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名も無き者達の復讐

作者: ひよこ1号
掲載日:2026/02/06

名も無き者達の復讐



漸く、ここまで辿り着きました、お嬢様。


老齢の執事は、にこやかに会場を見渡した。

ここは王都から少し離れた荘園の中にぽつんと佇む屋敷で、美食の館とも呼ばれる飲食店レストランである。

10年前に造られてから、美食家達の噂話や評判と、その金額の高さと珍しい食材と調理法で好事家たちの舌と心を満たしていた。

ただし飲食店レストランは爵位や身分で差別はしないという事を徹底し、売りにしているので、予約は早い者が、料金を支払えるか否かが判断基準となっていた。

王侯貴族も例外でなく、財力があっても関係なく。

費用面では少なくとも平民がおいそれと通える店ではない。

何故なら、食材を吟味し、出来るだけ育てる所から始めているからだ。

仕入れに頼らねばならない食材を除き、荘園の中にある牧場や畑、湖に近い池で食材を育てては調理している。


今日はこの店からの招待状で集められた客達が、自慢げに胸を反らして豪華な椅子に腰かけていた。

王族は王太子と王太子妃、貴族は数組の夫婦、新聞社の記者二人に、大商会の商人達、舞台俳優と女優。

だが、王太子は妃の代わりに愛妾を伴って、その席についている。


一人欠けているものの、罪の意識があるのならば、彼らはその席に着いた人間たちの顔ぶれで、自分達の罪に気づけた筈だった。




「うれしそうね、王太子殿下」


愛妾が微笑めば、王太子はにこやかに言った。


「やっと五月蠅く騒がしかった者達が死んだからな。こればかりは王太子妃にも感謝しないと」


「だったら、招待状通りに王太子妃殿下を連れていらっしゃれば良かったのに」


つん、と拗ねた様に唇を尖らす愛妾に、王太子は相好を崩した。


「嫉妬か?こんな祝いの席まであいつの顔なんて見たくないさ。感謝はしているがね」


「あら?そういえば、公爵閣下も招待されていると聞いていたけれど」


「義兄上も色々と忙しいのだろう。一仕事を終えてな」


意味深に暗い笑いを浮かべる王太子に、愛妾は曖昧な笑みを浮かべてスッと手を挙げた。


葡萄酒ワインを下さる?」


「色はどう致しましょう」


「赤でお願いするわ」



涼やかな鐘の音が響いた後、支配人が挨拶を述べた。


「皆様。本日はお越し頂き誠にありがとう存じます。今宵も皆様の舌に極上のお時間を。最期の晩餐をお楽しみください」


その言葉の後に給仕たちが手際よく料理を各(テーブル)に運んでくる。


一品目の小前菜アミューズ

『涙』


涙、と銘打ったその料理は、透明のゼリーに野菜を包んで、周囲には緑のソースで輪が描いてある。

ゼリーは塩気があり、野菜は青々として瑞々しい。

食前酒は水色のカクテルで、硝子の器の飲み口は塩で飾ってある。


記者の一人が、怪訝な顔をして同僚に尋ねた。


「なあ、さっき、あの支配人、最後の晩餐とか言っていなかったか?」


「ああ、あれだろ、演出。毎回変わった趣向で、凝った料理を出す事で有名になったんだ。金持ち相手の余興だよ」


