オリビア・フォン・ワーグナー
「オリビア、話がある」
オスカーに呼ばれて「はい」と元気のいい返事を返してくる少女。
名をオリビア・フォン・ワーグナーという。
歳は十六歳。
赤毛というよりピンクに近いストロベリーブロンドのロングヘアにアイスブルーの瞳。
普段は緑色の軍風を着用して首には赤い蝶ネクタイを巻いている。
美女と言って差し支えのない容姿であるが、オスカーの従者として宮廷内から外に出た事がないため、本人は自分の容姿をどうこう思う事はなかった。
身長は百六十センチで見た目も華奢だが、剣を持てば身体に見合わぬパワーに加えてスピードがあり、その実力はオスカーも太鼓判を推している。
ワーグナー家は元々は現在のロマリア帝国が建国される以前はハーフェンの有力な権力者であった。
混乱の中で誰につくかを模索していた時、初代皇帝となったミカエルを見出し、投資した。
その投資が実りミカエルはロマリア帝国を作り上げ、ワーグナー家は功績を認められて公爵の地位を与えられた。
オリビアはワーグナー家の長女に生まれ、幼少の頃より乗馬と剣の才能があり、オスカーに気に入られて十四歳から従者として仕えるようになった。
モニカの従者であるイリーナと一歳違いという事もあり、イリーナとも姉妹のように仲が良かった。
「オスカー様。何か御用でございますか?」
「オリビア、お前はしばらくの間モニカに付いてフェルデンに行ってもらいたい」
その言葉にオリビアは少なからず動揺した。
「モニカ様。にでございますか?私はオスカー様の従者でございます。モニカ様にはイリーナがついておりますが。。」
「あ、いや。言い方が悪かったな。厳密に言うとモニカの従者として付くのではなく、フェルデン在中軍として従事しているセリア・フォン・フレーベルの下で働いてもらいたいんだ」
「どうしててございます?私はオスカー様にお仕えしている身でございます。オスカー様は私が不要になられたのでございますか?」
オリビアの訴えにオスカーはたじろぎながらそうではないと言い聞かせる。
「オリビア、落ち着いて聞いてくれ。私はお前が不要などと思った事は一度たりともない。お前はまだこのハーフェンから出た事がない。一度は外に出てまだ見ぬ世界を知る経験を積ませねばと考えていたところに、今回モニカがフェルデンの司令官に着任したのでな。外の世界を知るいい機会だと考えたからだ」
「外の世界ですか。。」
オスカーにそう言われ、確かにオリビアは自分がこのハーフェンから外に出た事がないと思い起こすのであった。
「この先の事を考えてもこの国は戦乱や内乱に見舞われるであろう。それらを想定してもお前には色々な経験を積んでもらい、私の力になってもらいたいんだ。その経験値を積むためだと思ってくれ」
オリビアはまだ完全に納得した訳ではなかったが、オスカーの力になりたいと常に思っていたので、「私の力になってもらいたいんだ」という一言が何より心に刺さった。
そしてオスカーの力になれるのであればと、この話しを受ける決意をした。
「おっしゃる通り私はまだこのハーフェンより外に出た事がございません。オスカー様の元を離れるのは寂しくもございますが、経験を積む事がオスカー様のお力になれるのであれば、それが私の望みでごさいます。ご命令承りまりました」
オリビアが納得してくれたようでオスカーも内心ほっと胸を撫で下ろした。
「私もお前がいないと寂しくなるが、少しの辛抱だ。お前ならフェルデン在中軍の一員としてやっていける。自信を持って行ってこい」
「御意」
こうしてオリビアはフェルデンへと向かう事となった。
「オリビア、よく来てくれた」
「モニカ様お久しぶりでございます。なにぶんにもハーフェンから外に出るのは初めてなので、色々とご迷惑をおかけするとは存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます」
オリビアは初めてハーフェン以外の街に来て緊張もあったが、それ以上に胸が躍るようなワクワク感を感じていた。
