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岸田家の異世界冒険  作者: 冬の黒猫亭
三日目 【冒険者の卵】
109/119

Act 38. 鑑定士の時間

鑑定の時間が長すぎて、イベイベ音楽教室が次回持ち越した orz

ごめんなさい、明日投稿いたします。


 図書館を後にして、ジークの案内でイベイベの部屋へと案内されて向かうと、部屋前に門番らしき人物が話を聞いていたらしく、すぐに扉を開けてくれた。


 ジークが一緒に居たおかげだろうか。


 私一人でブラブラとやってきて開けてくれたのかわからないが、次回からは一人でも開けてくれるだろうか……門番ってローテンションとかだったら、一々呼び止められる可能性が高そうな。



「遅かったではないか」



 少し拗ねたような様子のクールビューティ、プライスレス。

 

 うっかりマドレーヌ制作に熱中しすぎたのか、イベ叔母に謝罪した。

 

 主に調理場の料理人(せんし)達の好奇心に火をつけた私が悪かったのだろう。

 ムッシュクロックなど作ってた上に、図書館に寄り道したしなぁ。


 急かされなかったから、てっきり約束の時間には余裕があると思ったんだけど、と小首を傾げていると、ジークは隣でちらっと柱時計に視線をやっている。私も釣られて顔を向けると、十分前だった。


 寧ろ早かった!


 謝り損だったが教わる身なので、泣き寝入りしとこう。



「………明日からは十五分前行動致します」



 かしこまった!イベ叔母の所に行くには十五分前行動!


 隣の部屋の扉が開かれると、実験一筋運十年!みたいな光景から一転して、広くはあるが質素な作りの執務室のような場所になっていた。

 普通、逆じゃないのかと思ったが、ナニも言うまい。


 一応、来賓用らしき足の短い長方形のテーブルとそれを囲むように二人がけのソファーが二つと、一人がけのソファーが二つあった。


 一人掛けのソファーには男が優雅な雰囲気を醸しながら座っており、ソファーの向こう側で立ったまま、ぼんやりとした様子で辺りを見回している男がいる。座ってるのがお偉いさんで、立ってるのが従者か?

 

 ソファーの男と目があったので軽く頭を下げる。

 男の隣には豪華そうな真紅の縦長のスーツケースのようなものが置いてある。勿論、素材は違うだろうか、かなり頑丈そうだ。


 全体的に整った甘やかな面立ちをしており、兄と同世代に見えるが、落ち着き払った物腰を考えると、片手は年上かもしれない。童顔というか若く見えるだけで、三十は超えている、か?


 ちなみに、なんか小さくキラキラのエフェクトが出ている美男子。

 たぶん海外ドラマのヒーロー枠で出てくる感じだ。


 地味にジークやチャラ男も結構動きが綺麗だが、男は洗練されているというに相応しい。


 相手の男は目元を細めて温和に微笑んだ様子だったが、上辺だけ繕っているのだろうという感じがした。

 ただ敵意やら悪意は感じないし、優美な愛想笑いとったもののように思える。


 それだけでも十分博物館に飾れそうな細工の美しい釦や、匠の技術の粋を集めたような銀糸の刺繍、長い髪を纏める髪留めに添えられた小さな宝石。


 その全てが裕福なイケメン貴公子といった風体だ。


 ジークは無表情で、僅かに固まった後に男と同じように穏やかな愛想笑いを浮かべ、深々と頭を下げた。



「ご歓談中、失礼いたしました」



 来客中のようなので出直そうかと言った内容を、遠回しな口調でジークがイベイベに尋ねると『構わん』と緩やかに首を振った。

 

 貴族は確定していたが、それ以上に国の高い役職の人なのかもしれない。

 軽装で剣もぶら下げていないことから、騎士職ではないだろうが、ただの事務方という感じもしない。



「リアン、この子はミィコ=キィシガ。ミィコ、コイツはリアム=アヴェ=ラカヴァ=ナイトヘルツォーク=ヴェルクスタだ」



 また長ったらしい苗字で、頬が引き攣った気がした。



「よろしく。僕の事は、気軽にリアと呼んでくれて構わないよ。レディミィコ」



 にっこりとキラキラ30%増量で微笑まれたが、レディは勘弁してほしい。


 曖昧に答えると、隣から小さな声で『第一騎士団長の弟君であられます』とジークの声が聞こえた。

 うん、私に現実と直面させるなジーク。さすがにわかってるから。


 新キャラはお腹いっぱいだよ。私は。もう名前覚えられる気がしない……だいたい覚えてないけど。


 それに私、基本リア充苦手だから!できれば、よろしくしたくない!