一口でペロリと前菜を食べつくして、問われた方は笑った。


「俺達もこんな金持ちでも中々予約の取れない店に招待されるほど有名になったんだな」


「そう考えると、悪くないな」


そんな事を話していると、入り口の扉が勢いよく開いた。

そこにはこの国の王太子妃が仁王立ちしている。

王太子を見つけるなり、ずんずんと目の前まで歩いてきて、睨み付けた。

恐れをなしたように愛妾は、席から立って王太子の背に隠れるが、王太子妃はそちらを見もしない。


「こちらにいると聞いて来たのですけれど、兄上は何処にいるのです」

「こんな店で窮屈な食事などしたくなかったんだろう。彼の働きで、憂い事が一つ減ったからな。きっと今頃羽を伸ばしているさ」


暢気な言葉に王太子妃は王太子を睨んだまま立ち尽くしているが、店員が椅子を運んできて、愛妾が座っていた椅子をもう一人の店員が横へとずらした。


夫婦や記者達は二人だが、商人達は四人で座っているので手狭という程ではない。


「恐れながら申し上げます。公爵閣下より昨夜、遅れて来ると言伝を頂いております。その分の料理が余っておりますので、王太子妃のお食事もご用意出来ますが」


「ああ、頼む。運んでくれ」


二品目は前菜オードブル

『罪人の肉のすり身(パテ)』。

小さな固焼のビスケットと共に出される。


「何だか、暗い料理名ですわね」


気味悪そうに言う王太子妃に、愛妾がくすくすと笑った。


「この店は本日、そういう趣向を凝らしていますのよ。わたくしはお肉が苦手だから、あなた、頂いて?」


「ああ、ありがとう」


愛妾が笑顔で皿を寄せれば、王太子はもりもりと料理を口にする。

それを見て、愛妾は「お花を摘みに」と席を立ち、王太子妃は去り行く愛妾の後ろ姿を見送った後、視線を王太子に戻した。

身体に吸い付くような緋色の衣装ドレスは、その豊かな尻の形さえも露だった。

大きく開いた背中の白さも、男達の眼を釘づけにしている。


「あんな下賤な女を愛妾にするなんて」


「愛妾なんだからいいだろう。子供を産ませる訳でもなし」


「だったらまだあの女の方がマシでしたわ」


「その話は止めろ」


密やかに交わされた会話だが、剣呑な空気は周囲にも伝わる。

だが、他にも密やかに会話をしている者達がいた。


「昨夜、あの伯爵夫妻が暴漢に殺されたらしいぞ」


「ああ、あの王家に楯突いていた家か。じゃあ手を下したのは……」


商人達はちらりと王太子達のテーブルを見る。


「確かにあの夫婦は常軌を逸していたからな、十年も前の事件を糾弾し続けて」


「だが、俺達は感謝するべきだろう。あの事件のおかげで商会も大きくなった」


「まあ、気づいていたのは例の家の家人か、王太子妃とその兄の公爵閣下くらいだろう」


「証拠は何もない」


最後の商人の言葉に皆が薄笑いを浮かべる。


酒も入って、前菜も平らげた頃に、三度目の鐘が涼やかに鳴った。



三品目汁物スープ

『絶望の煮汁ポタージュ』。

紫色の野菜の汁に、赤黒いゼリーが賽の目に切られて、皿の中心に積み上げられている。


「何だか、怖いわ」


