だからあの場所へ帰ろう
タツヤは、ヤマダに借りた金で、ある物を購入していた。それをしっかりとバイクに固定して、目的地へ向かう。たしか、今日だったはずだ。
着いたのはここ最近入り浸っていた『いつもの場所』。そこにいるのは。
「あ! おじさーん!」
幼いタツヤが一人だけだった。
そう、この日。他のみんなは誰もいないのだ。タツヤはそれを思い出した。たしかに20年前のこの日。みんなおばあちゃんの家に行っただの旅行に行っただの言って誰も遊んでくれず、拗ねていたところへおじさんが来てくれたのだ。あの時の嬉しさは今でも覚えている。
「よう。一人か?」
「うん……。みんなあそんでくれないの……」
「そうか…………」
「でもねでもね! おじさんがきてくれたから、おれさみしくないよ!」
「…………そうだな」
「ねーねー! きょうはなにしてあそぶのー!?」
「その前に! これ、なんだと思う?」
タツヤは妙に悪戯っぽく笑いながら自分のバイクに固定された『箱』を指さす。幼いタツヤは必死に考えているが当てられない。もちろん、タツヤはそれを知っていた。
「うーん…………」
「降参か?」
「だめ! わかんなーい!」
「そうか。よし! 開けて見てみろ」
「いいの?」
「もちろん」
そう言ってタツヤは箱を渡す。幼いタツヤが包装をビリビリに破き箱を開けると…………出てきたのはヘルメットだった。
「なにこれ!?」
「子供用のヘルメットだ。バイクにも乗れるぜ?」
「ふーん…………! おじさん! もしかして!」
「乗せてやるよ! みんなには内緒だぜ?」
喜び、跳ねて、大騒ぎする過去の自分を後ろに乗せてタツヤはバイクを駆る。奇妙な気持ちだった。初めて見るような景色のような気もするが|別の視点から既に見たことのあるハズの景色を見ながらスロットルを回す。既視感とは違う。別の何か。しかし、タツヤにこの現象の名前を思い出せる程の頭脳も知識もあるはずもなく、結局答えが出ないまま、『始まりの場所』へと来ていた。
「着いたぜ」
「ついた? どこここ?」
「タツヤ。あれ、見えるな?」
そう言ってタツヤは、幼い自分の目線と同じになるようにしゃがんで、ある物を指さす。
「うん。トンネルでしょ?」
「そう、トンネルだ。……ま、ホントは『ガード下』って言うんだけどな」
「え?」
「いや、そのトンネルだけどな。不思議な噂があるんだ」
「うわさ?」
瞳を覗かれる。あえて目を合わせないようにしながら答える。
「そう。『夜中の2時49分に通り抜けると不思議なことが起こる』っていうんだ。信じらんねーだろ?」
「よなか?」
「えーっと……。夜遅くだ。おばけが出るような時間」
「お、おばけ…………!?」
そんなにビビらなくてもいいだろうと笑いながら、タツヤは立ち上がる。
「このトンネルはな、『妖怪トンネル』って言われてるんだ」
「よ、よーかいトンネル……」
「ここを、覚えておいてくれ」
「どおして?」
「どうしてもだ。男と男の約束だ。できるか?」
「…………うん!」
「いい子だ」
タツヤは幼い自分の頭を撫でてやる。嬉しそうに目を閉じる過去の自分を見て不思議な気持ちになる。そして、これで役割を果たしたことになるはずだ。あとは────『彼』に全てを喋るだけ。
「よし、行こうか!」
「うん!」
再び幼い自分を後ろに乗せてタツヤはバイクを駆る。長いようで短い旅は終わり、いつもの場所に降り立つ。またねと言う『あの日の自分』に、タツヤは『あの日のおじさん』と同じ様に言葉を返すことは無かった。
今でも鮮明に思い出せる。遠ざかる背中に向けて精一杯声を出して、精一杯手を振っていたあの日を。いつもと何かが違うような気がして、二度と会えないような怖さを感じて、なんとか『また明日』と言って欲しくて必死だったあの瞬間を。
しかしこうしなければならない。根拠は無いが、そうしなければいけない気がした。タツヤは振り向いてやりたい衝動を抑え込んでバイクに体を預けた。
