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【完結】兄が異世界に行った弟の話  作者: 八月森


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5話 嘘をついているようには見えませんでしたから

 ある日の放課後、その女は唐突に現れた。


一ノ瀬(いちのせ)晴人(はると)! 一ノ瀬晴人はおりますかしら!」


 教室の後方入口に仁王立ちし、大声でこちらの名を呼ぶ女子生徒。俺はその声に聞き覚えがあった。


「~~」


 頭をくしゃくしゃと掻いてから、仕方なく席を立って入口に向かう。そこで待っていたのは、一言で言えば(きら)びやかな女だった。


 ウェーブのかかった金色の長髪。パッチリとした意思の強そうな瞳に、整った顔立ち。

 背は俺より数㎝高く、姿勢も綺麗で堂々としていた。上履きのラインの色は緑。これは今年の三年生の色だ。


 ちなみに、俺たち一年が赤、二年は青だ。この色はそのまま繰り上がっていくため、来年は一年が緑、二年が赤、三年が青になる。閑話休題。


「来ましたわね、一ノ瀬晴人」


 その煌びやかな、お嬢様然とした三年生は、俺が呼ばれた通りに来たことに満足そうに息をつく。


 よく見れば、入口で待っていたのは彼女だけではなかった。彼女の陰に控えるように、黒いおかっぱ髪の少女が静かに待機している。背丈は俺と同じくらい。上履きに入った緑のラインから、この少女も金髪の女と同じ三年生だと判別できる。


「またあんたらか」


 俺はうんざりしたように嘆息する。


「ええ、またですわ。この天王寺(てんのうじ)光姫(みつき)、目的を遂行するまで歩みを止めることは致しません」


「お嬢様が何度もすみません、晴人さん。後でよく言って聞かせておきますので……」


(けい)! なんですのその言い方は! それではまるでわたくしが悪いことをしているかのような――」


「デリケートな問題かもしれないので無遠慮にグイグイ聞くのはよくないと、私この前も言いましたよね、お嬢様?」


「え、や、それは、その……」


 お嬢様と呼んだほうが、当のお嬢様を叱りつけている。まぁ、つまりこういう関係性の二人だ。


 天王寺光姫は、この地域では有名な富豪の家の一人娘。お嬢様然ではなく、本物のお嬢様だ。


 天王寺家はこの学校に多額の寄付金を納めているとかで、教師陣は彼女の機嫌を損ねないよう気を遣っている。生徒はと言えば、恐れる者、すり寄る者、遠巻きに眺める者など、様々だ。


 そんなお嬢様に手綱をつけているのが、蛍と呼ばれた少女――藤木戸(ふじきど)蛍。彼女は天王寺家に代々仕える使用人の家系で、お嬢様と同い年だったことから、幼い頃から姉妹同然に育ったのだという。


 そして、この二人は兄貴の友人でもある。兄貴が失踪したと噂が立ってから、真っ先に俺を訊ねてきた二人だ。つまり――


「……ここじゃ目立つ。話をするなら、場所を移してからだ」


「ええ、構いませんわ」


 俺たちは教室から離れ、渡り廊下を通って旧校舎側へ向かった。

 この学校は、通常の教室や職員室などがある新校舎と、技術室や音楽室などの特別教室が並ぶ旧校舎とで構成されていた。両校舎は各階の渡り廊下で繋がっており、靴を履き替えずとも移動することができる。


 いくつかが特別教室として使われている以外、旧校舎のほとんどは空き教室だ。その中の一室(机や椅子が積み重ねられ、半ば物置きにされていた)に入り、二人がそれに続き扉を閉めたのを確認してから、俺はすぐに本題に入った。


「それで。聞きたいのはやっぱり兄貴のことか」


「ええ。一ノ瀬章人(あきと)の行方。それに繋がる手がかり。どんな小さなことでも構いません。あなたが知っていることを改めて教えていただきたいのです」


「……行方不明と決めつけてるみてぇだが、病気や引きこもりの可能性は考えないのか?」


「あ、それはありませんわ。自宅にいないのは天王寺家の情報網や彼のスマホに仕込んだ位置情報アプリの反応がロストしたことで確認済み――あ」


「おい」


「失敬、なんでもありませんわ」


 この女さらっととんでもないこと言わなかったか。プライバシーとかどうなってんだ。

 そもそも他人のスマホに勝手にアプリ仕込むって技術的に可能なのか? ……可能なんだろうな、このお嬢様の家なら。


「申し訳ありません。本当に後で言って聞かせますので」


「蛍! まだそんなことを言っていますの! 本当はあなただって、一ノ瀬章人の安否を気にかけているのでしょう!?」


「それは……気にならないと言えば嘘になりますが……私たちのような部外者が聞いていい問題かは――」


「部外者だからこそ、現状に風穴を開けられるかもしれないでしょう? どんな些細なものだとしても、ここで何か聞き出すことさえできれば、あとは天王寺家の使用人部隊が総力を挙げてその情報を拾い上げ、彼の行方を捜し出してくれるはず――」