侯爵夫人が夫の侯爵に訴えた。

侯爵も食事をしていた手を止めるが、首を傾げる。


「名誉な事じゃないか。こんな有名店から招待状が来るなんて」

「でも、わたくし達、ここに来たことありませんのよ?何故、招待なんてされるのかしら……」


侯爵家と一口に言っても、そこまで裕福な家門ではない。

日々の暮らしに困るという事は無いが、美食家の集まる郊外の飲食店レストランに大金を払う程に裕福ではないのだ。

当然ながら、予約の一つも入れた事は無かった。

侯爵はちらりと、王太子に視線を送ってから夫人に微笑んだ。


「きっと、高貴な方からの贈物さ。私達の働きを労っているのだろう」


「……そう。それって、あの時の事かしら?でも、その後は特に引きたてられた訳でもないでしょう?逆によそよそしくなったくらいですわ」


「接触を持たない方が良い事だってあるさ。それにほら、今日みたいな贈物もある事だし」


納得が出来ている訳ではないが、料理は美味しい。

変った趣向だというのも、いかにも金持ちの好事家達が喜びそうだ。

この店は予約の取れない店として、有名なのだから。



「あの女、何処かで見た事あるんだよなぁ」


俳優はそう言って、肘を着けたままでスープを口に流し込んだ。

その視線は、給仕をしている女性に向けられている。

首を傾げた女優は、俳優の言った女性に目を留めると、ふ、と口に笑みを浮かべた。


「大したことなさそうな女ね。どうせ娼館じゃないの?」


「娼館……娼館ねぇ、昔は金回りも良かったから何度も行ったが、最近はご無沙汰だな」


十年前、売れない劇団に舞い込んだのは、高貴なる方の依頼による劇だった。

脚本も何もかも用意されていて。

連日盛況で、瞬く間に新進気鋭の舞台俳優として一線に躍り出たのである。

突然の名声に、嫉妬を隠さない同業者も居たが、大手の劇場すら彼らを出演させたいと引っ張りだこだった。

内容は、貴族の他愛ない恋愛劇。

ある美しい令嬢が、あちこちの男と浮名を流して、最終的に誰の子かも分からぬ子を宿し、追い詰められて自殺するという内容で、悲劇の様な喜劇だ。

その時、主役を張っていたのが二人である。


騙された王子と、誑かそうとした令嬢。


貴族は貴賓席のみで、多くは庶民に向けての劇だから、多少下品な演技も含まれたが、大衆受けは良かった。

暫く上演されて、だがしかし、一定の期間が終わるとその依頼も取り下げられたのである。

脚本も用意されたものだから、以降は演じる許可も出なかった。

寧ろ、演じるな、と言われたほどだった。

彼らはそれが何を意味するかは分からない。

けれど、降って湧いたような良い話に飛びつき、まんまと名声や富を手にしたのだから不満は無かった。

その後も、大分落ち目ではあるが、細々と仕事は続いている。


「……ぁあ!…そういや、あの頃、娼館で酷い事件を見たっけ」


「あら、どんな?」


「女が、熱した油を顔に掛けられて、火傷を負ったってな。何でもお貴族様のご期待に沿えなかったんだと。その場に居た奴らは、口止め料を貰ったよ。相手の男は……誰だったっけな。高貴なご身分てやつでさ、名前は知らなかったけれど、見れば分かるんだよなぁ」


