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キャンディ

「宮澤」

 放課後の教室今から帰ろうかと思っていた宮澤志乃を、よく響く爽やかな声が呼んだ。声の主は近衛大吾郎だ。

 宮澤は教科書類を鞄に入れながら声だけで返す。

「何」

「お菓子食いにいこうぜ」

「この三週間で五度目だよ。女の子の体重を何だと思ってるのよ」

 パタンと復習用の教科書を入れ終えた鞄を閉じ、宮澤はわざとらしく肩を落として見せた。

「行かないのか」

「行くに決まってるよ」

「そうこないとね」

 近衛が笑い、つられて宮澤も笑う。

 そんな二人を遠巻きに同級生が見ていた。そしてその中の一人が、ついついもらしてしまう。

「あいつら何で付き合ってないんだよ」


◆◆◆◆◆◆



「今日はどこにいくの」

「まあまずはいつも通りあそこかな」

 二人は手を繋いで駅前の賑わう通りをかき分けて進む。

 通りに人が少なくなって、余裕で歩けるくらいになった時、ようやく目的地に到着した。

 白い外装にバラの装飾が施された看板、CandyStore。滅多に開くことがないお店で、今日も変わらずCLOSEDという看板もかけられている。

 ということは今日もお休みのようだ。

 しかし、二人は何となく引きつけられるように店に近づき、窓から店内を覗き込んだ。本当に、何の気なしに覗いただけだった。

 そこにいたのは竜だった。食べるようなサイズじゃない、むしろ食べられるようなサイズだ。前はこんなもの無かった。

「またいらしたんですね」

 そうしてその竜に魅入っていると、不意に後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのはあの青年だった。いつの間にかCLOSEDの看板はOPENに変えられている。

 つまり久しぶりに、日にして三週間ぶりに、CandyStoreが開業したようだ。

 宮澤と近衛の顔に笑顔が表れる。

 青年はニコッと笑い、手で店内を勧めながら、

「よっていきますか」

「もちろん」

 元気よく答えて店内に入る。

 店内はがらりと変わっていた。

 まず、机は巨大な円卓状になっていて、その上をいくつかのお菓子が並んでいた。

その中に窓からたまたま見えた竜がいる。

 いや、竜があった。

「作り物」

「そうみたいだな」

 宮澤はその竜に触れる。僅かに温もりが肌を伝う。

「飴細工ですよ。常連さんが描かれた話を頼りに作りました」

「文でも出来るんですか」

「想いがこもっているなら、形は関係ありません。ここは想いを甘いお菓子にする、CandyStoreですからね」

 自慢げに青年は言う。

 宮澤が見渡す限り、そこには二十四個の作品がずらりと並んでいた。どれもこれも個性が溢れていて、見ていて楽しくなる。

 その中で宮澤はバイクを象られたキャンディを手に取った。お皿はノートのようになっていて、妙に印象に残るキャンディだ。

 近衛が気に入ったのはやはり竜。しかし気に入ったのは、この竜がどこか優しげで、そして見ていると心が癒されるからだ。

「今日は何をお食べになりますか?」

「俺は作ってきた」

 近衛はポケットに手を入れ、綺麗に折り畳まれた紙を取り出した。

 青年はそれを受け取ると、クスッと笑ってから奥の部屋に行ってしまった。することが無くなった宮澤と近衛は席に座って待つことにする。

 やっぱりすることがないので、店内を見渡すと、気付いた。二十四の作品の近くに同じ数だけの人が座っていた。もちろん、円卓で隣の席に座っている人も見えた。さっきまではいなかったのに。

 しかし不思議にも宮澤は不思議に思わなかった。当然とも思わず、ただ受け入れてしまえたのだ。

 よく見るとみんな楽しげに何かを白い紙に書き起こしているみたいで、何かが描かれる度にお菓子が形を変えている。ほんの少しだが確かにかわっているのが分かる。

「なんだか不思議だね」

「そうだな。俺も最初は思ったよ」

 ふぅんと相づちを打った宮澤は、手に持ったバイクの型に入れられたかのようなキャンディを口に含む。甘い中にちょと酸っぱい味を感じさせる、不思議な味。

 口いっぱいに広がった味にうっとりとしながら他愛のない世間話を二人はしていた。

 そこに一種類で二つのお菓子が後ろから差し出される。見るとにこにこ顔のあの青年がいた。

「お待ちどうさまです。それと、皆さんが作っている物はつまみ食いして大丈夫ですよ。皆さんもその方が喜びますしね♪」

「そうなんですか」

「はい。お菓子は誰かに食べられて初めてお菓子ですからね」

 にこにことしながら言われると、なんだかそうとしか考えられないから不思議だ。

 宮澤は改めて出されたお菓子を見た。白い箱のようなお菓子だ。

「へへ、俺からのプレゼント。開けてみ」

 近衛が少し紅くなりながら言うので興味津々で箱のお菓子を開いてみると、中から指がはめられるくらいに小さな銀のリングが置いてあった。

 いや、よく見ると違う。透明で、周りの色を吸収して銀に見えているのだ。

「何、これ」

「飴細工の指輪」

 少し語調を強めていく。

「なあ、宮澤。俺と付き合ってくんね」

 それから出されたのは何気ない言葉。

 今でも同じくらいの関係で、今日からはさらに甘酸っぱい関係になろうと、そういうこと。

 返事は早い方がいい。だけど早すぎると逆に悪い。

「そっちのも指輪なの」

「そうだけど」

「なら出して。はめっこしよう」

 一瞬驚いたように目を見開き、次は意味を理解して目をそのまま真っ赤になる近衛。

 しかし、嬉しいことに変わりはない。自分の前に置かれた飴細工の指輪を取り出し、宮澤の手をもう片方の手で優しく持ち上げる。

「じ、じゃあ人差し指でいいか」

 完全に緊張して呂律が回らない。

 宮澤は少し俯いた、頷いたようにも見える。

「バカ」

 聞こえたのは照れ隠しのナイフ。顔を真っ赤にして、少し目を潤ませた宮澤はいつもより高い声で、まくし立てるように言うのだ。

「溶けるか食べるかするんだから、薬指にすればいいじゃないの」

「い、い、いいのか」

「私も近衛君の薬指にはめてあげるから」

「え」

 見開いている目をさらに開いて、今度は嬉しそうにニカッと笑う。

「じゃ、はめるぞ」

 スルッと大分余裕をもって宮澤の薬指に指輪がはまった。掲げて見る、とても綺麗だ。

 その手で近衛の手を掬い取り、薬指にもう一つの指輪をはめる。こちらもスルッとはまった。

「これからもよろしくね、近衛君」

「こっちこそよろしく、宮澤」

 向かい合ってクスッと笑う。

「ふふ、素敵でしたよ」

 最後にそんな声が聞こえ、カランとCLOSEDの看板が音をたてて二人はCandyStoreの前に立っていた。

「またお金払い忘れちゃったね」

「だな。また次回に聞いてみよう」

「うん」

 手と手をつなぎ合わせて二人は歩く。

 お互いの指にはまった誓いの輪と一緒に。


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