結合は不良化学
この作品は、よく考えたら小説になってないけどまあいいやってノリの執筆方針でお送りいたします。
「みんなー、化学の時間だよー!」
「…………」
「んー? 元気がないなー。じゃあもう一度言うから、みんな元気よく返事しようねー。いくよー。みんなー、楽しい楽しい化学の補講の時間だよー!」
「みんなって私しかいないじゃないですかオブチ先生。例によって例の如く」
「こらこらヨシダさん。折角先生が、こういう補講に来難いと思っていたり、途中で入るには気が引けると思っている生徒達も気軽に入って来れるように、明るい雰囲気を廊下の外までアピールしているのだから、ちゃんと『は~い!』って乗って来てくれないと困るよ~」
「なんですかその教育テレビのお兄さんみたいなキャラ? しかもなりきれていませんよ」
「仕方ないだろう? 上からの御達しなのだから」
「ああ、またですか」
「なので今日はこの明るさを、頑張って! 維持しつつの補講にするよー! ……返事!」
「は、は~い!」
「よ~し。それでは今日の補講を始めよー」
「お、お願いしま~す!」
「じゃあまずは今日のテーマの確認だよ。今日のテーマは……は~、このノリ疲れた」
(早っ!?)
「うん。やっぱりもう少しテンション下げていこう。ぶっちゃけ持たない。なんていうか精神が。要は堅苦しくならなければいいのだし」
「大人って大変ですね」
「ヨシダも後十年もすれば否応なく理解させられるぞ。覚悟しておけ」
「教師ならもう少し中学生に夢を見せてくれてもいいと思います」
「という訳で本日のテーマは『化学結合』です。化学結合の種類と特徴について、イメージ付けて分類していきましょう」
「無視ですかそうですか。いいですけど別に。テンションに無理があったのは同感なんで」
「えーまず、化学結合には金属結合、共有結合、イオン結合の三種類があります。これらは、結合している元素の組み合わせによって大体見分けられます。もっと言ってしまえば、元素を大きく金属元素と非金属元素の二つに類別し、この二つの組み合わせで軽く見分けられます」
「つまり、金属と金属、金属と非金属、そして非金属と非金属って組み合わせですね」
「飲み込みが早くて助かります。この補講では、これらの組み合わせからそれぞれの結合の特徴をイメージで覚えて貰おう、という方針です。なので、取り敢えず最初に金属元素と非金属元素が見分けられないと始まらないのですが、ヨシダさんは金属元素と非金属元素を見分けられますか?」
「教科書や資料集の周期表で覚えました。それが無難ですよね」
「まあ、ほとんどの人はそれで覚えるでしょうね。作者もそれで普通に覚えたようですし」
「作者?」
「気にしたら人生に負けますよ」
「気にしません」
「いい心掛けです。それはさて置き、周期表を見れば金属元素と非金属元素がはっきり分かれているので、覚え易いですね。色分けしてみると、水素は別として後は綺麗に階段状に区切られています。たまに境界線がアルミニウムから右斜めかホウ素から右斜めかでうっかり忘れてしまう人がいるので少しアドバイスしますと、なんか『~素』って金属っぽくないですよね。だからホウ素、ケイ素、ヒ素と並ぶ斜めのラインから右側の元素と水素が非金属元素、それより左側で水素以外の元素は全て金属元素、って感じで考えると分かり易いんじゃないでしょうか」
「あ、ホントですね。~素が並んでいます。なるほど」
「まあ、周期表を覚えてないとできない見分け方ですが、それ以前に周期表は化学の基礎中の基礎、いろはのいの第一画ってくらい基本なので、表の外観と、最低元素番号20番くらいまでは頑張って覚えて下さい。ヨシダさんは、この辺はもう大丈夫なようですね」
「もちろんです」
「さすがです。では、いよいよ結合の話に入ります。まず、何故原子は結合するのか。ヨシダさん、分かりますか?」
「え。えーと……万有引力などの力で引き合ってる……とか」
「なるほど。確かに万有引力も働いてはいると思います。しかし原子は、例えば原子がゴルフボールだとすると、ゴルフボールが地球と同じくらいの大きさになる程小さい物なので、質量に比例する万有引力も相応に小さいんですよ。原子が万有引力だけでくっ付いていたら、多分私達は風が吹くだけで端から原子レベルにバラバラになっちゃうんじゃないかなあ」
