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第二話

孤児のリオに村の居場所はもうなかった。

少年は戦士でいることが村の住人として生きる条件だったのだ。

ホールでのやりとりが聞こえていたのか、リオに投げかけられる言葉は侮蔑と嘲笑だった。

「やっぱり駄目だったんだな」

「お前さんのワザじゃあ、そりゃ戦神様も駒の置き場に困るってよ」

リオと長い間いがみ合ってきた悪童の二人はここぞとばかりに彼を詰りはじめた。

わざわざ中の様子をうかがいに来てまでちょっかいをかけてくるのか。

傷心と叛逆の気配を覚えていたリオは二人をにらみつける。

「おっと、お唄でも歌うつもりか!?」

「いいぜ?かわいいピーちゃん、今日の水炊きにしてやってもさ!」


今すぐにでもとびかかってやりたい気分になったが、無用な怪我をするデメリットが頭によぎり、

リオは歯噛みしながら堪えた。


「おいおい、ここまで煽られて手をプルプル握りしめるばかり、なにもしないってのかよ、

それでも、お前は火の国の戦士かぁ!?」

「お前さんは違うんだったな!ナンジャク、ボウヤノ、ヨソモノ!」

二人の煽りを他所に祭祀場につづく坂道を駆け下りていく。

途中で振りかえると、二人がしつこく追いかけてくるのがみえた。


リオは祭祀場から村の間の坂道の途中にある大岩を曲がって、視界から消えると、

そのまま間もなく見える崖端まで行って、ためらいなく身をひるがえす。

ロッククライミング。

危なげなく、岩肌にとりついて降下し、十数メートル下の地面に立って、上を見上げると

まだ二人は降りるかどうか相談しているところだった。


「降りられないのか、戦士のくせに!」

と煽り返すと、舌打ちのようなものが崖上から聞こえる。

間もなく彼らも岩壁降下をはじめただろうが、

気にせずにリオは走るのを再開して、本道に入るとそのまま村の中に入っていった。


☆ ☆ ☆

昼だというのに黒い雲が空を這い、村の家々に灯る松明の明かりが風に揺れている。

青い甚兵衛を着崩している中年の男が茶屋で流れる暗雲を肴に一杯やっている。

急雨に慌てふためく人々やうら若き乙女の衣服が濡れ、透ける素肌を数少ないエンターテインメントにしてやろうという魂胆を胸に秘めていた。

ヨコシマである。

すると、シャッシャッと風を切るような音を立てながら走る、なじみのある顔が祭祀場の方からやってきた。

その少年は深刻そうな顔をしていた。


「おーいリオ君、泣きそうな面ァしてどうしたんだい?」

足つきの盃を片手に腕を上げる男に気づいたリオは逡巡するものの、

足を止めて近づいてくる。


「ヤサカさん、昼間から酒ですか」

「うん。気持ちいいよ」

呆れた目で見られているヤサカというオヤジは気にせずに手の内のものをあおる。

「僕みたいなロクデナシはこれが楽しみなんだ。リオ君も飲まないか?」

「……いただきます」

まじめなリオには断られるだろうという展開を予想していた彼は、思わぬ回答に驚きの色を見せた。


「おや、仕事じゃないのかい?」

「クビになりました。神様直々に」

「おやまぁ」


ヤサカは盃をもう一つ取り寄せて、渡すと、飲み物を注いだ。冷たい感触が手の内に広がる。

「散々だねぇ。」

「……」

リオはぐいっと酒を飲む。すると、思わぬ味に呻く。

「薄っ」

「そりゃ水で薄めてるからねぇ」

「いつもこんなの飲んでるんですか?」

「季節柄と懐の事情によるかな」

にへへとヤサカは悪戯っぽく笑う。


「こんなところで何しとるんじゃぼけぇ」

という男の怒声が聞こえてくる。

「おまえらそれでも火の国の戦士か、ほっつき歩いている暇あんのかゴラァ」

