遺品
思えば煙草を吸い始めたのは、あなたが死んでからだった。
寝静まった街を眼下に、ふう、と息を吐いた。ため息とも似つかぬそれは、唇から離れれば途端にふわりと毒を撒き散らすのだから面白い。
「お前は吸わねえの?」
なんてあなたが言う度に
「私はいいの。 あなたの吐いた毒を吸ってるから」
なんて返した。ごめんって、と苦笑しながらまた口元へ手を近づけるあなたが心底嫌いだった。
「あのねえ......強制的に寿命が減ってくこっちの身にもなってほしいのだけど?」
「だからごめんって......しょうがないだろ、これがないとやっていけねえ」
そう言ってベランダの柵へだらりと体重をかけるあなた。
「ちょっと、危ないでしょそんな事したら」
「んだよ、ガキじゃねえんだから大丈夫だろって」
心配症だなあ、なんて笑い飛ばすあなた。
「あ、そういえば明日お前の誕生日じゃん」
「......もう今日だけどね」
おめでとー、と適当に呟くあなた。
「じゃあケーキ買ってくるわ! 種類は任せろ!」
「え?どうしたの急に。......いいの?」
「だって誕生日じゃん!ケーキ食いたくね?」
「それあなたが食べたいだけでしょう?......ショートケーキ以外だと嬉しい」
「了解。ショートケーキ買ってくる」
「なんなのもう!」
なんて。
なんて、ああ、幸せだった。胸焼けしそうなほど幸せだった。あなたと、ずっと一緒にいたかった。
端正な顔を歪めて笑うあなたと。
お金に余裕が無くなると泣きついてくるあなたと。
だらしなくていい加減で、全部適当なあなたと。
ぐちゃぐちゃになったショートケーキとプリンタルトを抱えたまま、車に引き摺られたあなたと。
全部全部、
「......もう、叶わないのにね」
ふう、と息を吐いた。いつの間にか日は変わっており、自分の歳も一つ死に近づいていた。おめでとう私、なんて言葉と同時にまた毒を吐く。そんな自分が心底嫌いだった。
あなたの遺したこんな呪いなんかより、今はただ、冷蔵庫に置いたショートケーキとプリンタルトのことで頭がいっぱいだった。