 ちらっとソファーの向こう側で落ち着かないように立っている男は、貴公子の従者なのか紹介はされなかった。そう言われてみれば、護衛の人以外はマトモに挨拶なんてしていなかったかもしれない。


 客室不在の間はベットとか整ってたり、部屋が綺麗になってるから、私達の周りにも生侍女とかいるはずなんだけど、見たことないし。


 髭を蓄えた従者らしい男と目があったのでやはり頭を下げた。

  

 自分も挨拶されることを想定していなかったようで、大きく見開いた瞳を瞬かせた男はキョロキョロと周囲を見渡した後、小さく頭を下げてきた。主従揃って優雅な感じだ。


 執事ってより、神経質な秘書っぽい感じがする。


 でもイマイチ生気がないというか、眠たそうというか、ボンヤリとしていて時々此方をじっと見ているような気がするけど、焦点が合っていないというか。まじで大丈夫か、コイツ。


 現代日本に比べると、全体的に部屋とか明るくはない。

 だから少し顔色も良くない気がするが、誰も何も言わないから大丈夫なのだろうと思いたい。

 

 後、どうやら熊王子が居ないという残念な結果であるが、不吉なことに古びた様々な道具がテーブルの上に置かれてる。



「アイツなら、今別場所だ。面倒なことにすぐに全容が分からずにな……うむ。珍しい形だな」



 顔に出ていたのか、イベイベが付け加えるが、途中でジークがカートで引っ張ってきたお盆まるごと奪って、お菓子を宝石で見ているかのようにうっとりとした顔をしている。


 焼きたてだったからか、少し甘い香りが部屋に広がった。


 だが、ハッとしたように、わざとらしい咳払いをしてお菓子から視線を逸らす。



「ともかく、今日はよく帰ってきたな。まずは入れ」



 私服らしい第一騎士団長が微動だにせずにドア横の壁に持たれていたので、通りすぎかけてからビク―ってなってしまったのはしかたがないだろう。


 仕事中と違って気配ねぇな!おい!―――――というか、本当に呼吸しているんだよね、この人はという静かさだ。


 もしかして、なんかのスキル持ちとかいうオチだろうか。


 ジークは私の一歩飛び退く反応に寧ろビビったようで、何事かと鋭敏に剣の柄に手をかけたが、視線の先に第一騎士団長を認めると戦闘態勢を解いて青ざめて、謝罪していた。


 此方に視線だけでも向けなかったら置物感覚でスルーしていたかもしれない。

 私の頭部に目をやっているが何も言わず、少しだけ顎を引いて挨拶されたような気がしたので、私も頭を下げた。


 イベイベが慣れたように片手を振ると、察したようにジークは頭を下げて外に出て行く。


  

「あぁ。しかし随分、スッキリしたな」



 未だにすーすーする私の頭部に無粋な視線を投げつけるイベイベ。


 なぜかわからないが、ぴくっと微かに第一騎士団長の腕が動いた……ような気がした。


 第一騎士団長も、私の髪の毛が短いのを気にしていた、のか?

