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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
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Act 43. 運命はノック控えめ

【前回までのあらすじ】

…………月日が経過しすぎて、作者も忘れかけている。


 夢中で演奏していたので、どれくらい時間がたったのかわからないが、イシュタルの祝福のオレンジがなるシュルルの木の種の芽の変化と言えば。


 ほら、みてよ! 

 ちゃんとでてるよ! 

 

 この土の表面のほら、ここですから――――ちょっと土が盛り上がって来てるんですよ!シュルルの木の芽ですよ!感激です、こんにちわ!



「………1、2ミリ?」



 デスヨネー。


 もう十回以上演奏しているのに、ようやく芽が表面に出てきただけだった。


 短い曲だから、そう時間は経過してないと思うが、ルイが演奏した時のリィールの花のように、ふわっとすぐに芽吹く事は出来なかった。


 まぁ、あの時のリィールの花は咲きそうだったというのもあるし、木と花の差と言われればそうなのかもしれない。


 一日でこれだけ出てきたら、上等なのだろうか。


 兄も私もゴリゴリと魔力を消費してるし、二人して吟遊詩人としてのレベルがガンガン上がっていっているので、間違いなく発動していると思うけど、どんどん自信がなくなる。


 それに兄に持ってきてもらった魔石も三分の一はない。


 後、他の種は鉢がないし、実験段階なので兄の部屋に保管してもらったので、実質一鉢だけなのだが、ぜんぶ一遍にやって確認した方がよいのだろうか。


 兄も難しそうな顔で、先ほどの魔枯病の薬学専門書を眺め直している。



「もしかして、土とか水とかの栄養が足りないとかか……はぁ……これは最新版と銘打ってるけど、三百年以上前の書物らしくてな。当時と環境が違うって可能性もある。そも、鉢での育成方法なんて書いてないからなぁ、庭に埋めてやったら、はた迷惑だろうし」



 周囲の植物も活性化されて、雑草ボウボウとか。

 どうやって育ててたんだ、神殿の人々。


 ともかく、いいだしたらキリはないが、全く同じ環境ではないことは確かだ。


 一応、シュルルの木はオレンジを付けるまでに何十年もかかるって書いてあったから、現状ではちょっぴりとはいえ、芽が出ただけでも凄い、のだろうか?


 私の中での当初の予想ではぶわーっと、もっと某ジ〇リ系のトト〇のように、にょっきにょっきときてても可笑しくはないと思ったのだ。


 これは月単位での長期戦覚悟ですわぃ。


 むしろ、なんでシュルルの木が、少ないんだろうね。



「三百年以上前の流行り病気だったが、薬のお陰で病人減ったからだろうなぁ……病人いないのに、薬だけ作ると思うか?簡単に育成できる木じゃないみたいだしなぁ」



 無駄になるから、知識だけ残しておこう、よし本書いておくから!みたいな感じだったのだろうか。

 でもさ!でもさ!もうちょっと、文献とか残ってても良くない!?



「まぁ、確かに……そもそも、なんで神殿が滅んだのかだよなぁ。その神殿があれば文献が残ってなくとも、治療法は継承されてても可笑しくはないだろう?」


 

 あー……せやね。


 意外と長生きしてそうなダークエルフ爺さんが知ってたりとかしないかなぁ。



「さてな。ハーフって言ってたから、普通のエルフより寿命は短いだろうし、明日当たり聞いてみるかな」



 ん? 兄、居場所知ってるの? 



「いや、城に普通についてきただろって、寝てたかお前。馬車に乗ってたやつは皆来てる」



 なんでや……うっかし遭遇とかしたら嫌だなぁ。

 あの怪しい顔見えない人と弟子?はいいが、ダークエルフ爺さんはご遠慮したいなぁ。

 できればムキムキエルフも視覚的に、ロリコーンはメール的に会いたくないなぁ。



「叔父さんと何か話してたし、有名な冒険者って話だから、意外となんか依頼とかしてたのか。しっくりこないけど」



 あ~……へたに何でもできる人だから、他者を頼るというイメージがない。

 正直、王様の叔父さんという想像すると、独裁政権な気がしてならないのだが、依頼というよりは命令みたいな?


