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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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閑話 【ユニコーンの角笛と歌姫亭にて】

ミコ視点ではなく、ある金髪少女の視点になっております。


 魔術最盛期に創造された幻の空中都市イシュイル。


 それが何らかの要因で地上に落下し、二度と空中に戻ることはなく、地上でイシュイル人により修繕されたという言い伝えの残る城壁都市イシュルス。


 とはいえ、およそ三百年ほど前までは古臭くカビの生え、城壁により難攻不落ではあったが、獰猛な魔物を孕む静かなるイシュルスの森と叫ぶイシュルスの森に面し、度重なる魔物の襲来で疲弊した地方の弱小国だった。


 それを変えたのが、三人の流離人(ルエイト)

 瞬く間に、当時の強国への道を辿った。


 だがそれも流離人(ルエイト)が姿を消した後、年月を追うごとに斜陽を辿っていたが、再び滅びを直前にして現れた一人の流離人(ルエイト)が王座に就くことで、息を吹き返した。


 城壁都市イシュルスは、魔物と隣国の地上戦において優れた騎士団を作り上げた。


 それらを指揮する流離人(ルエイト)の王もまた、指揮官としても戦士としても抜きんでた無敗の『黒獅子(グラン・ゼ・ビア)』として、もしくは腐敗したイシュルス王国の一掃を躊躇わず苛烈に行った『粛清の王(ヒム・セ・ルゼア)』として、周辺国に恐れられていた。


 無論、その二つ名通りの武勇伝が他国の子供の寝物語に謳われるほど有名で、戦乱鎮火後の政治家としも優れた手腕が語られることは少ないだろう。


 圧倒的カリスマを何十年にも渡り発揮し続けた流離人王(キング・ルエイト)の国。


 それが現在のイシュルス王国だった。

 

 少なくとも、幼少期から習った周辺諸国の歴史から、ルイーサはそう認識している。


 治安のよい表通りに面した冒険者酒場件宿屋『ユニコーンの角笛と歌姫亭』で、窓の外を眺めれば、自分の常識が、強ち間違いではないことが確認できた。


 通りを歩む人々は笑顔で、汗水を垂らし、真面目に労働に励んでいるし、その身なりは清潔だ。


 街にいくつも点在する大衆風呂屋のお陰だろう。

 食事一回程度の料金で入ることのでき、一日の疲れを癒やすと同時に、汚れも落とせる。


 流離人王(キング・ルエイト)のもたらした安全な国の中で、怯える事無く暮らしている姿に、コローナ王国に郷愁を抱いては首を横に振る。


 自分はまだ、何もしていない。


 それに自分が発作が起きたという事は、兄もまた、発作を起こしたという事だ。

 だが自分はまだ、薬の材料一つ見出すことはできていない。


 遠い故郷の兄の面立ちを思い出して、首を横に振る。


 発作があるということは、まだ生きているということであるし、半分は自分が受けているのだが、前より症状は緩和されているはずだ。


 そんなことを考えることぐらいしか、今のルイーサの暇つぶしはなかった。


 

「そろそろ、風が冷たくなってきましたので閉めますよ」



 自分の護衛であるゼフォルムは返事を待たずに、窓を閉めた。


 つい先日、イシュルスの城下に予想外の人物を見つけてしまい、後ろを追って宿を一人で抜け出したせいで、元々心配性だった彼の監視は一層強まった。


 宮殿に居た時から、融通の利かない所があったが、敵がいる場所では彼ほど心強い人間はいない。

 たとえ竜という半身が居らずとも、その武技は確かなものだった。


 

「まだ明るいんだから、もうちょっとくらい」

「駄目です。発作が出たばっかりなんですから、気を付けすぎぐらいで十分なんですよ」



 突き放すような言い方に、少しむっとしたのが、事実なのだから仕方がない。

 ゼフォルムの口調に一々腹を立てていれば、キリがないし、普通に会話ができない。


 随分となれた下町生活であっても、姫である自分が平民と直接話をしているのが気に入らないとすら思っているのだろう様子がありありとわかる。


 此方を思いやっての言葉ではあるし、もう十一歳になった自分が大人になるべきだとルイーサは小さくため息を零して、頷いた。

 

