プリン
今回はやりすぎた(汗
一種の感想みたいな気が……気のせいですね、わかります。
それでは、楽しんでいただければ幸いです♪
「宮澤さん、ちょっといい?」
放課後、荷物を鞄に片付けていた宮澤に三人の女子が集まってきた。
「ん」
短く応答し、鞄を閉じる。
近衛は今日は柔道がある日なので、すでに教室にはいない。
加えて今教室には数えるほどの生徒しかおらず、宮澤に目を向けているのは話しかけた三人だけだ。
鞄から手を離した宮澤は三人に正面から対峙する。
「何」
「近衛君と付き合ってるんですって?」
「そうだけど。何」
「気に入らないわ」
心底嫌なものを見る眼で女子三人は宮澤を睨みつける。
そういうことか、と納得した宮澤は、その瞬間から女子三人へ向けていた意識を手放す。
「気に入らなくてもいい」
宮澤は突き放すように言って鞄を持つ。目の前に立たれることすらも嫌気がさす連中だ。
だが相手は三人というのを利用して道を塞いできた。対面を塞ぐのは先ほどから三人の中で一番喋る女子だ。
「何」
宮澤は露骨に嫌気をアピールしながら、シッシと首で退くように合図する。
さすがに頭にきたのか、対面の女子は顔をイチゴのように真っ赤にしている。
「ねえ」
宮澤はたまらず声をかけた。
「何よ」
明らかな苛立ちを含んだ声が返ってくる。
「その顔の方が似合ってるよ。なんだかイチゴっぽくってさ」
これには流石に我慢の限界だったのか、三人の女子は宮澤に殴りかかる。
顔に迫るビンタを見切った宮澤だが、いかんせん運動などはしない質なので体がついてこない。
結果、景気のいい音が教室に響き、残っている少ない生徒の全員が宮澤の方を向く。
「あ、ぁ」
ビンタしてから気付いたのか、急にあわあわと慌て始めた三人は、教室の奇異なものを見る眼に耐えられなくなったのか、そそくさと教室を出て行った。
ひりひりと殴られた痕が痛い。ソッと頬に手を当ててから、鞄を肩にかけるようにして持った宮澤。
今日の帰りは一人で町内を探索するのに決めた。
◆◆◆◆◆◆
駅前はそれなりの賑わいを見せており、相応に楽しい。
「でも一人で見てもつまんないなあ」
宮澤は何もない方の手を泳がせながら歩いていく。
一通り回った後は、最後に確認の為にあの店にいくことにする。
二ヶ月と一週間もありながらたった三回しか店を開いていない、たくさんの思い出が詰まった店、CandyStoreへ。
「このあたりに一人でくるのは初めてかも」
それがちょっと寂しい。
宮澤はハッとして雑念を振り払うようにブンブンと頭を振る。
「これだと私は近衛君がいないと駄目みたいじゃない」
声に出して確認してみると、やはりそうとしか思えない。
はぁと溜息を吐いては見たものの一向に収まろうとしない胸のもやもやを抱えて、ようやくCandyStoreに到着した。
相変わらず真っ白で、真っ白い薔薇の装飾が施された看板が印象的だ。
一目見ると絶対忘れないようなその外見には似合わず、誰一人としてその店に目を向けるものはいない。
「いらっしゃい」
不意にそんな声が聞こえた気がして、宮澤はCandyStoreを見る。
そこには青年が一人浮かび上がるように立っていた。
「いらっしゃいませ、寄っていきますか」
吸い込まれるように店内に入ると、強い果物の香りが鼻と喉を刺激してきた。
「すいません、今日は少し特殊なお客様を呼んでいるのです」
青年は申し訳なさそうに言って、カウンター席を宮澤に勧める。
そこに、一人の枯れた老人も座っていた。
宮澤は老人と二つ席を空けて席に着いた。なんとなくこの老人は近くにいてもいいような人に感じられなかったからだ。