 兄にも通じる所はあるが、兄はむしろ周囲の人間をこき使うのが得意な感じがする。

 こき使われる筆頭の私が言うのだから、間違いない。


 いやでも私、叔父さんにも結構こき使われているような気がしなくもないが。



「追い出されたけど、気になるんだよなぁ」



 などと、小休憩でお茶を飲んでいると、部屋に控えめなノックが響く。


 ソファーに横になっていた私に代わり、入り口に近い場所の兄が鉢と本をさりげなくカートに戻して隠してからドアを開けると、あの叔父さんのガリガリ執事と先ほど別れたはずの貴公子こと、リアム先生がいらっしゃった。


 相変わらず穏やかな微笑みを浮かべているようにみせて、少しげんなりしているように見える。


 その後ろには、騎士と女騎士がチラ見えしている。



「夜分遅くに申し訳ありません」

「あぁ、いえ。構いませんよ。俺たちの感覚じゃまだ全然寝る時間じゃないので」

「そういっていただけると助かります」



 視線が執事から、初見であろう目立つ貴公子へと流れて、『イべ……ヴェール様の不在の時の音楽の先生、第一騎士団長の弟さん』と小さく告げると、僅かに兄の眉に力が入った気配がした。


 普通の人にはたぶん、変わらずに爽やかな笑顔なのだろう。お見事というより他ない。


 簡単に兄と先生が挨拶を終える。

 その間にも先生の背後から、なにやら不穏な気配がするのだが。



「なに、ミコに用事が?」

「いえ、私というより、我が音楽の師が用事のようでして」



 す、と少し先生が困ったように横に避けると、大切そうに何かを抱きしめてローブを被った老人が騎士と女騎士に挟まれて………これは、あれですわ。左右を近距離で固められた完全なる連行の一種ですわ。

 無体を働こうものなら、即座に動けるようにしてますわ騎士二人。



「明日にと申したのですが、聞き入れられず……本当に申し訳ない」



 その姿には見覚えあるようなないような――――あ、あれだ。


 さっき調理場から部屋に戻る間にガリガリ執事さんと揉めている様子のローブを被った魔術師っぽいお爺さんだ。たぶん。数秒だったし、薄暗いし、顔はあんまり見てないから違うかもしれないが。

 

 ついでに見覚えのある飴色と黒のツートンのケースを抱きしめていた。


 視線が合うと、魔術師っぽいご老体は鼻息荒く興奮した様子で、にや、と怪しい笑みを浮かべた。


 ……………大丈夫か、私、召喚の為に生贄とかに奉げられたりしないよね。


 魔術師っぽいご老体と私に一度視線を流して、兄は頷いた。



「あぁ、では、どうぞ中で話を」 



 手際よく兄が話を進めて、ついて来ようとした騎士二人が先生に制されて、外に待機しておりますのでと、門番と一緒に待つらしい。


 ガリガリ執事は深く頭を下げて退出し、一緒には来なかった。

 私もソファーに寝転がったままは悪いかと、二人にお茶を出して、自分と兄の分も入れ直した。



「儂はジジ=ジーリン=リンフォルツァンドと申すしがない老人で御座います。このリアム様とイヴェール様の音楽の師で、魔曲研究に短い生を費やしておりますぞぃ」

「元・ヴァザン中央学院の音楽教授をされておりました。身元は私が保証いたしますので」



 頭を下げたご老体に、私達も頭を下げて、ちょっと戸惑いに顔を見合わせた。


 いや、イカした苗字と、なんか名前が黒猫しか想像できないのが、非常に気になるが、リアムとイベイベの先生が、夜に来る理由は一体なんぞや。

 

 たしか戦場音楽隊フォノンだったかを研究している先生、だったけか?


 やっぱりその『月下の踊花イーブルと闇を駆ける黒馬のリュート』が原因だったりするのだろうか。



「戦場音楽隊フォノン?」

「そうです、そうなのですぞぃ。儂は生涯をかけて、伝説の戦場音楽隊フォノンが所持していた楽器の行方を捜していたのです。まさか弟子の一人が所持していた楽器が、それだったなんて、恐るべきイシュルス女王の采配なのですぞぃ」



 イントネーションが若干可笑しな感じがするのは訛り?なのか?

 語尾がぞぃぞぃと言ってて気になる。


 ちょっと奥様、きいてないで御座るみたいな兄の視線を感じたので、私の持っていた遺 物(オプテショーズ)は、大昔に戦場で音楽隊が使用していたものらしいと簡潔に説明しといた。


 言っておくが私もそれ以上はよく知らないっすよ。

 無罪っすよ。


 

「そもそも戦場音楽隊というのは、約五百二十年ほど前に一人の勇気ある吟遊詩人が戦場で街の人々を助けるために電気を用いた楽器を手に取ったのが原点と言われており、それに感化された周囲の吟遊詩人達が集まり、魔曲の威力を上げるという行為が昇華されていき、百年もしない内に戦場音楽隊という職業が出来上がったのです」