「それって、いい金蔓になりそうじゃない……」


俳優の暴露に、ニタリと女優が下卑た嗤いを浮かべた。

女優の言葉に、同じような顔で俳優も返す。


「そうだな……よくよく考えりゃ、お貴族様にとっちゃはした金だ。もっと貰っても良かったんだよなぁ」


四度目の鐘が鳴る。


四品目、魚料理ポアソン

『罪人の告白』。

黒いイカに、薄桃色の肉が詰められている料理。

二品目のパテよりも荒い刻み肉で、野菜と共に詰められていた。


だが、料理が運ばれてきたのと共に、店員達が絨毯を広げる。

そこに連れて来られたのは、一人の男だ。

ボロボロの服を着て、顔には不精髭があり、更に顔色は悪い。


支配人はその横に立って朗々とした声で言った。


「彼は罪人です。さて、どんな罪を犯したのでしょうか?本人に聞いてみましょう」


突然の出し物に皆が注目する。

男が震える声で言った。


「お、俺達は依頼された通りに、襲っただけだ、馬車を……」


「どんな馬車を襲ったのでしょう?」


「お貴族様の馬車さ。中から夫婦を引きずり出して、殺した。あいつら命乞いもしなかった……胸糞悪い仕事だった」


「誰に命じられたのですか」


「公爵と……」


男がゆらりと顔を上げて王太子を見たところで、王太子が大声で叫んだ。


「何だこの余興は!不愉快だ!…帰るぞ!」


言いながら愛妾を連れ出そうとして横を見るが、誰もいない。

席を立ったまま、彼女はまだ戻っていなかった。

代わりに蒼褪めた王太子妃が、席を立つ。

が、支配人が手でそれを制した。


「お待ちください。彼が天国の門を叩くには、懺悔が必要なのです。それと、償いが」


店員の一人が、鋭い包丁を手に、絨毯の上で座る男の前に置いた。

きらりと光りを反射する銀色の刃物を、男はのろのろと首に当てる。


「約束は……」


「守りますよ。あなた方とは違いますから」


男の短い問いかけに応えた支配人の声を聴いて、男は勢いよく首に刃物を滑らせた。


「ぎっ……ぐ、ぐ……」


口からも首からも夥しい血を流して、彼は絨毯に倒れ込む。

客達の中には、驚いたように席を立った者も居て。

女性達は小さな悲鳴を上げた。


「さあ、食事の続きをお楽しみください」


にこやかに両手を広げる支配人の後ろでは、遺体を載せた絨毯が運ばれて行く。

だが、王太子は立ち上がったまま、外の扉へと歩き出し、騎士達に捕まった。


「な、何だ、お前達、離せ。これは命令だ」


その騎士達は城から連れて来た者達なのだが、無言で王太子を席に連れ戻した。

テーブルに、手を着けさせる。


「さて、右か左。どちらが宜しいでしょうか」


「な、何を言っている、離せ、お前達、何をしているのか分かっているのか!?」


押さえつけている騎士達に問うが、彼らの眼は冷たい。


「利き手は残してあげた方が宜しそうだ。……用意を」


「おい、まだ、未だ今なら、見逃してやる!今すぐ止めろ、止めるんだ」


「貴方は今までに、そう言って訴えた者達に慈悲を見せましたか?」


冷たい声で問われて、王太子はヒュッと喉を鳴らした。

何の話か、どの話か、王太子は心当たりがあり過ぎたのである。


「さあ、舌を噛んではいけませんからな」


優しくも思える声音で言うと、支配人は布を王太子の口に詰め込み、騎士達は両肩を押さえて王太子を椅子に座らせた。

右手はそのまま拘束され、左手だけがテーブルに乗っている。

店員達に運ばれてきたのは、鋸と大きな刃の刃物で、支配人は値踏みするようにそれらを持ち上げた。


「まずは、こちらを試してみましょう」


まるで葡萄酒ワインを試飲するかのように気軽に言い、支配人は鋸を手にしていた。

客達は逃げ出そうと出入り口に視線を向けるが、鎧姿の騎士達が並んで塞いでいる。

その道具を使えば、どんな痛みが襲ってくるか、想像はつく。


容赦なく手首に当てられ、引かれると布越しに絶叫が漏らされた。


「んぐうぅううぅ!」


「代わりましょう。御召し物が汚れますから」


「ああ、良いんだよ。これが終わったら着替えるからね」


絶叫を伴奏に、和やかな会話が続けられる。

血と、引ききられた肉が、テーブルを濡らし、床を汚す。

王太子妃は、目の前で行われる蛮行に、早々に意識を手放していた。


「うむ、中々に時間がかかるね。これでは進行が妨げられてしまう。こちらを使うか」


大きな出刃包丁に持ち替えると、支配人は上から振り下ろした。

ダンッという大きな音に、ゴトリと手首が離れて卓の上に落ちる。


「さあ、手当をしましょう。王太子殿下」



