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晴れた日は出かけようどこか働きに

 ────今は西暦1999年。来年にはいよいよ2000年(ミレニアム)だ────。



 信じられないがどうやらこれは現実らしい。と、すれば妖怪トンネルによる『不思議なこと』とはつまりタイムスリップのことを指すのだろう。真夏の昼の白昼夢……なんて言ってる場合じゃない。なんとかして戻らないといけない。でも、どうやって?

 色々と考え込み、すっかり黙り切ってしまったタツヤに男が話しかける。


「……おい、どうした? 大丈夫か?」


 その声でようやく我に返ったタツヤが言葉を返す。


「あっ、はい、大丈夫です」

「……?」


 男は不審に思いながらも、話題を変えることにした。


「今更だけどよ、自己紹介がまだだったな。俺の名は『ヤマダ』ってんだ。よろしくな」


 少しの間を置いて、タツヤも返す。 


「俺は『タツヤ』。タツヤって言います」

「ほお~。タツヤか……。いい名前じゃねえか」

 

 ヤマダは目を細めて白い歯を見せる。自身の顎をひと撫でして、質問を続ける。


「で、よ。タツヤ。お前さん、これからどうすんだ? 自分ンチへ帰るのかい?」

「……ええ。そのつもりです」


 そう答えたが、今のタツヤに帰る家など無い。どうするべきか悩んでいた。先程のガソリンスタンドで金銭も、硬貨は殆ど使ってしまった。なにも言われなかったことを思うと奇跡的に製造年なども矛盾していなかったのだろう。今財布に入ってるのは僅かな紙幣のみだ。だが、その紙幣を使うことはできない。


 何故なら……2004年から2007年の間に紙幣は一新されてしまった。今タツヤの所有する紙幣ではこの時代で何もできない。それをわかっているからこそ、タツヤは困り果てていた。

 ヤマダはそれらの情報を何も知らない。が、


「……とりあえず飯でも食わねえか? ウチ来いよ」

「え?」

「俺はよ、お前さんみたいなのを放っておけないタチなんだ。ウチ来なよ。丁度独り飯ってのもどうかと思ってたんだ。ガソリンの借り返すと思って付き合ってくれや」

「……すんません、ありがとうございます」


 そう言って、タツヤはヤマダの好意に甘えることにした。ヤマダが自慢のスポーツカーで先導し、その後ろからタツヤが付いていく。見覚えのあるような無いような奇妙な景色を眺めながらのツーリング。明らかに昨日までいた2019年と同じ道を通っている筈なのだが今自分がどこにいるのかは全く検討も付かない。妙に寂しい気分になった。

 何故ならタツヤはこの時代において『居てはならない人物』。ヤマダと出会えたと言っても、彼はなんの事情も知らない。故にタツヤは独りだ。だからこそ、どうしようもない不安と恐怖を振り払うように、タツヤは少しずつ愛車の回転数を上げていった。

 




 無意識のうちにヤマダを抜いてしまったことに気付いたのは、それから約5分後のことだった。













 走ること約30分。お世辞にも立派とは言えないアパートが見えてきた。どうやらここがヤマダの自宅らしい。

 砂利の敷かれた粗末な駐車場に二人揃って愛車を止める。600万円の買い物をした人間の家とは思えないボロ家(スイートホーム)だが、こういう人間()には珍しくない。昔、タツヤは『月極め駐車場の料金の方が家賃より高い』と言う笑えないバカ話も聞いたことがあったので、特に驚きもしなかった。誰から聞いたのかは忘れてしまったが。


 足音の響く、今にも壊れそうな階段を上がる。部屋は一番突き当たりの角部屋だった。


「今麦茶持ってきてやるからよ、適当に座って待っててくれや」


 ヤマダはそう言うと奥へと入っていった。とりあえず一番近い部屋に入ってみる。座布団もなく畳がむき出しになったまま、無造作にちゃぶ台が置かれた部屋だった。エアコンなんてものも無く、タバコのヤニ()ですっかり黄ばんでしまった扇風機が置いてあるだけ。昨日までいた2019年に比べて涼しいとは言っても、部屋の中は十分に暑くなっていた。窓を開けて扇風機の【弱】スイッチを入れる。…………壊れているのか、全く動く様子がない。丁度ヤマダが麦茶の入ったコップを両手に持ち、こちらへやって来た。


「あぁ、それなぁ。ボタンが壊れててな、【強】しか反応しねえんだ」


 言いながらヤマダはタツヤに片方のコップを渡して【強】スイッチを押す。言った通り、今度はちゃんと動き始めた。ようやく部屋の中に溜まった熱気が少しずつ動き始め、部屋の中に涼しい空気が入ってくる。

 ヤマダは自分の手に持った麦茶を一気に飲み干すと大きく息を吐き額の汗をぬぐった。タツヤも麦茶に口をつける。


「うっめえ…………」


 乾いた喉に冷えた麦茶が浸みていく感覚を覚える。なぜ夏場の麦茶はこんなにも美味しく感じるのだろうかと、普段考えないようなことまで考える。そんな思考を遮るようにヤマダが喋り始めた。