 あ、長くなりそう(確信)。


 学校の先生が、得意分野の授業に入った時のノンブレスでの説明が脳裏を過る。


 兄ですら研究者特有の熱意に、若干引き気味。

 徹夜ですね、おけ把握。


 これは瞳がキラキラとしていて止めずらいパターンの研究者の説明無双的な固有決壊が発動されてしまったらしい。


 私達的には地雷を踏んだともいう。


 リアムの顔は若干引き攣っていたが、イケメンは引き攣ってもイケメンだな、おい。



「そして歴代の音楽隊、音楽団で最強不敗と言わしめたのがタヌカ将軍が集結させた戦場音楽隊フォノンであり、七つあった楽器の一つがこの『月下の踊花イーブルと闇を駆ける黒馬のリュート』なのです。七人の魔曲演奏家達が、タヌカ将軍の死後にバラバラになってしまったことで、強大な力を秘めた遺 物(オプテショーズ)もまた、所有者と共に姿を消してしまったのです。音響拡大機能は付与されていないのですが、唯一所在が分かっているのが、コローナ王国の『奏でる鳳凰のラバーブ』だけなのですが、国宝級なので、拝見することもかなわず――――」


 

 ぶふぉっと、思わず無表情のまま、兄に向けて紅茶を逆噴射した私は悪くない。


 遠い記憶となりかけていた名前にちょっと驚いただけだし。

 


「おや、名前を知っておりましたか?」



 さすがのジジも驚いたようだが、首を傾げておいた。


 知っていると言えば知っているが、知らないと言えば知らないと言いたい微妙な感じで、二重の意味で兄の視線が痛くはないし。


 すまん、私も予想外で噴き出したもんで。


 リアムがさりげなくハンカチを貸してくれたが高そうなので、大丈夫だと丁重に断り、兄(そいえば、さっきジークに貸しちゃったのか)と私は袖で拭いた。


 無作法過ぎて、リアムが何か言いたげだったが、ジジを窘めた。



「では、ジジ先生、本題を」

「う、うむ。すまんぞぃ」



 いつの間にか荒くなった鼻息を治めたジジは、お茶を啜って、ふうと息を吐き出した。


 

「伝説の音色が拝聴したいですぞぃ」

 


 おい、やっぱりちゃんと使用できたんじゃないのか?という兄の抗議の視線に、馬鹿言え、超不思議な事に全然、音がならないんだよ、という抗議の視線を返すと、ジジは緩やかに首を横に振った。



「あぁ、違うのですぞぃ。これは弾く為の(・・・・)楽器ではない(・・・・・・)と儂は思っておりますぞぃ」



 私が小首をかしげると、兄が納得した様に頷いた。



「あぁ。そうか。音響拡大型ってそういう意味か――――ミコ、たぶん、お前の遺 物(オプテショーズ)スピーカー(・・・・・)だ」



 スピーカー……って、ステレオとかの、音楽聞くときのアレ?と超、怪訝そうになったであろう私の顔色を見て、たぶんだけどな、と兄が苦笑する。



音響拡大型(・・・・・)という、言葉の解釈がちがうんじゃないか」



 音響を拡大するって意味――――あ、あぁあ! 本体が奏でた音楽とは、ステータスどこにも書いていなかったかもしれない。


 リュート自体が大きな音を上げるというわけじゃない、ってそういう意味か!

 

 つまり『月下の踊花イーブルと闇を駆ける黒馬のリュート』はリュート型のスピーカー!

 確かに、異世界に箱型のスピーカーがあっても逆に凄いけど!


 だとしたら、イベイベが弓を後から作ったのが余計だったのだろう。



「楽器そのものを奏でるのではなく、ミコが奏でた魔曲の効果範囲を広めるためか、効果自体を強めるかんじゃないか」

「もしくは、その両方の可能性がありますぞぃ」



 いや、でも、あの部屋で私めっちゃ弾いてましたけど音楽。



「それはたぶん、弾いた時は義理姉の作った魔力遮断のケースに入っていた為だと思われるのです。それを確かめたくて、先生は貴女に会いたい、と」



 夜に先生に現物をお渡したのが間違いでしたね、とリアムが苦笑を浮かべて見せると、ジジが後悔しても遅いという様に、私にケースを差し出す。


 もう一度『伝説の音色が拝聴したいですぞぃ』と同じ台詞を告げた。


 それにしても、運命的なタイミングだ。

 伊達に幸運が高くない。



「――――来てくれて、ありがとうございます」



 ケースを受け取りながら、思わず私は二人に対して感謝を呟いていた。


 異世界の感覚では夜遅くで迷惑がられていると思ったのであろうリアムが、え?と驚いたように声を上げたが、私はたぶんにんまりと微笑みを浮かべていただろう。


 兄の顔も、私と同じようににんまりと笑っていた。


 答え合わせをするかのように向かう視線は当然、カートの下に隠された植木鉢だった。



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