Act 10. 妹ですから
やば~…。
激ヤヴァなんですけども~。
なんだか、異世界数時間で戦いに放り込まれた真実子と申します。
かろうじて、木の幹に隠れたのだけれど、ちらりと顔を出そうものなら、びゅんびゅん、矢が飛んでくるんですけど―――死ぬんじゃない?私??
なんか、銃撃戦で映画で弾のない主人公が、敵から身を隠してるっぽいんですけど。
あのイギリスの諜報的スパイの勇敢さが今、理解できる。
映画を見てるときは主人公は銃弾に当たんないだから、はやくやっつけろや、ヴぉっけ、とか思って本当にごめんなさい。
弓でもこれだけ怖いんだから、さらに速度の速い銃弾ならば、どれほど恐ろしいことか。
それはさておき、すでに、木の幹にバンバン弓が刺さってきており、剣を手にしたゴブリンがじりじりと2体も近づいてきております。
しかも、どちらもレベル3―――HPは低いとはいえ、無理だ。
こっち、レベル1だし。
私も拾った短剣を投げて応戦するも、距離数メートルでは時間の問題。
短剣は最低でも、一本は手元に残しておきたい。
「―――魔石っ」
回復薬は投げるわけにはいかないので、ポケットを探せば、拝借した魔石が。
たしか最初に見たときは地系の魔法的効力があったはず。
どれくらいあるのかわからないけど、ためにしに小粒なのを一個をゴブリンに投げつけてみる。
「えいっ」
さすが私、野球好きの叔父に鍛えられたコントロールで、見事にヒット。
速度はさほどないが、審判もストライク判定をだ―――ぎゃぁあ!
めきゃ
そんな音と、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた聞こえたと思ったら、ゴブリンの足元から氷柱の逆バージョンの形をした――円錐っていうんだったけ?――石が大量に生えていた。
なんていうのだろう。
石器時代に作られた槍の先端のような歪さである。
ゴブリンは大地に臥せってしまった。
そして、ばき、と砕けるような音がして、歪な円錐は、風に吹かれ砂埃のように舞って消えた。
驚いて、戦闘ログをみる。
ゴブリンからの一方的な弓の攻撃の最後に流れるように表示されている。
=== 道具使用≪緑の魔石≫
=== 真実子の攻撃 ダメージ28
=== ゴブリンBXを倒した
よっし、なんとかなるかも。
気合を入れて、私は怯んだもう一体のゴブリンに魔石を投げつけると、同じようにゴブリンの足元から、歪な円錐が先ほどよりも大量に出現した。
たぶん、敵認識された人物の周辺無差別。
距離は敵一メートル以内。
砂になるまでの時間は約四秒ぐらい。
外側に行くにつれて、石の円錐は小さく、多分外すとダメージは小さいのだろう。
=== 道具使用≪緑の魔石≫
=== 真実子の攻撃 ダメージ37
=== クリティカルヒット
しかし、クリティカルヒットにもかかわらず、倒すに至らずに、私はもうひとつ小粒の魔石を投げつけると、通常ダメージであったが、倒すことができた。
そして、唐突に短いファンファーレが聞こえてくる。
=== 真実子のレベルが上がりました
=== 真実子盗賊LV1→Lv2
う、嬉しくないよ、馬鹿!と、ツンデレを発動させつつ、さっとみれば、パラメータも少し上昇している。
しかし、多分アイテムを使ったせいなのだろうか、少しMPが減っている。
鉄の短剣を投げたときは減ってなかった気がするから、魔石かな?