 

「こうも暑いと敵わねえよなあ。俺達がガキの頃はこんなに暑く無かった筈だぜ? 近頃になってこうも暑くなられちゃあよ……」


 その目がタツヤの方を向いてきた。思考を中断して口を開く。


「地球温暖化……ってやつでしょうね。精々環境に気を付けて排気ガス撒き散らさないようにしないと、ですね」

「ケッ。当てつけか?」


 いたずらっぽく口角を吊り上げタツヤを睨む。もちろん敵意などない。


「まさか。要は目的地に着くまでに吐き出す量が少なければいいんですから。地球が悪くなるよりも速く走ればいいんです」

「そりゃいいや。未来は明るいな」


 そう言ってヤマダは笑みを崩さぬままポケットから取り出したタバコに火を点け、大きく息を吐く。二度三度タバコを味わってから、ゆっくりと立ち上がりタツヤに話しかける。


「昼飯は何が食いてえ?」

「え?」

「チャーハンでいいか?」


 そう一方的に言って、また奥へ戻る。何かを漁る音や、炒めてる音が聞こえてきた。手伝いを申し出たが断られ、タツヤはその場で大人しく待っていた。匂いがしてくると腹が鳴り始めた。そういえば昨日の昼から何も食べていない。漸く認識できた空腹と共に、フミノリも毎日ではないがよく昼飯を作ってくれた事を思い出す。ついこの間までの()日常だ。


 あれだけ派手なケンカをしてきて、ただでさえ戻れるような状況ではない。その上更にタイムスリップときた。昨日までの『当たり前』に戻るのは、もう不可能なのだろう。







「ほらよ。たんと食いな」


 タツヤの目の前に皿が出される。いただきますと言って、早速一口食べる。少し塩気が強いが、空腹なのもあってどんどん口の中にかき込んでいく。


「お! にーちゃんいかすねぇ!」


 ヤマダは自分が作った料理をここまで嬉しそうに食べる人間を見たのは初めてだった。嬉しくなり笑みがこぼれる。

 

「おかわりは無ェけどな。そんなにいかすならもっと作っといてやりゃ良かったなぁ。」


 そう言いながら自分の分を食べ始める。目の前の男がここまでがっつくほど旨いとは思わないが今日のは()上手くいったと満足する。ヤマダは別に料理が得意なのではない。何かを作ることがそもそも好きで、料理もその一つというだけだ。レシピも見ずに自己流で作る。故に、味は安定しなかった。


「ごちそうさまでした!」


 あっという間にタツヤは完食してしまい、すっかり綺麗になった皿がちゃぶ台に置かれる。その様子を見て、ヤマダは再び嬉しそうに目を細めながら答える。


「おう、おそまつさん! どうだ? 腹いっぱいになったか?」

「はい、おかげさまで!」

「そうかい、そりゃあよかった」

 

 ヤマダは満足そうに笑った。釣られてタツヤも笑顔になる。ヤマダは自分の分を食べながらタツヤに話しかける。


「ところでお前さん、仕事はなにやってんだ? 今日は平日だが休みなのか? ……今の俺が言っても説得力無いが」



 思わずタツヤは黙り込む。なんと言うべきか考える。しかし『ガード下くぐって20年後からやってきました』と言うわけにもいかない。もっと言えば今の自分に帰るところは無いのだ。今後の身の振り方と言うものも考えなければならない。なんとか思考を巡らせた結果一つの賭けに出ることにした。


「えーとですね…………。俺、バイクショップで働いてたんスけど……。ワケあってクビになっちゃって、ですね。住み込みで働いてたんで、帰る場所も無くなっちゃって……。さっき燃料も入れちゃったから無一文なんですよね……。で、ですね……ヒジョーに言いにくいんですが……。次の仕事と家見つかるまで、ここに居させてもらえませんかね…………?」

















「は?」









 静寂。外の蝉と、部屋の中ではりきる扇風機以外は押し黙ってしまっていた。




 ヤマダは口の中に中途半端に入ったチャーハンをこぼしたまま固まっていたが、それを飲み込んで改めて聞き直す。


 


「……マジ?」

「……マジです」


 


 

「この通り!!! お願いします!!!」







 タツヤはその場で勢いよく土下座をして頼み込んだ。自分が逆の立場なら絶対に断るだろうが、今はこれより他に方法が無い。この男(ヤマダ)に賭けるしかなかった。


 タツヤの額に畳の痕がくっきりと付いた頃、ヤマダがようやく口を開いた。

 



「いいぜ。好きなだけ居なよ」

「へ?」

「なんだ不満か?」

「いやその……。いいんスか?」

「いいっつったろ? まあ食費とかはよ、後々請求させてもらうけどな」

 

