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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
112/119

Act 41. パンがないなら 

「ミコ。さすがにオレンジ隠し持ってないよな」



 廊下の光源の弱さというわけではなく、眼鏡な兄は僅かだが気怠そうなのが見て取れる。


 普段は疲労を分かりやすく表に出したりしないから、本当に疲れているのだろう。


 声もどこか弱々しい。

 持っていないと分かっていても念のために聞いているようだ。


 熊を撫でるためなら、母も食べないような酸っぱすぎるオレンジなどに用はない―――のだが、それが私の顔にでていたのか、悟ったように、兄は深い溜息をついた。


 昔から兄の頭の回転が速すぎるのか、単純に私との思考が噛みあわないのか、何を考えて、何を求めているのかが、わからなかったことが意外と多かった。


 完全に、どこを終着点に飛んでいるのかもわからないフライトである。

 そのせいか、上手く報連相ができずによく呆れられた。



「だよなぁ……時々こっちの予想外の行動するから、とりあえず聞いてみただけだ。すまん」

 


 ということは、図書館でなにか収穫があったのだろう。


 兄が目元を揉みながら、ダルそうに口を開いた。



「あったというか、あってもオレンジなけりゃ意味がないけどな………あ~……スミマセン。こいつ創作お菓子でやらかしましたか?」



 頬に涙の後を残すジークを見ての第一声が、それだということに、私が睨むと『現在の勝率二割八分だぞ』と統計学に基づいたのかどうなのかわからない感じで数値を呟く。


 少しだけ険しい顔で曖昧にジークが返すと、兄が不思議そうにしている。


 ジークが叔父さんの味方であることを私は胸を張って告げたが、当然話の前後がわからないせいか、さらに小首を傾げている。



「まぁ、叔父さんに味方が居ることはいいことだな。ありがとうございます」

「い、いいえ、こちらこそありがとうございます」



 などとトンチンカンな会話を繰り広げながら、兄は苦笑一つで流してスルースキルと高い女子力を無駄に発揮して、ジークにハンカチを渡す。


 くっ、出すタイミングがわからなかっただけだだし!ちゃんと持ってるし!


 それよりも兄のステータスのMPの部分がゴリッと赤くなっているのだが、大丈夫なのだろうか。夕食の時は黄色だったような気がしたんだけど。


 それで疲労感があるのか。

 一気に抜けていくときは結構、キツイんだよね。


 一緒に居た姉は既に読みたい本を持って、自室に戻っているらしい。


 

「あぁ、それな……ちょと、これ見てみろ。面白いぞ」



 兄にそういわれると、大体ろくなことがないのだが、目前に出されたので視線で追ってしまった。

  

 いかにも古書って感じの草臥れた洋書っぽいのだが、表紙にはタイトルがない。


 すり切れて読めないとかでは『なく』ないのだ。


 兄がページ捲るが中身には文字も絵もなく、黄ばんだ白紙―――――と思ったのも束の間で、クラリと軽い目眩を少しだけ感じた。


 これには覚えがある。

 微妙に魔力を使ったような時のだ。


 魔力を吸い上げられるような感覚とほぼ同時に黄ばんだ白紙に文字が浮かび上がる。


 どうやら目次のページらしく、そこには魔枯病に関する項目が大半を占めており、薬の主な原料であるイシュタルの祝福のオレンジに関する記述があった。


 他にも緩和する薬の原材料となる植物の生息地帯とか、栽培方法とか色々。


 ぐあぁあ、目がぁああ、じっくりと見てたら目とか、貧血がぁあああ!!おのれ兄!くそ、今の兄に私のキック避ける権利はねぇといいいたいが、当たらない!


 

「こ、これは、古代魔導書っ!」



 同じく二次被害を受けたらしいジークが苦しそうに呻きながら、揺れる身体を何とか支えている。

 ジーク、兄のドッキリに付き合わされてダメージとか涙目。


 きっと不幸体質に違いない。


 それとも兄の傍にいて、この程度の不運で済むなら、むしろ逆に幸運な男なのかもしがい。

 

 これで呻くということは、あんまり魔力が多くはないのか?