しかし甘い香り、宮澤は気にされない程度に顔を動かして果物を探す。
「捜し物はこれかな」
探しているのが分かったのか、老人の方から宮澤に声を掛けてきた。
差し出されていたのは真っ青に染まりに染まった見た事もない果実で、見るからに熟れすぎているのがわかる。
「これはなんという果物ですか」
「これかい。これはね、コッカという果物さ」
「……コッカ、聞いた事ありません」
「だろうねえ」
老人は気にした様子もなく言ってのけた。
「このコッカは熟れすぎたのだよ、だから私が摘み取ったのだ。そしてここへ持ってきた」
「これをこれからお菓子にするのです」
青年は老人に白い紙を一枚、宮澤の前にも一枚、それぞれ差し出す。
老人は枯れた手で筆を取り、しかし何も書けないでいた。何も思いつかないのだろう。
「そうだ。ねえお嬢さんや、私の代わってこの果物でお菓子を作ってくれないかい。どうも私にはこれをどうするかを決める勇気はないのだよ」
「それはいいですね。宮澤さん、あなたさえよければ」
「やってみます」
宮澤は老人から熟れた果物を受け取る。
香りが強く、口に入れなくても甘味が舌を撫でる。
強すぎるなあ、と宮澤は思った。
「……」
ぶつぶつと誰にも聞こえない声を出しながら、宮澤は白い紙に鉛筆をなぞらせる。
しかしその顔はとても楽しそうだ。
「できた」
「はい、お疲れ様です」
青年は宮澤の書いた絵をチラリと見てから、熟れた果物を取り上げ、二つをポケットにしまう。
それからごそごそとポケットの中身をかき混ぜてから、何かを掴むようにして引き抜く。
そこにあったのは、真っ青なプリンだった。
「ほほう、これはまた……歪なものを作りなさったのう」
老人は懐かしいものを見るようにブループリンを見て、興味深そうに指でつつく。
するとつついた部分はプリン本来の色を取り戻し、老人の指に青が移った。
青いのはカラメルだった。
「コッカの下は果たして何になるんだろうなあ。しかし、それらをコッカは覆い隠してしまう。それはきっと宿命というものか」
老人はプリンを一匙掬い、口に運ぶ。
「摘み取った果実の、何たる美味なことか……そろそろ刈り取る時期と思った私の考えは間違えではなかった」
「お爺さんはどこから来たんですか」
「遠い遠い世界からじゃよ」
老人は寂しそうに言う。
何か事情があるのだろう、宮澤はそれ以上老人について聞くことは出来なくなってしまった。
カラン。
店に誰かが入ってくる音がした。
そこにいたのは近衛と若い女性、いや、若い女性はまるで最初からそこにいたかのように錯覚する。
「やっぱりここにいたのか、宮澤」
「そっちの女性は」
誰なのかを聞く前に、女性は宮澤に微笑み、近衛に礼をしてから老人を手招きする。
「迎えにきましたよ」
「おお、待っていてくれたのか」
「きっとあなたのしたことは最後の足掻きだと思います。私はそんなあなたを導きたい」
「そうか、私は足掻けていたのか……」
老人は俯き、掠れた声を漏らす。
「さあ、行きましょう。長い間待っていた分、たっぷり一緒にいたいのです」
「ありがとう……」
老人は女性に近づき触れる。すると老人は若返り、二人はお似合いの姿となってから消えてしまった。
「ずっと待ってたんだって、あの人」
「そうなんだ」
宮澤はそんな二人に心の中で敬意を払う。
「じゃ、私達も行こう」
「え、俺来たばっか」
「行こう」
「一口」
「行こう」
「……エスコートは」
「任せたよ」
「分かったよ、お姫様」
「よろしい、私だけの王子様」
そんな応答を繰り返し、宮澤と近衛の二人も消えて行った。
「今日は閉店ですかね」
「そうしましょうか」
空から声が聞こえ、CandyStoreの店は閉じられた。