22話
当然シャノンもそこに引っかかる。
「どういうこと?」
避ける? なにを?
その疑問にレダはより詳しく解説を挟む。
「たとえば『音の絵』という曲集は、グレゴリオ聖歌の『怒りの日』というものと密接に結びついていてね。世の終末、を意味するこの曲が曲集に何度も登場するんだ。当時のロシアというものは、本心を直接的に伝えることが非常に危険な時代で。ラフマニノフは国外にいたんだが、それでも曲の中に彼の想いが乗っかってるってわけ」
ラフマニノフを理解するには、こういった知識も必要になってくる。ただ『悲しい』『辛い』という表面だけの読み込みでは生まれない深さ。指先に想いが。乗るように。
なにやら難しそうな話。わかるところだけシャノンは掻い摘む。
「一般的なのを避けるってのは?」
「平均律っていう揃え方が現代のピアノでは主流だし、今回もそうしたんだけど、ラフマニノフは中全音律という揃え方のほうが美しい、と僕は思っている。この頃のロシアの作曲家は、意図的にそのように曲を生み出している気がしてね」
特にレダが注目したのは『ウルフの五度』と呼ばれるズレた和音。ラフマニノフは平均律ではなく中全音律で整えた場合でもしっかりとそれを避けた曲が多く、最初から意識していたと考えるには充分な証拠になる。
すでに平均律が一般的だった中ではあるが、ロシアはクラシックの伝播が比較的遅い地域。古い調律のピアノに合わせた部分があるのかもしれない。
当然、中全音律には平均律にないメリットもある。オルガンやチェンバロ時代の調律であるがゆえに、その当時の曲調とマッチしやすいこと。弾ける調が限られるぶん、特化しているとも言える。




