元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(4)聖鳥と魅惑の悪魔
「エミリア様が俺たちに名付けをしたいきさつを聞きたいだと?」
イアナ嬢を復帰させた俺がモスに質問すると彼は僅かに眉を寄せた。
その隣のウェンディがつまらなそうに鼻を鳴らす。おい、精霊王。
「そんなのどうでもいいじゃん。それよりクースー草を持ってとっとと帰ったら?」
「エミリア様は様々な精霊に名付けをしているようだ。その流れで俺たちも名前を付けてもらった。精霊だけでなく森の魔物にも名付けをしているようだぞ」
「何でまたそんなことを」
「運命をぶち壊すためとかどうとか……俺も詳しくは知らないな」
「……」
本当にお嬢様は何をしたいんだろう。
あとモス、地味に腹筋を強調するのは止めてください。はいはい素晴らしい筋肉ですね。お肉の鎧ですか?
とりあえず話はこのくらいにしておくか。後でお嬢様から聞けばいいんだしな。
「じゃあ、クースー草を採らせてもらうぞ」
「好きにすれば」
ぶっきらぼうにウェンディが応える。
イアナ嬢が戸惑い気味に訊いた。
「で、でもまだ結界が張られたままなんですけど。解いてくれないんですか?」
「……」
ありゃ、相手が精霊王だって知ったせいかな?
イアナ嬢の言葉遣いが変わっちゃったよ。
それに気づいているのかいないのかウェンディの反応に変化はなかった。
でもまあ気づいているんだろうなぁ。
「結界の解除くらい自分でしてよ。次代の聖女なんでしょ?」
小声で。
「本来なら勇者と来てるはずなのに、どうしてこいつと来てるかなぁ」
モスも小声になった。
「ウェンディ、エミリア様が仰ったように運命が変わってきているのかもしれん。だとすればあの悪魔たちも」
「確認できてるだけでももう四匹いるよね。そいつらがどう動くかな?」
「前の勇者の仲間だった奴は猫にされたらしいな」
「あーそれわざと言わなかったんだぁ。吃驚する顔を見られないのは残念だけど」
「よし、今から教えよう」
「やめてぇ、モス、お願いだからやめてぇ」
うーん、何だかぼそぼそ聞こえるだけで訳がわからん。
まあ、聞かれたくないんだろうから放っておくか。
俺とイアナ嬢は結界の張ってあるところまで移動した。
相変わらず頑強そうな結界だ。
俺はレイクガーディアンを戦ったときにマジックパンチを連発したせいでかなりの魔力を消費していた。今の状態ではフルパワーでもこの結界を破れないだろう。
ちなみにダーティワークは解除してある。モスたちの様子からも次の試練とかはなさそうだし。
俺はチーズ味のウマイボーを取り出して囓った。うん美味。
水中戦なんかをしてお菓子を駄目にしなくて良かった。湿気ってたらこのサクッとした食感もないだろうし。
魔力の回復を意識しながらイアナ嬢に訊いた。
「女神の指輪の高価で結界系の魔法にボーナスが付いているんだろ? 結界解除とかできないのか?」
「あんた馬鹿ぁ? そんな簡単にできるようになる訳ないでしょ」
とか言った癖にイアナ嬢が早口で呪文を唱える。素直じゃないなぁ。
詠唱を終えると彼女は結界の壁に片手をぺたりと付けて魔法を発動させた。
パリーン。
「……え?」
自分がかけた魔法なのにそれが成功した本人が吃驚している。何か間抜けだ。いや笑いませんよ、ぷぷっ。
「……」
イアナ嬢が顔を真っ赤にしてこっちを睨んできた。
えっ、これ俺が悪いの?
「さ、さっさとクースー草を採取するわよ。ぽけーっとしてないで仕事しなさいよね」
「あ、ああ。はいはい」
俺たちは二手に分かれてクースー草を採った。
群生地のクースー草を全て採るのではなく半分くらいは残すようにする。複数の群生地に移りながら俺たちはクースー草を集めた。
イアナ嬢が何やら耳まで真っ赤になりながらぶつぶつ呟いていたが気にしない気にしない。
て、うん?
クースー草の緑に混じるように灰色の塊が落ちているぞ。
俺はそれに近づいてみた。
明るい灰色の毛玉が転がっている。これは……フクロウか?