その晩。ヤマダが作った唐揚げを二人で食べながら、タツヤは全てを話す機を伺っていた。今か、今か。というよりも、今じゃない、今じゃない、と。先延ばしにしているようだった。
「どうした? なんか今日のお前さんおかしいぞ?」
知ってか知らずか。ヤマダのこの一言がタツヤの背中を押すことになった。
「…………ヤマダさん。ちょっと、信じて貰えないかもしんないんスけど。話しておきたい、いや、話しておかなきゃいけないことがあります。……聞いてもらえますか?」
「なんだァ? 急に改まって。あ、もしかして前に言ってた『事情』ってやつか?」
「……そうです」
「そうか、今更驚きゃしねえし追い出したりもしねえよ。胸張って話せ。全部聞いてやる」
そういってヤマダはタツヤの方を向いて座り直す。タツヤは意を決して口を開いた。
「俺、未来から、20年後から来たんです」
それからタツヤは全てを話した。自分がいつ、どこで生まれた人間で、どこで働いて、そこで誰の世話になっていて、そんな人に何を言って、そして何をしてこの時代にやってきたのか。その全てを包み隠さず、正直に話した。
「…………そうだったのか。成程、道理で」
「信じてもらえるんですか?」
「ああ。信じるぜ。それにしても『妖怪トンネル』か。あのガード下のことは知っていたが、まさかそんな風に呼ばれている曰く付きのものだったとはな……」
「俺も、自分で体験してみるまではまさか、とは思っていましたが……」
「で? なんでそれを俺に話す気になったんだ?」
「……それなんですけど」
「帰る気になったのか?」
「っ!?」
驚愕。タツヤが目を見開き唖然としているとヤマダがため息を一つ吐いて口を開く。
「なに驚いてやがんだ。このタイミングでそんなこと言うってことはそれ以外無ぇじゃねえか」
「いや、なんか……察しが良いというかなんというか」
「それで、どうなんだ?」
「…………その通りです。帰れるかはわからないですけど、今日の夜中の2時49分に妖怪トンネルを反対側から通り抜けてみます。それで成功したら…………ここにはもう、戻ってこないと思います」
「そうか」
そう言うとヤマダは煙草に火をつけてゆっくりと息を吐く。
「時間まで暇だな。テレビでも見るか」
言うが早いかヤマダはテレビのリモコンを手に取って電源を入れ、チャンネルを変えていく。タツヤも、どこか拍子抜けした様子で一緒になってテレビを眺める。
「タツヤ」
「はい?」
「その…………20年後のテレビってどうだ?」
「へ?」
「……飛び出したりすんのか?」
タツヤは思わず笑ってしまい、ヤマダは少しばかり膨れたようだった。
テレビを見ながら二人は色々な話をした。タツヤは自身の雇用主の恥ずかしいエピソードや自慢話を。ヤマダはこう見えて実は金持ちの一家の長男であること。本当は実家を継がなければならなかったこと。しかし一切無視して趣味に走った結果、愛車の月極駐車場よりも安い家賃のボロアパートに住まなければならなくなったことなど。互いの苦労話や自慢話などを山ほどした。
このあと来る別れまでの時間を忘れるように────。
夜中。2時40分。タツヤは、初めてこの時代に降り立った場所、『妖怪トンネル』の前にいた。そして、隣にはヤマダもいた。見送りだそうだ。二人の自慢の愛車のエンジン音だけが真夜中の星空に響く。
「ここがそうか」
「はい」
「こっちから向こうに行けば、帰れる筈なんだな?」
「多分、ですけど……」
「そうか」
そういうと、ヤマダはどこか寂しそうな顔を見せた。無論、タツヤも同じ気持ちだ。だが、思い直す。なにも今生の別れではない。時間を飛び越えるだけなのだ。運が良ければまた会えるだろう。そう思ってタツヤがヤマダに声をかけようとした、まさにその瞬間であった。
「20年後にまた会おう!」