気付け薬を嗅がされて、意識を取り戻した王太子妃は、震える声で怒鳴った。


「あ、貴方達、こ、こんな事をして、許されるとでも……」


「誰が許してくれと請いましたか。この場にいる者は許されたいなどと思っていないし、あなた方を許すつもりもない。今夜、此処で全員死ぬのですよ」


呆然と見開いた王太子妃の目に映ったのは、敵意を目にして覚悟を決めた者達の眼だった。

料理人から店員に至るまで全員が、憎しみを込めた視線を注いでくる。

何かを口にしようとして王太子妃は口を噤む。

王太子妃にも心当たりがあり過ぎた。

浮気者の王太子の相手を殺したこともあれば、男達に襲わせて退けた事もある。

それに当の本人だって、暴力を振るって死なせたこともあれば、身籠った女性を流産させたりもした。

一番初めの事件は、彼の恋した侯爵令嬢だった。

婚約者もいる彼女は、決して王太子に寄り添う事はせず、王太子にどうしても一度だけ、と頼まれて王太子妃は加担したのだ。

女だけの茶会と呼び出して。


ああ、そうだわ。

今此処にいるあの夫婦の妻たちはかつて、その場に居た。


噂になっても口を噤むと分かっている者達だから。

そして王太子の寵愛を受けた侯爵令嬢は、二度と王太子妃の心を煩わす事は無かったのである。

二度と学園には訪れず、一年後には儚くなった、と侯爵令嬢の婚約者である伯爵令息が王子に抗議をした。

侯爵令嬢の親友もまた、婚約者に力添えをして。

夫婦となった二人が殺されたのは昨夜だ。



「私達が死んでも、貴方達だって処刑されるのよ!?今ならまだ間に合うわ!」


子爵夫婦の夫人が叫んで立ち上がるが、店員達は意に介すことなく彼女を見る事もない。

代わりに着替え終わって戻ってきた支配人が答えた。


「私の話を正確に聞いていなかったようですな。我々は今夜全員死ぬ、と申し上げました。死人に縄をかける意味がありますか?」


「え……、あ……」


彼らはそもそも死ぬ気で事に及んでいるのだと、誰も思っていなかった。

だが、平然とした顔で、支配人は言う。


「魚料理はお気に召さなかったようですね。では、次の料理を運ばせましょう」


「待て、待ってくれ!」


俳優が叫んで立ち上がった。

そして、店内をぐるりと見回す。


「お貴族様の争いに巻き込まれただけだろ?俺達は何もしていないじゃないか」


「ええ、そうよね!何もしていないわ」


女優も俳優に続いて頷いた。

だが、支配人は冷たい目を向けて言う。


「あなた方がその無駄に付いている頭で考えもせず上演した劇は、悲劇に見舞われた令嬢の死を揶揄するものでした。その劇と市井の噂で、ご遺族は打ちのめされて死を選んだのですよ。その死に腐肉を漁る獣のように、群がったのがそこにいる商人達です。私から見れば罪でしかない」



シン、と静けさが戻ってきた店内に、五度目の鐘が鳴る。


五品目、肉料理ヴィアンド

『二枚舌の煮物シチュウ』。

茶色の液体に煮込まれた野菜と、柔らかい舌。


「さて、この舌というものは一頭一頭に一つしかない希少部位です。柔らかく煮込んでありますので、是非ご賞味ください」


辺りに立ち込める血の匂いに、たった今見せられた惨劇と罪の告白に、客達の食欲は失せていた。

だが、笑顔の支配人は言う。


「食べて下さらなければ客である意味さえ無い。今すぐ命を絶ちたいというなら別ですが」


食わなければ死ぬ、と示唆されれば、のろのろと全員が汁を掬って食べ始めた。

絶望していても、その味は確かに美味しい。

もしかして、これも余興の一つなのでは、という希望すら湧いてくる。

だが、酒に酔って他愛ない話をする余裕は無かった。

商人の一人が大声で言う。


「確かに俺達も悪かったよ。だが、今や莫大になった商会の利益を全部あんたらにやると言ったらどうする?」


虚勢を張って笑みを浮かべるが、支配人は穏やかな微笑みで返した。


「先ほども申し上げた通り我々は死人です。財産を頂いたところでどう使えと?冥府へ向かう船の渡し賃は銅貨ですから、自分達で用意が出来ますとも」


生への執着がある者はいないか、と眼で探すが、少なくともあちら側にはいない。

だが、手元にある食器では居並ぶ騎士達と戦う事すら出来ないだろう。


「ですが、そうですね。逃げる機会くらいは一度は与えて差し上げないとなりませんな」


諦めかけた時にそう言われて、全員が顔を上げた。


「男性諸君のみ、逃走の許可を与えましょう。愛しいお相手を置いて行く事にはなりますが。最期に見つかった方にだけ、特別な料理を用意して御座います。極上の乾酪フロマージュをご堪能ください」