何だろうと観察していると革袋にクースー草を収納したイアナ嬢がこちらに来た。
「こっちは終わったわよ……って、これ何?」
「俺もわからん。たぶんフクロウの類だと思うが」
「ふうん、でもちょっと可愛いわね」
彼女は何の躊躇もなく毛玉を拾い上げた。冒険者としてはいささか軽率だが、ここは聖域らしいしまあ大丈夫だろう。
毛玉は相当に弱っている様子でぐったりとしている。
イアナ嬢が心配げに俺に向いた。
「この子何があったのかしら? 聖域でこんなに弱ってるなんて」
「俺に訊かれてもなぁ」
「ほぅ、精霊鳥か」
ひょいとモスが現れた。うおっ、瞬間移動か。やるな精霊王。
「こいつはシロガネフクロウだね。うーん、まだ飛べるようになったばかりってところ? こういうのはファストがよく知ってるんだよね」
「あいつはあちこち飛び回っているからな。そのせいで博識なのだろう」
「そっか。でもさ、なーんでこのシロガネフクロウここに落ちてるの? ここ、エリア内に入ってきた対象を無差別にどうこうできるようにはなってないよね?」
「侵入防止はしているがな。そのシロガネフクロウはあれだ、お前のレイクガーディアンが範囲攻撃をしたときに巻き込まれたのだろう」
「「え」」
俺の声がウェンディと重なってしまった。不覚。
「じ、じゃあこいつのせいだ。僕は悪くない。そうだよねっ!」
ウェンディが半泣きになりながら俺を指差す。必死だ。
おいおい、あの蛇はウェンディの管理下だったんだろ? 呼び出したのもウェンディだし。
それにモスも「お前のレイクガーディアン」って言ってたよな?
「あの」
俺がウェンディと睨み合っているとイアナ嬢が鳴きそうな声で割り込んできた。ウェンディたちもいるからか言葉遣いが丁寧だ。
「それよりこの子死にそうなんですけど。あたしの回復魔法じゃ駄目みたいです」
俺もウェンディも睨み合うのを止めた。
イアナ嬢の腕の中でシロガネフクロウがぐったりしている。さっきよりさらに弱っているようにも見えた。
「これはまずいな」
モス。
「ありゃあ、これ死んじゃうね」
ウェンディ。
「いや、精霊王なんだろ? どうにかしてくれよ」
「無理」
即答したウェンディが渋い顔をする。
「僕やモスが先に見つけたんならともかく人間が関わってしまった命に後から干渉することはできないんだよ」
「俺たちはこれで結構ルールが多いんでな」
モスが補足する。
それを聞いてイアナ嬢がますます表情を曇らせた。つーか涙が決壊しかけてるな。
「じゃあ、もう助からないんですか?」
「手の施しようもないほど生命力が尽きかけているからな。これではいくら回復魔法をかけても意味がない。そもそも回復魔法というのは助かる命の傷や疲労を癒やすためのものだ。手遅れのものには効果を発揮しないようになっている」
「むしろ今の状態で回復させようとすると、逆に体への負担になって死期を早めるだけかも」
「……」
モスとウェンディの言葉にイアナ嬢が俯いてしまった。あ、これは泣くな。
うーん、、生命力の回復かぁ。
ん?
俺はふと思いついて腕輪を見た。
レイクガーディアン戦のクリアボーナスとして得た水の精霊結晶は俺の腕輪と融合している。そして、俺は新たな能力を獲得していた。
その名もスプラッシュ。
……試してみるか。
俺は一応イアナ嬢に声をかけておく。
「ちょっと濡れるかもしれないが我慢してくれ」
「……え」
俺は腕輪に魔力を流した。マジックパンチとスプラッシュの区別は感覚として何となく理解できている。
ただ、まあ使いこなすにはやはり訓練が必要だな。
対象はイアナ嬢の抱くシロガネフクロウ。瀕死らしいので効果は最大にする。消費魔力は多いがやむなしだ。
発動。
「スプラッシュ!」
ぼんやりと人差し指の先に水球が生まれる。俺の拳より一回り大きなサイズだ。
軽く指を振ると水球が飛沫を上げながら飛んだ。放物線を描きすぐに着弾する。狙いは外さない。
パシャリと音を立てて水球が割れた。シロガネフクロウが水色の光に包まれるが濡れた様子はない。イアナ嬢にも被害はないようだ。不思議だがそういう能力なんだろうと丸呑みする。
イアナ嬢が吃驚したように目を白黒させ、すぐに俺に詰め寄った。すげぇ顔が恐い。これが次代の聖女だなんて信じたくない。
「ち、ちょっといきなり何すんのよ」
「いや、一応断ったつもりだが」
「死にかけてる子に攻撃魔法をぶつけるなんて酷いでしょ。可哀想とか思わないの?」
「いや、これ攻撃魔法じゃなくて……」
「ジェイってば最低。あんたがそんな人だとは思わなかったわ」
「……」
あれ?
また俺が悪者になってる?
