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1.2 転校生の家にお呼ばれした件

 歩くこと約三十分。あれからお互いに一言も発することはなかったが、なんとか目的地が見えてきた。

「この辺ならわかるか? もう俺ん家もすぐそこだけど。」

「あ、はい……。ありがとうござい、ました。」

 ペコリと頭をさげる宮代。サラッと流れる髪の間からは、やや疲れの表情が見える。

 なんとなく歩くのが好きで慣れてしまったから忘れていたが、学校からここまで歩くのは少しキツイ。

「……バスとかも一応あるにはあるけど、この辺までは路線通ってなくて結局結構歩くことになるから、明日からは自転車とか使った方がいいぞ。」

「そう、なんですね……。…………その、蕨、君は……?」

「え? あ、あぁ、いや俺はなんか歩くの好きでさ。だからいつも徒歩。……朝起きるのがしんどいけど。」

 まさか質問されるとは思っておらず、生返事になってしまった……。しかも普段、女子から名前を呼ばれることなどほとんど無いのに、まさか宮代に呼ばれると思っておらず余計に面食らってしまう。というかよく覚えてたな。

「そうです、か。……あ、えっと……私、家、こっち、なので……。」

 そう言ってまたペコリとお辞儀した宮代は目の前の低層マンションへと向かっていった。 ……俺の家の斜め向かいの。

 転校生美少女が自分家の近くに引越してくるとか、それなんてラノベだよ。配役ミスな気もするが。ラノベの神様、意外にポンコツか?

 入口に向かい、小さくなっていく宮代の後ろ姿をボーッと眺めながらどうでもいいことを考えていると、一台の車が停車した。

「あれー! 白音ちゃーん! おかえりー!」

 車から出てきたのはややウェーブのかかった明るい茶髪のお姉さんであった。

 明るい調子で手を振りつつ宮代のもとへと駆け寄る。

「おかえり白音ちゃん! 良かったよー! 無事に帰れて! 迎えに行けなくてごめんねぇ。」

「お、お姉ちゃん! た、ただいま……、用事もう終わったの?」

「うん! 大丈夫! 引越しのあれこれ手続きで大変だったよー……。」

 どうやらお姉さんは宮代の姉のようだ。そう言われてみればクリっとした目などは似ているような気もする。

 しかし幼さの感じる宮代とは対照的に、薄くではあるが化粧がされ垢抜けた明るい印象から宮代の姉といわれてすぐピンとはこない。

 それでも姉妹揃って目鼻立ちが整っているため、マンション入口はどこか華々しい雰囲気があるように感じた。

「ところで白音ちゃんはどうやって帰ってきたの? 先生に送ってもらったん?」

「あ、ううん……。その、クラスの人に……。」

 言いながら俺の存在に気づいた宮代は、チラッと見やってきた。

 キョトンとしながらもその視線を追った宮代姉も俺に気づき駆け寄ってくる。

「わー! 君が送ってくれたんだ! どうもありがとうねー、あの子すごい人見知りしちゃうから大変だったでしょ?」

「あ、いや、その、別に……。」

 うわー! なんだ!? 香水か!? めっちゃいい匂いする!

 しかも近くでみるとよりその容姿端麗ぶりが明らかとなってしまい、どうも緊張してしまう。

 普段異性と話すことがあまりないのに、急に美人なお姉さんに声かけられるとか無理無理。心臓に悪すぎる。

「やー、本当は私が迎えに行きたかったんだけど、ちょっと野暮用で……。だから本当に助かったよー。」

「まぁ……たまたま帰り道同じだったんで……。」

「およ? そうなの?」

 言われて、マンションからやや離れた向かい側にある戸建ての家を指差す。

「えー!? 嘘本当に!? すごい偶然だね……。」

「はは、そっすよねー。」

 振り返る度に困惑するこのご都合展開に乾いた笑いが溢れる。ほんと、どんな確率だよ。

「そっかー……。でもお世話様になっちゃったのは事実だからやっぱりありがとうね。」

「や、全然そんな……。」

「そだ! 今って時間あるかな? 良かったらお礼にお茶でも出すから上がってってよ、色々お話聞いてみたいし!」

「お姉ちゃん!?」

「や、ほんと全然全然そんなそんななので……。」

 急にとんだ爆弾発言をしてくるこの姉。

 おい、もう今日のMPは売り切れだって。またの入荷をお待ちを! 入荷予定ないけど!

 ただでさえ今日は色々ありすぎて疲れている。転校生宅に訪問させて頂くとかさすがに身が持たない。何とかしてこの場を切り抜けなくては……。



「はい、どーぞっ。」

 コトンっとテーブルの上に置かれたティーカップからはカモミールの香りが湯気と共に立ち昇っている。

 ども、と口の中で言って、ティーカップに手を添えると掌から柔らかな温かみが伝わってきた。

 どうしてこうなった。

 手元から前へと目線をずらすと、もはや見慣れてきた気まずそうな面持ちの宮代と目が合った。さらにその視線を横へとスライドすると、ニコニコ機嫌良さげにこちらを見つめる宮代姉。

「ささ、冷めないうちに飲んで飲んで~。」

 そう言って優雅な所作で自身のティーカップに口をつける。

 それに続くように俺と宮代もズズッと注がれたカモミールティーを口に含み、ほうっと息をつく。

「あ、そういえば自己紹介がまだだったね、私、白音ちゃんの姉の宮代紫音(しおん)です。よろしくね!」

「あー……蕨黒桜です、よろしくです……。」

「ふんふん、蕨君、ね……。いい名前だね!」

「それはどうも……。」

「ねね、蕨君は彼女さんとかいるのかな!?」

「んん!?」

「げほっげほっ!? お姉ちゃん何言ってるの!?」

「えー? だってー、白音ちゃん送ってあげる紳士だしー。お姉さん気になっちゃった☆」

「や、いない、いないです。送ったってかたまたま道同じだったり成り行きだったりってだけですし。」

 この人、苦手だ。

 距離の詰め方がかなりアグレッシブで、どうにも慣れる気がしない。この陽キャ特有のテンションの高さといい、俺の苦手なタイプの人だ……!

