3話
「はじめまして、家庭の事情で転校してきた菅原大樹です。急な転校で、制服が間に合わず、以前のブレザーでしばらく過ごすことになりますが、よろしくお願いします!」
翌週の月曜日、だいくんがあたしのクラスに転校してきた。
まぁ、この辺の高校ってここしかないし、必然ではある。
そして山の中故に生徒数が少なく、クラスが同じになる確率も高い。
そして。
「席は……和倉千栞さんの隣が空いてますね」
あたしの席は窓際の1番後ろ、そしてその隣の席である。
ベタ……!ベタすぎる……!
初恋の相手と再会して、転校した学校がおなじ……!?そして一緒のクラス!?そして席は隣!?
漫画とかラノベのベタすぎる設定じゃないですか、やだー!
いや、でも動揺してるのバレたくない。
ここは平然を装ってと。
「ちーちゃんよろしく」
「こちらこそ」
ニコッと笑顔で返答。
「なになにー、大樹君と和倉さんって知り合い?」
だいくんの反対隣の席の女子生徒が彼に話しかける。
「うん、幼なじみ」
「へぇー。あ、大樹君って初対面で呼んでごめんねぇ。菅原ってもう一人いるからぁ」
「章弘のことでしょ?いいよ、あいつと同じクラスになるってことは、予想してたし」
「章弘君とも知り合い?」
「うん、再従兄弟」
「はとこぉ……?」
「じいちゃんばあちゃん兄弟の孫同士ってこと」
「へぇー」
反対隣の女子生徒は佐藤星七。肩まで届く髪を金髪に染めてウェーブにパーマしていて、メイクもバッチリ決めている。
このクラスで1番存在感を放つ生徒だ。
バッチリ二重の両目があたしを捉える。
あー……。
佐藤星七。彼女は上手く隠しているが、いじめっ子の主犯格だ。
そしていじめの対象は。
あたし。
どうやら、しばらくあたしの周りは騒がしくなりそうだ。
「ねぇねぇー、大樹君」
猫なで声でだいくんに話しかける。
「教科書は揃ってるぅ?休み時間、学校案内してあげようかぁ?」
「いや、せっかくだけど、ちーちゃんにお願いしようかな」
ギロ……!
佐藤星七が私を睨む。
だいくんは気づいていない。
「だいくん、星七さんが言ってくれてるんだからお言葉に甘えたら?」
「でも俺は……」
「いいからいいからぁ」
あー、完全にだいくんをターゲットにしてる。
いじめのではない。
オスを狙うメスの視線だ。
まぁ、普通にイケメンで女子ウケは良さそうだけどね。
「まぁ、バイト先は同じだし、その時ゆっくり話そ」
バカ……!
「えぇー、和倉さんと大樹君ってバイト同じなのぉ?」
「そうだよ」
「どこなのぉ?」
「コンビニだよ」
「どこのぉ?」
「えっと……この辺りのだよ」
「沢山あってわかんないぃ」
だいくんが嫌がってる。
「ほらそこ!無駄話はそこまで!1限目の授業始めるわよ!」
今日の1限目は現代文。
我らが担任のあーちゃん先生の授業だ。
「大樹くんは両隣、どちらでもいいから教科書見せてもらって」
「はーい」
ガタガタ。
だいくんが、机をあたしの方に寄せる。
「大樹くぅん、あーしが見せてあげるよぉ」
だいくんの腕を掴んで私の方に寄せる邪魔をする。
「いや……でも……。慣れた相手の方が関わりやすいし……」
ギロ……!
