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ギガンティア大陸戦記  作者: 葉月麗雄
第一部 第一章 士官学校時代編
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ティファニー・オブ・エヴァンス

キルス暦一〇九六年十月十九日の朝が間もなく明けようとしていた。


「いよいよだね」


レイラがティファに声をかけるとティファは戦う前にレイラ、ソフィア、シャローラたちへ向けて言葉をかけた。


「この戦いは私たちに取っては最初の一歩に過ぎないけど大きな一歩になると思う。四年に渡る膠着を破り歴史の大きな一歩をみんなで踏み出そう」


ティファは静かに手を挙げると力強く高らかに声を上げた。


「全軍突撃!」


ティファの号令でタスタニア軍ティファニー直下部隊ローズマリー二千人はうっすらと朝焼けが浮かぶ早朝の霧の中を怒号をあげてルンベルク要塞に進撃した。


⭐︎⭐︎⭐︎


キルス暦一〇九四年の九月も終わりに近づいてだんだんと秋の気配が色濃くなってきている時期であった。

タスタニア王国の首都オルジュは全人口十五万人のうちの五万人が暮らす国内最大の都市で、この街には民間で騎士を養成する騎士学校があり、ティファニー・オブ・エヴァンスは前線指揮、後方支援を主に専攻している十七歳の学生だ。


二人姉妹の長女である彼女は、父親の遺してくれた少しばかりの遺産もあり、裕福とまではいかないが、暮らしていくのに問題のない生活は出来た。

両親は二人とも流行り病にかかって亡くなっていたため、今は一歳年下の妹レイラと二人で暮らしている。


栗色の髪にブラウンの瞳、身長は一六〇センチに少し届かないくらいで普段は髪をポニーテールにしているが容姿は美人と言われればそう見えなくもない。。といったところであった。

みんなからは「ティファ」と呼ばれてとても気さくで明るくいつも前向きで友人も多い学校内で人気のある生徒だ。


しかし妹のレイラに言わせると普段は面倒くさがり屋でズボラで早起きが苦手で毎朝レイラに起こされるまで寝ているという「世話の焼けるお姉ちゃん」でもある。

明るく人気者な面と面倒くさがりで寝坊助な面、「ティファはどっちが本来の姿なのかしらね」とレイラにいつも冷やかされているがそれも愛嬌と本人はどこ吹く風であった。

今朝もティファとレイラの朝のドタバタから一日が始まる。


「ティファ、いい加減に起きないと学校に遅れるよ」


レイラの何度目がの呼びかけでようやくティファがベットから起き出す。


「うーん。。睡魔というのは本当にしつこい奴で、いくらこちらが振り払ってもぴったりついて回ってなかなか離れてくれないんだよね。まったく困った奴だよ」


「それは単にティファに起きる気がないだけ」


「さすがレイラ。人の言い訳を一刀両断してくれるね」


「言い訳も聞き飽きたし、さっさと起きてね。毎朝の事にいくら私でも付き合いきれないから」


レイラがさすがにイラっと来て機嫌悪そうにそう言うとようやくティファは布団から起き上がった。


「おーこわ。。はいはい。レイラが怒り出さないうちに起きるとしますか」


ティファは何故か朝の早起きが苦手であった。

夜型と言われればそうであろうが、こんな感じで毎朝レイラが起こしているので、いくら姉には温厚なレイラでもイラっとする時もあるのだ。

それでも、ティファが起きるとテーブルの上にはレイラが入れてくれたコーヒーが置いてある。


(やっぱりレイラは優しいな)


毎朝の恒例行事だが、ティファはレイラに感謝していた。


このオルジュの士官学校は十六歳から十八歳までの三年間の軍事専門学科を学ぶ場所であり、十五歳まで通う教会主催の学校の教授からの推薦があれば入学出来るシステムであった。