「うわお」
「少し難し過ぎたようですね。実は、原子は最外殻に八個、ただし最外殻がK殻の場合は二個、の電子を持っている状態が、一番安定した状態なのです。そこで、元々その状態となっている周期表の一番右の18族以外の原子はどれも、自分も安定になろうとして他の原子と最外殻の電子を共有し最外殻を埋めようとします。この共有が結合です。ちなみにこうして原子が結合してできた物を分子といいます」
「……ていうか今更ですけどこれ中学の範囲ですか?」
「尤もな疑問ですが、元凶は中学時代の授業時間がほぼ睡眠及びマンガ・ゲームの時間と同義だった為に全教科に渡って中学の範囲がどこまでなのかまるで知らない作者です。まったく、一中学教員として嘆かわしいですよ。作者がこの体たらくだから俺がちゃんと授業できているのか疑われるかもしれないってのが特に癇に障る。こちとらコロコロ変わる学習指導要領に振り回されて大変だってのに――」
「せ、先生! それ以上は多角的に危険な気がします!」
「おっと、コホン。えー、それにこれ、補講ですから。平常授業の補完的に高校の内容をやる分には問題ないのです。寧ろ化学は高校の内容からやった方が遙かに理解し易いと思いますし、それをイメージし易いよう解説するつもりなので頑張ってついて来て下さいね」
「は~い!」
「そのノリはもういい」
「はい」
「では、原子は安定したいから誰かとくっ付くんだってことを踏まえて、いよいよ分類の話に入りましょう。最初は金属結合です。ヨシダさん、金属結合はどういう元素の組み合わせだか、覚えてますか?」
「金属元素同士の結合です」
「正解。そして、金属結合でできている結晶は、自由電子があるので個体でも電気を通し、結合の強さや融点は物質によって様々異なり、展性や延性がある、という特徴があります。が、こんなことただ表にして纏めたところで面白くもなんともないので、」
「そうですね。私は覚えろと言われれば覚えられますけど」
「できるならそれでもいいと思いますが、どうせなら面白く覚えましょう」
「それがこの補講の意義な訳ですが」
「そういうことです。そこで、これを見て下さい。ポチ」
「! こ、これは! 黒板の前に幕が降りてきて巨大スクリーンに!」
「地の文の代わりに描写してくれてありがとう。これからこのスクリーンにイメージ絵を結合の種類別に見ていきますので、ヨシダさんはその調子でお願いします」
「よく分かりませんが任せて下さい」
「お手数掛けます。さて、それでは早速金属結合のイメージを見てみましょう。ポチ」
「なんか、身なりのいい小太りな人達が出てきました」
「彼らは金属元素です。この補講では元素を人と見立てて結合をイメージ付けていこうと思います。金属元素は、安直にお金持ちというイメージにしました」
「でも、皆やけに不安そうに見えますけど。お金持ちなら、普通嬉しくないですか?」
「いいトコを突きますね。確かに、私も自分がもしお金持ちだったらと思うと嬉しくなります。でも、お金持ちもお金を持ち過ぎると、色んな所から狙われて不安になるのです」
「ああ、これが不安定って状態なんですね」
「その通り。ここで金属元素を思い出して貰うと、彼らは大体周期表の左側にいます。つまり、最外殻に持っている電子が少ないのです」
「あ、段々分かってきました。もしかしてお金って、最外殻電子のことですね」
「お、察しがいいですね」
「あれ、でもそうなると金属元素は逆にお金が足りない人になりません?」
「そう、安定するには電子が最外殻一杯に入っていなければなりませんが、ここから電子を集めて最外殻を埋めるのは大変です。だから金属元素が最外殻を電子で一杯にする為にはたくさんの電子、つまりお金が必要ということになってしまいます。でも、他に何か気付くことはありませんか?」
「んー? ……あ! そうか、最外殻に電子が少ないなら……」
「逆の発想なのです。最外殻にお金がとても足りないのではなく、最外殻に入り切らなくて余っている」
「その少しの電子が無くなれば、一つ内側の電子で一杯の殻が最外殻になりますね」
「それを表わすとこうなります。ポチ」