「そう堅い挨拶は抜きにして、気楽にしてくれ。お主の上長となるセリア・フォン・フレーベルだがな、若く才能のある人物だが一方でフリードリヒ家嫌いでもある。当面はオスカーの従者という事を内密にしてもらいたい」
「フリードリヒ家嫌いですか。私はオスカー様とモニカ様以外の皇太子様と皇帝陛下とはほとんどお会いした事がないのでその点は何とも申し上げられませんが、モニカ様のご要望とあらば内密に致しましょう」
「実はここにいるイリーナはセリアとたいそう仲が悪くてな。私も困っている」
「モニカ様、そのような事をおっしゃらなくても」
それを聞いてオリビアの表情が曇った。
「イリーナは私と姉妹のように親しくさせてもらっています。イリーナと気が合わないという事は私とも合わないかも知れません。。」
「その点は心配していない。イリーナはセリアが私の事を言うたびに言い合いになるのでな。オリビアならそんな事もあるまい」
「セリアのモニカ様に対する口の聞き方は腹にすえかねるレベルですよ。従者なら誰でも怒ります。このオリビアだってオスカー殿下の事を悪く言われたら絶対キレますから」
「はい。オスカー様を悪く言ったら暴れます」
「それはダメだ。何のためにオスカーの従者という事を内密にしろと言ったかわからないではないか。よいか、正体を明かす時はセリアが我々に心を開いてくれた時だ。それまでは頭に来ても我慢だぞ。嫌ならオスカーにオリビアを解雇にするよう申し伝える」
解雇という言葉を聞いてオリビアが半分涙目になったので、モニカもそれ以上は言わなかった。
「わかりました。そのセリアという方の下では余程の悪口を言われない限り大人しくしてます。。ですからオスカー様と離さないで下さい」
「わかればいい。ではイリーナ、オリビアをセリアたちの元へ連れて行ってくれ」
イリーナは、モニカの命令とあらば逆らうはずもなく、言われた通りオリビアをセリアたちの元へと連れて行った。
「新入り?こんな時期にか?」
セリアは怪訝な表情でイリーナとオリビアそう返事を返した。
そんな態度にももう慣れっこのイリーナもセリアを無視するように淡々と説明する。
「どうせ我々には断る権限はないのだろう。モニカに承知したと伝えておけ」
セリアの台詞にイリーナは眉がヒクヒクとなったが、ここはオリビアの手前もある。
何とか自重してオリビアにひと声かけた。
「では、オリビア。私はこれで役目に戻る。後はしっかりとな」
「わかりました」
オリビアはイリーナが怒りを堪えているのがわかったので内心可笑しかったが、辛うじて笑いを堪えた。
イリーナがいなくなると早速話しかけたのはジュディだった。
「ボクはジュディ・ジャーヴィス。よろしくな」
オリビアは予想していたより親交的なジュディを見て少し安心した。
「私はオリビア・フォン・ワーグナーと言います。こちらこそよろしくお願いします」
「ボクたちのところに配属されたという事はそれなりの武力があるって思っていいのかな?」
「自信はありますが、私はハーフェンから出るのも実戦で戦うのも初めてなので、それはこれからの実績でご判断下さい」
「おお、言うねえ。じゃあ実際の戦いとなったらお手並み拝見させてもらうよ」
それからエミリア、ユリア、ソレーヌ、ナディアの順に挨拶していき、最後にセリアに挨拶した。
「お主がどういう経緯でここに来ようと私は気にはせぬ。実力さえあればみんな認めてくれる。お主も早く見せ場が来るといいな」
「ありがとうございます」
(あれ?このセリアって人、思ってたより物腰柔らかい。。さっきみたいな態度はフリードリヒ一族だけなのかな?モニカ様のおっしゃる通り、オスカー様の従者とは明かさない方が仲良くやれそう。。)
こうしてオリビアがセリアたちの仲間として加わった。
キルス歴一〇九五年十月も終わろうとしていた。
この直後、セリアたちは国内での事件において初めての出陣を果たす事となる。
第二章巣立ち編はこれで終了です。
ここまでの話しはこれという動きもない、登場人物とその周りを固めるキャラクターたちの出会い編でした。
ここから先は国内外の事件や戦闘に両国が奔放する展開となっていきます。