 それでも、ルイーサは窓の外に視線を送ることは辞めない。



「今日もいらっしゃいませんでしたね」



 その理由を察して、マールシャルが頬に手をあって、困ったような顔をしている。



「お約束もしておりますし、お見舞いに来てくださってもよいようなものです。ましてや姫のような美少女を放置しておくなんて」



 不満げな声を漏らしたマールシャルが淑女らしくなく、拗ねた様に口をとがらせているのを見て、ルイーサは苦笑を浮かべた。



「お忙しいのかもしれません」



 ここ数日は国の外に出るなという忠告をした人を思い出す。

 ルイーサの身体を気遣ってか、それとも何かが起きようとしているのか。


 予想外の人物を追って話しかけたはいいが、確かに何度も会って言葉を交わしたはずなのに、自分の事をわかっていない様子で、無遠慮に払いのけられた。


 その時に驚くほど力で吹っ飛ばされたが、身を挺して自分を支えてくれた優しい人。


 自分よりは四歳ぐらいは年上あろう少年の姿を蘇らせて、じんわりと火照る頬を両手で押さえて、ルイーサは吐息を零した。


 黒髪黒目に白肌。

 東方の異国の起伏の少ない顔立ち。

 クールな横顔。

 哀愁を漂わせる眼差し。

 

 儚げで物静かな印象を受け、少し会話に間の開くたどたどしい物言いは移住してきたためだろうか。

 ミコという変わった名前も、東の国の出身者だからだろう。


 ただ、自分が発作を起こした時の必死な声は、意識が朦朧としていても、どこか遠くで聞こえていた。


 何故か分からないがルイーサの遺物(オプテショーズ)を使いこなすことができた彼は、披露したばかりの曲を用いて、発作を和らげてくれた。



 それが、冷えた体にどれほど暖かく、励みになったか、彼はきっと知らないだろう。


 

 マガツ病は文字通り、突然前触れもなく魔力が減っていく病だ。

 魔力を失えば、次に体力に支障をきたし、それも枯渇しても発作が続けば、最悪死に至る病だ。

 

 人々は言う。

 

 魔法でも薬でも、回復を怠らなければ、死なないんでしょう、と。



 ――――だったら、一度なってみればいい。



 回復薬を手にすることのできる王族や貴族の子供は一命を取り留めることができるが、まだ一般市民には高価な回復薬を何本も使用できずに、次々と命の炎を消している。


 刻一刻と減っていく魔力に気怠くなっていく身体。

 半分も過ぎれば、ふらつき、三分の一以下になれば歩くこともできずに倒れこむ。

 

 そうなれば、もう終わりといってもいい。


 指が一本も動かないまま、頭蓋を殴打されているような頭痛と絶え間ない吐き気に苛まれ、全身から血の気が引いていき、刻一刻と自分の身体が冷えていく感覚。


 肌は真っ黒に変色していき、呼吸すらままならなくなる。


 やけに大きかった自分の心臓の鼓動が、少しずつ、だけど確実に。

 じわじわと、緩慢に弱弱しくなっていく。

 

 狭まり暗くなる視界。


 助けを呼ぶことも、誰かに縋ることもできぬまま、忍び寄る死の気配を甘受するしかない。


 本人であっても怖いのに、自分の身内がなすすべもなく、ゆっくりと死へ進んでいく姿を見るのは、それ以上に怖かった。


 ルイーサの家族は父と兄しかいない。


 兄を生んだ正妃は産後に容体が悪くなり他界しており、ルイーサは身分の低い妾の子の一人で、兄妹仲は良好。


 正妃にも生前は、母は良くしてもらっていた話を聞いている。

 極めて穏やかな人だったと。


 だが数年後に兄が、マガツ病になって初めて発作を起こした時に、苦しみもがく兄を前にして何もできないまま、泣き喚く事しかできなかった。


 意識を飛ばした兄の瞳から光を失われていくのを、見ている事しかできなかった。


 兄は、あまり魔力の多くなく、平均以下。

 そのため発作が起きて、動けなくなるのは早かった。

  