笑いながらヤマダが言う。それは、別れの挨拶などではなく再び会うまでの遠い約束。
「……|Back To The Future ?《未来に戻るから?》」
タツヤも冗談めかして返す。
二人で大笑いして、更に言葉をつなぎ合う。
「さしずめ、俺がドクってとこだろう」
「乗ってる車はデロリアンじゃないけどね」
「そうとも。国産車さ、バリバリのな。それに……タイムマシーンは車じゃない」
「たしかに。まぁ『妖怪トンネルがタイムマシーン』ってとこだろうね」
「『は』だな」
「え?」
「『が』よりも『は』だ。題名として語呂がいい。きっと売れるぞ」
「映画化するの?」
「小説の方が向いてるな」
「どうだろう。きっと人気が出ないよ」
「わからないぞ? 意外とハマるやつはハマるんじゃないか?」
「気が向いたら書いてみるよ」
「大体的にテレビでCMを流してくれ」
「飛び出さないけどね」
「うるせえ」
もう一度、二人で笑い合う。そうだ。きっと、またどこかで会える。会えるはずだ。そう信じて二人は涙を隠して笑った。
「じゃあ、俺そろそろ行きます。…………ホント、ありがとうございました!」
「おう! 待ってるぞ!」
ヘルメットをかぶり、バイクに跨る。そして、そのままギアを落とすと、静かに『妖怪トンネル』へと消えた。
タツヤの背中が見えなくなった頃、ヤマダはようやく気が付いた。
「しまった。家賃とかの請求忘れてた」
ヤマダの愛車のエンジン音と笑い声が、真夜中の星空に響いた。
後日。タツヤは、ある工場────バイクショップの前にいた。謝ってどうにかなるものでもないと思っているが、しかし。可能ならば、もう一度ここで働きたいと思っていたのだ。
決して良いとは言えない労働条件。しかし、フミノリには世話になった恩もあるし、なによりタツヤはフミノリのことが好きだった。何故かはわからないが、友達のようにとか、親のようにとか、そんな言葉では表せない。もっと根本の部分、としか言い様がない。とにかく好きだったのだ。あんなことがあっても戻ってきてしまうほどには。
工場の中から、一人の初老の男が出てくる。タツヤは、その影を見るや否や駆け寄っていた。
「おやっさん! あの、俺……!」
「そろそろ来る頃だと思ってたぜ」
そう言うとフミノリは悪戯っぽく笑う。懐かしさは感じない。ついこの間まで見ていたのだから。
────本当にそうなのだろうか。別れた時間が短いからというより、まるでつい昨日まで見ていた様な────。
「全く。手前ェの社長の苗字も知らねえなんて、マヌケな話もあったもんじゃねえか。え? タツヤ?」
「え? それってどういう…………」
「そのまんまの意味さ。俺はあれから20年待ってたぜ。今のお前さんに会うのをよ」
「え? それって、も……もしかして…………!」
「残業代とかが明細に書いて無ェってキレてたっけな? あれはお前が踏み倒した家賃だバカタレ。待たされた分の利子も上乗せしてあったけどな」
「お、おやっさぁん…………! そりゃあないよぉ~!!」
「また会えたな! タツヤ!」
一人の青年の、少し変わった夏休みは終わりを告げ。時空を超えた友情は、無事再開を果たした。
────妖怪トンネルはタイムマシーン・完────
「あ、タツヤ。それとな、お前に払うべき残業代は家賃としてしっかり回収した分、今後はきちんと払ってやる。で、ボーナスなんだがな、うちは見ての通りのボロ工場だ。そんなにしっかり出してやれねえ。だが、世間での相場を手取りで50、それが年2回とするとな。7年で700くらいにはなるよな? そこで考えたんだが…………現物支給ってのはどうだ?」
「……これは、鍵、ですか? なんの?」
「コレだよ。…………たしか、『今も憧れてる』って言ってたよな?」
「これって……………………!」
タツヤの目の前には────『ある車』が────。
────妖怪トンネルはタイムマシーン・今度こそ、完────