一も二もなく男性達は立ち上がった。

連れの女性を気遣う風もないその姿に、店員が思わず微笑んでしまうほどの鮮やかさだったのである。


「砂時計の砂が落ちきったら、騎士達が追いかけます。ただし、一つだけ条件が。靴を脱いで御参戦ください」


顔色の優れない王太子に、王太子妃はそっと囁いた。


「兄上は遅れて来ると仰っていたのでしょう。もしかしたら鉢合わせるかもしれませんわ。そうしたら、公爵家の手勢を連れて乗り込んで貰うのです。わたくしたちの罪ごと、全て消し去ってしまえるわ」


「ああ、そうだな。分かった」


手が使えない王太子の代わりに、王太子妃がその靴を脱がした。

騎士が出入り口につながる通路から退き、扉が開かれると我先にと俳優が飛び出して行ったのである。


支配人が合図の鐘を鳴らそうとしていた手を止めて、苦笑する。


「さあ、もう始まっておりますよ」


男達は連れの女性へのあいさつもそこそこに走り出して行った。

この荘園は広い。

真っすぐ走れば門があるが、体力のある騎士に追いかけられればすぐに捕まってしまう。

森に逃げる者、荘園の中にある施設に逃げ込む者。

だが、王太子は遅れて来る筈の公爵に出会うために、まっすぐに門へと走った。


馬鹿な奴らだ。

死ぬのはお前達の方だ。

この手を切った時のように、全員拷問してから処刑してやる。


王太子はそう思いながらよたよたと走った。

足下は石や小枝など色々な物があって、踏みしめる度に足底が痛く、思うように走れない。

何とか走っているが、商人に追い抜かれたし、俳優の背はもう見えない、筈だったのに。

少し進んだところで、二人が蹲っている。

その時、王太子の足にも激痛が走って、思わず木に寄りかかって足裏を見れば、透明の硝子が突き刺さって赤い血が滲んでいた。


思わず地面を見れば、暗くてよくは分からないが、血の足跡が続いている。

足が傷つく如きで何だ、と踏み出すが、刃物の上を歩いているようなものだ。

体重と鋭さに負けて、皮膚が突き破られる。


二人は棒のようなもので地面から小さな硝子を避けながら進んでいるのだ。

だが、そんな事をしていたら。


後ろから死の足音が近づいていた。



「さあ、置いて行かれた哀れなご婦人方には、サラダを」


中央に据えられたテーブルに、残った女性達が丸く座った。


六度目の鐘が鳴り、料理が運ばれて来た。


六品目、野菜サラド

『聖者の生ハムと贖罪の果実』。

生ハムに、ザクロとオレンジに葉野菜を混ぜ合わせたサラダである。

爽やかな色合いと、幾分穏やかな料理名にほっとしたように女性達が食べ始めた。

そこに席を外していた愛妾が戻ってきて王太子妃の隣に座る。


「貴女、何処へ行っていたの」


驚いたように言う王太子妃に、愛妾は目を丸くした。


「お花を摘みに行くと申し上げましたけれど、少し長くなってしまいました」


言いながら、追加で運ばれて来たサラダを器用に肉だけ避けて食べ始める。


「生ハム食べないの?美味しいのに」


「ああ、ええ。わたくしお肉が苦手なので、宜しければどうぞ?」


女優は諦めた様に葡萄酒ワインを片手に、生ハムを食べている。


「逃げられる場所は無いかしら」


声を潜めて子爵夫人が問えば、侯爵夫人が首を振って涙を落とす。


「もう無理よ。私達ここで死ぬのだわ」


「諦めてはいけません。遅れて来る予定の兄上がこの異常事態を何とかしてくださる筈だわ」


王太子妃の励ましに、二人の眼に希望の灯が点る。

だが、愛妾が明るくそれを叩き潰した。


「それは無理です王太子妃殿下。公爵閣下はもう既に昨日からこちらにいらっしゃいますから」


「………えっ……?」


昨日は邪魔な伯爵夫妻を暴漢を使って襲わせていた筈だ。

そういえば、告白した罪人も、と思い当たったところで顔色が青を通り越して白くなる。


「な……ぜ、何故、何故何故っ貴女が知っているの!?」

「わたくしも復讐者ですから」


あっけらかんと口にして笑んだ彼女は美しく、それでいてその笑顔に誰かの面影が重なった。

王太子妃は誰だろうと考えていたが、思い出せない。


「下半身の制御も出来ないあの王太子と、その王太子を止められずに被害者に鞭打つだけの残虐女の貴女に、被害者なんて思い出せないでしょう?……ああいいですよ、思い出そうとしなくて。呼吸をした数なんて誰も覚えておりませんもの。それっぽく謝られても今更許せませんし」