「……期待させて悪ぃが」


 お嬢様の気勢を削ぐように、声を差し挟む。


「こないだと言うことは変わらねぇよ。俺はなんの情報も持ってねぇ。兄貴が今どこにいて、何をしてるのか、むしろこっちが知りてぇぐらいで――」


「――嘘、ですわね」


 彼女は、迷いのない口調で断定した。


「わたくしは立場上、多くの人々と接してきました。その過程で、他者の真意と嘘を見抜く観察眼を磨くことができましたわ。あなたは今、嘘をついている。本当は、彼が今どうしているのか、知っているのではありませんか?」


 その言葉に、真っ直ぐな瞳に、気圧される。


 実際俺は嘘をついている。それは小春(こはる)に対してと同じく、真相を語ってもどうにもならないとの思いからだ。


 しかし元来嘘が苦手な俺は、どこかで罪悪感を覚えていたのかもしれない。つい、口が滑る。


「……今どこにいて、何をしてるかも知らねぇのは本当さ。俺が知ってるのは……あのクソ兄貴は今、この地上のどこにもいねぇってことだけだ」


 言ってから、聞きようによっては死んだと受け取られかねねぇなと思い、訂正しようとしたのだが、天王寺光姫の反応はこちらの予想を上回った。


「地上にはいない……つまり宇宙や深海を捜せということですわね? 早速天王寺家の宇宙開発部門、及び深海探索部門に連絡を――」


「待て待て、そうじゃねぇ!」


 そんなもんまであるのかよ天王寺家! 俺が不用意に口走った一言でなんか大事にされそうな予感!?


「もう! ではなんですの! 神隠しに遭ったとでも言いますの!?」


 神隠し……お嬢様が投げやりに放ったその言葉が、ストンと腑に落ちる。


「……現状じゃ、それが一番近いかもしれねぇ」


「え……本当に、神隠しなんですか? 失踪や誘拐ではなく?」


 意表を突かれた様子のお付きの少女に、言葉を返す。


「別に信じなくてもいいぜ。俺だって最初は受け入れられなかった――」


 しかしそんな俺たちをよそに、またも想定を超える反応を見せたのは、天王寺光姫だった。


「なるほど……超常の現象が絡んでいるのなら、彼の反応が突然消えたことも、ご家族が口を濁すのも、ある程度得心がいきますわね……」


 その言葉に呆気に取られ、つい聞き返してしまう。


「……信じるのか? 自分で言っといてなんだが、荒唐無稽にもほどがある話だろ?」


「あら? わたくしそこまで頭が固いつもりはありませんわよ? むしろ、科学の目が無数に広がるこの現代で、人一人がなんの痕跡も残さず消えたことのほうがありえませんもの。人知を超えた力が働いたと考えたほうが納得がいきます。それに……」


「それに?」


「先ほどのあなたは、嘘をついているようには見えませんでしたから」


「……」


 俺は、このお嬢様を見くびっていたのかもしれない。思った以上に器がデカい。


「さて……そうなると捜索に人員を割いても無駄なのかもしれませんわね。魔術・神学部門に相談して、後は無事の帰還を祈るぐらいでしょうか」


 だからなんでそんなのあるんだよ天王寺家。……いや、それより……


「……なぁ。なんであんたらは、そうまでして兄貴を捜そうとするんだ?」


 俺の疑問に、天王寺光姫は力強い笑顔を浮かべてきっぱりと返答する。


「決まっていますわ。一ノ瀬章人に惚れ込んでいるからです。今はまだ古城(こじょう)小春(こはる)に後れを取っていることは認めますが、いずれは彼女を押し退けてわたくしが彼の一番になってみせます。そして結ばれた二人で天王寺家をさらに盛り立てていくのがわたくしの人生プラン……あら? そうなれば、あなたはわたくしの義弟ということに――」


「お嬢様の妄言はともかく」


 台詞を遮られたお嬢様が「ちょっと、蛍!」と文句を言うのを爽やかにスルーし、藤木戸蛍も笑顔で答える。


「私もお嬢様も、普段から章人さんにはお世話になっていますから。心配だし、恩を返したいんですよ。――さぁ、そろそろお(いとま)しましょう、お嬢様」


「もう! いいところを持っていって! ……ともかく、一ノ瀬晴人! 状況に変化があれば、すぐにわたくしたちに教えてくださいませ。天王寺家は協力を惜しみませんわ。――それでは、ごきげんよう」


 そう言い残すと、天王寺光姫と藤木戸蛍の二人は、来た時と同様唐突に、嵐のように去っていったのだった。

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