「えー、かっこいいのに勿体なーい。なんならお姉さん立候補しちゃおっか?」

「お姉ちゃん! やめて! 蕨くん困ってる、から……!」

 顔を真っ赤にしながら宮代姉に猛抗議する宮代。そんな姿もどこか小動物感があり、怒ってるというよりもじゃれ合ってるかのようにも見えてしまう。

「あら、ごめんねぇ。そっかそっか白音ちゃんのだもんねぇ。」

「~~~っ! お姉ちゃん!!」

 先程よりも真っ赤になった顔でべしんっと背中をはたく宮代。

 それを受けて、あははーごめんねーとケラケラ笑いながら宮代姉はキッチンの方へと向かっていった。

「……なんか、すごい人だな……。」

「す、すみません……、その、後できつく言っておくので……。」

「や、それはいいんだけども……。……てか急にお邪魔して申し訳ない……。」

「そんな、お姉ちゃんが半ば無理矢理誘っちゃったので……。むしろご迷惑おかけしててすみません……。」

 そう、ほんの数分前まで断るつもりであった宮代家へのご招待。確固たる思いでNOを突きつけようとすると、


「ダメ、かな……?」


 潤んだ瞳で顔を見上げ、懇願する姿に気付けば俺は首を縦に降ってしまった。美人を武器にするなんて卑怯な!

 今までの人生で誰かの家にお邪魔するという経験がほとんど無い。しかもそれが異性、しかも転校生のものとなると居心地が悪いなんてレベルでは無いくらいに気まずい。

 そんな感情を誤魔化すように、グイッとティーカップの中に残った液体を口の中に入れた。

「……あっつ!?」

 淹れられてからそう時間の経っていないカモミールティーはまだちびちび飲むのがちょうどいい位の温度を保っていた。

 あまりの熱さに吐き出しそうなのを堪え、何とか飲み込むも口から喉から食道から何から何まで熱い。

「だ、大丈夫ですか!?」

「なになにどうしたの!?」

 ゲホッゲホッと喉の熱を逃がそうとしてるのか咳き込んでいると宮代と宮代姉が駆け寄ってきた。

「えと、これ! 飲んでください!」

 目の前にペットボトルに入った水が差し出された。

 お礼を言うのも忘れ、ペットボトルを受け取り喉に水をガッと流し込む。キンキンとは言えないまでも冷えた水が喉を通り抜けるにつれ、熱さが鳴りを潜め、徐々に落ち着いてきた。

「……っはぁ、死ぬかと思った。」

 あっという間にペットボトルの水を飲み干して、ため息を着く。

「だ、大丈夫ですか……?」

「あ、あぁ。お陰様で助かった、さんきゅ。」

「よかった……。」

「でもこれ、いつの間に? さっきまでなかったのに。」

「えと……ぁ……。」

 何故か宮代はみるみると顔を紅潮させていく。

 意味がわからず、どうした? と問いかけると、赤く火照った顔のまま先程まで宮代が肩にかけていたスクールバッグを指さす。

 ……理解した。理解したと同時に自身の顔が先程の熱とはまた違った熱さを帯びていく。

「……。」

「……。」

 お互い、恐らく同じくらい真っ赤になって俯いてしまう。

「ふーん。」

 楽しげな声が漏れるのが聞こえ、音の犯人を見やると宮代姉がまたしても楽しそうにニヤニヤしていた。俺と宮代を交互に見比べ、よりニマァっと音が聞こえてきそうな程に口角が上がっていく。

「~~~っ! あ、あの、そろそろ帰ります!」

 耐えられず自身の鞄を強引に掴み、バッと立ち上がる。そのまま玄関の方へと向かっていき靴を急いで履いていると、

「今日はありがとうね、白音ちゃんとこれからも仲良くしてあげてくれると嬉しいな。」

 いつの間にか後ろに立っていた宮代姉が、先程とは違う優しげな笑みを浮かべていた。

 先程までの恥ずかしさからくる焦燥感が薄れていき、むしろお茶に関してなど何のお礼も言わないまま玄関まで駆けてしまったことに今更ながら罪悪感が湧いてきた。

「……まぁ、お隣さんなんで。……あとお茶、美味しかったです。」

 ややぶっきらぼうになってしまった自分の幼稚さに呆れバツが悪くなり、視線を落としてしまう。

 しかしそんなこと気になりもしないのか、宮代姉は明るく笑ってくれる。

「よかった! また何時でも飲みに来てくれていいからね! これからもよろしくね、蕨君!」

 うす、と口の中でいい宮代宅から退散。

 一礼してから外に出る時に背中から、お姉さんに会いに来るでもいいからねーだとか聞こえたのはきっと気のせい。

 新学期に転校生、訪問とイベントの多さに、いつもでは感じることの無い疲労感と、ちょっとの高揚感を感じながら徒歩一分の自宅を目指した。

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