 んな、まさかありえないと思うけども。


 無表情なんでイマイチわからないけど静かな分、密かに一挙一動が怖いんだよな、この人は。

 たぶん、悪い人ではないのだと思うのだけど。


 進められた席に座りながら、夕食時間にいなかったので、簡単に短髪になった経緯を話すと、イベイベが声を微かに上げて笑っている。ちなみに貴公子もくすりと優美に笑っている。


 

「災難なことだ。あの御仁に常識は通じぬ」



 やっぱりそうなんだと、ドS師匠を思い出して、うんざりしていると背後から第一騎士団長が哀れんだのか慰めなのか、頭をポムポムしてくる。


 うむ、子供ではないが傷心なので許す。

 これが父か叔父ならば、手に噛み付いているところだけども、怖いので為すがままだ。


 と、何を思ったのか第一騎士団長は備え付けの本棚の引き出しから、高級そうな木箱を持ってくるとかぱりと蓋を開けて差し出してくる。



「お、おい、それは!私の!」

「………好きなのを一つ、食べるといい」



 ちらっと第一騎士団長がイベイベに視線を送ると、少しむくれた様子で黙りこんで私に頷く。



「一つ、一つだからな」


 

 どうやら中身は花の形をしたチョコレートのようで、繊細な形容は食べるのがもったいないくらい綺麗だった。

 一つ千円とか言われても、疑いようもない。


 お礼を言って、向日葵を再現したような形のを一つ手に取り、口に放り込む。


 う、うわ、凄い口の中で蕩ける。


 普通の生クリーム入りの生チョコのようなくちどけなのに、あの形のまま保存されているとか、指で持っても溶けないとか、形が崩れないとか、めっちゃ凄い。


 意外とやるじゃないか、異世界のお菓子。

 

 一人心地でチョコレートの余韻に浸っていたが、本来の目的を思い出して、指輪をイベイベに差し出した。



「これ…ありがとう、ございました」



 魔法の指輪借りっぱなしだったのだ。


 お礼を言って指輪を返そうとイベイベが己の人差し指に装備して、幾度か「無限の棘(エ・ピーヌ)」と呟いて、銀の短剣などを何度か取り出して、満足そうに頷いていた。



「よかったですね。古代遺跡の思い出の品が、ただの護符でなくて」

「あぁ、私のフィールドワークも無駄ではなかったのだろう」

「鍵言葉一つで物質の具現化か。戦闘に重宝する……準国宝級といってもいい品だ」



 大変使い勝手の良かった。思いの外活躍したような気がするが――――残念ながら、ピークはカントリー風林檎ケーキもどきを切り分けた時かもしれないのが申し訳ない。

 凄い切りやすかったよケーキナイフ。


 ピンポイントで闇活性型とか闇属性とか月変動型のモンスターとか居ねぇよ!と言い訳しておこう。


 イベイベは機嫌良さそうに、書斎テーブルに乗っていた黒革と飴色のツートンの箱を私に渡してくる。

 横長でなければ頑丈そうでアンティーク調のスーツケースのようだ。



「うむ。代わりと言っては何だが、これをミィコにやろう。お前の使っている品もいいが、これは魔法が掛かっていて相当だぞ。ただ弓がなくてな……私では鳴らなんのだが、お前なら音をだせるかもしれんと思ってな」


 

 開けると、漆黒の弦楽器が入っていた。


 ラバーブのような形をしているのだが、少し本体が大きくて持ち手が短めで、リュートやモリンホールのような感じがする。

 

 艶を抑えた渋い作りで、さりげない銀の飾り。

 こちらもアンティークっぽい。


 本体の方に地面に固定しやすいように短刀ように尖ったような先端がついていて、緒止めの部分がチェスの駒のナイトのようになっていた。糸巻きの部分もさりげない銀細工が入っている。


 サウンドホールの部分は円形の薔薇窓(ステンドグラス)のように緻密に繰り抜かれており、繊細な華のようにも魔法陣のようにも感じられた。


 しかも珍しい事に弦まで黒い。

 

 博物館に入っていても可笑しくないような芸術品のようなラバーブにゾクとしたが、反射的に手を伸ばしかけて、自重する。

 