「わ、手を繋ぎ合って笑顔になりました」
「この繋がれている手が、結合していることを表します。金属元素同士では、余ってる分の電子、つまりお金を誰かと共同で持つことで安心しようとします。これが金属結合です。会話的には『財を共同で守りませんか?』『おお、それは素晴らしいですね。是非こちらからもお願いします』『何分この時世は物騒ですからね』『まったくですね。いや~これで安心できます』みたいな感じでしょうか」
「あ~、なるほど。妙に笑顔なのは、無事安定できたからなんですね」
「ちなみに共同で持つことになった余った電子、これが自由電子です。お金は人から人へと移り回っていく物ですが、このお金は誰の所有物でもないので、誰に縛られることもなく自由に動き回ります。この電子の流れが、電流です」
「あ、そういえばさっき金属結合でできた結晶は電気を通すって」
「そう、つまり講義では、お金の動く結合は電気を通す結合だということを表すと思っておいて下さい」
「なるほど。えーと後は……展性や延性がどうとか言ってましたけど」
「はい。それを説明するにはまず金属結晶のイメージを見てみましょうか。ポチ」
「うわ、身なりのいい人達が大量に! なんかキモい!」
「まあ、財を共同で守ろうと言うなら仲間は大勢いた方がいい訳で。金属結合はくっ付ける人がいればいるだけくっ付いちゃうんです。ちなみにこれを言うと混乱させてしまいそうで恐縮なんですけど、さっき余った電子を出して一個内側の電子殻を最大殻とするみたいなこと言いましたが、実際にはこのように皆で集まって最外殻を重ね合わせることで最外殻の不足を埋めてるので、殻が減っているのではないと注意して下さい。この最外殻の重なり合いが、金属結合です」
「仕組みよりも、協力する金持ちたちってイメージを優先させたってことですね」
「イメージと仕組みは別ということで。改めて、今回はイメージで特徴を掴む講です。さてそれで金属結晶の展性・延性の話ですが、ていうか展性・延性って何? って人の為に説明しますと、展性とは薄く箔状に広がる性質のこと、延性とは長く線状に延びる性質のことを言います。要は形が変わるよってことです。ほら、金属って色んな形に加工されるでしょう」
「確かに溶かしたり叩いたり引っ張ったりして形変える場面はよく見ますけど」
「そういうことができるのは金属結合が大量の金持ちの協同体制でできているからです。大勢の金持ちが集まっている組織って、ちょっとやそっと外部からちょっかい出したくらいでは崩れそうにないじゃないですか。だから、叩いても砕けずに広がるし引っ張っても裂けずに延びるんです。限度を超えれば流石に結合切れますけど」
「溶かす場合はどうなってるんですか?」
「溶かすのは展性・延性の話ではなくなりますね。あれは形を変えてるというより不純物を混ぜてるとか、逆に取り除いてるとかそういうことをやっているので。でもいい着目ですよ。個体から液体にするということは粒子の結合を切るってことなので、結合が強いとそれだけ融点も高いということになります。鉄などを溶かしてる場面って、飛び込んだら死ねそうな温度でしょう」
「今、とても想像したくない場面想像して気分が悪くなりました」
「要はそれくらい金持ち協同戦線を切るのは大変なんです。とはいえ、多種ある金属元素は性格も様々なんで、結合の強さは元素によって違いが出てきます。よって、種類によって融点は異なります。水銀なんか常温常圧でも液体ですし」
「水銀さんは団結力が脆弱なんですね」
「ヨシダさん、それ素晴らしい表現です」
「え。あ、ありがとうござますっ」
「ござます?」
「いえ、噛んだだけです。気にせず続けて下さい」
「? まあいいか。そんな訳で金属結合は金持ちの協力組織で、電気を通し、柔軟に形を変えて結合の強さは人によって様々なのです。では続いてイオン結合に移りましょう」
「はい。金属と非金属の原子の結合ですね」
「イメージはこうです。ポチ」
「ああっ! さっきのお金持ちさんが……不良にカツアゲされてます!」
「“非”金属なんで、非行に走った不良にしてみました」
「先生、こんなの学校で見せてもいいんですか!? 色々そのPTAとか」