 それとも、単純に本に魔力を吸い上げられるという体験に驚いたのだろうか。


 現代日本に生きていたなら、きっと私も味わうことのなかった経験だけど。




「あぁ、スミマセン。魔導書といっても魔枯病の薬学専門書みたいです。けっこう魔力が吸い取られるので、直視しないほうがいいかと」 



 おいっ!可愛い妹に警告はねぇのか!そうか!ないのか!

 疲れすぎてテンション高くなって、思慮が及ばずに、周囲に被害を出すなよ、兄!つか、可愛い妹にもやめんか!


 しかし、そんなものがあるなら、なぜに今までに他の人が探しださなかったんだろうか。



「ん。目録にあるのに現物ないなんていうから、探しまくったら………奥の方の部屋にな」



 言葉を濁し、誤魔化す様に兄が爽やかな笑顔を浮かべたので、なんとなく悟った。


 普通、王家の人間が病気になったら、その関連の本を一生懸命探すだろう。

 探せないということは、本棚に普通に並んではいまい。


 目録に乗ってるのに、本ないなんておかしいよね!とかいうノリで探しまくったに違いない。封印されている部屋か、もしくは隠し部屋か、壁の一つや二つ破壊したんじゃなかろうか。


 というか、目録はあったのか、体育館はありそうな図書かだったけど。

 あったとしても、読むだけで時間かかりそう。



「ユウシャサマ、オヤメクダサイー」



 棒読みで告げると、兄が爽やかな笑顔で固まったまま、すっと僅かに視線を反らした。



「勇者?」

「あははは、気になさらず」



 ジークの言葉に首を横に振って見せる兄。

 一層胡散臭い笑顔である。


 間違いなく王国の図書館のなんらかの器物破損したのだろう。

 それを王国に務める真面目な警察官のような存在の人間に言えるわけがないのである。うん。


 あれだ。兄が勇者になったら古いRPGみたいに、きっと村人の家に無断侵入して、箪笥の中の金貨を拝借する極悪な勇者になるのだろう。壺を割らなくたって、中身は取れるのに割っちゃう!みたいな。


 速攻で旅の資金になるのですね、わかります。

 考えてみれば、王様が端金で勇者を単身魔王討伐に送り出す時点で問題ありそうな気がする。


 

「一応、さっき叔父さんには報告してきている。無断じゃないぞ」



 人はそれを事後報告という。


 叔父さんも娘の病気を治すためなら、ぶうぶう言わないだろうけど、意外と自分の領域を見知らぬ人に侵入されるの嫌がったり、壊されるの嫌がるからなぁ………ん、普通はそうだっけ?


 叔父にも普通の人の感覚が適応されるというのが、不思議な感じである。

 

 いつでも規格外って感じがするんだよね。



「そいえば、お前の方はどうだった?ラバーブは?」



 部屋に戻ろうと歩き出して兄に続いていきながら、有意義な時間であったことを伝えた。 


 目元を緩めて、今度は聞き役に回った。


 魔曲に関しては重複により、領域増すとかなんてチー……なんたらとかブツブツ言っていたけど、さすがに独り言だったようで聞こえなかったけど。


 ジークも聞いた話だろうが、兄の独り言に時折頬を引き攣らせていた。


 何が聞こえていたんだろうか、ちょっと気になる。


 誤魔化された感が半端ないが、兄が相槌をうちながら、さきほどまでジークに話した内容を告げると、さらりと会話の延長上で告げられた問いに――――



「で、どんな遺物(オプテショーズ)だったんだ?」

「それがさ―――……」

 


 ――――思わず答えかけて、口を噤んで兄を睨みつけた。

 

