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アイスクリーム

 春。まだ寒さが残りながらも暖かくなっていく毎日。明日にはなだらかな山の上にある県下一の琴吹高校で入学式があり、満開の桜のトンネルをくぐって学校への初めての通学を控えている高校生はおよそ二百人。そしてその麓にある他の桜とは違う御神木のような桜がある公園のブランコに座り、ぶらりぶらりと体を揺らしている宮澤志乃もその一人だ。

 下見のためにここに来た宮澤だが、駅を二つ分離れた場所であるこの辺りのことがあまり分からず、でも直ぐに帰るのも気が引けてこの場所で無為な時間を過ごしている。

「あんた、琴吹高校に入学する人か」

 快活な声は公園の入り口から響いた。

 宮澤には初対面の男だ。背は一八○はあるだろうか、ただ背の割には細く巨体というよりものっぽの方が合っている。

「そうだけど」

「はあ、良かった。間違ってたらどうしようかと思った。俺も明日から通うんだ」

 同級生か、これで。宮澤は内心そんなことを考えながら、ブランコから降りて男の方に向かう。

 宮澤の頭が肩にギリギリ届かないので、自然と上目遣いで宮澤は男を見る。その顔がにかっと子供のように笑った。

「俺は近衛大吾郎。よろしくな」

「私は宮澤志乃よ。よろしく」

「入学式の日にち間違ったのか」

「だったら私は制服着てるでしょうね。下見よ、し、た、み」

「そっか」

 近衛は感心するように頷く。

「家まで送ってやろうか、迷子だろ」

「眼科に行った方がいいよ、近衛君。私の家二つ隣の町にあるけど」

「うげ、そりゃ無理だ」

 宮澤は苦笑する。近衛の態度を見ているとなんだか春の日差しのように温かい気持ちになるからだ。

 見たところこの辺りの人みたいだし、町を案内してもらおうかな、と宮澤は考える。そうすれば仲良くなれるし町も分かって一石二鳥だ。同じ学校から琴吹高校に入学したのは宮澤だけ、つまり入学式から友達を作らないと後々面白くない。今の内に男子とはいえ友達を作っておいた方が無難だろう。

