大人の夏休みはやっぱり短い
状況を理解したタツヤは、目の前の少年に自分の正体を悟られないよう押し黙って思考する。
「……おじさん?」
瞳を覗かれる。そうだ、これはかつて自分に起こったことなのだ。で、あれば。あの時の再現をすればいいだけなのだ。
「少年。俺。おじさんじゃない。お兄さん」
「なんでカタコトなのおじさん?」
いきなり調子を崩される。
「違う。おじさん違う。お兄さん」
「おじさんだよ」
「お兄さん」
「おじさん!」
「お兄さん!」
「おじさん!!」
「お兄さん!!」
「おじいさん!!」
「お兄さ……『い』を足すな! どさくさに紛れて老いを進めるな!」
「おじいちゃん!」
「変えんのそこじゃねえ! 『ちゃん』か『さん』かはどうでもいい! 『おじい』じゃなくて『おにい』!」
「うっさいジジイ!!」
「口悪ィ!? 原型無えじゃねえか! てかだれがジジイだ! お兄さんだって言ってんだろうが!」
「ジジイ!」
「おにい!」
「クソジジイ!!!」
「クソ付けるなァ! どんどん悪化してるだろーが! どうして素直にお兄さんと言えないんだお前はァ!!」
「うんこジジイ!!!」
「だからうんこ付けるなァ!! 言い方変わってるだけで結局うんこだろーがァ!!」
「うんこ!!!」
「うんこだけ残すなァ!!! うんこから離れろォ!!!」
「ちんこジジイ!!!」
「聞いたことない単語出たァ!!! なんだちんこジジイって! ちんこ出してんのか!? ちんこ出しっぱなしなのか!? それただの変態だろーがァ!!!」
「へんたいちんこ!!!」
「いい加減にしろおおおおおおお!!!」
あくまで冷静にあの時を思い出しながら慎重に言葉を選んで会話を続けるつもりが自然に会話してしまった。一度目を閉じ、この先を思い出そうとして────タツヤの肛門に衝撃が走る。
「カンチョー!!!」
「っだぁ!?」
慌てて振り返るとそこには、先程とは違うこどもがいた。
「きゃーっ! にげろーっ!」
そう言いながらあっという間に走り去ってしまう。咄嗟に追いかけようとしたが後ろから凄い数と勢いの足音が近づいてきた。
「いたぞーっ! へんたいちんこだーっ!!! こうげきーっ!」
過去の自分の一声でその後ろを走っている5,6人の少年少女は喊声を上げ、猛スピードで突撃してきた。
「うおおおおお!?」
「くらえー! ちーん!!!」
股間に衝撃。素手ならまだしも先の細い枝は捌けず陰嚢に直撃する。
「んほぉ!!!」
「とぅえあーっ! ガイアスラッシュ!!! ドュクシドュクシ!!!」
次に襲い掛かって来たのはウルトラマンのようだ。技名を叫んで構えを取った後、普通に石を投げつける。こどもの力とは言え投石は十分に危険だ。しかしそれを理解できてないらしく陰嚢へのダメージで立ち直れないタツヤのスネに無慈悲に手裏剣のような石がぶつけられる。
「痛っ! いってぇ!!! おまえっ! 石は危ねえ!!! やめ……!」
「やぁーっ!!! スターライト・ハネムーン!!! セラピー・キッス!!!」
お次はセーラームーンと来た。パタパタとやってきた女の子がタツヤの目の前でクルクル回りながらポーズを取り技名を叫ぶ。そして手に持ったおもちゃを高くに掲げた。おもちゃが光輝き、必殺技の音が出る。
「……………………」
「……………………」
「……………………?」
「……なにしてるの? やられなきゃダメじゃん」
「…………えぇ…………。無茶な……」
「はやく。やられてよ」
「…………う、うわあー」
「ちーがーう!!! そんなんじゃない! ちゃんと! やって!」
なぜか怒られる。固まってしまったタツヤは恰好の餌食となり数々のヒーローやら漫画キャラに袋叩きにされる。────────主に下半身を重点的に。
「おい、おまえらっ! やめっ! やめろって! ぐあああああああああ!!!!!!」