**
俺が一方的にイアナ嬢の口撃を浴びているとウェンディが声を上げた。
「あ、シロガネフクロウの生命力が完全回復してる」
「えっ」
「本当か」
イアナ嬢が間抜けな声を発し、俺の問いに重なる。
「これで一安心だな」
モスが腕組み姿勢で胸を張った。筋肉ムキムキである。
イアナ嬢の腕の中でシロガネフクロウがもぞもぞと動き出した。
ぱちくりと目を開けて「ポゥ」とやや低い声で鳴く。首を傾げ、もう一度「ポゥッ」と。こちらはちょい疑問形。
イアナ嬢の表情がぱあっと明るくなった。
彼女は現状を理解できていない様子のシロガネフクロウをぎゅっと抱き締める。ポゥポゥ泣くシロガネフクロウの鳴き声はちょい迷惑そうだ。
……と、突然、シロガネフクロウが青白く光った。
「ふむ」
モスがうなずいた。
「進化の祝福か。まさか聖鳥になるとはな」
「聖鳥?」
俺が尋ねるとモスが腕組みを解いてむんっと両腕を曲げながら力こぶを作った。はいはい、見事な筋肉ですね。
「このシロガネフクロウは精霊を祖先に持つ精霊鳥だ。それが祝福によって聖なる鳥、つまり聖鳥に進化した」
「……」
俺はイアナ嬢を見た。
彼女は目を合わせようとしない。
「だだだだって、変な声が訊いてきたんだから仕方ないでしょ?」
「変な声?」
「お、男か女かよくわからない声よ。あんたがレイクガーディアンを倒したときにクリアボーナスがどうのって言ってた声」
「……」
あの中性的な声か。
「何か質問されたのか?」
イアナ嬢は目を合わせようとしない。
小声で。
「め、女神の指輪のスペシャルパワーを解放して、せ、精霊鳥シロガネフクロウを祝福しますか?(はい・いいえ)」
「……」
あ、うん。
めっちゃ指輪のせいですね。
てか、ひょっとしてレイクガーディアン戦のときにイアナ嬢が中性的な声を聞いたのもその指輪のせいじゃね?
「で、何て答えたんだ?」
目眩を覚えつつそう尋ねるとイアナ嬢が早口になった。
「し、仕方ないでしょ。ポゥが死にそうだったのが助かって物凄く嬉しかったんだから。そ、そりゃ少しは戸惑ったけど」
「……」
俺は真っ直ぐイアナ嬢を見つめる。
「こんなに可愛くて毛玉なのよ。助かって良かったって思うのは当然でしょ? すっごく柔らかいし滑らかな手触りなんだからねっ」
「……」
俺は真っ直ぐイアナ嬢を見つめる。
「えっと、その」
「……」
俺は真っ直ぐイアナ嬢を見つめる。
ポゥ? とシロガネフクロウが首を傾げた。すげぇ角度まで傾くんだな。
「……」
「……」
いや、もう答えなくてもいいや。
イアナ嬢、女神の指輪のスペシャルパワーを解放したんだな。
せっかくなのでもう一つイアナ嬢に訊いた。
「ポゥっていうのは?」
まあ訊くまでもないのだが一応。
「……」
イアナ嬢は目を合わせようとしない。
「名付けたな」
「名付けたね」
精霊王たちが揃ってうなずく。
俺はこめかみを押さえながら確認した。
「まさかとは思うがそのシロガネフクロウに名前をつけたのか?」
「……」
イアナ嬢は一瞬だけこちらを見て、また目を逸らした。
「だだだだって、声が名前を付けられますって言うのよ。こんなに可愛い生き物に自由に名前を付けられるなんて素敵だと思わない?」
「……」
くらっときて倒れそうになったのをグッと堪えた。誰か褒めてください。
イアナ嬢の腕に抱かれたシロガネフクロウのポゥがポゥポゥ鳴いた。声音が俺を憐れんでいるような気がするのはきっと気のせいだと自分に言い聞かせる。でないと辛い。
「あーよく見るとこのシロガネフクロウネームドになってるね」
ウェンディ。
「となると次代の聖女が名付け親ということか。ふむ」
モスが腕組みをし、顎を撫でた。
プスッ。
という音とともにモスの額に矢が突き刺さる。
え?
俺が唖然としているとさらに矢が飛んできた。
その矢が水の壁に阻まれる。
「ありゃ、誰か来ちゃったみたい」
ウェンディ。
彼女は面倒くさそうに手を振ってもう一枚水の壁を作り上げた。そこから一筋の水柱が立ち、飛沫が水球と化して四方に飛んで行く。
いくつかの悲鳴と呻き声がし、静かになった。
「こいつら弱すぎ、あとウザい」
心底嫌そうにウェンディがぼやく。
「ルールもあるし、モスを攻撃していなければ僕に反撃されることもなかったのに。こいつらついてないね」
木々の陰から七人の武装した男たちが現れた。ほとんどが皮鎧もしくはローブといった軽装で金属鎧は一人しかいない。弓を持った者は見当たらなかった。おそらくウェンディが全員片づけたのだろう。
何人かの顔には見覚えがあった。森の中で見かけた疲れ果てていた冒険者たちだ。
イアナ嬢が叫ぶ。
「き、きゃあああああああああ」
モスの額には矢がまだ刺さっている。
彼は鼻毛でも抜くみたいに簡単に矢を引き抜いた。
「無粋な連中だな」
矢を握りながらモスがつぶやく。
瞬間、矢が青白い光になって消えた。
モスの額にはもう矢による傷はない。それどころか痕跡すらなかった。
まだ騒いでいるイアナ嬢の口をモスが手で塞ぐ。
「いささか刺激が強かったようだな。だが、静かに」
「こんなんじゃ役に立たなそうだね」
ウェンディがため息をつき、俺に向いた。
「てことで、後はよろしく」
水の壁が決壊に変化した。
キラキラとした水色の粒子が輝き、ウェンディとモス、そしてイアナ嬢を取り巻くように展開していく。
「……」
あ、あれ?
