2話
「ん〜!美味しぃ〜!」
森家のリビングにてあたしたちは千晶のお姉さんが作ったケーキを頂いていた。
バターがよく染み込んだスポンジに、苦めなチョコがいいアクセントになっていた。
「良かったね、お姉ちゃん」
「ええ、喜んでもらえてよかったわ。あとはチーフにも味見してもらってokが出れば、お店に並べられるわ」
「これは絶対合格間違いなしっすよ!」
菅原章弘が同意する。
悔しいけど、こいつと同意見だ。
ここまで美味しいものを作れるのはさすが、プロのパティシエを目指しているだけある。
「ふふ、ありがとう。みんな」
喜んでもらえてよかった。私のケーキが美味しくできてよかった。そんな笑みをうかべるお姉さん。
さて、ケーキは頂いたし、そろそろ帰るかー。
「それじゃあ、あたしはそろそろバイトの時間だから」
カバンを手にして、さっさとこの家を出る準備をする。
「千栞もう帰るの?」
「うん、この後バイトだから」
「そっかー、時間取ってくれてありがとっ」
「じゃあなぁ、千栞ぉ」
ちょっと寂しげな千晶とフォークを握ったままひらひらと手を振る菅原章弘。
「じゃあ、今日はありがとう。お邪魔しました。ケーキ美味しかったです」
そう挨拶して森家の門を足速に出ていく。
あー、息が詰まった。
千晶とお姉さんは純粋にあたしを歓迎してくれたけど、菅原章弘、あいつと同じ空間にいると息苦しい。
本音は1度家に帰ってシャワーを浴びたい。
けど、そんな余裕は無い。
タッタと気持ち少し早足気味で道を進んでいく。
混みいった住宅街を抜けて大通りへ。
現在地から3つ目の脇道を通ればすぐに、バイト先だ。
夕方だからか、まだ大人の数は少なく、学生もまばらだ。
居酒屋も開店準備に追われている時間帯だ。
そんなことを横目にして想像しつつ、歩を緩めず、歩く。
「あの」
不意に学生服を着た男子生徒に声をかけられた。
この辺りでは見ない制服だ。制服というかブレザーだ。
男子は続ける。
「この辺りにあるエイトイレブンを探してるんですが、道分かりますか?」
あたしのバイト先だ。
「ここから視える2本目の脇道を通ればすぐですよ」
「………………」
男子生徒は返事をしない。
あたしは気にせず「では」と横を素通りしようとして再度声をかけられた。
「人違いだったら申し訳ないけど、もしかして、ちーちゃん?」
!?
そのあだ名で呼ぶのは過去一人しかいない。
地面を見ていたあたしは、彼の顔を初めて拝見した。
「だい、くん……?」
「やっぱりちーちゃんだ!」
菅原大介。あたしの幼なじみだ。
若干大人っぽく見える整った顔立ち。両目はぱっちりしていて鼻筋もシュッとしている。
彼の親の実家がこの地域で、夏休みや冬休みといった長期休暇間に親の帰省についてきていた子だ。
昔はよく一緒に遊んだけど、小学生中学年頃から顔を見なくなった。
まだ他人嫌いになる前だったからちょっと寂しかった。
「どうしてここにいるの?」
「うーん、積もる話は多いけど、まずはバイトの面接が先かな」
「あたしのバイト先もそこだよ」
「ほんと!?なら案内してよ!」
「うん!」
自分でもびっくりするくらい、大きな返事がでた。
実は初恋なのだ。彼は。だから彼のいない世界はまさに虚だった。
そんな彼と再開して浮かれてしまうが、ひとつ引っかかるものがあった。
「ねぇ、だいくん」
「ん?」
「だいくんの親戚に菅原章弘っている?」
「ああ、あいつは再従兄弟だよ」
「はとこ?」
「祖父母兄弟の孫同士ってこと」
「へぇ」
「章弘と知り合い?」
知り合いというか。
「小学生の頃から一緒の幼なじみみたいなものかな?」
うっへぇ、自分で言って吐きそう。あんな奴が幼なじみ!?
反吐が出るけど抑えよう。
「そっかー、章弘と幼なじみかー。あいつは元気?」
「会ってないの?」
「しばらくこっちに住むことになったから、近いうちに顔見せようとは思ってた」
「へぇー」
だいくんと再会出来たのは嬉しいけど、あいつの親戚かー……。
聞きたくない情報だった。
そんなこんなで目的地へ。
「それじゃあ、あたしはこのままバイト入るから面接頑張って」
「うん、ありがとう」
side大介
「それじゃあ、来週から入ってもらえる?」
「はい!ありがとうございます!」
「ところで」
「なんでしょう?」
「千栞ちゃんと一緒に来てたけど、君たち知り合い?」
「はい、母の実家がこの辺りで昔一緒に遊んでました」
「そっか」
「どうかしたんですか?」
「いや、彼女ね。笑顔で明るく接客してるけど、たまに暗い表情をすることがあってね。もし何かあったら力になってあげて」
「暗い表情?再会したばかりなので、心当たりないですが、注意しておきます」
「うん、ありがとう」