タツヤの断末魔が、真昼の空によく響いた。
「ねーねー! おじさんってだれのおとおさーん??」
「なまえはー???」
「おじさんちんこにけはえてるー?」
「なんでふくちゃんときないのー???」
あの後、指揮を執っていた少年────過去の自分をなんとか捕まえて人質にし、一人一人に攻撃と称して『たかいたかい』をしたり、擽ったりして少年少女遊撃部隊を全滅させたタツヤは、すっかりこども達に懐かれてしまった。おかげで、今度は質問攻めにあっている。
彼ら彼女らは別に知的好奇心から質問してるのではなくおはなししたいから質問しているだけであり、その解答に対しての拘りもなにもない。ただ自分の質問に答えてくれればいいだけである。よって、順番などあったもんじゃないといわんばかりに矢継ぎ早に質問される。しかも、一度答えた質問も何度もされる。最初の内は一つ一つに答えていたが、かれこれ10分以上もこんな調子だ。タツヤもだんだん疲れてきた。
「なぁお前ら……。お兄さんさぁ。忙しいんだよ。また遊んでやるからさぁ、今日はもう解放してくんない?」
「ダメ!」
「ヤダ!」
「早っ!」
これも先程まで何度となく繰り返したやり取りだ。交渉は平行線を辿っている。
「だいたいさぁ。人に名前聞くときはまず自分から名乗りなさいってお父さんお母さんに言われなかったのか?」
「おれタツヤ! で、こっちがリョウで、ユウキでカナちゃんで」
「待て待て待て! 覚えらんないから! 一気に言うな! 一人ずつ言え!」
「おれタツヤ!」
「お前はわかったから黙ってろ!」
一番素性を知ってる過去の自分が誰よりも自己紹介をしてくる。これもタツヤが疲れる要因になっていた。
「おい、そこの。ウルトラマンガイア。お前は?」
「おれ? ユウキ、9さい!」
「ユウキか。ウルトラマンユウキって覚えとくな」
「おれウルトラマンじゃねーし!」
そういいながらもユウキは満更でもなさそうな顔をしている。嘘が吐けないタイプらしい。
「次、セーラームーン。お前は?」
「あたし、つきのうさぎ!」
「嘘つけ! ホントは?」
「カナ、7さい。」
「カナか。セーラーカナで覚えとく」
「そんなのいないもん!!! セーラーマーズがいい!」
「いや、知らねえよ。なんでも一緒だろ」
「いっしょじゃなーい!」
そう言いながらカナは座ってるタツヤの膝を平手で叩き頬を膨らませる。勝気というか男勝りというか……なタイプのようだ。
「で? 股間に執拗に攻撃してきて人のシモの毛事情知りたがってるそこのお前は?」
「ちんちん!!!」
「わかった。ちんちんな」
「ちーがーうーよ!!! リョウ!!! 4さい!!!」
「リョウか。わかった。よろしくな、リョウ」
「っ! ……えへへ……」
そう言いながらタツヤがリョウの頭を撫でると、緩み切った笑顔になる。まだまだ甘えたい年ごろというわけだ。
「おれはねぇ! タツ」
「タツヤだろ。さっきから聞いてるよ」
「じゃあさ、じゃあさ! いくつだとおもうー??? あててあてて!!!」
「5歳」
「すっげー!!! あたった! なんでなんでなんでなんで!?」
「……超能力だよ」
「まじでえ!?」
「嘘だよ。だいたいわかるだろ」
「うそかよー!」
「……俺こんなにバカっぽかったのか……?」
思わず頭を抱える。同じ歳の頃の他の子と比べてわかる当時の自分の幼稚さ。羞恥で顔が熱くなった。
「で? そこに隠れてるカンチョーボーイは?」
「ぼーい?」
「男の子って意味な」
「あたいおとこのこじゃないもん!!!!!」
過去の自分からの質問に答えた直後、茂みの影から出てきたボーイッシュな女の子が目をつぶって叫ぶ。
「お! 女の子だったのか。悪い悪い」
「うっさい! カンチョーすんぞ!」
「そういうこと言ってるから男の子と間違えられるんだぞー。女の子なら女の子らしく、このセーラーカナみたいにセーラームーンにでもなりなさい」