 病を調べるために図書館に籠り、数年もしない内に、図書館で見つけた禁術に手を出した。

 血縁関係が近ければ近い程、相手の病を緩和することができるためだ。


 ルイーサも魔力が多い方とは言えなかったが、兄に比べれば多かったので、症状の半分程度を緩和することができた。


 それでも満足できずに、その足でルイーサはマールシャルを連れて旅に出たのだ。


 城にいれば禁術を解除される可能性があるし、危険な山脈を迂回して、隣国のイシュルス王国に向かうためだ。


 イシュルスの森には、ザーロ神殿というジャギニー神を祭っていた神殿が存在し、そこではマガツ病の特効薬と言われた『イシュタルの祝福のオレンジ』を実らせるシュルルの木を栽培していたという記述があったのだ。

 

 魔物の襲来で滅びるまでという注釈はついていたが、まだ残っている可能性はある。

 ゼロじゃないのなら、それに縋りたい気持ちで一杯だった。


 結局は竜騎士団の部隊の一つに見つかり、その時の隊長が副隊長であったゼフォルムをつけることで、見逃してくれたのだ。


 前に起きた事件で竜を失ったゼフォルムであったが、竜が居らずとも、武勇を誇る人物だ。

 ただ、貴族であるし、事件のせいで少々、とっつきにくい。


 下町に馴染みがたい人物だが、これでも最初に比べれば大分いいだろう。


 後日知ったが、隊長は見逃しただけで、しっかりと父に報告しており、父の判断によってはすぐさま帰還させられる手筈だったらしい。


 今現在も帰還させられていないという事は、ルイーサの気持ちを優先してくれたのだろう。


 ルイーサも父も王族としては憚られる決断なのかもしれないが、軍資金と共に騎士が三名ほど送られてきたのだから、応援もしてくれているはずだ。


 平民出身の竜騎士見習いの方が、よっぽどゼフォルムよりも適応能力は高く、すぐにイシュルスに馴染んで、今も冒険者を装い情報収集を怠っていない。


 父の判断材料にはマールシャルが一役買ったのだろう。

 

 自分の幼い頃からの家庭教師だったが女性であるのに、若くして助祭枢機卿にまで上り詰めた人物だ。

 側にいればマガツ病の発作の緩和は難しい事ではないし、軍資金で回復薬も買える。


 なぜかわからないが父はマールシャルの能力を高く買っているのだ。


 ともかくそれからはイシュルスの森を彷徨う様に探し、イシュルスの中央図書館で情報を集める日々が半年以上続いているが、今回のように意識が飛ぶほどの発作を起こす前に処置されている。

 

 衝動に駆られて自分が一人で、予想外の人物を追わなければ、問題はなかった。


 

「でも、あんな風に乱暴なさるなんて」



 哀愁を漂わせる異邦の少年から、ルイーサの思考が予想外の人物に向いて、小首を傾げた。


 数年会わなかっただけで、一体何があったのか。


 自分を知らない様に乱雑に振る舞っていたが、影武者やただの空似という感じではなく、まんまその人だったのだ。


 黒髪に赤い目、感情の出ない瞳に、ピクリともしない無表情。


 異邦の少年とは違う意味でミステリアスな空気を漂わせている人で、彼独特の雰囲気はフードを深く被っていたが、見る者が見ればすぐ気が付くだろう。


 ハーフであるため特徴ある顔立ちの流離人王(キング・ルエイト)に似ている所があるのだ。


 彼にも王にも、何度か会っているので容姿は見間違うはずはない。


 ただ声をかけて、二言三言話した瞬間、別人かもしれないと思うほどには、可笑しかったのだ。


 本当にルイーサを知らないとでもいう様に。

 もしかすると、こんなところに隣国の姫がいるとは思わず邪険されたのだろうか。


 だが、相手が子供だからと話を聞いてくれないような人ではなく、数年前に会った時は、ちゃんと屈んで目線を合わせて聞いているような人だった。


 年の割に威圧感のある人だったが、少なくとも冷淡に見下ろすという事はない筈だ。


 イシュルスの王家で取り扱うマガツ病関連の蔵書を知りたくて、しつこく食い下がったのが悪かったのかもしれない。


 ましてや、王宮外の話だ。



「あの人は、カルム王子(・・・・・)ではなかったのかしら?」



 前はあれほど強い魔力を持ったブレスレットなんてしていなかったような気がするのだが、と、古い記憶を探りながらルイーサは小首を傾げた。



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