15減っているってことは、一回につき、5MP。
少しMPに余裕があるので大丈夫だろう。
え~と…今、レベルが上がって137―15なので……122ね。
だから、えーと、えーっと…使用回数の上限は、10回で50だから20回で100。
残りが22で、4回で、2余り。
22以上投げつけると危ないということだ。
RPGの中には、HPと同じように、MPを消費すると、死亡するパターンもあるのだ。
大きさで違うかもしれないから20回以上は投げないほうがいいだろう。
方針が決まると、私は打って出ることにした。
ゴブリンと真っ向から勝負をする気はないが、兄の元――否、騎士の所へ行かなければならないだろう。
懐から出した懐中時計を見れば、あと7分。
弓で集中攻撃されて、足止めされたのが痛かった。
しかも、直線で走り抜ければ2分の場所を、弓を躱しつつ進まなければいけない。
急がねば。
「よし」
魔石で弓ゴブリン2体と、増えた斧ゴブリンをけん制しつつ、効力が発動している4秒間の間に隣の木の陰に猛ダッシュ。
安全第一ですから、はい。
至るところに、死体が積みあがってるわけですから、隠れている間に矢印を探して、魔石を探す。
さらにレベルが上がった成果なのか、矢印が少し大きくなっている。
小指サイズが薬指サイズぐらいに…て、びみょー、だけど小さいよりはまぁいいや。
ついでにやっぱり、盗れ――取れそうなやつから短剣も回復薬もゲット。
優秀だな、私。
って、盗賊的に優秀でも嬉かないし。
盗んでない、盗んでないよぉ~、母親流にいうなら、長時間拝借しているだけで、後で返すんですからぁって感じなんですが。
相手は死んでいるので、無用の長物と、目を瞑って。なむなむ。
倍以上の時間がかかったが、さらに弓ゴブリンを1体倒し、さらに2体増えてるような感じで兄と別れた場所までたどり着く。
叫びやら、金属音の聞こえる激戦区の方向に走って、思わず足を止めた。
えっと…5…10、動いてるから数えづらい…15――あれ、いや嘘だよね??
さっきより、増えてない?増えてるよね?足元にそれなりに死体が倒れてんのに、1.5倍になってない??
「無理っ」
あのゴブリンの密集地帯を走り抜けて、辿りつけってか!
完全に兄も、毒におかされている人も囲まれちゃってるじゃんか!!
うぉ、って弓また来た!!
背後から追ってきてるのも、しつこいなっ、もう一個、魔石食らっとけ!!
「おう――っ、遅い、ぞっ!ミコ!!っと!!」
こちらに視線すら向けず兄は、周囲を囲む3体のゴブリンの攻撃を躱しつつ、合間を縫って、必中必殺の一撃を繰り出しているあたり、尋常ではない。
ほぼ、一撃必殺。
多くて3撃以内に、1体が倒れていく。
そして、仕留めそこなったゴブリンは背後の騎士が絶妙なタイミングで仕留めていく。
彼らも必中必殺といってかまわないぐらいだろう。
騎士たちのHPが黄色になっているというのに、さすが剣戟は乱れることはない。
とはいっても、傷を負っている兄もHPは半分近く削られている――って、異様にHPが増えて――うわぁ!!兄、レベル上がってるし!
さっきまで、レベル4の戦士だったのに、レベル9になってるよ。
化け物か、お前は!
「待て!こっちには来るな!逃げろ!!」
HP121しかない若い騎士は、ゴブリンを屠りながら叫ぶ。
地面に倒れこんだ騎士に至っては、あとHPは41――40となり、死亡は時間の問題だ。
とはいえ、私、その密集地帯に行きたくない。
できることなら、バックステップして、反転したまま逃げ出したい。
そうしないのは、単純に目の前に兄がいるからだ。
あまりの激戦区に躊躇した私に、やはり聞きなれた声が、一言が投げつけられた。
「来い!」
背を向けているにもかかわらず、いつもの笑顔を浮かべているのがわかるぐらい、声も笑っていた。
つい数時間前まで、普通に平和の現代日本で生きていたはずの私の兄は、戦場のど真ん中で、確かに笑っていた。
それが、私を鼓舞するためであることは、分かっていた。
だから、私も笑っていたに違いない。
仕方がない、と。
兄が言ったのだから、仕方ないのだ。
兄がどんな時も私の味方であるように、私もまた絶対的に兄の味方なのだ。
左手に複数の魔石を、汗ばんだ右手にひとつ握り締める。
私は駆け出した。
ゴブリンの密集した、兄の側へと。