「あたしはセーラーカナじゃなくて、カーナっ!!!」
「あたいセーラームーンきらいだもん! ぬ~べ~のほうがかっこいいんだもんね!」
「なによ、このおとこおんな!」
「うっさいばーか!」
「喧嘩すんな喧嘩。で? ぬ~べ~ガールのお名前は?」
「べーっ! おしえてなんかやーんないっ!」
「トモコちゃんだよ。みんなトモちゃんって呼んでるんだ」
「リョウくんかってにいーわーなーいーでっ!!!」
とてつもなく騒々しいやり取りの結果、彼女の名前はトモコらしいことがわかった。他のみんなと違ってタツヤに簡単に懐かないところを見る限り、警戒心の強い子のようだ。
……というより。他の子の警戒心があまりにも無さすぎるのだが。
「ねーねーおじさーん! あーそぼーよぉー!」
「なにしてあそぶ? なにしてあそぶ!?」
「おにごっこ! おにごっこにしよ!」
「かってにきめないで! おじさん! あたしねー! さっきのもっかいやってほしー!」
「カナちゃんズルいよ! おれも! おれも!」
「まず遊ばねえし。俺はね……ハァ……」
仕事を探しに行くと言っても伝わらないだろう。というか伝わったとしても今度はソレを曲解しそうだ。タツヤはそこまで考えて喋るのを止めた。今だってこの子達の親が様子を見に来ないかヒヤヒヤしているのだ。『不審者が自分の子供と一緒にいる』と電話一本かければ善良な市民の味方、疑われし者の敵が迅速にやってくる。そうなればタツヤに明日は無い。なにしろ身分証も持たないどころか戸籍も存在しないのだから。仕事のことだけじゃない。あまり迂闊に接触すれば歴史を歪めかねない。
「おーじさーん!」
「おじさーん! はーやーくー!」
「あそぼぉーよー!」
しかし当の子供達はこちらの心配などどこ吹く風と言わんばかりの様子。タツヤは諦めて、今日はこの子達に付き合うことにした。それに、よく考えれば『おじさん』はよく一緒に遊んでくれたのだ。こうすることが歴史を歪めない選択肢なのだろう。
「わーったよ、わかりました! 遊びゃいいんだろ、遊べば!!!」
「きゃーっ!」
「やったやったやった!」
「ほら、そこのぬ~べ~もおいで」
「うっさい! だれがいくもんか!」
「トモちゃんいっしょにあそぼーよー」
「いいよ! あんなおとこおんな!」
「こらお前は。ケンカすんなら遊ばねーぞ?」
「トモちゃん……。あそぼーよぉ……」
「~っ! きょうだけとくべつなんだからね!」
結局リョウの上目遣いに負けたらしく、トモコも加わる。合計6人で鬼ごっこやらかくれんぼやら、いろ鬼やらたたかいごっこ(5対1)やらで日が暮れる。こども達にまた遊ぼうねと声をかけられながらタツヤはバイクに跨りヤマダの待つ家へと戻る。
夕飯を共にしながらタツヤは今日の報告をしていた。
「……っつうわけで、今日は全然目的地に行けなかったです」
「いや、どういうわけだよ」
「……すんません」
「怒ってるわけじゃねえよ。俺が驚いてんのはガキどもの方だ。いくらなんでも危機感っつーか、警戒心っつーかが無さすぎじゃねェか?」
「それは……俺も思いました。でも、子供からしたら案外そんなもんなんですかね?」
「バカ言え、こえーもんはこえーだろ。……お前さん保育士とかの方が向いてるんじゃないか?」
「俺が!? 保育士!? 嫌っスよ! あんなガキ共を一日中お守りしてなきゃなんないなんて!」
「今日やったじゃねえか」
「それとこれとはまた話が違いますよぉ……」
「まあ、いいじゃねえか。しばらく遊んでやれ。お前さんも、夏休み貰ったと思って羽根伸ばしな。どんな事情があったかは知らねえし聞くつもりも無いが、昨日はあんなシケた顔してたんだ。少しくらい休んでも罰はあたらねえだろうよ」
「でも、それじゃヤマダさんに迷惑が」
「心配すんな。きっちり家賃は取り立ててやるからよ」
