20話
その流麗な一連の仕草を捉えつつ、シャノンは追加で要望。
「ありがと。できればさ、感情……たっぷりと込めて」
思い浮かぶのは、ベルが作ったアレンジメント。それを音楽と照らし合わせて。なんて、できるのかな?
ちょっとだけ難易度アップ。しかしそれもステイシーにとっては苦ではない。
「はい、私なりの……ですけど」
「それでいいそれでいい。ありがと」
パンパン、と軽く彼女の両肩を叩き、シャノンはエールを送る。背後から変なパワーとメンタリズムを注入。より深く、この曲に潜れますように。
「やれやれ」
レダは肩をすくめながらそれを見守る。心配、というほどではないが気がかりなのは『ラフマニノフ向きの調律』をしていないこと。
どちらかというと、ステイシーはモーツァルトやベートーヴェンなどの古典派に重点を置いている。ロシアの、それも後期ロマン派はまた音質からして違う。果たして。どうなる。
息を吸う。吐く。ゆったりと。体内の空気を全て入れ替えるように。ステイシーのルーティン。練習だろうと本番だろうと。変えちゃいけない動作。
「では」
吐ききったところで。カモメが飛び立つ。
ピアノが泣く。優しくも悲しい音が波を打つ。寄せては返す。時折、強い波が打ち寄せてくる。それでもやがて静かに。海とカモメが対話をする。穏やかで、切ない海。
ラフマニノフ史上最も議論が必要な曲で。答えなどもう誰にもわからなくて。だからこそ美しくて。無言で訴えかける言の葉。染み込んでいく。
全身で聴き漏らすまいとシャノンは目を瞑る。
(……うん。やっぱり生の音は……違う。どっしりと。たっぷりと。見える世界がある。って、素人がなに言ってんだって話だけど)
動画では味わえなかった。直接心に響く音。支配される感覚。ここがアパートの一室ではないかのような重厚感。百年二百年タイムスリップしたような空気。紡がれる想い。




