チョコレート
まだまだ遅刻!
だけど、最終回はすでに決めてある!
では。また更新できたことに感謝。
いらっしゃいませ。
今日は終業式。
一学期という一区切りを終えて初めて与えられる、夏休みという名の休息期間。
もちろん直前には一部学生の敵とも言える期末テストなるものがあり、みんながみんな夏休みをエンジョイできる訳ではないのだ。
だがそんな中でもきっちりとしてくる者もいる。学年トップを当然のようにいく宮澤がその一人だ。
「で、補習があると」
「ごめん」
逆に今宮澤に頭を下げている近衛何かは学年下位グループだ。
ただし、近衛に限ってはテスト当日、気を確かに持つだけで精一杯の風邪を拗らせながら受けたのだから仕方がない。
でも補習は免除されない。
「分かった。許す」
「ごめんな」
「許さない」
「ありがと」
「許す。で、今日はどうするの」
本当ならいつものようにあの店に行く予定だったのだが、近衛は今日から補習が始まるのだ。
流石県下一の高校だけはある。
「今日は止めとくか」
「いや、私は行きたい。だから遅くなっても絶対来てね」
「ほんとに遅くなるぞ」
「知ってる」
宮澤は何でもないように言って鞄を持って、立ち上がる。
近衛がすまなさそうに見ているので、その胸に額を当てて体重を預ける。
「お、おい」
「絶対来てよ。約束だからね」
そういって、くるっと反転した宮澤はゆっくりとした速さで教室から出て行った。
取り残された近衛はしばらく身じろぎ一つせずにつっ立ったままでいたが、仕方なさそうにため息をつくと自分の荷物を鞄にまとめて教室をでる。
と、教室に入ろうとしていた教師と鉢合わせになってしまった。
「近衛、お前は補習だろう」
「今日はサボります」
「教師に向かって堂々とサボり発言とは、お前は馬鹿か」
「馬鹿でいいです。サボれるなら」
教師はやれやれと肩を落とし、近衛に道を譲った。
「明日は来い」
「あざっす」
「おいおい、そこは馬鹿っぽくするな」
「ありがとうございます」
教師の横を通り過ぎ走る、近衛の後ろ姿を眺めた教師は、
「廊下は走るな」
と、注意を投げかけてから教室に入る。
中には近衛と同じように補習を受けさせられる生徒が非難の目を向けていた。
「あいつにはおまえらの倍やらす。倍やりたいやつから出ていけ」
教師の言。
残念なことに誰一人勉強に一生懸命なやつはいなかった。
いたらこの場所にはいなかっただろう。
教師はつまらなさそうに補習を始めるのだった。
◆◆◆◆◆◆
「宮澤!」
丁度校門のところで宮澤に追いついた近衛は少し息をきらしながら、歩いて並ぶ。
「来なかったらどうしようかと思った」
「こうなるって分かってたのかよ。おかげで俺は補修が増える」
「あの先生話は分かるけど厳しいもんね。どんまい」
ぽんと肩を置かれた手はそのまま滑り降りて、手に納まる。
その手を握り返し、誰のせいだよと苦笑いで言う近衛。
それから宮澤の手を引いて歩きだす。
「今日もやってるかな?」
「どうだろうな。三週間毎ってのは分かってきたけど」
二人が当然向かい、当然たどり着いたのは、不思議なお店CandyStoreだ。白い薔薇の装飾が施された、質素っいうより異様に白一色のお店。
いつものようにそこに青年が立っていた。
「また来てくれましたか」
青年はどこか嬉しそうに言って二人を招き、二人は逆らうことなく導かれる。
中は長いテーブルが一つ置かれていて、そうようにいくつかの椅子がおかれていた。
しかし誰も座っていない。
ただ、お菓子だけがポツンと存在感を放ちながら置かれているだけだ。
青年はごそごそとポケットを漁ると、ポケットから二つの丸いチョコレートを取り出した。
それからホワイトチョコレートのペンも。
「今回はチョコレートで作ろうかと思いまして」
「なるほど」
「ここに何か書いたらいいんですか」
「はい、そうです」
自然に、楽しそうに青年がいう。
二人はしばらく書く作業に没頭し、ほとんど同時に書き終えた。
近衛のチョコには白いハートが、宮澤のチョコには「LOVE」と直線的な字体で書かれていた。
二人とも交換するようだった。
「はい、近衛君」
「じゃあこれ、はい。宮澤」
交換し、口に入れる。
途端に強烈な甘さが口の中に広がった。しかし嫌な強さじゃない。むしろ嬉しい強さだ。
「甘かったようですね」
青年は嬉しそうに言う。
「そのチョコはとある作者さんが考えた真実を映すお菓子です。書かれたことが本当なら甘さが、嘘なら苦さが出ます」
言われて、より一層恥ずかしさの増した二人は真っ赤になりながら背中を向け合う。
お互い恥ずかしい想いを書いて渡して、それが真実ということを裏付けられているようなものなのだから。
青年はそんな二人を微笑ましく見つめる。
「本当に仲がよろしいんですね」
「……まぁ、近衛君は優しいし」
「宮澤は……、あれ、俺に全然優しくない」
宮澤は目をあちこちにさまよわせ、青年は苦笑する。
「照れ隠しですよ。ほら、さっき好きってことは分かったでしょう」
「分かってるけど、たまには優しく」
「知らない」
ぷいとよそを向く。
と、窓の外の景色がくしゃりと歪んだような気がした。
「今日はもうお別れですね」
青年は少しだけ寂しそうに言って、手をふった。
「また会いましょう」
カラン。
いつものように音が鳴り、二人の姿がパッと消える。
同時に、窓から見える景色は真っ黒なものに。
後少し、もう少し。
声が響く。
青年の後ろには、老若男女を問わず何人かの人が立っていた。
青年は手に持った本をその人達に渡す。
本は、また、めくられていく。