教会の学校はタスタニア在住の十歳から十五歳なら誰でも教育を受けられるが、この士官学校はそれよりもワンランク上に位置付けられる。


元々ティファは士官など興味がなかった。

幼少より妹のレイラの師であるミュラー将軍の計らいで国家図書館で自由に本を読める環境にあった彼女は、教会学校を卒業したら図書館の管理人にでもなるつもりであった。

その目論みが崩れたのは、歴史学科の成績が優秀であったので教授の推薦があり、士官学校への進学が決まったためであり、本人にとってはあまり嬉しくない昇級でもあった。


ティファは戦いの中に身を置く事は本意ではなかった。

妹のレイラのように剣術の才能があればまた違ったであろうが、彼女にはその方面の能力はほぼ皆無であった。

そんな折、ロマリア帝国との戦争が始まり、否応にも軍人の道に突き進められる事となった次第である。

最終的に進学を決断したのは、平和を維持するには戦争を知らなければならないという過去の歴史からの教訓があったのが一番の理由だった。


「ティファ、おはよう」


「あ、シャローラ。おはよう」


ティファに声をかけたのは同い年のシャローラ・オルブライト。

二人は同じ専攻科目で一緒に授業を受けている。

シャローラもティファと同じ戦術を専攻している学生で、攻めと守りのバランスが良く取れている安定した兵の動かし方をすると評価の高い生徒であった。


気さくで明るい女の子で容姿も紺色のロングヘアに翡翠色の瞳でとても可愛いらしくティファが男女問わず人気があったのに対しシャローラは圧倒的に男子生徒から人気があった。

ティファと似た性格のためかウマも合うようで学校にいる間は常に一緒に行動している。


「今日は実践形式の演習授業があるね。相手は教官たちも太鼓判を推しているっていうアイヒホルンでしょ。嫌味なやつで私は嫌いだけど」


「いわゆる金持ち貴族のお坊ちゃんってやつだからね」


「今日の演習でこてんぱんにやっつけちゃいなよ」


「まあ、やってみなきゃわからないけど。私なりにやれるだけやってみるよ」


そして実践演習が始まった。

互いに百名ずつに分けられた部隊でティファは中央に歩兵を前後二列置き、左右に騎兵部隊を置いた横陣形。

アイヒホルンが中央の歩兵部隊三列に。その背後に騎兵部隊二列で配置した横陣形。

怪我のないように先端を布で包んだ武器は木の槍と木刀のみ。


「中央が薄いな。一気に中央突破して早々に降参させてやるか」


アイヒホルンは自信満々に戦闘開始とともに一気に中央突破を狙ってきたが、ティファは中央部隊を戦いながら少しずつ後退させ、前進してくる相手を誘い込み、左右の騎兵部隊が包み込むように囲んで後方から攻撃を仕掛けると同時に後退していた中央部隊も一気に攻勢に転じ、逃げ場を失ったアイヒホルンの部隊は木刀と木の槍で次々と打たれて戦線離脱者が続出。

残り兵が半数を切ったところで勝負ありで教授たちに停戦させらせてしまったのだ。


「こんな卑怯なやり方ありえないだろう。まともに戦えば俺が勝っていた」


アイヒホルンは教授たちにそう抗議したが、結果として完全に負け戦の形になってしまったアイヒホルンに教官たちは厳しく説き伏せた。


「戦場においては見た目がどんなに悪かろうと逃げ回ろうと、とどのつまり最後に勝っていればいいのだ。これが実戦であったらお前は大勢の部下を死なせた上に自分自身も戦死している」


これにより彼の評価は著しく下がる事となった。

騎士、特に貴族にとって敵に背中を見せて逃げるという行為は屈辱的な事であったが、ティファにとって逃げるという行為は戦術の一環でしかなかった。

誘い込み戦術で、逃げていると見せかけて追撃してくる相手を挟撃あるいは包囲して一網打尽にする戦術である。

教授たちもこの実践授業でティファの実力を認めざるを得なくなったのである。


「ティファ、教官に注意されてる時のアイヒホルンの顔見た?何で負けたのかまったく理解出来ないって表情だったよ」


「中央突破して寸断させるつもりだったんだろうけど、騎兵部隊を背後に配置していたんだから、あれを両翼に展開させれば、違う結果になっていたかも知れなかったのに。ま、私としては誘い込みが上手くいったよ」


