(4)第一村人(?)発見。言葉はわかりません。
「こっちでいいの?」
リーフグリーンの陽の光が差し込む森の道をゆっくりと歩いていく。ゆめの少し前には、ふわふわと緑の間を舞う、ガラス羽のチョウが一匹。
「なんだかさっきよりも、道幅も広くなってきたかも」
ミントグリーンからのぞくローアンバー色の地面は、一人がどうにか歩けるくらいの幅まで広がってきた。スニーカー越しに踏み固められた土の感触がしっかりと伝わってくる。
不意に、ひらりとチョウが横道にそれる。
「え、そっちに行くの?」
足元に視線を落とせば、道は前に続いている。けれどもチョウが飛んでいくのは左にそれた、森の中。
「このまま真っ直ぐ行ってもいいけど……」
チョウはひらひらとマホガニーの木々の合間を飛んでいく。
たまたまとはいえ、ここまで先導してきてくれたこのチョウとはなんとなく離れがたい。
それにここまで導いてきてくれたのも、このチョウと言えなくもない。……ただの一本道ではあったけれど。
「マップで見た感じ、たしか街もそれなりに大きかったよね。ちょっとくらい道を外れても、なんだか行けそうだったかも」
木漏れ日が注ぐ森の中で、チョウの羽がきらきらときらめく。幹の隙間からちかちかとまたたく羽が、ゆめを呼んでいる、ような気がする。
「まあ、せっかくここまで一緒に来たし」
迷ったのは、少しの時間。ミントグリーンの草むらに足を踏み入れる。ふか、と柔らかな草を踏みしめた。
チョウはふわり、ふわり、と先へ先へ導いていく。ぱたぱたと羽ばたくたびに、きらりと光がひるがえる。そのおかげで、距離が離れていても、見失うことはない。
「今度は何があるんだろう」
少しの期待を織り交ぜて道なき道を進んでいく。
そのまま歩いていくと、緑の中にルビーレッド色が飛び込んできた。チョウは真っ直ぐその場所に向かっていく。ガラスの羽に、濃い紅色が映りこむ。
チョウに連れられてたどり着いたのは、森の中にぽっかりとできた空間。ゆらゆらと揺れる枝には、ルビーレッドの杏の花が咲き誇る。
「さっきの花もキレイだったけど、こっちもすごい……」
鮮やかな景色に息を呑む。チョウは杏の花の一つに止まって、羽を休めていた。
杏の花が咲く広間には、ほかにもローズマダーのクローバーや、カージナルレッドのすみれが咲き乱れている。
森の緑の中で、この場所だけが朝焼けに染められたかのように赤く色づく。
「すごい、キレイ」
一歩、足を踏み出す。踏みしめた地面は柔らかく、ふかふかしている。
もう一歩踏み出そうとしたところで、がさり、と正面の草が揺れる。
驚いて顔を向ける。草むらをかき分け現れたのは、小柄でぽっちゃりとした妙齢の女性。カールがかったタン色の髪から、ダックスフントの耳がのぞく。背中越しにはふさふさと毛が垂れたしっぽが見え隠れする。
犬耳の女性は少し驚いたような顔をしたものの、にこやかに笑いかけてくる。
「ぴぴぽぴぴぽぴぽぴぽぴぽぽぴぽぽぴぴぽぽぽぴぴぴぴぽぽぽぴぽぴぴぴぽぽぴぽぽぴぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぽぴぽぽぽぴぴ?」
「ぴ?」
不思議な音の羅列に、うまく聞き取れなかったゆめは、語尾だけ拾って聞き返す。
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぽぽぽぽぴぴぽぽぽぴぴぴぴぽぽぽぴぽぽぴぴぴぽぽぽぽぴぴぴぴぴぴぽぽぽぽぴぽぽぽぽぽぴぴぽぴ」
「ぽ?」