俺は?
「スリル満点♪」
ウェンディが満面の笑みを浮かべながら親指をグッと立てた。おい。
「て、てめぇ!」
俺がムカついている間にじりじりと武装した冒険者たちが近づいてくる。
ぶつぶつと聞こえてくる複数の声は呪文の詠唱か。ちょい待て、明らかに上級攻撃魔法の呪文が混じってるぞ。
「……」
理由はわからないが相手は俺たちを殺そうとしている。
でなければいきなり矢で額を狙ったりはしないだろう。威嚇だけならわざと外したりするはずだ。
それといくつか腑に落ちないことがある。
ここは聖域で常人には入れないんじゃないのか?
なぜ、こいつらは入れた?
そもそも迷いの魔法がかかった森をどうやって抜けてきた?
考えているうちに間近まで冒険者たちが迫ってくる。
俺は観念してダーティワークを発動した。身構える。
正面にいた金属鎧の戦士が片手剣の長剣を振り上げた。もう一方の手にはラージシールド。
踏み込みと同時に斬りかかってくる。それをサイドステップで躱して横降りの追撃もバックステップで避ける。
横から襲ってきた軽装の戦斧使いの腕を掴んで引き寄せ、その鳩尾に一撃食らわせた。戦斧使いが沈むのを気配で感じながら突いてきた槍使いの奇襲に対応する。視界の端には金属鎧の戦士。
はっとして後ろに飛び退くと目の前をナイフが飛んでいった。あ、危ねぇ。
もう一本飛んできたのを無詠唱で展開した小型の結界で防ぐ。すぐさまそれを解除して向かってきた槍使いの前に再展開。ガツッと衝撃音を響かせて槍使いが激突した。
ナイフを投げようとする盗賊風の男に一歩で距離を詰めてワンパン。おっと、こいつまだナイフを隠し持っていやがったぞ。早めに倒せてラッキー。
雄叫びを上げて金属鎧の戦士が突撃してきた。
俺は繰り出される斬撃を黒い光のグローブで受け流す。
反撃とばかりにゼロ距離発射のマジックパンチでラージシールドごと金属鎧の戦士を吹き飛ばした。威力は調整したから戦士自体に被害はない。
背中から倒れた金属鎧の戦士に走り寄り、身体強化された蹴りで頭を一蹴りして気絶させた。丈夫そうな兜を被っていたから死にはしないだろう。
「……っ!」
俺は大きく地を蹴って冒険者たちと距離をとり結界を張った。
凄まじい量の火炎が視界を覆う。マジか。
攻撃魔法を察したから良かったものの気づくのが遅かったらやばいなんてものではなかった。しかもこれ味方も巻き添えになってるぞ。前衛の奴らが全滅じゃないか。
結界の壁を数発の雷が走る。やや遅れて百発はある火炎球。それらを全て防ぐと俺は結界を解除して魔術師たちに肉迫した。次の呪文を唱えきる前に一人ぶちのめす。
二人残った。
俺は片面だけの結界で火炎魔法を凌ぎ、手加減したマジックパンチで一人を倒した。ゴキッと変な音を鳴らしていたけど……問答無用で襲ってきたのはそっちなんだから骨折で済むだけありがたく思って欲しい。
最後の一人は普通に殴って無力化した。
ふぅ、これで終わりか?
パチパチパチパチ。
拍手が鳴り、次いで男の声がした。
「いやぁ、凄いねぇ。おいら、吃驚だよぉ」
ゆっくりとそいつは姿を現した。
後ろには八体のゴートヘッド。
男は被っていたシルクハットを脱ぐと丁寧に腰を折った。
「どうも半日ぶり、おいらのこと憶えているかな?」
その格好は皮鎧にシルクハットと相変わらずのちぐはぐさ。
こ、こいつは……。
「ジェイ、悪いけどクースー草はこのサックがいただくよぉ」
**
「悪魔だな」
「悪魔だね」
モスとウェンディがうなずき合う。
それに呼応するようにサックがシルクハットを脱いで挨拶した。
「これはこれは精霊王の二柱。お目にかかれて光栄至極」
上機嫌で芝居がかったように頭を下げるサック。
というか、悪魔?