そこにその演習を見ていたレジーナも加わってきた。


二人の後輩であるレジーナは戦術の科目も受講していたが本職は剣術の方で、東洋の国から伝わってきた円を描くような独特の剣術を使う騎士である。


黒色のセミロングヘアにややグレーかかった黒い瞳で普段はとても礼儀正しく言葉遣いも丁寧な女の子であるが、ひとたび剣を持つと校内でも有名な強豪剣士で教授たちからも一目置かれている存在であった。


レジーナは戦術の授業でティファの独特の戦術と気さくな性格にすっかり魅せられた彼女はティファを姉のように慕うようになったのだ。


「ティファ、お疲れ様。アイヒホルンを完膚なきまでにやっつけちゃうなんてさすがだね」


「あの人、わかりやすい性格だから今のまま実際の戦場に出たら危険だな。そんなことまで私たちが心配してやる必要もないけど」


ティファの予想通り、アイヒホルンは士官学校卒業後、ブラウゼン要塞に配属されたが、第四次ルンベルク要塞攻撃で深追いし過ぎて相手の反撃をくらい戦死している事を追記しておく。


戦略・戦術の授業では見事な成績を残すティファも、それ意外となると歴史の成績は抜群、国語や数学はギリギリ及第点、剣と槍の成績は最低限のレベルを何とかクリアしているという全体の成績は平均よりやや上回って中の上といったところであった。


「学業は優秀で学校を主席で卒業して。。ってのが将来戦果をあげたときの過去歴紹介欄のお決まりだし、その方が見栄えはいいけどさ。。まあ学業と実践は違うし実践の場で成果を上げていけばれ良し」


こんな感じに評価も気にしなかったし、自分で何もかも全部やる必要はなく、それぞれが特技を活かして戦えばいいと割り切っていた。


放課後はシャローラ、レジーナと街のコーヒーハウスに入るのが日課であった。

ここは士官学校の生徒たちが集まる憩いの場所でもあった。

話題はもっぱら国の将来の事だ。


「いずれ我々も学校を卒業して軍に配属されればロマリア帝国と一戦交えることになるかな」


「そもそもロマリア帝国は皇帝の暴挙からこんな事になってるんだ。あの皇帝がいなくなれば状況は変わるかもな」


「いま戦況は一進一退らしいね、もし帝国に負けるような事があったらこの国はどうなるんだろう?」


コーヒーハウスはただの喫茶店だけでなくこうした情報の行き交う社交の場でもあった

ティファは仲間たちの意見を「うんうん」「そうだね」と聞きながらいつかこの戦いにも決着が付いてみんなが仲良く暮らしていける国になっていくといいなと思っていた。


(私がいま学んでいる兵法がどの程度役に立つかはわからないけど、出来れば戦わずに和平の道が開いていくといいな)


甘い考えだなとティファ自身思う。

人類史を学ぶティファは歴史上戦わずして平和を手にした国など存在しない事もわかっている。

それでも戦わずに済めば誰も犠牲にならずに済むのにとつい考えてしまうのだ。


「コーヒーハウスはどこも混んでて、一人でゆっくり出来るお店がどこかにないかな」


「ティファは私たちと一緒にいるより一人がいいの?」


シャローラの言葉をティファは即座に否定した。


「そんな事ないよ。たまには一人でのんびりとコーヒー飲みながら考え事をしたいなって思っただけ。別にシャローラやレジーナといたくないってわけじゃないから」


「そうか。なら良かった」


街のコーヒーハウスは常に人混みで、ティファはたまには一人でのんびりとコーヒーを飲みたいと思っていてもクラスメートや後輩たちに見つかり、大勢で時事や授業の事を話題に話し合いになってしまうので、落ち着いた雰囲気で一人でゆっくり気ままに過ごせるコーヒーハウスを探すのが彼女の目下の目標だった。

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