「だってヨシダしか生徒いないじゃないか。ヨシダが黙ってればPTAにもバレない問題ない。それにイメージはインパクト強い方がいいに決まってます。ヨシダさんの為に危険な橋を渡っている俺の為に黙っていろお願いします」
「頼まれたと見せかけて脅されましたけどもうなんかどうでもいいので一生黙ってます!」
「いや、この範囲で困ってるクラスメートには寧ろ教えてあげて欲しいくらいなんですが……えー、とりあえず解説いきます。言うまでもなく、不良は慢性的に金を欲していますよね。なんで、金持ってるっぽい金持ちをカツアゲにいった訳です。こう、襟首をグイっと掴み上げて『おいおっさん金よこせやオラァ』『ひい! お金なら払うので殴らないでっ』みたいな」
「ますますPTAに知られちゃいけない内容になってきましたけど気にしません」
「素直な生徒を持てて先生嬉しく思います。さて、ここで注目して欲しいのは結合部分です。金属結合の時は手を繋ぎ合ってましたが、」
「こっちは不良さんがお金持ちさんの襟首掴み上げてますね……」
「そう。こうなると不良は中々手を離してくれません。つまり、金属結合より結合が強いということです」
「お~、そう見る訳ですか」
「そう。そして電気伝導性についてですが、こうもガッと掴まれてる状況ではお金持ちは緊張してお財布をポケットから中々出せません。つまり、金属結合の時と同様に考えると、この時は金が動かないので電気を通しません。しかし、これが液体になると結合が弱まる、つまり不良が掴む力を弱めるので、お金持ちも少し緊張が和らいでお財布を出せるようになります。まあ、状況としてはカツアゲしようとしたら突然にわか雨が降って来て不良が動揺したってとこですか。で、電気を通す。というイメージで、イオン結晶は個体では電気を通さないけど液体になると電気を通す・と抑えましょう」
「教科書とかだとこの辺を、プラスイオンとマイナスイオンの価数が打ち消し合う割合で・とか、イオンは電荷を持つが個体では位置が変わらないから電気を通さないけど液体にしたり水に溶かしたりすると移動できるようになるから電気を通す・みたいな言葉で説明されてますけど、なんと教科書の方が少ない文字数で説明されていますね」
「……いや、うん。ホントはこの講義も、図で解説できれば口頭で瞬殺なんですけどね」
「あるじゃないですか。ここに」
「異次元の視点を加味しなければならない、大人の事情です」
「これ以上は何も言わない方が賢明だと直感しました」
「不用意な掘り下げは身を滅ぼし兼ねませんからね。さて、それでイオン結合は金属結合より強い結合なので、イオン結晶の融点は高いです。その他に、硬くてもろいという性質があります」
「もろいんですか? 硬いのはまあ余程のことがない限り不良さんが手を離しそうにないので分かりますが。硬いともろいって相反する気もしますし」
「いいえ、そんなことはないですよ。堅い柔らかいというのは形を変え易いか変え難いかということで、丈夫かもろいかというのは力を加えた時に壊れやすいか壊れ難いかということなんで。要するに硬くてもろいとは力を加えると形を変える前に壊れるという意味で、寧ろ整合してます」
「あ、なるほど」
「これをイメージで汲み取ると、一度標的に掴み掛った不良は納得するまで相手は離さないでしょうから形は変わらない、故に硬い。ですが、外部からの力がかかる、この場合はそうですね、力を国家権力に例えると、やってくるのは警官です」
「あ、分かりました。不良さんは警官がやってくるとあっさり逃げていく、つまり結合は簡単に切れるので、もろい。そういうことですね」
「よくできました。ちなみに結晶に於いてこれを見ると、並んでカツアゲしてるとこに警官が来るので皆一斉に手を離し、結果綺麗にざっくり割れます。原理としてはイオン結合の面がずれることで陽イオンと陰イオン間に反発が起こり面に沿って割れるということですが、もろいからって別に粉々に砕けるって話じゃないんで抑えておいて下さい」
「はい先生」
「では、最後に共有結合です。金属結合は金属と金属、イオン結合は金属と非金属なんで、ヨシダさん。この結合は?」
「非金属と非金属ですね。何故だか嫌な予感しかしませんが」
「いい勘をしてます。ポチ」
「ああ……不良同士で掴み合いになってますね、やっぱり」