「どういうことだ?」
俺が尋ねるとモスが答えた。
「言葉通りだ」
「はっはっは、ジェイは察しが悪いねぇ」
嘲うようにサックが笑った。
「シルクハットの悪魔、もしくは魅惑の悪魔サックとはおいらのことだよぉ」
「……」
いや、そんな二つ名なんて知らんのだが。
ひょっとして最近になってから王都で頭角を現したとかか?
それなら俺が知らなくても仕方ないのだが。何せ二年も王都から離れているからな。
有名どころは大抵王都から名前が広まっていくものだ。少なくともこの国の冒険者はそういうものだと俺は親父から教わった。
「いや、そうではない」
モスが訂正した。
「そういう二つ名的なことではなく、単純に悪魔だと言ったのだ」
「そうそう」
ウェンディ。
「悪魔だよね? しかも名前も偽ってるよね?」
「……」
俺はサックを見た。
彼は笑顔だ。それがかえって不気味なほどに笑顔だった。
「ありゃあ、やっぱり精霊王は凄いねえ。ごまかせないかぁ」
「……」
えーと。
俺は目を瞬いた。
つまり、こいつって人間ではないと?
悪魔?
でもこいつ冒険者ギルドで会ったときにAランク冒険者だとか言ってたよな?
いやまあ悪魔なら化けたり嘘をついたりするんだろうけど。
え?
そんな感じ、微塵もしなかったよ?
俺が動揺しまくっているとサックの笑顔が消えた。
つまらなそうに。
「ま、ばれたんならしょうがない。君たち、出番だぞぉ」
サックが右手を挙げると彼の後ろに控えていたゴートヘッドが前に出た。
その目は全員赤く怪しく光っている。
「なるほど、ゴートヘッドたちならこの場所を知っている。操って道案内させたか」
「ついでに森の中を彷徨っていた冒険者たちを引っかけて来たんだね」
「悪魔なら精神操作くらい造作もないからな。おまけに魔法で強化もしている」
「でもねぇ、やっぱり自我を失うレベルで操っちゃうと戦い方も雑になるんだよね。その結果平気で味方も巻き添えにするような魔法も撃っちゃう。やってることの程度低いよね」
「ま、所詮悪魔だしな」
「だよねぇ」
モスとウェンディの評価が酷い。
でも解説ありがとう。
悪口を言われたサックだが特に気にした様子はなかった。
彼は口許を緩めて目を細める。これから楽しい遊びをするかのように愉快げに命じた。
「やれ」
ゴートヘッドたちが一斉に地を蹴った。
と、突然全ての動きが止まった。
空中で静止したゴートヘッドたち、嘲るような表情のサック、俺も動けないので視界の外のモスたちがどうなっているかはわからない。だが、きっと止まっているはずだ。
そして、あの中性的な声。このタイミングで来るか。
『大地の精霊王モスにより緊急クエストバトルが提示されました』
『これより緊急クエストバトル・魅惑の悪魔コサック(第一段階)戦を開始します』
『勝利条件 魅惑の悪魔コサック(第一段階)の撃退』
『完全勝利条件 魅惑の悪魔コサック(第一段階)の撃破』
『敗北条件 ジェイ・ハミルトンの死亡』
『なお、ゴートヘッドへの対処の内容によりクリアボーナスが変化します。ご注意ください』
「……」
何やら目の前に数字が現れてカウントダウンしているのだが。
これ、0になるとバトル開始か?
あと、いろいろつっこみたいのだがとりあえず一つ。
サック(のことだよな?)の名前が魅惑の悪魔コサック(第一段階)になっているのだが。
おい、第一段階って何だ第一段階って。
めっちゃ不穏だろうが。
第一段階があるってことは第二段階もあるってことだよな? ひょっとしたら第三段階とかもあるのか?
じゃなくて!
コサック?
おい、てことはこいつあのコサックか?
ランバダの仲間のコサックなのか?
だとしたら……。
目の前の数字が0になる。
世界が動き出した。
ゴートヘッドたちが襲ってくる。
だが、俺は彼らを相手にしなかった。
ゴートヘッドたちの攻撃を躱しながら腕輪に魔力を流す。
チャージ。
「ウダァッ!」
サックに狙いをつけてマジックパンチをぶっ放した。
轟音を響かせて左拳がサックに飛んで行く。直撃コースだ。
だが。
ゴートヘッドの一体が笛のような鳴き声を発した。
瞬間、左拳のすぐ傍で爆発が生じる。軌道を変えられた左拳がサックの背後の大木に命中した。幹をへし折られた大木が他の樹木を巻き込みながら倒れていく。
ニヤリ。
サックが挑発的な笑みを浮かべた。
「……」
こ、こいつ。
俺は左右から突き込まれたゴートヘッドの頭突きをバックステップで回避した。彼らの頭部には先端の鋭い角が生えている。あんなものを食らったらひとたまりもない。
俺が退いた位置で魔力が反応した。
咄嗟に周囲に結界を展開。無詠唱でなければ間に合わない危うさだ。
三連続の爆発が間近で発生した。視界が爆炎で塞がる。
俺は結界を維持しつつマジックパンチのための魔力量を増やした。マジックパンチはその熟練度と消費魔力によって威力が違ってくる。今度はゴートヘッドの爆発魔法に負けないようにしなくては。
俺の中で「それ」が囁く。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
サックはやりすぎた。
いくらクースー草を狙っているとしてもこんなやり方は駄目だ。冒険者たちやゴートヘッドたちを操るなんて言語道断だぞ。
それともあれか?
