14話
パリ十区。とあるアパートの一室にて。
「世界最高、なんてのはね。調律師の世界の話ではないね。最高にも最低にもなりうる。人間の耳なんて、案外適当なものだから」
そう、あっさりと自身の職について言い切る、ひとりのスーツ姿の男性。レダ・ゲンスブール。三区にあるピアノ専門アトリエ〈ルピアノ〉の調律師。イスに座り、軽く一曲。無駄のない滑らかな演奏。本人曰く「プロとは比べものにならないって」と謙遜。
ウォルナット艶出のピアノは、ウェンドル・アンド・ラング。オーストリアはウィーン発のメーカー。そのグランドである『AG-151CW』。三百キロの比較的小さいサイズながら、そうとは思えないほどのパワーと洗練さを持つ。
「なんで? 聞いたよ、ベルちゃんから。知ってる限りでは一、二を争う……ていうか世界最高かもって」
そのすぐ横。背もたれのあるイスに腰掛けながら、フリーのフォトグラファーであるシャノン・シャペルは意見を述べた。どう最高なのか、なにをもってそう決めてるのか知らないけど。でもピアニストの卵が言ってるんだからそうなんだろう、という程度。てかピアノ、木目とか綺麗。
職業、というものをテーマに今は写真を撮り続ける日々。取材して、撮影して、取材して、撮影して。今日はピアノの調律師。彼女にとっては鍵盤を叩きながらなにかを調整している、くらいしかわからない。
実際、そういった作業は大まかに分けて『整調』『調律』『整音』と呼ばれる作業のうちの、調律というメインの部分ではある。とはいえ、それ以上に整調や整音のほうが時間がかかるため、作業の割合でいうと一割にも満たないこともある。
パタン、と鍵盤蓋を閉じたレダは「うん」と頷く。
「彼女にとってはね。僕じゃないとあの子の調律は難しいと思うよ。他の人の調律ではのびのびと弾けないだろうからね」
この部屋に合わせた調律。共鳴雑音なども取り除き、美しく響くピアノに納得した。楽器というものは、非常に繊細。特にピアノ。温度湿度によって簡単に狂う上に、弾く場所によっても調律を変えなければならない。それでいて、弾き手の好みにも合わせる。気の遠くなるような作業。




