも目を瞑った。


 むしろ、そこに他国から流れてきた人外をトレースしていた。


 彼等にとって安全であろう自由同盟都市は遠すぎて、近くの迷宮都市は治安が悪すぎる。

 前王も人外排斥的な人物だったので、イシュルスは当時から人外は、殆ど存在しておらず、風当たりもかなり強かった。


 レジィーが革命を起こす際に手を借りたという事もあって、出入りは自由になり風通しはよくなったが、居住となると市民権という別の問題が出てくるので、手が出せないのだ。


 元々、革命が叶えば黙認するという利害の一致から、共闘関係にあっただけ。


 ともかくユジルデートには種族ごとに代表者がおり、彼らが話し合って村の方針を決めているのだ。


 構造的には自由都市と変わらない組織形態だが、人手も纏まらない会議に人種がバラバラで中にはいがみ合っていた種族同志が同じ場所に存在している。  


 先進国とは程遠く、どちらかというと決定内容は保守的になっていた。


 いくら土地を与えて、幾つかの条件を出して黙認しているが、レジィーは排斥もせずに受け入れただけの存在だろう。


 他の国の人間よりはマシぐらいに思われているだろうが、嫌われていないわけではない。


 彼等から人間に対して力を貸してくれという事はまずないだろう。



「長老衆のハイエルフはあり得んな……まぁ、たぶん黙認したのは長老衆の馬族やろな」

「だろうな。そうでなければ、ユニコーンを送り込まんだろう」


  

 若いエルフは自分が精霊魔法を使えないために、友人としてついてきたと言っていたが、普通は考えられない事だ。


 それでも『我が勇敢なる友を安全に帰して頂きたい』と付け加えて、頭を深く下げた事を考えれば、どういう意味で送り出されたのか本人も若きエルフもわかっているのだろう。


 ユニコーンの肉体は、竜ほどとはいわないが価値が高い。

 角、血、目を初めとした全ての部位に魔力を宿しており、竜ほどではないが殆ど余すところなく魔法道具の素材となる。


 それを理解しているからこそ、ユニコーンは森の深くから決して出てこないのだ。


 森でレジィーの甥たちに会って、魔法馬車で戻ってきたのは、行幸だった。

 その場に人外と国との関係を知る第三騎士団の中核寄りの影奴が居合わせなければ、きっと一悶着あっただろう。 


  

「対価、だろうな」

「やろなぁ。広域で回復魔法連発できるような水晶角(クリスタルホーン)のユニコーンなぞ、下手したら一体で小国を半年は回せるぐらいは稼げるわ」



 酒で僅かに喉を湿らせたレジィーは同席しながらも、控えたまま口を開かなかった第一騎士団長に視線を送った。



「もっと西に影奴を送ったって、なんか起きとる。イシュルス王国(うち)にユジルデート、コローナ王国、フスタニア……西方の周辺国家でマガツ病(・・・・)なんて廃れた病が流行るんなんて、意志を感じるわ」

「それもとびきりの悪意だな」



 陰鬱気にため息を零して、レジィーは最後まで酒を呷った。



「これはある意味、攻撃されとるんと変わらんよ……シュルルの木の場所、いやせめて、もうちょいミィたんがオレンジを持って帰って来てればなぁ」

「馬鹿言え、イシュタルの祝福のオレンジが手元に無償で来ただけでも幸運だ。それにゴブリンが落ち着けば、改めて街道沿いを捜索すればいいだろう」



 それに、図書館の目録にありながらも、見つけることが叶わなかったマガツ病の製薬を記した本をサミィが隠し部屋から見つけたのだって、奇跡なのだ。


 神官でありながら、信仰心の強くないアドルフも神々の導かと感謝を送ったほどだ。


 だからこそ、歯がゆいのはわかる。


 もう少し早く見つかっていれば、研究に使用する前に、正しい製薬を試せただろう。

 残ったオレンジの数では、心もとないのだ。


 飲んですぐ完治というものではないから、レジィーの末の娘の緩和剤として使用していたので、これ以上オレンジの数を割けない。



「せやけど、ミィたんなら、可愛い花咲いてたから庭に埋めようとかワンチャン、シュルルの木の枝とか持ってきてもおかしくないぐらいのトリックスターっぷりやねん。時々、斜め四十五度ぐらいズレてるねん」

 

 

 昔も甥の敵に拉致されたという情報を手にして敵地に乗り込んだが、随分前に既に一人で勝手に脱出して、普通に家で晩御飯食べていたという話や、同じようなレジィーの敵に崖から突き落とされたのに木に引っかかって、ほぼ無傷のまま自力で崖を這いあがって、敵の体当たりを食らわせて逆に崖から落とした話に、アドルフは眩暈を起こした。



 ――――どんな子供だよ。   



 再度、アドルフはレジィーの姪の容姿を脳内で呼び起こす。


 小柄で華奢で黒髪黒目、眼鏡をかけていたような気がしたが、ぼんやりとしたまま、結局、その顔を思い出せなかった。


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