クースー草を狙うふりをしながらイアナ嬢を狙っているのか?
いや、それならチャンスは他にもあったはずだ。俺たちはサックがランバダの仲間だと気づいていなかったんだからな。殺す機会はあっただろう。
でも、そうしなかった。
何故?
爆炎が晴れる。
俺は結界を解いてすぐ傍まで肉迫してきたゴートヘッドの体当たりを避けた。跳躍して距離をとりながら左拳を構える。
俺はゴートヘッドたちと戦いたくない。
イチたちと戦わなくてはならない理由なんてなかった。
それなのに……。
体の奥から「それ」の声が聞こえてくる。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
モスとウェンディはサックのことを悪魔と呼んだ。
悪魔、か。
それなら遠慮は要らないな。
腕輪に回す魔力が最大を超える。
俺は気合いを込めながら叫んだ。
「ウダァッ!」
発射する刹那、左拳が眩しく輝いた。その光の強さに目を瞑ってしまう。
拳が発射された。
「ぐばぁっ!」
サックの絶叫。やったか?
イアナ嬢の悲鳴。
「ジェイっ!」
え、俺?
胸と腹にとてつもない衝撃があった。
いくつか鳴った音は骨が砕けた音だ。それと肉が抉られた音。。少し遅れて堪え難い激痛。あ、これはやばい。
二体のゴートヘッドが俺の胸と腹に突きと蹴りを放っていた。胸が突きで腹が蹴りだ。
俺は膝から崩れた。
普通ならこれで終わりなのかもしれない。こんな状態では八体のゴートヘッドに勝てるはずもないだろう。
だが、俺は。
身体の中の声が大きくなる。
怒れ!
怒れ!
怒れ!
全身に力が漲っていく。
それと同時に俺の意識が薄れていく。
これは、駄目だ。
まだ俺はそれを許していない。
その時ではない。
俺は叫んだ。
「イアナ嬢、イチたちを守れっ!」
「え、ええっ?」
戸惑いながらもイアナ嬢が呪文の詠唱をし始める。良かった。たぶん彼女の結界でなければイチたちは全滅してしまうかもしれない。
とはいえ、俺もこのまま狂戦士になるつもりはないがな。
さて。
俺はありったけの意思を総動員して「それ」に抵抗した。
視界の端では上半身を吹き飛ばされたサックが再生しかけている。
ワォ、確かにこれは人間じゃないな。
うーむ、悪魔かぁ。
おっと、それどころじゃないか。
そんなことを思いながら俺の意識は闇に沈んだ。
**
闇に沈んだ俺が目覚めるとあの中性的な声が聞こえてきた。
『緊急クエストバトル 魅惑の悪魔コサック(第一段階)戦をクリアしました』
『ゴートヘッド八体の生存を確認しました。クリアボーナスに追加ボーナスが加えられます』
『ジェイ・ハミルトンに称号「大地の精霊王に認められし者」が授与されました』
『以降、大地に身体を接している限り生命力と魔力を自動回復します。接地面積により回復率は変化しますのでご注意ください』
『追加ボーナス能力「フレンズ」を獲得しました』
『以降、異種族との交流にボーナスが発生します』
『ただし、異種族との関係が必ず友好的になるという訳ではありませんのでご注意ください』
『また、既知の関係にある者には効果がありません』
『追加ボーナス能力「分解」を獲得しました』
『女神プログラムによって定められた物に対し拳で接触して効果を発揮します』
『触れた物を素材として変化させて分解します。発動には魔力が必要です。対象によっては分解できないこともありますのでご注意ください』
『あ、そうそう』
『あんまり狂戦士になりかけてるとそのうち本当に引き返せなくなるかもですよ。気をつけてくださいね』
「……」
な、何だか最後は妙に人間っぽかったな。声もお嬢様の声になってたし。
……て、お嬢様の声な訳ないか。
うん、気のせい気のせい。
俺はぼんやりとしながら半身を起こした。
いつの間にか風景が変わっていた。
視界にザワワ湖はない。あんなにあった薬草も見当たらなくなっていた。木々の生えている感じから森の浅層だと思う。
すぐ傍にはイアナ嬢がいた。倒木に腰掛けた姿勢でこっくりこっくりと船を漕いでいる。その腕の中にはシロガネフクロウのポゥ。こいつも眠っているようなのだがおい、今モンスターに襲われたらひとたまりもないぞ。どっちかは見張りしてろよ。
俺がため息をつくとガサッと茂みが揺れた。
反射的に身構えるがまだ身体がうまく動かない。鈍い自分の肉体に苦笑しつつも茂みを注視した。
ひょこっとアカリスが顔を覗かせぷいと引っ込んでいく。
アカリスは冒険者であればさして珍しくもないモンスターでアーワの森の中では低いランクの魔物だ。普通のリスよりも二回り大きな体に赤みを帯びた毛皮。突き出た前歯は危険で油断しているとあっさり喉を裂かれてしまうこともある。
だが、それさえ気をつければ大したことない魔物でもある。それに基本的には臆病な傾向にあるのでこちらから仕掛けなければまず戦いにはならない。
俺は探知を使って周囲の安全を確認してから警戒を緩めた。
ポゥがぱちくりと目を開ける。
俺と目が合った。
「……」
じいっと見つめられてしまい俺も目を離せなくなる。
というかあれだ、フクロウの目って見ようによっては怖いな。あーでもこいつ聖鳥になったんだっけ? むしろ畏怖を感じるべきなのか?