ヤマダはそう言うといつもの様にニヤリと笑う。それきりタツヤは喋らなかった。
「おじさーん!」
「きのーのおじさんだあ~!」
「あそぼあそぼあそぼ!!!!」
翌日。結局タツヤは昨日と同じ場所に来ていた。あれだけ否定していたが、タツヤは実は子供が好きなのだ。尤も本人は頑として認めないが。
「あぁ。来てやったぞ。今日は何するんだ?」
バイクのエンジンを切ってヘルメットを脱ぐ。タツヤはカナからの視線に気付く。
「ん? カナ、どうした?」
「…………かっこいい…………!」
「あーカナちゃんかおまっかっかぁー!」
「おじさんのことすきなんだぁ~!」
「っっっっちがうもん! すきじゃないもん!!!」
「なんで一方的に惚れられて一方的に振られてんの俺」
「っ! えい!!!」
「いって! なんでいきなり蹴ってきやがんだユウキ!」
「うるせー!」
「ユウキくんはカナちゃんのことすきなんだもんねぇ~」
「は!? ちげーし!」
「トモコもそういうこと言うな。バレたくないんだろうから知らないフリしててやれ」
「ちげーっていってんじゃん!!!」
「わかったわかった。違うんだろ。おーけーおーけー。で? 今日も鬼ごっこか?」
「バイクのうしろのせてー!」
「ダメだ。お前ら用のヘルメットなんて俺は持ってないぞ」
「ヘルメットあるよ!」
「自転車用のなんて言うなよ?」
「なんでわかったの!? すげー!!!!」
「……ダメだこりゃ」
タツヤは両手を、過去の自分とリョウに引かれて歩き出す。その周りをトモコが、カナが、ユウキが歩く。喋りながら、じゃれ合いながら、笑いながら。
自然とタツヤの口角も上がる。昨日までは『いかにして歴史を歪めないようにするか』だけを考えていたのに今はそんなことを全く考えない。
ただ楽しかった。いつまでもこうしていたいと思った。空を見る。青いキャンバスに白い絵の具で描いたように入道雲がかかり、太陽が自分たちを照らしていた。
もしも寿命が100年あるとして、だとしたら夏は100回来ることになって、けれど|同じ夏は二度と来なくって《・》、だとしたらその100回分の1回位はこんな夏があってもいいのかもしれない。
タツヤはそんなことを考えていた。そんなことを考えながら上を見ていたからだろう。
「カンチョー!!!!」
「っだぁ!?」
またもやトモコにやられる。
「ぉンまえはなァ!!!!」
「きゃー! にげろー!」
トモコが逃げ、タツヤが追う。それをカナが、ユウキが、一緒になって追いかける。リョウが笑いながらトモコの方に先回りしようとして転んで、幼いタツヤが助けに向かって。それに気が付いたみんなが駆け寄って泣き止ませて。
そこには、仕事の責任も勉強の義務感も無い。めんどくさい上下関係も礼儀もいらない。純粋な優しさと笑顔が溢れていた。
タツヤは久しぶりに、心から笑った。
それからは毎日みんなで遊んだ。ある日は近くのひまわり畑まで歩いて行き、ある日はバスに乗って海まで行って、ある日は夜に集まって花火をして。子供達の中で一番年上であるユウキがみんなのリーダーとなり、全員の親から許可を取ってきていた。おかげでタツヤは親たちにその存在を知られることなく子供達と一緒にいられた。
ヤマダはそのことについて何も言わなかった。毎日タツヤが楽しそうに今日の出来事を報告しに来る。それだけでよかった。
そんなある日のことだった。
タツヤがいつも通り子供達のところに来ると、なにか揉めているようだった。リョウとトモコが言い争っているようだ。
「おじさん!」
「はやく! はやくきて!!」
「二人共どうしたんだ?」
「わかんない!」
カナと過去のタツヤに手を引かれて二人の下へ行く。
「だからあやまったじゃん!」
「やぁだ!!! トモっちゃんっきらっい!!」
「なんで!? なんでそーゆーこというの!?」