 鑑定で見るまでもなく―――というか恐ろしくて見たくない―――絶対高い。高価なものだ。

 きっと私のような一般市民が貰っていいようなものではないだろう。


 どうだ? というような此方の顔色を伺っているイベイベに視線を向けて、緩やかに首を横に振った。



「悪い……けど、これ、受け取れない」



 イベイベは身内に滅茶苦茶甘いタイプなのだろうか。


 それとも、王族だから金銭感覚が可笑しいのか、イマイチわからんけど、これは不味いだろう。


 中古とはいえラバーブ買った時の、金は持っているであろう王様の叔父になんて言い訳しようというヒヤヒヤ感なんぞ感じたことはないのかもしれない。


 弟王子とか昔から知っているとかだったらわかるけど、身内とはいえ、まだ会って数日の人間にあげるとか。



「……気持ちだけ貰っておく」



 名残惜しくはあるが、ケースを閉じて返すと、イベイベがくく、と喉の奥で笑った。

 それに混じって向かいのソファーから、ため息が聞こえた。


 困ったように貴公子は降参といったようにイベイベに両手を上げて、それも中々様になるのが、逆に凄いよ。



「イヴェール義理姉上(あねうえ)、僕の負けです」



 主語もないのだが、確認するよう目配せしている。

 どうやら二人の間に何らかの遣り取りがあったらしいのだが、内容は伺えない。

  


「それは受け取ってくれ、ミィコ。対価として、此処にある物を鑑定してくれ。ちゃんとあの悪魔の許可はとってあるぞ」



 べしべし、と、様々な古い道具が所狭しと並べられたテーブルをイベイベが叩く。


 鑑定眼の事は黙ってろとか言っていた叔父さんが許可しているなら、別に構わないのだろう。

 そういえば、行く前に見てほしいものがあるとか言っていたけどこれか。


 というか、よくみると一部、百人切呪詛刀ひゃくにんぎりじゅそとうのような禍々しい子供の手のようなエフェクトがほんのりと視界に入っているんだけど、気のせいだと信じてる。



「レディミィコ、鑑定は嫌かい?」

「……いや、そんな程度の事でこの凄い楽器、貰って、いいのかな、と」


 

 見てるだけじゃん。

 しかも身内に頼まれて、報酬もらうって。



「ふむ。言っておくが、そういった専門の道具はあるが、アレは神殿や組合などの一部の所有だし、手続きが面倒だし。かといって、鑑定師なんかに頼むとべらぼうな金になる。その楽器一つなどぶっ飛ぶぐらいにはな」



 何かを思い出したのか、イベイベはクールビューティな面立ちを曇らせて、ため息を付いた。



「しかも高い金を払って、ただの鉄屑だった時の落胆といったらない」



 あー……それは、確かにやだな。

 お宝鑑定で、実はガラクタだった時はやるせない気分になるだろう。 



「駄賃だとでも思えばいい、その内、また鑑定を依頼するかもしれんしな……それも含めて、あの鬼畜には許可を取っている」



 ちょっと納得はいかなかったが、もし高価過ぎたら叔父経由で返そう。 

  

 そんなことを考えながら、テーブルの上に並べられた剣やら盾やら宝石やらペンやらアンティークな品々の鑑定を始めた。


 ほとんどが見た目通りの品だったりしたが、一部に凄い品が発見されたとだけ言っておこう。

 魔法道具って、恐ろしい値段なんだね。


 どうやら結構いいものは、二つ名持ちらしい。うーん、中二病。


 後、やっぱり百人切呪詛刀ひゃくにんぎりじゅそとうみたいに、手がうにょうにょ生えていた花の模様みたいな透かしが入った華奢な腕輪は、呪われていた品だった。

 

 …………手に持って鑑定しなくて、本当に良かった。


 そこまでは予想通りだったのだが、イベイベの指輪の様に裏側に文字が書いてあったので、ちょっと覗きこんだら、勢い良く手が伸びてきたよ。


 マジ怖くて『ひぎぃ!』と情けない悲鳴を上げて、仰け反っていた。


 周囲の方が驚いたようでマドレーヌを食べていた手を止めた。


 第一騎士団長に至っては抜刀していたようだ―――というのも音も所動も全然分からなかったが、気がついたら鼻先に刃が……遅れて風圧。


 多分であるが、うにょうにょしていた手を切ったようだった。


 霧状になった手だったが、ゆっくりと手同士がくっついて元に戻ったが、明らかに動きが鈍く、刀身が向けられると『あ、マジすみませんっした!』と逃げ帰るように腕輪に引っ込んだ。


 チョコレートの件も含めて、私の中で貴方の株が急上昇しています!

