~その頃の兄③~ エクスカリ〇ーみたいなのも欲しかったが
「《――炎矢、ファイアアロー》」
「《――攻の章、第一節。星の瞬き……シャイン!》」
トリーシャの魔術と姫さんの法術――神官の扱う術をそう呼ぶらしい――が、標的の一匹に突き刺さる。
標的――子供ほどの背丈に緑色の肌、醜い顔を持つ魔物――ゴブリンは、魔力の火矢と光弾に焼かれ、のたうち、やがて絶命する。が、
「ギギャァ!」
すぐに別の個体が飛び掛かり、術を放った二人を切り裂かんと石斧を振り下ろしてくる。そこへ――
「おっと!」
ガィン!
立ちはだかったエレナの円盾が石斧を受け止める。彼女は即座に反撃の剣を振るい、襲ってきたゴブリンの首を切り裂いた。
「グギャッ……!?」
断末魔の呻きと共に地に落ちる二匹目。しかし魔物の襲撃はそれで終わらなかった。
「アキト! そっち行ったよ!」
エレナの警告に声を返す余裕はなかった。オレは襲いくる三匹のゴブリンを前に足が止まっていた。
概ね平和な日本という国で暮らしていたオレにとって、実戦の経験など無いに等しい。殴り合いのケンカぐらいなら何度かあったが、命の取り合いなんて考えたこともない。
その命の取り合いが――明確な殺意が。今、目の前に迫っている。足が動かない。身に着けた鎧がいやに重く感じる……
せめてもの抵抗として、オレは聖剣を強く握りしめ、ゴブリンたちの前に掲げ――
そこで、目に違和感――魔力が、集まっている?――を覚えると共に、妙なことに気づく。
(……なん、だ? 視界に……光の、道筋……?)
オレが手にする聖剣から、先頭を走り向かってくるゴブリンまでの間に、緩やかに曲線を描く光の帯のようなものが見えたのだ。
同時に、閃く。オレは導かれるようにその光をなぞって聖剣を振るい――
ザン――!
「グゲッ!?」
先行して走って来ていた三匹目を一刀の下に斬り捨て……
「ふっ!」
続けて視界に映された道筋に沿って、二撃、三撃と聖剣を振るい、四匹目、五匹目のゴブリンも難なく斬り倒す。
「……」
倒した後も少しの間警戒するが、他に敵が現れる様子はなかった。ここまで乗ってきた馬車も無事だ。野良の魔物か、あるいは敵軍の斥候あたりと、偶発的に遭遇した形だったのだろう。それよりも……
(今のは……)
「アキトー!」
「ぐえ!?」
いつの間にか武装を腰にしまっていたエレナに、突然抱きつかれた。
「すごいよアキト! まるで剣の達人みたいにぱぱっと倒しちゃってさ! ほんとに実戦経験ないの?」
「ああ……今のが初めてだ」
そう。初めての実戦でオレに勝利をもたらしてくれた、あの光。
あれは、剣の理想の道筋。達人の剣筋だ。実際に動いてみたことで、それが身をもって理解できた。
なぜ、そんなものがオレの目に見えたかといえば……
(転生や転移などで異世界を渡った主人公は、特典として超常の力を授かるのがテンプレだ。この力が、そうなのか?)
あるいは、手にしている聖剣の力なのかもしれないが……
(素人でも達人の剣が振るえる能力……どっちだとしても、十分にチートだな)
欲を言えば、某セイ○ーさんのエクスカリ○ーみたいなのも欲しかったが。
なんにせよ、この異世界での戦いを生き抜くのに、こいつは大きな力になってくれるはずだ。
旅はまだ始まったばかり。本当に大変なのはきっとこれから。それでもオレの目には希望の光が見えた気がした。