 ジークと同じ話(・・・)をしたのだ。


 つまり私が適応したらしい遺物(オプテショーズ)の話など一言もしていない。


 むしろ意図的に端折った。


 それでも、まるで私が赦者(アヴォワール)になったという確信があるような口調である。


 マジで心を読む超能力者か?それとも単純にカマを掛けられただけか?どちらかわからないが、相変わらず兄は目敏いうかなんというか。


 その私達の会話が途切れ睨みあうような状況に、ジークが困惑気にしている。


 ふと兄が喉を鳴らして笑う―――たぶん繕う事を忘れた兄の楽しいそうな忍び笑いに、いつもの爽やかさはない。


 どこぞの悪役参謀の企んでそうな雰囲気だ。


 烏も驚きの真っ青な黒さである。

 

 むしろ悪い事を考えている叔父の顔をしているよといったら、『なんか言ったか?』とか、左右の頬をムニっと摘ままれて伸ばされそうな気がするから黙っておこう。 


 こういう時の兄は何が何でも聞きだすまでまとわりつく時だ。


 後、逃げた後に捕まると、身体を椅子に縛りつけられて、足を羽根で擽られるという拷問が始まるに違いない。


 

「で、本当になんだった?」

「…………リュート」



 ちっ、と思わず舌打ちしそうになりながら告げると『武器じゃないのもあるんだなぁ』だなんて、兄は呑気な感想を告げた。


 どっちにしろ、イベイベか第一騎士団長から話は叔父にいくだろうし、いつか叔父辺りからバレそうな気がするから仕方がない。


 遅いか早いかの問題だろう。


 隣でジークが『あ~……私は何も聞いておりません』と遠い目で両耳を抑えて、ぼそりと呟くのが聞こえた。

 うん、そういうやつは大抵ばっちり聞いて、内容理解しかけちゃってるんだよね。

 

 でも音鳴らないから、ノーカウントだろう。


 ちょっと変わった感じの遺物(オプテショーズ)だったと兄に言ったら、少し考えた様子だったが、その内どうにかなるだろみたいな感じで流された。


 なんだろう。解決策を提示されても困るけど投げやりやん。



「いや、成長する武器みたいな感じで、その特殊クエストを達成するといつか弾けるようになるとか、そういった感じの」



 えらい手間がかかるなぁ。


 弾けるまでずっと育て続けるって結構面倒だし、それまでの間、楽譜が手に入るだけなら微妙なような気がしなくもないんですけども。


 

「でも将来性があるんじゃないか?強大な力が覚醒とかするかもしれないし」



 それはリュートに求めるハードルが高すぎるんじゃなかろうか。

 

 兄、あれ楽器だから。

 

 楽器に過剰な戦力を期待しても仕方ない。

 というか、そんな将来性とか覚醒とか求められても無理だから。


 育て方もわかんな―――………ん?あ、れ?



「どうした?喉の奥に小骨が刺さったみたいな顔で」



 部屋もすぐそこという所で、私の歩みが止まったので振り返ったが、それどころではない。


 なんか、こう、何かが引っかかる。

 今、見逃してはいけないことを見逃しているような気がするのだ。


 この感じはたぶん私の直感が働いているのではないかと思うのだが、なにに引っかかっていて、なにが問題なのかわからないので、答えを見つけ出せないのだ。


 でも絶対に見逃してはいけない―――ということだけはわかるのだ。


 ドームのない球場で強くもないが弱くもないぐらいの雨が降っていて、この雨脚だと野球するの?それともしないの?と開場を待つような、スッキリとしない嫌な感じである。



「ミコ、そんなにグルグルしてたらバターになるぞ」

  


 そうそう童話みたいに虎が木の周りをまわり過ぎてバターに―――うっせ!今、超真剣に思い出してるんだから!


 なんか兄との会話で引っかかったのがあったような……なかったような。

 いやもっと、なんかこう色々とまたしても私にはジグソーパズルのピースを与えられているのに、さっぱり全体像が見えない。


 全部揃っているわけじゃないのかもしれないけど、最低限はあるはずなのに。



「え、バターに!?今すぐやめさせた方がよいのでは!?」



 違う!本気で言葉通りで受け取るなジーク!