ポウッ、とポゥが鳴いた。
何となく「お、兄ちゃん目覚めたか」と言われたような気がする。違うかもしれないけどまあいいや。
ポゥがもぞもぞと動いたからかイアナ嬢も起きた。
「……」
「……」
あ、うん。
俺、ちょい寝起きのイアナ嬢を可愛いとか思っちゃったよ。だってほら普段のきっつい印象がどこかに消えてしまっているというかこいつも女の子なんだよなーっていうか(以下略)。
ポゥがイアナ嬢の腕から逃れて宙を舞った。俺たちの頭上を飛び回る。
それを見ているとイアナ嬢が飛びついてきた。
ぐふっ。
あ、これ地味に体当たりだ。
「ジェイッ! この馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ッ!」
「……」
いきなり罵倒である。これ酷くね?
「あんたが急に暴れだしてから大変だったんだからね。言われたからゴートヘッドたちにも防御結界を張ったけど」
「……」
うん。
やっぱりそうなったか。
まあ「それ」ならそうするよな。宿主である俺が死にかけたんだし。
狂戦士になりかけるよな。俺の魂を喰らうところまでいってないから完全に狂戦士になってないけど。いやーやばかった。
「で、サック……あのふざけた帽子野郎はどうなった?」
「あの悪魔のこと?」
「そうそう」
もう悪魔でいいや。実際、悪魔らしいし。
「ジェイのマジックパンチで上半身を吹き飛ばされたんだけどすぐに再生しちゃって、その後も何回か頭や腕を破壊されてもすぐ再生しちゃって」
「……」
あいつすげーな。
悪魔ってのも伊達じゃないってことか。
「そのうちあたしにはよくわからない言葉を叫びながらどこかへ行っちゃったわ」
「どこかへ行った? 消えたのか?」
「ううん、コウモリみたいな翼を生やして飛んで行ったわ。いかにも悪魔って感じだった。今度遭ったらあの翼引っこ抜いてやるんだからね」
「……」
イアナ嬢なら本当にやりかねないな。
まぁ、サックに同情はしないが。
「こんなの話が違うとかオトメゲーのモブの攻撃じゃないとか意味不明なこと喚いていたわ。あれ悪魔の言語なのかしら。オトメゲーなんていかにも禍々しい感じじゃない」
「オトメゲー……」
あ、あれ?
それ、前にお嬢様が口にしていた単語では?
軽い目眩を覚えながら俺は訊いた。
「イチ……ゴートヘッドたちは?」
「全員無事。防御結界を張りながら状態回復の魔法をかけたから。あの悪魔が操っているってことは正気に戻せばいいのよね? 現聖女には負けるけどあたしだってそれくらいはできるのよ」
フフンとイアナ嬢が鼻を高くする。ふんぞりーって擬音がしそうな姿勢だけど面倒だからここはスルーしてやろう。
うむ、イチたちは無事なんだな。良かった。
「で、どうして俺たちはここにいるんだ? 他の奴らは?」
「モス様がゴートヘッドたちを聖域の外に、冒険者たちを森の外に転移させてくれたわ。あたしたちはポゥがいるからってここに移されたの」
「ん? てことはここに何かあるのか?」
「ここはあれだよ、いわゆるセーフティゾーン」
すうっと空間から滲み出るようにウェンディが現れた。
俺を睨みながら口を尖らせているが……俺、そんなに嫌われてるの?
「まずモスから伝言、大地の精霊結晶が欲しくなったらナザール丘陵に来いだって、僕的にはおすすめしないけどね」
「ナザール丘陵」
ノーゼアからずっと西にある荒涼とした地域だ。五年前に領地として治めていた伯爵家が断絶したため王家直轄になったと聞いている。
「そこにも浄化の宝玉があるのか?」
「さあね、勇者じゃない奴には教えてあげなーい」
「……」
あるのかもしれないしないのかもしれない。
どっちだ?