泣きながら、しゃくり上げながらトモコを拒絶するリョウとそのリョウに今にも掴みかかりそうなトモコ。タツヤは慌てて二人の下へ駆け寄り、間に割って入る。
「二人共落ち着けって。なにがあったのか話してみろ」
「トモちゃんがっあ……トモちゃっんがあぁ……!」
「なかないでよ! あたいあやまったじゃん!!! なくな!!!」
「トモコ」
ヒートアップするトモコを嗜める。リョウの方を向き頭を撫でながら話の続きを促した。
「……リョウ、どうしたんだ?」
「あのっねっ……トモちゃんっがねっ…………ボールっぶつけてっきてっ……それでねっ」
「わざとじゃないもん!」
トモコがまたも興奮した様子で捲し立てる。タツヤは、大丈夫だからとトモコの肩に手を置いて優しい声で語り掛け、落ち着かせると再びリョウの方に向き直る。
「リョウ、続けて」
「いたっくってね……でもねっ……なかっなかったの……でもっね……トモちゃんがっねっ……バカってっ……いってっきてっね……」
「だってあたいあやまったのにずっとないてんだもん! バカじゃん! バーカ!!!」
自分が悪者のようで居心地が悪いのだろう。トモコの目にも少しずつ涙が見えてきた。このままではすぐにでも泣き出してしまうだろう。タツヤは今度はトモコの目を見て話を聞く。
「トモコ。お前はいつ謝ったんだ?」
「ボールぶつけちゃったときにあやまったよ! でもねでもね、リョウくんなくんだもん! あたいあやまったのに!」
リョウの話と多少食い違う。リョウは『ボールをぶつけられても泣かなかった』と言っていたがトモコはそうじゃないと言う。恐らくぶつけられて泣いてしまっていたがそれは一瞬のことであり、今のリョウの涙には別の理由があるのだろう。そう考えたタツヤにはもう解決策が見えていた。
「あのな、トモコ。トモコが謝ったからってリョウが痛いの我慢できるわけじゃないんだ」
「わかってるよ!!! でもなくのへんじゃん!!!」
「トモコは痛くて泣いちゃうことないのか?」
「ないもん!」
「トモちゃんうそついちゃダメだよ! まえがっこうでせんせいにおこられてないてたじゃん!」
今度はユウキが横から入ってくる。場が混乱しかねないがタツヤは冷静にこれを捌く。
「ユウキ、それはちょっと違うかな。……トモコ、トモコはそうかもしんないけどさ。リョウは痛くて泣くの我慢できなかったんだよ。だからさ、別にお前がボールぶつけたことに怒ってるわけでも、それが嫌で泣いてるわけでもなかったんだと思う。だよな?リョウ」
「うんっ……」
そう。リョウの涙の理由は、言わば生理現象だったのだ。生理現象だろうが感情的だろうが涙は涙。子供には我慢することも見極めることも至難の業だろう。しかしタツヤにはわかっていた。この数日で身に着けた目ではない。タツヤは子供が好きなのだ。で、あるからこそ。冷静に見極め、原因を究明できた。
タツヤはトモコの両肩を掴み、目を合わせる。
「だからな、トモコ。ちゃんと謝ろうな」
「あやまったもん!!!」
「違う。ボールぶつけちゃったことにじゃなくてさ。バカって言ったことに、な?」
タツヤはそう言うと手を離し、リョウとトモコを向き合わせる。
「……。リョウくん、ごめんね」
「うんっ……いいっよっ……」
「リョウ、ちゃんと許せて偉いな。トモコも、ちゃんと謝れたな。偉いぞ」
タツヤが二人の頭を撫でる。撫でながら、先程自分が言った言葉を噛み締める。
──ちゃんと謝れて偉いぞ──
「俺も謝らないとな……」
「おじさん、どうしたの?」
過去の自分に問われる。タツヤは、あえて目をそらして、答えた。
「俺も、ちゃんと帰って、ちゃんと謝らないとな」
今日の空も。綺麗な青で、綺麗な入道雲が見えて。蝉の鳴く声が耳に響いて。
タツヤが感傷に浸ってると、
「おじさん。おじいちゃんみたい」
過去の自分に、言葉のナイフで刺された。