 オロオロするジークに『いやいや実は、昔の絵本で~~~』とか兄が簡潔に教えて差し上げてるけども!


 あ~……集中できない。



「変わった話ですね」

「典型的な勧善懲悪からははずれてるけどな」

「確かに童話というのは、少し不思議な話が多いかもしれませんね」 



 唸りながらグルグルする私をちらりと見て、ジークが口を開いた。



「私もタイトルは思い出せないのですが、たしか………マンドラゴラの苗を盗んだ魔術師が周囲でグルグルと回って魔術で育てるのですが、幾度も止められて紆余曲折を経て、最終的に誤って苗を抜いて死んでしまうような話があったような……なかったような」



 魔術師、なぜにグルグル回ってるんだ―――っというか、あったのか、なかったのか?



「なぜ周りをまわってたんですか」

「すみません。幾分幼少期に読み聞かされた話なので……たぶん魔術的な何かだったような気がしますが。ただ子供心にグルグルと回るという事が印象的で」


 

 あるある、何の話だったかわかんないけど、妙に一文だけ頭に残ってるというやつが。


 子供の頃に母が話してくれた寝物語なんだけど『勇者と魔王は争っていた記憶も封じられ、異世界へ旅立つと、なんやかんやで二人は結婚して、幸せな人生を送っております。めでたしめでたし』で終わっちゃう話がね。


 なんで勇者と魔王、争ってたのに結婚しちゃった!?とか。

 なんで現在進行形なんだよ!?とか。

 なんで記憶が封じられちゃったんだよ!とか。

 なんやかんやってなんだよ!省略しすぎだろ!一番重要だろ!魔王と勇者に一体何が合ったんだ!とか。


 私も色々ツッコミながら聞いていたせいで目が冴えていくのに、ツッコミ疲れで寝てしまうという不条理な夜を幾度すごしたことか。


 本当に幼い頃だから要所しか思い出せないという罠………そして、結局タイトルすら思い出せないという悲しみ。 


 共感できない感じで、首を傾げている兄よ。

 お前は記憶力がいいから、そんな事滅多にないだろうけどよ。


 あ――――っつか、それだ!



「ジーク天才っ」



 いきなり大声を上げた私に驚いた様子のジークと、手伝うかというスタンスの兄に私は頷いた。



「もう一回、魔導書、見せて」



 先に倒れないように地面に座り込んで、廊下に魔導書を広げると予想通りの項目と説明に、感動すら覚えて本を閉じた。


 くらくらしながら駆け出そうとして、どこに向かっていいか分からず右往左往する。



「あの、なにが」



 それに合わせてジークもオロオロしているが、終いには助けを求める様に、兄へと視線が動いた。



「はいはい、落ち着け。どうどう」



 私は馬か!この上なく落ち着いとるわ――――……いえ、すみません。落ち着いてないのは認めるのでとりあえず鼻摘まむのやめて下さると助かるのですが、兄よ。


 私は気だけが焦っている事に気が付いて自重した。



「深呼吸」



 いかんいかん。

 急ぐのは悪くないけど、焦るのは良くない。


 良からぬ失敗を招く可能性が高くなるという、岸田家の何条だかわからない掟を思い出して、じたばたと急く足を一度止める。


 すると兄は摘まんでいた私の鼻を解放した。


 言葉通りに深呼吸。




「それで何処に行きたいんだ?」




 大きく二酸化炭素やら諸々を吐き出した私は兄に答えた。


 色々やらなければいけないことがあるだろうが、真っ先に必要なものがあるのだ。


 私の記憶が間違っていないなら、異世界に来て忙しすぎて何にもしてないからこそ、あのままになっているはずなのだ。


 この状況を打破するために、まず必要な事がある。






「父」






 兄が瞳を幾度か瞬いて、小首を傾げた。


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