 お魚くわえた猫ではないが、マドレーヌくわえた第一騎士団長、グッジョブ!



「あ……兄上、何かあったのですか?前みたいに蝿ですか」



 位置の関係で真っ直ぐに剣先を向けられた弟である貴公子が困ったように笑って両手を上げて―――片手には食べかけのマドレーヌが―――問うと、第一騎士団長が首を傾げ、マドレーヌを食べている。



「何かが動いていたような……気配がした」



 見えてなかったんかい!っつか、気配だけでわかったんですか、野生の直感、ありがとうございます!

 ちなみに兄の呪いを解いた時の姉の手ように、第一騎士団長の剣はキラキラと輝いていた。


 きっと有り難い効力のある剣に違いない。



「今日に限って、ソファーに座らんのも何かあるのか?」

「………部屋に変な気配がする」

「ん?魔法的な遮断はしているし、入り込んだ形跡はないがな……魔法道具に付いている呪いは別だが」



 第一騎士団長は鋭く瞳を細めた後、剣を柄に仕舞った。

 その顔は答えが喉元まで出かかっているのに、出てこないみたいな、もどかしさが見て取れる。


 私を含めた残りのメンツが周囲をキョロキョロしたが、何があるわけでもない。


 というか、この野生の直感が冴えているらしい第一騎士団長がわからないなら、私がわかるはずもない。


 マドレーヌを物欲しそうに見ていた秘書も正体不明の何かを恐れをなしたように口元に手を当てて、微動だにしなくなった。


 全部の鑑定が終わっていた頃には、少々時間が経過していた。

 貴重な、音楽教室の時間がと思ったが、これから一応簡単に見てくれるらしい。


 山のようにあったマドレーヌは三人で食べきったようだ。


 三人とも貴族なので食べ方は優雅なのだが、すごい食べたなぁ。



「この調子で次回からも、もっと持ってくるがよい」

「ん。頑張ります」



 こくりと頷くと、イベイベは満足そうに何度か頷いてマドレーヌを賞賛していたが、明日から料理長に頼めば作ってくれる旨を告げたら、大興奮していた。


 おぉう、ただかだかマドレーヌだけど、そこまで喜んでいただけて何よりだ。



「うむ……その、我が家の料理人にもレシピを伝授してもよいか?」



 どうぞ、どうぞ。音楽の先生してもらうんだから、それくらいだと逆に申し訳ないぐらいだ。

 むしろ簡単なお菓子なのに、広がっていない方が不思議な位である。


 ホッとした様子で嬉しそうに微笑んで、イベイベは貴公子をちらりと見た。



「構いません。が、一つ条件が」

「なんだ?」

「―――……我が家の料理人にもマドレーヌのレシピを」



 少し悔しそうというか、恥ずかしそうに告げる貴公子に、イベイベは苦笑を浮かべて私を見つめる。



「ミィコ、私は何時でも時間が取れるわけではないからな、もし出来ぬ時があったなら、リアムに代行してもらおうと思っている。で、条件が今のだ」


 

 あぁ、先生の代打ですね、わかります。

 だからマドレーヌのレシピなんて、広がっていないほうが(以下略)



「よろしくお願いします」



 頭を下げると、貴公子は此方こそと頷いて、ソファーにおいていた赤いケースを開けた。



「では、新たな弟子への選別に一曲。聞くのも勉強になるからね」



 事故に合うまでは触れない日なんてなかった。


 きっと元の世界で見ていたなら胸を痛めていただろうに、この異世界の楽器屋で見ていた時もまだ直視するのをためらった気がしたが、いまはただ懐かしい感じがする。


 立ち上がった貴公子は、やはり美しい動きで、流れるようにヴァイオリンを構えた。


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