Act 32. 冒険者たちの帰還
――――――ようやく追いついた。
まったく、姉の弓のせいで使わなくてもいい動力と時間を費やしたよ。
結構な時間が経ったから、ゴブリン軍団の名残も遥か彼方………だと信じたい。ともかく、ドラゴンの暴れている気配は届いていないので、そこだけは安心だ。
随分、長い事走ったので引き離している分、休憩か。
と思ったら、妖精が懐からコンパスみたいなものを出していたので、方向を確認しているのだろう。
止まった兄姉+αに追いつき、感動の再会を果たそうとした―――――が、弟王子が力任せに幹に拳を叩き付ける。
「僕はっ、僕の、せいで――――イシュルス蜂に手を、出さなければっ、ミィコさん、がっ」
「王子、おやめくださいっ」
何度も何度も幹に拳を叩きつけながら、嗚咽を零す王子を騎士(目つき悪)が慰めの声をかけて拳を叩き付けるのを止めさせている。
どんよりと、疲労感すら誘う重い空気。
「皆が賛同した。無論、あの小僧も、だ。小僧が死んだとしても、お前のせいではない」
「………まさか遺体も持って、帰れないとは」
どS師匠!本人まだ生きてるがな!超、ここにいますから!
料理長、死んだ事前提に話を進めないで!
あぁ、死んでないって弟王子が泣きながら呟かれても説得力ないよ。あの状況から、まさか帰還できるとは私も思ってはいなかったほどだから、仕方ないけども。
「……お守りすると、決めたのに」
もう、お守りすることもできない―――――みたいなジークが、悲壮感たっぷりに顔を覆っちゃったよ!
なんだろう、この自分の葬式でも見てるみたいだな!
すみません、生きてますけど!
弟王子が嘆きだすから、出るタイミングが。
やっほー、生きてるよー!!などと元気いっぱいに出て行ける雰囲気でもない。
ちゃんと私は兄よりは空気読むから。
そっと紛れ込もうと思ったけど、どうしよう、どうしよう……どS師匠の弟子の隣とかに、さり気無く並んでたりしたら、誰か心臓麻痺とか起こすだろうか。
「もう……やめろ」
兄が耐えかねたように眉根を寄せて、王子の手首を掴んた。
「っ……すみ…ません、サミィさんと、ユイさんの方が、辛いのに」
「いいんだ、もういい」
王子は膝から崩れ落ち、号泣しながら『ごめんなさい。ごめんなさい』と何度も謝り続け、王子以外の声が聞こえないほど死んだ沈黙が広がっている。
ちなみに姉は俯いたまま、表情が見えない。
もう出家でもしたほうがいいのか、それとも元の女王蜂の死体の近くに戻った方がいいのか私!と思ったら、兄が首を横に振った。
「違う。お前があんまり罪悪感に押しつぶされてるから――――」
一度言葉を区切って、王子が顔を上げると、兄が物凄く申し訳なさそうな顔をしていた。
「――――――木陰からミコがでてきずらそうにしているんだ」
そういって、木陰から覗く私の方を指さした。
バッっと凄い数の目ん玉がこちらを向いて、さすがに私は姉に射られそうになった怒りも忘れて、及び腰になった。
いい、んですよね……私、生きてても?
「ミコっ!本当に、生きてっ―――――」
死んだように静かだった姉が潤んだ瞳で立ち上がり、ぎゅうっと私に止めを刺さんばかりに、抱き付いてきた。
現在進行形で、窒息せんばかりの抱擁で意識が遠のいて居ますけど。
姉の腕力よ、いい仕事しすぎだ。
「怪我は、怪我はどうしたの……え、肩は塞がっている?ちょっと、籠手はひん曲がって、腕、すごい腫れてるじゃない」
原 因 は お 前 だ 。
+ + +
「もう……二度と迷子になるんじゃないわよ」
迷子じゃないから、という反論を許さぬように、姉にヘッドロックされた。
姉の中だと、半ば誘拐と迷子の間に境目がないのか。
大きな傷を治療した後、放流されたかと思ったら、ちょっとだけ姉の目元が赤くて、何度もぬぐっているような仕草が見えて、何も言えなかった。
すぐさま涙と鼻水に塗れた弟王子に、土俵際に追い込まれた力士のように突進された。
ちょ、めっちゃ私の襟に鼻水ついてる!鼻水!