なんとかしてあーしに譲れ!と目で訴えてくる。
「まぁまぁ、星七さんが善意でやってくれるんだから、見せてもらったら?」
「…………」
渋々といった形で折れるだいくん。
本当ならあたしが見せてやりたい。トークしたい。積もる話も沢山あるのだから。
「ねぇ、ちーちゃん」
「うん?」
「もしかして俺の事避けてる?」
放課後。
だいくんバイト初出勤。
あたしが指導係だ。
レジのやり方、お客様との対応の仕方、トイレ掃除。などなど、一通り教えた。
一息ついてだいくんが話しかけてきた。
「そんなことないよ」
「じゃあなんで隣の席の子に全部任せたの?」
「それはね」
「それは?」
「教えてあげないよ」
「俺は真剣に聞いてるんだけど?」
少し怒気が籠っていた。
どうしよう……。いじめられていることを告白する?
いやでも変わらない気がする。
だったら。
「あたしね、他人が嫌いなの」
「えっ!?でも俺たち昔は一緒に遊んで……」
「それは昔の話。今のだいくんと深く関わるつもりは無いから」
「……………………」
あたしのハイライトの消えた両の瞳。
深く、低く、相手を突き放す声音。
あたし自身を守るため、だいくんをあたしの事情に関わらせないため、彼と必要以上に接触することを避ける。これしか無かった。
数秒の沈黙。
それをだいくんは重たい唇を上げて崩した。
「ちーちゃんはそれでいいの?」
「何が?」
「自分の気持ちを殺して、笑顔という仮面をつけてちーちゃん自身じゃなく、周りの人も騙して、本当にそれでいいの?」
「……………………」
いいわけない。
あたしだって本当はだいくんと過ごしていた時のように笑顔でいたい。
けど。
「とっくの昔に、あたしは周りの人を信じないって決めたの」
「いつから?」
「だいくんと出会った時から既にそうだったよ」
あたしは親と兄から差別されていた。
でも、だいくんといる時は楽しかった。けど、この状況で「それは嫌だ」とは言えなかった。
「……………………」
絶句する彼。
「俺が恋した相手はそんな奴だったのか」
ボソッと。でも確かにあたしの耳に届いた。
「そうだよ。最初からだいくんを騙してたの」
嘘。
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。
だいくんといる時は幸せだった。
あたしの初恋だった。
でももう、この状況で引き返すことは出来ない。
どうしてあたしは正直に「助けて」と言えないのだろうか。
お姉ちゃんじゃなくてあんたが死ねば良かったのに。
不意に、あの時親に吐かれた言葉がフラッシュバックした。
そう。あたしは最初から望まれて生まれた訳ではなかったのだ。
そんなあたしが幸せになる?
そんな権利は無いのだ。
だから。
「あたしに失望したでしょ?もう必要以上にあたしに関わらないで」
こうして自分の本当の気持ちを押し殺して彼をあたしから遠ざける。
バイト終わり、うちに帰りベットに体をうつ伏せにして沈める。
なんでこんなことになったんだろう?
あたしはだいくんにも偽りの笑顔で接するつもりだった。
けど彼の前ではそれが崩れてしまった。
何故だろう?
「それはあなたが本当は助けを求めているからです」
!?
どこからか声。
アパートの一室。隣の部屋の人の会話が聞こえてきたのだろうか?
壁に耳を当てる。
隣室からは何も聞こえない。
部屋の鍵は閉めてる。
誰も入れるはずがない。
ベットの下、押し入れ、トイレ、浴室。
誰もいない。けど、たしかに声は聞こえたのだ。
「あなたは誰ですか?」
気がついたら、そう口にしていた。
「私は異なる世界の観測者。この世界であなたを見守る神です」
「何のために?」
「あなたに幸せになって欲しいと望む者のためです」
「あたしは幸せになれない」
「何故です?」
「さっき初恋の相手と喧嘩して完全に見放されたから」
「それは思い込みです」
「何を根拠に?」
「全知全能の神ですので」
「はぁ!?」
ドンドン!隣から壁を叩く音がした。
うるせぇ!ということだろう。
「神様のせいで隣の部屋の人に怒られました」
「……………………」
しかしこれ以上「神」からの言葉はかえってこなかった。