「あ、兄上は、どうなったの?」


ふふっ、あははっと愛妾は大口を開けて笑った。


「やだぁ、そういう人ですよね。被害者の事なんて考えませんね。身内がどうなったか、しか……。うふふ、王太子妃殿下が召し上がった中におりましたよ」


「召し上がった……う……おぇええぇ………」


聞いた途端吐き気が込み上げて、王太子妃はその場で嘔吐した。

豪華なドレスが吐しゃ物で汚れていく。


「あーあ、吐いちゃった。本当かどうかも分からないのにすぐ信じるなんて、騙されやすいんですね」


「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあこの生ハムも公爵様なの?」


女優の訊いた言葉に、淑女二人が口を押える。


「そんなわけないでしょ。生ハムは作るのに時間かかるものなの。半年前には公爵様はまだ元気にしてらしたでしょう」


「そう。そっか。ちょっと悪い冗談言うのやめてよ」


店員達が王太子妃の汚した床を片付け、ドレスに付いた汚れも拭っていく。


「駄目ではないですか。悪質な冗談でお客様を吐かせるなど、折角の命を無駄にするようなものですよ」


「そうですよね。命を奪ったのなら、きちんと美味しく食べてあげないと」


「自分が命を奪っておいて、相手の何もかもを踏み躙って、それでも忘れるような方達と同じになってしまうのは良くありません」


穏やかな会話にがたがたと震えながら、王太子妃は疑問を口にした。


「ここまで用意周到に、人員も揃っているのに何故、伯爵夫妻が襲われるのを止めなかったの……」


「止めても、繰り返すでしょう?それに、今までその暴力を防いできたのは時間稼ぎです。全ての用意が整うまでの。彼らはその役目を最後の一手に使ったのですよ。公爵は厄介な相手なうえに、普段は厳重に守られている。彼が巣から出て来るのは人任せに出来ない犯罪に手を染める時です。伯爵夫妻襲撃の様な」


「あ、兄上を捕まえて襲撃を止めれば…」


言われた支配人は穏やかな笑みに、少しの苦さを浮かべた。


「死んでから、確認に来る男ですからね。それに暴行現場であれば、更なる事件を重ねたとしても調査する方は分かりますまい。襲撃犯も首謀者もまとめて捕獲出来ました。……さて、勿論それだけではありません。あなたがた夫妻には子が出来なかった。王には兄弟も無く、王太子にも兄弟はいない。そんな中、一人だけ残された子供がいるとしたら、どうなるでしょう?」


「は……?何を言っているの」


「王太子が無理やり襲った侯爵令嬢に、子供が一人おります」


「あの女は死んだのでしょう!?」


「死ぬ前に授かった子の命を奪えなかった。憎んでも憎み足りない男の授けた子でも殺せない、優しいお方でした」


かたん、と音を鳴らして王太子妃は椅子の背に凭れた。

天井を見上げて、喉を鳴らす。


「まさか、わたくしに子が出来なかったのは」


「ええ。ご推察の通りです。流れたのもまた、同じ理由です」


「何故……」


「何故、と問いたいのは罪を犯していないのに、人生を奪われた者達の言葉かと。貴女は奪う側の人間です」


会話を聞いていた子爵夫人が身を乗り出した。


「わたくしにも子がおります。あの子はどうなるの?!」


「どうなるかは私の管轄でないので解り兼ねますが、命だけは助かりましょう。ですが、親の因果が子に報いるという言葉がありますので、良い人生を送れるかは保証いたし兼ねます」