姉、ティッシュくれ!
あうあうと言葉にならない言葉を吐き出し、嗚咽を零す弟王子はすっかり幼児化しとる……ほれ、ちーんてしなさい、鼻水ちーんって。
スキンヘッドとか騎士にめっちゃ背中バンバンされたけど、これでも結構生涯トップテン入り確実の重傷だからね。
私の息の根を止める気ですか、この野郎。
なぜかどS師匠が『臭い』と言いつつ、魔法かけてきたのでビビッたが、どうやら相当な匂いを発していたようだった。どうやら、魔法でキラキラしているのは清浄的なあれらしい。
私の血+女王蜂の体液で、衣服もほぼ斑に染まっているほどだ。
まさか、ドラゴンはこれで近寄ってきたのか?
妖精さんの静かなる一喝で、すぐに落ち着きない空気は鎮まり、私――――いいや、私たち一行は安全地帯を目指して、走り出した。
危険すぎて兄に速攻、百人切呪詛刀は返しておいた。
ついでに邪魔くさいし。
それほど速い速度で移動してないので、残りの魔力でも十分走れるだろう。
妖精さんの話では、馬車までそれほど遠くないはずだとのことだ。
すぐ隣を走っていた料理長が私を見て、ぎょっとしたように両目を見開いていた。
「……ミィコ殿……私は、貴方が浮いているように見えるのですが」
いや、見えるも何も浮いてますよ。
女王蜂の羽をボードにして、走行してますが、私。
してる、と頷くと、今までになく難しい顔の料理長もなぜか頷き――――されど、私の足元から目を離すことはない。
そんなに悠長にしてられはないし、聞かれもしなかったので、話してなかった。
「女王蜂の羽……いや、そんな……まさか……」
自分で言って否定する料理長は、嫌々というように大きく首を横に振っている。
いや、女王蜂の羽だよ、料理長よ。
「あ~……ミコ、女王蜂に攫われてから、どうなった」
料理長が何か言いたそうにちらちらと私と近場の兄を交互に視線を送ってくるのを察してか、兄が口を開いた。
頑張って、生き延びた。
と言うべき所ではないのか、重々しい空気。
後ジークと弟王子の顔も険しい……というか、背後に姉もいるし、めっちゃ皆近くないっすかね!?
「おぉ、そりゃすごいな!やっぱり、こいつが決め手か」
まだ何も言ってませんけど、兄!