リオは聞きなじみのある声に身体を震わせるが、その方向に顔を向けると、稲妻を落とされた対象はあの悪童の二人のようだった。


リオの教官でもある村の武道教官殿は悪童二人の首根っこをひっつかんでいる。

リオとずいぶん差をつけて追跡をしてきた暇人と彼らを鍛え上げる村一番の鬼教官が鉢合わせたようだ。

悪童二人はほとんど無抵抗のうちに拘束されて、ずるずると引きずられていった。

途中、片方がリオの方に指を向けると、教官とリオの目があった。

教官は立ち止まったが、視線をそらして二人を教練場に連れて行った。


「ひええ怖い怖い、サボるのも一苦労だね?」

「……」

リオは無言で薄いにごり酒を摂取する。

教官殿もすぐに事情を知ったのだろう。

あれほど長い間一緒に鍛錬し、背中を預けた関係であっても、一つボタンの掛け違えただけでこうも扱いは変わるのだと痛感する。

「少し飲んだだけなのに」

「うん」

「もう頭が痛い」

「お酒弱いんだ」

「そうかもしれませんね」

リオは力なく言った。


「戦士ってのはそんなに重要なのかい?」

「何度も聞かれたようなことを改めて話さなきゃいけませんか」

「知ってるよ、リオ君は故郷が無くなって、身分を得るために戦士にならないといけなかった。

ホントは身体がそんなに強いわけじゃないのに、ここまで頑張ってきたのに、とうとう裏切られちまったわけだ。うたい文句に反してトップ直々にはしごを外されたと。」

「うたい文句はなかったですけどね」

「贅沢な話だね。兵士なんて、いればいるほどいいモノなのに、神様は生粋のスパルタンが好みらしい。」

「スパルタン?」

「白銀の時代、泰西の方に生粋の武人でなければ人でなしとした国があったのさ。

この国はそれに倣っている。戦神はスパルタンの末路を知っているんだろうか?」

「……良くないですよ、ヤサカさん」

リオは、含んだような言い方をすることからろくでもない結末を迎えていそうなことを察した。


「リオ君はどうするんだい?」

リオは少し考えこむ。

「一度村に帰ろうかと思います もしかしたら生き残りが復興活動でもしているかもしれないし」

と、鬱屈とした調子で答えた。それに対して、

「してなかったら?」

とヤサカは言い返す。

「意地悪ですね。ヤサカさんもそこまで先のことは考えてないでしょう」

と鬱陶そうに答え、さらに続ける。

「多少腕に自信はあるし、多少の工作は教育してもらいました。日金を稼ぐくらいはできるでしょう」

ヤサカはリオの目を見つめた。それから、一転して低い声で囁く。

「……気を付けなよ、そういう生き方は。後悔するよ」


ヤサカが視線を外して酒を飲む。

リオの頬に冷たいものがついた。上を見上げると、雨が降り始めていた。

「……帰ります」

「少し待ったら?」

ヤサカの忠告を無視して、リオは懐から金を出そうとする。しかし、

「いや、とっておきたまえ、僕から誘ったのに金を出すわけにはいかない」

と静止される。

「そう言って、ヤサカさん、今日は持ち合わせあるんですか?」

「あるよ、あるある、心配しないで頂戴」

ヤサカは懐をまさぐる。自信ありげだった手探りもだんだん力を失っていくのが分かった。

「あれ?……ない。どっかでおとしちゃった……。」

と力なく笑うヤサカ。ため息をついて、リオはいくらかの金を置く。

「悪いね」

「めんどくさいんで、今までのツケ返さなくていいですよ」

と言うと、

「いいや、返すね」

と言い返された。

「君とは何度も会うだろう、これからも。その時に返す。」 


雨粒が地面を黒く染めだしている。リオは黙って立ち上がり茶屋を出て、家に向かって走り出した。

彼の姿が見えなくなるまでヤサカはその背中を追っていた。

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