クッキー
今回は小説としては疑いようのない駄作です。
しかし、楽しんでくださいね♪
この前CandyStoreへ行ってから早くも三週間が経った。
新入生達は慣れ始めて、学業以外の事にも現を抜かし始める時期だ。具体的には部活へ異常な情熱を注いだり、通学路で遊んでみたり、やっぱり恋愛をしてみたり。
そうなってくると場所に華を咲かせる美男美女という存在はかなり注目を集めたりするのだ。
「お~い」
強いけど優しい声が響く。
「ん」
短いけど明るい声が返る。
この学校で一番注目を集めている二人の声だ。
優しい声は近衛大吾郎のもの。女子の中で密かにはやっている彼氏にしたいランキングは堂々の一位に納まる、いわゆる美男子だ。
対して明るい声は宮澤志乃のもの。素っ気なく少し冷たい性格でありながら、甘いお菓子が大好きというギャップは周りの男子を惹きつけ、さらに美女足りうる容姿も兼ねた理想の女子だったりするのだ。
そんな二人は現在付き合って丁度三週目だ。
「柔道は」
「先生が体調悪いから自主参加だって。だから久しぶりに志乃とお菓子食いに行こうと思ってさ」
近衛は柔道部期待のホープで、既にレギュラー入りも確定している。
「ふぅん」
特に興味もなさそうな声が間を取り持ち、鞄に荷物を詰めた宮澤はその鞄を近衛に押し付ける。
「私を呼ぶときは宮澤か志乃様って言ったよ」
「志乃様」
「愚民と言うよ」
「ごめん、宮澤」
「それで良いの」 近衛が鞄を受け取ったのを確認して背を向ける。
黄色のリボンで結ばれたポニーテールが揺れる。
「怒ってる」
「何で」
「えっと、昨日女子と一緒にご飯食べに行ったから」
「分かってるなら良い」
「良くない」
そっぽ向いた宮澤を近衛は後ろから抱きしめる。
ビクッと震え、手で明確に拒絶してきたけれど離さない。
「友達付き合いだし、こんなことで泣かれたくないから」
「泣いてない」
強引に振り払う。近衛が本気なら払えないが無理に抑えるほど彼は強気にはなれない。
振り払った後、宮澤はふうと近衛に聞こえるように息を吐き、それからクルッと回って少し力を入れた右ストレートを近衛の鍛えられた腹筋に叩き込む。ぐふっと近衛はよろける。
「ケーキ」
振り抜いた拳を開き求めるように差し出す。近衛はやれやれと思いながらも嫉妬してくれる宮澤の手を取った。
「分かりましたよお姫様」
「うん、よろしい」
ギュッとお互いに握り合う。
繋がった想いを間違えないように。
◆◆◆◆◆◆
「お」
近衛は小さく驚きの声を上げた。目の前には白い外装の店、薔薇の装飾がされた看板にはCandyStoreの文字がある。
今日は開店しているようだ。
「どうする」
分かりきった返事を求めて言う。
「入るに決まってるよ」
分かりきった返事が返ってきた。
二人は手を繋いだまま店の中に入る。
店内はまたがらりと変わっていて、カウンター席になっついた。けれど、相変わらず色は白で統一されて、穢れを寄せ付けないようだった。
カウンターの向こうにはいつもの青年が二人を認めて手招きしていて、二人は逆らわずに近付いていった。
「ようこそ。お久しぶりですね」
「いつも閉まってますからね」
ごもっとも、と青年は笑い、二人の前にオレンジジュースを入れた。
「今はそれしか置いてないので、それで我慢してください」
「オレンジで何か作っているんですか」
「そういう訳ではないですが、そうですね……オレンジジュース以外出したくない気分なんです」
青年はそう言ってポケットから丁寧に畳まれた紙を取り出した。
チラッ中に赤い何かの絵が見えた。
「なんですか、それ」
「あ、俺も気になった」
「見てみますか」
二人の注文に笑顔で対応する青年は、言葉に反して紙をポケットにしまった。そしてごそごそと二三回手を動かしてから、では出します、と前置きする。
ゆっくりと引き抜かれる手には真っ黒い棒が握られている。到底ポケットには入らないはずの大きさ、そして赤くない。
「あれ、赤くない」
「さっきは赤かったよな」
「うん」
二人は目の前に出された黒い棒を見る。どこから見ても真っ黒だ。
「ふふ。まだ未完成ですよ」
青年はマジックをするように手を出す。何かと思って注視すると、手にはトンカチが握られていた。
「これを、こうします」
パキッと氷を砕くような音が響いた。
トンカチを脇に置いて、黒い棒の一端を握る青年。
ずっという音が聞こえた気がした。
「うわぁ」
「すっげぇ」
青年の手に納められていたのは刀を模したクッキーだった。長さまで忠実に再現されたそれの刀身は熟れたイチゴのように紅い。
刀身から微かに香る甘酸っぱい香りが二人の鼻孔を擽り、食欲を沸き立たせる。
「やっぱり、苺かな」
「はい。実は私苺が大好きです」
「俺も」
美味そうなお菓子をじゅるりと涎を拭い、食べても良いのかと近衛は目で訴える。
青年はやれやれとした風に笑い、ポケットから皿状のクッキーに甘い果物と生クリームを詰めたケーキを取り出した。
「美味しそう……」
「仕上げがまだです」
青年は笑って先ほどの刀のクッキーをケーキの上に刃を下に持ってくる。
ストン。
驚いたことに同じクッキーでありながら刀のクッキーは意図も簡単に皿状のケーキを寸断した。
引き抜くとべったりと生クリームが赤い刃に付着し、果物も巻き込んでいる。
青年はそれを後二回行ってから、生クリームが付いた赤いクッキーを真っ二つにして、宮澤と近衛の二人に差し出した。
「召し上がれ」
宮澤は受け取った折れた刀のクッキーをまじまじと見る。隣ではすでにもぐもぐと近衛が忙しく美味しそうに食べている。
ごくりと甘い香りに刺激されて出てきた唾を飲み込み、生クリームがべったりと付いた赤いクッキーを食べる。
「美味しい」
「きっと制作者も喜ばれていますよ」
青年は先ほど切ったケーキを一つずつ二人の前に差し出す。こちらも美味しそうだ。
食べてみる。やはり美味しい。
「ねぇ、近衛君」
「なんだよ、宮澤」
「別に女子とどっか行ったから怒ってたんじゃない」
どこか拗ねたように宮澤は続ける。
「私がそんなことで怒ってって思われたことに……、怒ってるんだから」
「悪かった」
「ううん、許さない」
ちょっとだけ頬を膨らませた宮澤は、食べ残った赤いクッキーを近衛の口に突っ込んでから席を立った。
「ごちそうさま」
「はい。またいらしてくださいね。歓迎します」
「宮澤待ってよ」
さっさと出て行ってしまった宮澤を追って近衛も出て行く。
一人カウンターに残った青年はケーキと皿を片付け、そしてチラッと我々を見てから、ニコッと笑いクルッと指を回転させる。
カラン。
乾いた音はCandyStoreの閉店を示すCLOSEDの看板がかけられた音だった。
前書きの意味は分かりましたか?