プロローグ ずっと待ち望んでいたんだ
深夜。
物音を耳にした気がして目を覚まし、オレは半分以上閉じた目で部屋の中を見回した。
なんてことない一軒家の二階の一室。
シングルベッドに学習机。二十二インチのモニターに、据え置き及び携帯ゲーム機。床には乱雑に散らばった漫画に小説、雑誌類。ダンベルにハンドグリップ。
壁に掛けられた鏡には、寝起きの自分の顔が暗闇の中ぼんやりと浮かんでいる。黒髪黒目。平均より少し高い身長。寝巻代わりのジャージに身を包み、上半身だけを起こした自分の姿。
ありふれた一高校生であるオレの部屋だ。取り立てて変わったものは何もない。部屋の中心に謎の穴さえ空いていなければ……
コオォ……
その穴は、壁にも床にも天井にも繋がっていなかった。部屋の中心に浮かぶようにぽっかりと、問答無用で、空間の裂け目のようなものが生み出されており……
その穴の奥から、金髪碧眼の日本人らしからぬ美少女が姿を現し、こちらに視線を向けていた。
鮮やかな金の髪は首の辺りで切り揃えられ、精緻な細工を施されたティアラで飾られている。首元にはシンプルな作りのネックレス。
身に纏う白のドレス。メリハリのついた美しいプロポーション。まるで物語に出てくるお姫様――あるいは、そのものかもしれないが――だ。彼女は柔らかそうなその唇から、安堵のため息をこぼす。
「ああ……やっと、繋がった」
「君は……」
その声音だけで清らかさが滲み出るような、澄んだ、綺麗な声だった。彼女は続けて、自らの名を名乗る。
「私は、レア・アムレート。貴方が暮らすかの地とは異なる世界に築かれた国、アムレート王国の第一王女です」
彼女の自己紹介を聞きながらベッドから抜け出したオレは、内心で興奮を隠せなかった。
目の前で起きている不可思議な現象。そこから現れた王女を名乗る謎の美少女。このシチュエーションは、もしや……
「突然こんなことを言っても困惑されるのは重々承知しています。ですが、どうしても貴方にお願いしたいことがあって――」
「――助けを求めているんだな?」
「え?」
「悪漢やモンスターに国を襲われたかなんかして、救国の英雄を探し求めているんだな!?」
「も、もんすたー?は、よく分かりませんが……その、概ね、合っています」
推定姫――王女と名乗っていたので確定か――は、「なぜ分かったんだろう」という顔でこちらを見ている。その視線を受けながらオレは全力でガッツポーズを取った。凄いぞ、ラ〇ュタは本当にあったんだ。
「よし、行こう」
「え? あの……」
「助けが要るんだろ? オレを連れていってくれ」
「本当ですか!? あ、いえ、その……私が言うのもなんですが、よろしいのですか? 準備とか、心構えとか、色々と必要なのでは……?」
「問題ない。服はジャージだからこのまま外にも出られるし、心構えはとうに済ませてある」
妄想の中でだけどな。
「何より、オレはこんな機会をずっと待ち望んでいたんだ! 本当に異世界が存在するのなら、是が非でも見に行きたい! さあ、連れていってくれ!」
「……分かりました。さすがは異世界の勇者様です。そこまでの覚悟がおありなら、お言葉に甘えるとしましょう。それでは、どうぞこちらへ――」
と、姫が自らの元へ招くように手を伸ばしたところで……
バンっ――!
「――るっせーぞクソ兄貴! 今何時だと思ってん……だ……?」
弟の晴人が乱暴に扉を開けながら罵声を上げるが、部屋の中心に空いた謎の穴と少女を目にした途端、ポカンとした表情で動きを止める。続けて――
「おい、夜中に一体なんの騒ぎ――」
「貴方たち、さすがに近所迷惑になるから静かに――」
騒ぎを聞きつけやってきた父さん母さんも、同じように部屋の中で起きている超常現象を目にし、理解できずに硬直していた。
家族の様子を軽く見回したオレは、湧き上がる高揚を隠さず口を開く。
「父さん、母さん、晴人。オレちょっと異世界に行ってくるわ」
「……は?」
そんな間の抜けた声を上げたのは、晴人だったろうか。
それを確かめることもせず、振り返らず、オレ、一ノ瀬章人は、未知なる冒険の世界へ飛び込んだのだった。
はじめまして。またはお久しぶりです。
今作はプロローグで兄に罵声を浴びせていた弟が主人公の物語です。
現代日本の弟の恋愛話がメイン、異世界の兄の冒険がサブとして、交互に話を進めていく形式になります。視点が飛び飛びで読みづらいかもしれませんが、お付き合い、お楽しみいただければ幸いです。
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