とりあえずウェンディに話すつもりはないようなので聞き出すのは難しいだろう。まあどうしても必要な情報でもないから今はつっこまずにおこう。
「えっと、モス様はご一緒ではないんですか?」
イアナ嬢。
やや遠慮気味に彼女は口を開いていた。ウィル教会的には十天使として扱われる精霊王に対して多少なりとも畏怖を感じているのだろう。言葉遣いも丁寧になってるし。
「そんなこといちいち人間に教えなきゃいけない義理はないよ」
素っ気なくウェンディが応えた。
彼女は頭上を見上げる。ポゥが大木の枝で羽を休めていた。
「これは僕に課されたルールだから教えてあげる。モスに認められた奴とか聖鳥に名付けができた奴とか……そういう奴には特典というか便宜が計られるんだ。それで、ここがそれ。ここだけは魔物も現れないし誰かに襲われる心配もない。休憩すれば魔力も生命力も完全回復するし、完璧な安全地帯だよ」
「……」
完璧な安全地帯?
「おい、さっきアカリスがいたぞ。あれ魔物だよな?」
「ああっと、そうそう敵意がなければモンスターも入れるんだった」
「……」
ずいぶんと雑だな。
まあどうせウェンディたちが作った場所なんだろうし、あんまり細かいことは言わないでやろう。俺は心の広い大人だからな。
「あはは、じゃあ僕はこれで。もうこの森に来ないでね」
「あ、こら」
呼び止めようとしたがウェンディは消えてしまった。てか、逃げたな。
*
アーワの森から抜けると太陽が高い位置にあった。
「……」
おかしい。
多少森で時間がかかったとはいえ翌日の昼になるまで森にいたとは考えられない。そもそも夜はどこに行った?
イアナ嬢もこの異常さにぽかんとしていた。彼女の腕の中にいるポゥも……って、お前飛べよ。セーフティーゾーンを出てからずっと抱っこしてもらってただろ。
ポゥが首を傾げる。しかしまあすげぇ角度まで曲がるのな。
森の入り口で唖然としている俺たちに空から声が降ってきた。
「あ、ヒューリーの人たち」
黒いローブを着た二十代半ばくらいの美人が箒に股がっていた。上空の風に吹かれているからか長い金髪がやや乱れている。
メラニア付きの宮廷魔導師。疾風の魔女ワルツだ。
「あなたたちで最後かしら? これまでの冒険者たちは全員クエスト失敗しているのよねぇ」
「そうか、まあそうだろうな」
何せサックに操られるまでは森を彷徨っていたんだし、ザワワ湖では俺と戦って負けたんだからな。その後はモスに転移された訳だし。
クースー草の採取なんて無理だろ。
「それで? クースー草は手に入ったかな?」
「ああ」
俺は麻袋からクースー草を一株取り出して掲げた。
ワルツから魔力の流れを感じる。どうやら本物のクースー草かどうか鑑定しているらしい。
てことはきっとワルツは鑑定の能力持ちなんだな。さすがは宮廷魔導師。
しばしの沈黙の後にワルツが声を弾ませた。
「素晴らしいねぇ、しかも指定より多い数のクースー草を採ってきたとは。あいつとはえらい違いだねぇ」
「あいつ?」
「いやこっちの話」
「……」
冒険者の中にワルツの知り合いでもいたのだろうか?
そんなふうに思っていると急に俺の身体がふわりと浮かんだ。
え?
「じゃあ、王城までご同行願おうかねぇ」
「はぁ?」
何だそりゃ。
「えっ、何これ。怖い怖いっ!」
「ポゥっ!」
おおっと、イアナ嬢がパニクってる。
つーか、ポゥを抱いたまま浮かんじゃってるし。せめてポゥは放してやれよ。飛べるんだからさ。
じゃなくて。
「おい、ふざけるな。俺は王城なんかに行かないぞ」
「おや? 私はメラニア様のご命令に従ってるだけなんだけどね。それにこれはとても名誉なことだよ」
「メラニアの?」
もう嫌な予感しかしない。
絶対に御免だ。
「あ、あたしはカール王子の命令でノーゼアに来てるのよ。王城には行けないわ」
「……」
イアナ嬢。
それ、ずるいぞ。
俺だって王城に行きたくないんだからな。
「うーん」
ワルツが困ったように唸る。
そして……。
「ま、事情なら後で聞くよ。とにかく王城までご案内ってことで」
ワルツが片手を上げてくるくると二つの円を描いた。
瞬間、俺とイアナ嬢の正面に魔方陣が現れて眩い光を放つ。
光に包まれた俺はやばいと判じたがもう遅かった。
一呼吸するよりも早く景色が一変する。