杏の木に近づきながら、女性がゆめに話しかけてくる。その言葉も言葉として認識できない。
女性はすみれの花の前でしゃがみこむ。腕に提げていたカゴバッグを地面の上に置くと手をかざす。根本からずぼっと一気にすみれが掘り出された。
「わ、すごい」
思わず声を出し、女性のそばに近寄る。後ろから手元をのぞき込んだ。
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぽぽぽぴぴぽぴ、ぴぽぴぴぽぽぴぴぽぴぽぴぴぽぽぽぴぽぽぴぽぽぽぴぴぴぴぽぽぴぽぽぽぴぴぽぽぴぴぴぽぴぴぽぽぽぽぴぽぽぽぽぽぴぴぽぴぽぴぴぴぴぽぽぴぽぴぽぽぽぴぽぽぽぽぴぴぽぴぴぴぽぴぴぽぽぴぽぴぽぴぽぽぽ」
次の花に手を伸ばしながら、女性が何か言う。その間もすみれを根から掘り起こす作業は止めない。見事な手際に、ほう、と感嘆の息が漏れる。
女性は勢いつけて立ち上がるとゆめに顔を向ける。
「ぴぴぽぴぴぽぴぽぴぽぴぽ、ぽぴぴぽぽぽぴぴぴぴぽぽぽぴぴぽぴぽぴぽぴぽぽぽぽぴぽぽぴぽぴぽぴぽぽぽぽぴぴぽぴぴぴぽぴぴぽぽぽぴぴぽぴぽぽぽぴ?」
何やら話しかけてきたが、内容はわからない。
「えっと……」
どう返そうか悩むゆめに、女性は首を傾げる。
「今日は、いい天気ですね?」
当たりをつけて答えたゆめの言葉に、きょとんとなる。
黙りこんだ女性は、探るようにゆめを見る。
「ぴぴぽぴぴぴぴぽぴぴ、ぽぴぽぴぽぴぴぽぴぽぽぽぽぴぽぽぽぽ」
ややあってから、納得したように大きくうなずく。
「ぴぴぽぴぴぽぴぽぴぽぴぽ、★∮§#★∮≧⁂↑ぴぽぽぽぴぴぽぴ」
「え? 今、何て?」
戸惑うゆめをよそに、女性はうんうんうなずく。
「ぽぽぴぽぽぽぴぽぽぴぽぽぴぽぴぽぴぴぽぴぽ」
そう言うと、再びしゃがみこむ。再びカージナルレッドのすみれやローズマダーのクローバーを摘み始めた。
「あの……」
「ぽぽぴぽぽぽぴぽぽぴぽぽぴぽぴぽぴぴぽぴぽ、ぴぴぽぴぴぽぽぴぽぽぴぴぴぴぴぴぴぴぽぽぽぴぽぴぴぴぽぽぽぽぴぽぽぽぽぽ」
遠慮がちに女性に声をかけると、手で静止の合図が送られる。女性の真剣な様子に、ゆめは素直に黙りこむ。
女性は花を摘み終えると、ぱぱっとそれぞれ十本ずつの束にまとめていく。まとめた花の束はカゴバッグの中に入れていく。
「ぴぴぴぴぴぴぽぴぽぴぴぴぽ」
それが終わると勢いづけて立ち上がる。とんとん、と腰を叩く。
「ぴぴぴぽぴぴぴぴぴぽぴぽぽぽぴぴぽぴぴ、ぽぴぴぴぴぴぽぽぴぽぴぽぽ」
ゆめに向かって何か話しかけてきた。
「えっと、あの……」
「ぴぴぴぴぽぽぴぽぽぴぽぽぽぽぽぽぴぽぽぽぽぴぽぽぽぽぽぴぽぽぽぽぽぴぽぽぽぴぴぽぴぽぴぽぽぴぽぴぴぽぽぽぽぽぴぴぴぴぽぴぴぽぽぴぽぴぽぴぽぽぽ」
女性は手招きをすると正面の草むらに足を踏み入れる。
「え、そっちですか?」
女性はゆめが元々通ってきた道とも違う方向に向けて歩き出す。
どうしよう、と周りを見回す。鮮やかな紅い花が咲き乱れる広間に、リーフグリーンの影が差す。
杏の花に止まっていたガラス羽のチョウも、いつの間にかいなくなってしまった。
道標となるチョウがいない以上、まだまだ陽は高いものの、この中で放っておかれても迷う気しかしない。
「ぴぽぽぽぽぽ、ぴぴぴぴぽぽぴぽぴぽぽぽぴぴ」
女性が手招きする。迷ったのは、少しの時間。
「……悪い人には見えないし、まあ、いいか」
「ぴぽぽぽぽぽぴぽぽぽぽぽ、ぴぽぽぽぽぴぴぽぽぽぴぴぽぴぽぽぽぴぽ」
「待ってください!」
ミントグリーンの草を踏みしめ、女性は森の広間を後にする。その背中を慌てて追いかけた。