 そう言って、ヤマダはチャーハンをかき込み始めた。乱暴に口の中へ放り込みながら喋る。


「とりあえず皿でも洗ってもらおうか居候クン。職が見つかるまでは家事炊事なんでもやってもらうからな。覚悟しろよ?」


 そう言って空になった皿をちゃぶ台に置いていたずらっぽく笑う。


「は、はい! よろしくお願いします!」

「なるべく早めに職探ししてくれよ? ただ飯食わしてやるほど俺ァお人好しじゃねェからな」

「はい! じゃあ早速!」


 そういうとタツヤは勢いよく立ち上がり、部屋の外に向かおうとする。その背中に目を合わせようとせず、新しくタバコに火を付けながらヤマダが言う。


「やる気は結構だが先皿洗えっつの。」




 こうして奇妙な共同生活が始まった。
















 ────明朝。二人はとりあえず生活のルールを決めた。大まかに『仕事が見つかるまでの間炊事洗濯などの家事はタツヤが担当する』『一日あたりの家賃を1000円として計算し、出ていく時に清算する』『仕事が見つかるまでの間に使いたいお金ができた場合はヤマダに申請し、もちろん後日請求する』こととした。


 タツヤの作った不格好な目玉焼きとすっかり焦げてしまったトーストを食べながらヤマダは、やはり昨晩までと同じように食事だけは自分が担当しようと考え、早速ルールを変えた。ルールはヤマダの匙加減ひとつであり、そこに居候(タツヤ)の発言権などはない。


 皿洗いと掃除を済ませたタツヤはこの時代で働けそうな場所を探しに出かけた。これまでの経験を活かせるような職種を求めてそれらしい場所を探す。

 何件か目星を付けて後日面接に来ようとしたところで気付く。今の自分には戸籍も無ければ履歴書も無いのだ。そんな怪しい────というか非常識な人物の面接を受けるような会社があるのだろうか。

 そんな結論に至ったタツヤは一度ヤマダの下に戻り、多少遠方でも『そういった人材』を雇ってくれそうな場所を探し直すことにした。



 ヤマダの家に戻ると丁度昼飯を作って待っているところだった。



「お中元で貰ったそうめんだ。整理すんの手伝え」

 

 そう一言だけ言って、当然のようにタツヤに箸と麺つゆを渡し自分の分を食べ始める。タツヤも食べ始めたのをみてヤマダが口を開いた。


「どうだ。新たな職場は……いや、その(ツラ)見りゃわかる。ダメだったな?」


 そうめんを一束、思い切り啜って咽る。苦しそうに何度か咳をするタツヤの方を見る。


「不景気……ってやつかねえ。ヤダヤダ。俺がガキの頃だったらどこもかしこも『猫の手も借りたい』ってな状況だったんだがなぁ……」


 先程から一言も話さず黙々とそうめんをすすっていたタツヤがようやく口を開く。


「実は言ってなかったんですけどね、やむを得ない事情で()履歴書も出せない人間なんですよ、俺」

「事情ぉ? 刑務所(ムショ)帰りか?」

「いや、そういうわけではないんですけど……」

「ま、いいや。詳しいことは聞かなんどいてやる」

「……すんません」

「だったらよ、個人でやってるような工場とかはどうだ? 給料は良くねえとは思うが、一人でやってく分には十分だろう」

「はい。俺もそう思って、午後からはもう少し足伸ばしてみようと思ってたんです」

「そうか。まあ簡単には見つからねえかもしれないが、なんとかするしか無ぇからな。俺の方でもツテ()辿っておいてやるよ」

「なにからなにまですんません」

「勘違いすんな。早いトコ居候に出て行って貰いてえだけサ」


 そう言いながらもその目は決して嫌そうじゃなく。彼が本心から『出て行って欲しい』と言ってるワケではないことは十分わかっていた。

 

 タツヤは、それが嬉しかった。



 タツヤの午後の予定が決まった。もう少し足を延ばして隣町方面を重点的に見ていく。あの辺りならば個人経営の店舗や工場なども多かった記憶があるため期待できる。昼食を済ませたタツヤはそのままの勢いで外へ駆け出し、バイクで飛び出して行った。















 余談ではあるが。昨晩、ヤマダはささやかながら歓迎会をタツヤの為に開いてくれた。安酒と駄菓子を味わいながらヤマダが借りてきたビデオを見る、というものだった。奇妙なことに、ちょうどタイムスリップSF映画だった。全三部作。アメリカが舞台で車がタイムマシンという、フミノリの影響でタツヤも好きになった有名なものだった。

 その映画の中で『過去の自分に会ってはいけない』というのがキーワードとされていた。だからこそタツヤはこの時代で生きていくうえで、『5歳の自分と会ってしまう』ことを危険だと認識し、気を付けなければならないと考えていた。



 今まさに自分が向かってる方向は『過去の自分と出会ってしまう』可能性の高い場所であった。しかし、ここを通らなければ目的の場所までは辿り着けない。細心の注意を払う。














 そして。過去の自分と見事に出会ってしまった。偶然、否。あれは不可抗力だった。ボールを追いかけてそのまま車道に飛び出してしまう子供というのは決して珍しくはない。それがたまたま、飛び出してきたのが自分で、あわや大惨事になりそうなところを奇跡的に回避したのも自分だったというだけだ。







「おじさん。だあれ?」








 …………お前だよこの野郎。

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