「『金よこせやゴルァ』『んだクルァてめぇがよこせウルァ』『いい度胸だこのヤローぶちかましたろかあぁん?』『誰に向かって口利いてやがるふざけろカスが』」
「先生。もう分かりましたから」
「そうですか? まあこんな感じです」
「共有結合という名にらしからぬ、荒れっぷりですね」
「共有といえば共有ですよ。お互い掴み合って離さないってだけで。さて、イオン結合の時は不良が一方的に掴み掛ってるだけでも強い結合でした。しかし、共有結合ではお互い掴み合ってるんで、これ非常に強い結合なのです」
「でしょうね。たまに不良の殴り合いとかで警察沙汰になりますけど、彼らってそれでも相手に掴み掛ろうとしますもんね」
「ということで、共有結晶は非常に硬い、上に、イオン結合と違って壊すにも難儀です。分かり易い例を挙げましょう。ダイヤモンドは共有結晶です」
「壊れそうにない世界代表ですね。これまでの流れからするに、結合が非常に強いから融点も非常に高いってなるんですね。確かに、ダイヤモンドって一体何度で溶けるのか想像もつきません」
「その通りです。ちなみにダイヤモンドの融点は3550℃辺りだとどっかで見た思い出がありますが、信憑性は微妙なんですよね。ダイヤモンドって温度上がってくと途中で黒鉛に変異してしまうんで」
「えっ、そうなんですか!? ダイヤが鉛筆の芯にって……なんか嫌ですね……」
「まあ、そうは言ってもどっちも炭素の同素体ですし、そんなこともあるんですよ。さて、あとは共有結合の電気伝導性についてですが、もう分かり易くどっちの不良もお金出す訳ないですよね。なんで、電気は通しません。ただし、例外がありまして、今さっき話題に出てきた黒鉛。これだけは共有結晶の物質の中でも共有結合に使われていない価電子がある為、電気を通すんです」
「まあ、黒鉛ですからね。きっと鉛筆が友達みたいなガリ勉が粋がっちゃったんでしょうね。調子乗って掴み合っちゃったからお金を出して手打ちにした・みたいな感じなんですねきっと」
「ヨシダさんの感性にはたまに度肝抜かれます、私」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「えー、これで金属結合、イオン結合、共有結合と三つの化学結合をみてきました。金属・非金属の元素の組み合わせは三通りなので一見これでお終いなのですが、実は、もう一個あります」
「配位結合ってヤツですね。教科書に書いてあります。一方の原子の電子対が他方の原子に供給され、両者の間に共有されることによりできる、共有結合の一種って」
「ちなみにこの補講では電子対とかの話をさっくり無視してきたので、押し通します。その辺の理屈は別に理解しといて下さい」
「投げましたね」
「大丈夫です。端々が投げ遣りだとあらすじにも書いてありますから」
「あ、スルー推奨です」
「で、共有結合の一種というからには配位結合の登場人物も当然不良なわけですが、まあ見てみましょう。ポチ」
「わっ、ボスキャラみたいな番長に数人の不良が挑み掛かってます!」
「えー、このボスキャラの強さは不良数人分に相当します。説明し難いので具体的にアンモニウムイオンを用いて解説しますね。アンモニウムイオンとはアンモニア分子にHイオンが結合したものです。そして、アンモニア分子はN原子一個にH原子三個が共有結合した分子です。つまり、番長Nは不良H三人掛かりでやっと抑えられる力だと思って下さい。三人掛かりでも力が互角な為、不良Hたちは舎弟を呼びました。舎弟はHたちより金を持ってないので、Hより電子が一個少ないHイオンです。こいつに、番長Nのガラ空きの背後を襲わせます。こうして番長Nに不良Hが掴み掛っている状態で、さらに番長Nの背中に舎弟Hイオンが飛び付いた、この番長Nと舎弟Hイオンの結合が、配位結合です」
「えらくストーリー仕立ててきましたね」
「その方が分かり易いでしょう。そうとしかイメージ的解説ができなかったとも言えますが。もちろん、作者が」
「イオンの話は別に理解しておきましょうってことですね分かります」