「そんなっ……あの子に罪は無いのに……!」


「そうですね。私のお嬢様も、罪など一欠けらも御座いませんでした。愛しい婚約者と親しい友と優しい家族に囲まれて、平穏に暮らしていたかったでしょう。それを壊したのがあなた方です」


かつて、瑕疵のない令嬢を陥れる姦計に加担したのを思い出したのか、子爵夫人の顔が歪む。

そこへ、騎士達が戻って来た。

手には一人ずつ男達を抱えていて、腕を取って無理やり引きずるように歩いて其々の席へと誘導する。


「おや、逃げ切れた者はいないようですね」


「卑怯ではないか、裸足で硝子の破片の上を歩かせるなど……!」


包帯に手を巻かれ、吊っている王太子が、顔色も悪くしたまま支配人を罵った。

だが、無表情な顔で、冷たく支配人は言葉を返す。


「卑怯、ですか。拒否する令嬢を女性だけのお茶会と騙して呼び寄せて、無体を強いる男の言葉とは思えませんな」


蒼褪めた顔で王太子妃を見る王太子は、抜け殻の様な王太子妃を見て悟った。

この復讐の原点は十年前の出来事にあるのだと。

そして、その絶望した顔には、諦観が滲んでいる。


「公爵は……」


「…兄上はもう、死んでおりました……」


最期の望みも絶たれて、王太子も流石に力尽きてテーブルに伏せた。



最期の鐘が鳴り響く。


七品目、甘味デセール

『罪人たちの炙り(フランベ)


メレンゲに、目の前で酒を振りかけ火で炙る。

それは、この先訪れる炎に焼かれる彼らの姿を見せつける為のもので。


店員達は無表情、または愉しげに客達に酒を振りかけ始めた。

もう、誰も命乞いの言葉は発しない。


だが、諦めたような声で、王太子が言った。


「共に死ぬ、お前達の罪は、何だ」


「それは、貴方達の暴力から、大事な人を救えなかった罪でございます」


「……そうか」


他人が聞けば馬鹿らしいという理由かもしれないが、彼らは絶望し、生きるのに疲れ果て、それでも復讐を糧に生きながらえたに過ぎない。

だからこその死人である。

復讐を忘れる事が出来たなら、今此処には居ないのだ。

そして、彼らの罪も自分達の罪も、誰かに裁きを委ねたくは無かった。

神にさえも。


かたりと音を立てて、愛妾が立ち上がる。

支配人から受け取った紙袋を手に、悠々とその場から立ち去った。

唖然とした王太子に、王太子妃がふっと力なく笑った。


「間抜けだわね、貴方もわたくしも。ずっと復讐され続けていたのに、此処まで来るまで気づかないなんて」

「………ああ、そうか、似合いの夫婦だな……」


支配人の後ろでは料理人と店員達が、お互いを刃物で貫き合い、騎士達が客達に火を放つ。

その日王都から東の空が赤く染まるのが見えたのである。



翌日の新聞は、店が焼け落ちた事と、王太子夫妻の死亡。

公爵は伯爵夫妻の殺害に関与しており、逃走中と一面に書きたてられた。

それとともに、過去に行った王太子夫妻の悪逆非道な数々の事件もまた、白日の下に晒されたのである。

何より、予約の取れない極上の店が職員ごと焼け落ちた事で、その味が二度と食べられないという事が国内外の金持ちや好事家を悲しませたという事が、唯一の皮肉であった。

だが、他国にも及ぶ名店の噂を以て、王族の非道ぶりとそれによって引き起こされた惨劇として語り継がれたのである。

全員名無しにしました(自己満足)料理名と見た目を考えるのは楽しかったです。

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― 新着の感想 ―
この店、怪異となってその後も今までとは別な意味でうわさが流れそう
復讐者たちの自死は少々勿体無い。他国に逃げおおせて欲しかったところです。その代わりに加害者どもの凌辱を強くして断末魔5割増しぐらいでもよかったかも。取り敢えず、ざまぁ。
映画の「ザ・メニュー」のような展開でした。 やはり面白いですよね。
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