11話
「ベアトリスさん……からよく言われるんですけど」
不意に、ベルが店主の名前を口にする。
花留めを握ろうと、伸ばしたシャノンの手が止まる。
「ん?」
しみじみとベルに響いた言葉。今も根幹で、根底で支え続けてくれている。
「その人にとっての最高は、世界の基準からは外れていていいんだそうです。ショパンコンクールで優勝とか、そういう人のピアノよりも、ママのピアノほうが好きだったり。だから、フローリストの作るアレンジメントよりも、シャノンさんが作るほうがより心に残るなら、それがいいと思います。出来栄えより」
世界はなにもかも曖昧。ハッキリとしたものなどひとつもない。というか、自分もまだ見習いだから初心者みたいなものなんだけども。
ふむふむ、と納得しながらシャノンは笑む。
「そういうもんかね。ま、自由にやらせてもらうよ。自由に。やりたいよーに」
なんでか、こうしてみようというアイディアが生まれてくる。やったことなんかないのに。こんな感じの花があったら、部屋が華やぐなぁ、くらいなもんなのに。
その感覚、ベルにも覚えがある。それがここで働く要因のひとつでもあったわけで。
「これもベアトリスさんや、オーナーのリオネルさんがよく言っていることなんですけど、店に入ってきた時より少しだけ幸せになってもらうこと。それだけ。それくらいしかフローリストにはできない、って。だから……なんとか、シャノンさんにはそういう風になってもらって」
「ほほぅ? いいね、そのフレーズ。入ってきた時より幸せになって帰る、か。今ねぇ、結構幸せ。楽しいし」
球体に花を挿すだけでも。シャノンの今までに使っていなかった脳の部分が活性化しているようで。今日はこんな予定じゃなかったのに。なんで私がやってる? そんなことを考えたりしながら。
「ありがとうございます」
教えられるようなことはなにもベルにはないのだが、まるで先生になったみたいで、これはこれで楽しい。逆に弟子の人とかが巣立っていく時は寂しいのかな。なんて。