「コホン、続けます。こうして互角の勝負をしていたアンモニア分子に一個のHイオンが配位結合しました。さて、先の三つの結合はここで結晶の性質について触れていきましたが、では配位結合はというと、見れば分かるように、配位結合は共有結合していたところにちゃっかりくっ付く結合なので、配位結合のみで存在することはありません。よって、配位結晶なる物は存在しないのです」
「ところで今例に用いたアンモニウムイオンは配位結合を持ちますけど、イオンなので対極の電荷、負電荷を持つ非金属元素のイオンとイオン結合したりしますよね」
「また鋭いですね。イオン結合は金持ちと不良の結合なのに、不良の塊である配位結合を持つイオンと不良のイオンでイオン結合したら、金属元素はどこいったんだって質問ですね」
「はい。話が違うじゃないですか」
「ヨシダさんの言う通りです。だから、こう言わせて貰います。金属原子と非金属原子の結合は確かにイオン結合です。が、イオン結合が金属原子と非金属原子の結合とは、限りません!」
「な、なんだってー!」
「大体イオン結合っていうくらいなんだから、くっ付くのは金属と非金属とかいう話じゃなくて陽イオンと陰イオンに決まっているでしょう。言ったハズですよ。結合の見分けは結合してる元素の組み合わせで“大体”見分けられるって。こうだと決まっているとは、言ってません!」
「これだから大人ってヤツは話をややこしくするから嫌いです」
「人生にはこういう理不尽を通さなくちゃいけないこともあるんだよ。まあ、配位結合を持つイオンとのイオン結合も含めてさっきのイオン結合のイメージに合わせるならば、プラスイオンの方が金持ってそうなので金持ち、マイナスイオンの方が悪っぽいので不良として当てはめちゃえばいいんです。今思えば最初からこう説明すれば良かったと思わなくもないですが」
「きっと金属元素と非金属元素の組み合わせって話で頭が一杯だったんですね。誰がとは言いませんが」
「という訳で、化学結合をイメージで理解しようという補講でした。ヨシダさん、どうでしたか?」
「客観的に見て理解し易かったかどうかは回答を控えたいですが、化学結合に対する印象が歪んだのは確実です」
「では何か質問は?」
「無視ですかそうですか。いいですけど。じゃあ、結合の範囲といえば分子間力もあった気がしますがやらないんですか?」
「この補講は飽く迄原子間の結合である化学結合を扱う補講であり、分子間の結合については触れません。でもこの補講で結合に興味を持てる感性の持ち主なら分子間力についても似たようなイメージを自分で構築できるだろう・という言い分でお茶を濁そうと思います。以上! みんなー楽しんでくれたかなー? それでは、本日の講義はこれでお終いです。皆見てくれてありがとう! またねーバイバーイ!」
「思い出したように今更ノリを戻されても……」
「今回は最後までノリを貫けと御達しが下ってたものですから」
「はあ……えーと、ありがとうございました」
fin.
図を用いて解説すればとても簡単なのを、敢えて文字のみで説明することの難しさを思い知らされました。
言葉じゃ解説し難い状況説明を、図を載っけてあっさり解決する市販の小説とか、根性なしだと思います。
文章のプロなら、文章で勝負すべきじゃないかしら。
ていうかその為に挿し絵の枠が1ページ分割かれるのが勿体ないと思う訳ですよ。
文章力不足補填の図解を入れるくらいなら、文章力を向上させて心トキメク挿し絵を見せて欲しいわ。
という、趣味人の戯言ですが。
結局心躍る物語さえ楽しませてくれれば満足できる一休です。
ちなみに本作の作者です。こんにちは。
本作を読了頂きありがとうございました。いい暇つぶし及び一ミクロンくらいのタメになっていれば幸いです。
生物のことは高二から選択しなかったので最早思い出にありませんが、物理や化学というのは自分なりのイメージを作りながら学習すると意外と楽しくなる科目だと一休は思います。
とか言っておきながら作中に何か間違いがあるととても恥ずかしい奴になりますね、一休。
何か気付いた点があればこっそり教えて頂けると一休の学にも繋がり助かります。
もしくは堂々と感想に送りつけて晒しても構いませんが、すると一休がとても恥ずかしい奴になるだけなので別に構いませんけど。
では、いつかまたどこかでお会いすることを楽しみにしておりますm(__)m