脳内をどこぐらいまで見透かされているのか心配になるが、兄は頷きながら腰元に戻ってきた百人切呪詛刀をポンポンと叩いている。
「大方、女王蜂の肩に刺さっていた百人切呪詛刀を引っこ抜いて、なにやら怪しげな力を発揮。なおかつ身体を反転させて、女王蜂を落下の下敷きにして、辛うじて生き残ったってところか。そこで女王蜂の羽が折れる。悶絶している所に、血をかぎつけたか、子供の悲鳴で駆け付けたか、ドラゴンがやってきたが足が痛む。料理長が羽根の破片を浮かせているのを見て、足から魔力を流せば、スノーボードみたいにいけるんじゃないかで、成功。適当に逃げてる所に、多人数の戦闘で俺達発見。劣勢だからドラゴンはゴブリンに擦り付けて皆で逃げよう――――――で、ファイナルアンサー」
………超能力者とかじゃないよね、兄よ。
超親切な、これまでの粗筋みたいな感じになっちゃってるけど、ほぼ間違いないよ。
私の『お前、陰からみてたんじゃねぇだろうな!』の視線で、どうやら兄の言葉が間違いではないと知ったようで、料理長の開いた口が塞がらない。
つか、料理長が羽を浮かせてたところ見てたのか。抜け目ないというかなんというか。
「なんと……なんという、あぁ!」
料理長が信じられんというように、思わずといった感じで首を横に振っている。
正直な話、生き残れてラッキーっである。
「でも、走行中は魔力減る」
「や、そりゃそ―――――ん?あのゴブリンとドラゴンに発生した竜巻っぽいのもお前か」
「女王蜂の魔石、罅入ってたけど」
こんぐらいの大きさで、とジェスチャーで示すと今度は、チャラ男が『罅が入っていても、破格の……投げ、投げて……』と小さく呟いたのが聞こえた。
「まぁ、命よりは高くはないだろうよ」
まぁ、ちょっとばかり勿体無いかなぁとは思ったけども、ドラゴン相手に勝てる気しないし。
行き当たりばったりだったのは、認めますけども。
あの後、兄たちといえば、姉と王子が止める騎士を振り払って追いかけようとしてたらしく、あの間際でドS師匠が追跡魔法なるものを私にかけたので、走って追いかけてきたらしい。
ちなみに二度、魔物と遭遇して戦闘になったとか。
途中でゴブリン軍団の端のゴブリン達に見つかって逃走するも戦闘に移行してしまったようだ。
ていうか、意外と魔法万能だなドS師匠ありがとうございます、この野郎。
口と態度が悪いけど、料理長が言ったように悪い人?ではないのか。
お礼言ったら、鼻で笑われたけどな。
ラ・イオさん曰くドS師匠は素直じゃないだけだとは言われたが、弟子は乾いた笑いを浮かべている。
…………え?ツンデレ、ドSダークハーフエルフ爺さんって誰得?
その後、大した戦闘もなく――――主に兄とドS師匠とムキムキエルフによる瞬殺――――何とか、魔法馬車についた。
走って戻ってきたせいか、行きの半分も時間がかからなかったんじゃないかと思う。
小休憩の時、残りは弟王子に女王蜂の羽を貸してやろうかと思ったけど、残念ながら魔力がほとんどなく、姉も同様だった。というか、魔力がほとんど残っている奴はいなかったけど、兄が一度乗って走っていたぐらいだ。
ロリコーンに弟王子を乗せようとしたら、暴れ出した。
私も残りの魔力が少なくなってきたので途中から走る事になったが、学生時代のマラソンとは違い、軽いとはいえ装備を付けたまま走るって、結構きついんだなと学んだよ。
馬車に残っていた御者が、エルフ×2、ロリコーン、顔を見せない長身の男、黒髪の青年、が加わって戻ってきた一向に対して、微妙に驚いていたが、大したことはなかっただろう。
つうか、一緒についてくるんだ。
地味にドS師匠一向は、イシュルスで宿を取る気だったらしいので、丁度いいとか。
ってか、ロリコーン、乗れるんだ!普通に魔法馬車凄すぎるだろ!
「それにしても、またゴブリン軍か」
兄が小さく漏らした言葉に、騎士+弟王子が暗い面持ちで、お通夜みたいな空気を醸していた。
左右の森の両方から、イシュルスに向けてのゴブリン軍団が二つあるということと、もしかすると他の部分からも来ているかもということだ。
重い空気も仕方がないだろう。
今回は偶々、ドS師匠一向とロリコーン一向が加わったから、帰ってこれたのだ。
よく考えれば、全員が生きて帰ってこれただけでも、凄いけども。
ジークが口火を切って、騎士と兄たちが何やら相談事をしているのを聞きながら、溜まった疲労もあって、眠気が襲ってくる。
たぶん相談事には私ごときの頭脳は必要あるまい。
「眠いなら、寝なさい」
私は姉に誘われるがまま肩に凭れると、すぐに意識が遠のいた。