25話
なんだか本格的なものになってきた、とステイシーもちょっとだけ緊張。
「大丈夫ですよ、もしかしたらどこかで聴いたことある曲かもしれません」
「ありがと! じゃ、よろしく」
録音のボタンを押し、シャノンは一歩下がる。ワクワク、している。唇が震える。
ピアノが踊る。『海とカモメ』とは違い、明るくハジけるような曲調。
その曲は国によっては電車の発車メロディとして採用されたこともあるほど、軽快で溌剌。走り出しそうなほどに愉快。虹色に輝く世界。
自然とシャノンの体も揺れる。
(聴いたこと……はないかもだけど、朝聴いたらその日一日頑張れそう。あ、仕事ってそういうこと?)
頑張ろう、的な。シンプルに。これから毎日、朝コーヒー飲みながらこの曲を聴こう。録音しててよかった。
約六分。走り続けていたステイシーの指が終点に到着。
「以上です。これが私の『職業』を司る曲、かなと」
うんうん、と頷きながらシャノンは自身のモーツァルト像を再構築。やっぱすごいヤツじゃん。
「いい曲。さっきまでの話聴いてたから余計に。なんて曲? 楽しそう」
「『ディベルティメント K.136』。管弦四重奏曲ではありますが、そのピアノアレンジです。ニ長調の明るく軽やかさもあり、短調の寂しさも漂ってくる。研究者によっては、彼の曲の中で最もリラックス効果をもたらす、とも」
そしてステイシーにとって、モーツァルトをモーツァルトたらしめる一曲。端々から彼を感じる。
自身の調律を確認しつつ、レダがさらに情報を提示。
「面白いのはね。この曲は不明な点が多いんだ。五重奏にすることも、交響曲風にすることもできる。モーツァルトが作曲当時どんな想いだったのか、全く見当もつかない。ヴァイオリンの名手で、モーツァルトの探究者でもあったアインシュタインですら、答えが出せなかったんだ」
世界最高の頭脳ですら解き明かせない謎。それを十代半ばで生み出してしまった。天才、という安っぽい言葉で片付けたくないが。天才とはこういうものなのだろう。
鍵盤の蓋を閉めながら、ステイシーがこの曲を選んだ基準を示す。
「アインシュタイン曰く。『死とはなにか。それはモーツァルトが聴けなくなること』と。生きている限り、人間という仕事を与えられて、全うしていく。常にモーツァルトは人々のそばに、なんて言うと大袈裟かもですけど」
「明るくて、寂しくて、よくわかんなくて、でもどこか心動かされて。いいね、仕事ってさ。やっぱ、そういうもんだよね」
自分の写真も。どこかで誰かの支えになってたら。シャノンの願いが心でこだまする。
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