「変わりに町を案内してやるよ。隠れた穴場とか知ってるからさ」

「この辺りを案内してくれない」

 二人は同時に言って、その意味を考えて呆然とし、最後に揃ってクスッと笑う。そして同時に、気が合いそうな奴、と思うのだった。

「決まりだな。後ろ乗れよ」

「ううん、歩く。明日からは歩かないとダメだしね」

「そうか」

 近衛は強要はせず、自転車から降りて押して歩く体勢にはいる。

 二人は並んで桜の御神木がある公園を出ていくのだった。



◆◆◆◆◆◆


「っで、何か確認しときたい店とかあるか」

 近衛は歩きながら聞く。宮澤は少し考えてから、どこでもいいと結論付けた。

「ないよ。近衛君の采配に任せる」

「重役任されたな」

「私の好感度を上げるために頑張って」

「他人事かよ」

 ともすれば付き合っていると疑われかねないくらい親密な会話。もうお互いにそれだけのことをしても許されると理解しているからだ。

 自転車が無造作に置かれている場所に自転車を置いてから三十分、駅周辺を適当にぶらぶらと回っていた二人は恋人同士に見えなくもない。

「ちょっと疲れたかな。どこかに入らない」


「ん。じゃあ……開いてるか分からないけど、一番美味いお菓子屋さんでも行くか」

「今お昼時よ。開いてるでしょ」

「あそこはそういうのはあんまり関係ないんだ。とりあえず行ってみるか」

「そうだね、案内は任せたよ」

「任された」

 近衛の後を追おうとした宮澤、ふと前をいく姿の横に丁度良い悪戯道具がぶら下がっているのが見えた。

 それの先端に自分の手を重ねる。二人の手が繋がった。

 いきなりのことに驚く近衛だが、してやった顔をしている宮澤を見ると苦笑して何も言わない。

 悪い気はしない、そういうことを考えているのかもしれない。

 二三分歩いた二人は目的地に到着した。

しかしその前で呆然と立つことしか出来ない。

 白い外装にバラの模様が描かれた看板。そこに書かれている文字、CandyStore、これは店の名前だろうか。いや、今はそれどころじゃない。

「閉まってるね」

「やっぱりか。ここ最近は開いてないからそろそろだと思ったんだけどな」

 ドアにかけられたCLOSEDの文字が現実を告げていた。

 顔を見合わせる。お互いが困ったと主張して、これから適当に違う店にでも行こうかと言う時、おもむろに店のドアが開いて中から背の高い好青年が姿を現した。

「お客さんですか。運がいいですね」

 好青年はにこりと笑いながら言って、CLOSEDと書かれた看板をひっくり返しOPENにする。

 看板には店の名前が書かれた看板と同様にバラが描かれている。

「ただいま開店です、寄っていきませんか」

 手招き。二人はまたまた顔を見合わせて、分けてもらったかのように笑顔を咲かせる。

「もちろん」

 重なった明るい元気な声に好青年はやっぱり笑顔で応えて店の中に引き返し、二人も続いて店に入った。

 中もやはり白が目立つ清楚なイメージだった。ただ、ものが何もない。お菓子どころかショーケースすら置かれていない店内は天国という聖域を思わせる。

 店内奥の机を陣取る。メニューは置いておらず、代わりに大きめの白紙とシャーペンがあった。

「出来たらお呼びください」

「どういうことですか」

「ここじゃ、メニューは作るんだよ」

「書くってこと」

 宮澤は手で何かを書くジョスチャーをする。

「そゆこと。はい」

 近衛はいつの間に書いたのか、汚い絵が描かれている紙を青年に手渡した。

「いつものように汚い絵ですね」

「うるせー」

「では少々おまちください」

 青年は紙を丁寧に折り曲げてポケットにしまい、奥の部屋に引っ込んだ。

 店に人が入ってくる気配はない、閑散とした室内がもしかしたら閉店していると思わせるのかな、と少し失礼なことを考えた宮澤はシャーペンを手にまだ白紙の紙と向き合った。

 窓の向こうの人通りは並み、多いというわけでもなく少なくもない。

「お待たせしました」

 白いエプロンに着替えた青年が両手にそれぞれお皿を持って帰ってきた。一つにはさっき近衛が書いたものと類似したケーキが、もう一つには真っ白い雪のようなアイスクリームが乗っけられている。

「これは」

「あ、それ」

 不思議そうにアイスクリームを指した宮澤の指の先にあるアイスクリームを見て、近衛は声を漏らした。

「これはこ常連が作ったアイスクリームです。名前は『聖なる夜(ホーリーナイト)』でしたか、良いセンスです」

「嫌みか」

「もちろん」

 にこりと笑った青年に近衛は悔しそうに顔を真っ赤にする。

 宮澤はアイスクリームをスプーンで掬い取り口に運ぶ。途端に口の中に甘いバニラの風味が広がってきた。いや、これはバニラの甘味だけじゃないような。

「『恋は蜜の味』と書かれていたので、隠し味に蜂蜜を使っています」

「……いっそ殺してくれ」

「おや、まだ蜜の味がする恋はしていないでしょう、もう少し頑張りなさい」

「このアイスクリーム、本当に美味しいですね」

「礼なら私ではなく彼に言ってくださいね」

 と言って近衛を指差す子供のような青年に思わず宮澤は頬を緩ませた。

 しばらく三人で談笑しながら過ごしていたが、時間というのは経つのが早い。アイスクリームが溶ける前に食べきると空いた時間はより長く感じられる。

「人はいませんね」

「そりゃあ、ここは隠れた名店ですから」

 楽しそうに返された。このまま追求したら何か秘密の一つや二つ簡単に出てくるような気がしたが、なんだかそれはしてはいけないことに感じた宮澤はそうですかと濁して立ち上がった。

「私もういきます」

「なんだよ、たまにしか開いてないんだぞ」

「街も見れたし、休憩も出来た。そろそろ家に帰らないとね」

「そうか。じゃあ俺も行く。駅まで送ってやるよ」

「いいよ、ここからならいけるし」

「遠慮すんなって。じゃ、ごちそうさま」

「はい。またのご来店をお待ちしています」

 カランッ。

 はたと気付くと宮澤と近衛は二人揃って『CandyStore』の入口に立っていた。

「あ、あれ……」

 振り向くとCLOSEDの文字が書かれた看板がある。

 中を見ても誰かがいる気配もない。まるで最初から開いていなかったかのような雰囲気だ。

「会計……してない」

「俺も何度か来たけど、気付いたらこうなるんだ。ま、次来たときにでも聞いてみたら」

 まるで知っているように言う近衛。

 宮澤はちょっと意地になって先を歩いた。

 けれど確かなことはある。

 宮澤はさっきまでお菓子を食べていたんだ。

それはまだ口に広がるアイスクリームの味が証明している。

 アイスクリームは溶けてなくなったが、食べたという記憶は忘れない。宮澤はそう決めて帰路を歩く。

 今日は楽しい一日だったと、心から思いながら。

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