(2)ひとまず現在地を確認してみようと思います。
「てゆーか、ここどこ?」
冷たい潮風が、ホームを吹き抜ける。
ふと落とした視線の先に、スマートフォンが飛び込む。
「文字は……読めないけど」
ロック画面を解除して、ひとまずマップのアイコンをタップする。
「あ、でもそもそも、マップって使えるのかな」
そこまでしてふと、疑問に思う。開いたマップアプリでは、なにやらダウンロードバーのような緑の線が伸びていく。
線が伸びきったところで、ぱっと画面が切り替わり地図が表示された。
途切れた路線図を中心に添えたマップは、見事に周囲を海の青と森の緑に囲まれている。
「ここって街かな?」
アプリ上の森を抜けた先には、細かく区画分けされたエリアがある。何か書かれているようだが、やっぱり文字化けして読めない。
振り返り、背後の森を見る。砂混じりの森との境目から奥に向かうように一本道が続いている。
「あそこを辿っていけば、着くのかな」
そう言いつつも首を傾げる。
その時、手の中のスマートフォンが、ぶーぶー、と小さく震える。驚いて画面を見れば、誰かから電話が来ているようだ。
慌てて通話の通知をスワイプする。
「もしもし?」
『あ、木瓜さん。どうしたの? 今日』
「山根さん?」
電話から聞こえた声は会社の先輩の山根柚香のものだった。
『なんの連絡もないし、部長も心配してるよ?』
「あ、そういえば会社に向かっている途中でした」
柚香の言葉に、そもそもの発端を思い出す。なんだか色々あって会社のことがすっかり抜け落ちていた。
『珍しいね。どうしたの? 電車、遅延でもしてた?』
「いや、それがですね。よくわからなくて」
『よくわからない?』
訝しげな柚香の声に、はい、と頷く。
「なんだか、電車で寝てて、目が覚めたら目の前に海と森があって。ここがどこかわからないんです」
『海と森? 木瓜さんって埼京線だったよね。東雲とか、新木場の方まで行っちゃったってこと? あれ、でも新木場に公園はあったけど、駅からは少し離れてたっけ?』
電話越しに、首を傾げる柚香の様子がありありと目に浮かぶ。
「それは私も知らないですけど」
それに返しながら、ゆめは首を巡らせて海を見る。
「少なくても、東京の街並みは見えないですね」
白く波間が光る海の先には、スカイブルーの空が果てしなく続いている。その向こうにも一面に広がる、青。
『はあ? どういうこと? 海老名行きでも乗ってた? あ、でも海老名って街の方か』
「さあ? いつもと同じ電車に乗ったはずなんですが」
電話の向こうで、柚香が、あーもう、と声をこぼす。
『わかった。今日はとりあえず有休にしとくから、役場なり警察なりに行ってそこがどこかわかったら、連絡ちょうだい』
「はあ、わかりました」
ゆめが了承すると、それから二、三言交わして電話は切れる。
通話が終了した画面には、文字化けしたような記号が羅列している。これが柚香の名前と番号なのだろうか。
「てゆーかここって、普通に電話繋がるんだ。電波も届くし」
スマートフォンの右上には、時折不安定に揺らぎながらもアンテナが立っている。
ただ、表示される画面に書かれている文字は読めない。
「どういう仕組みなんだろう?」
スマートフォンをかざしてはいろんな角度から眺めてみる。
ホームをぐるりと見回す。砂浜と森の境目にあるホームは、コンクリートを長方形に固めただけのようで、看板も街灯もベンチもない。ただ、森側に降りる階段があるだけだ。
「まあ、便利だしいいか」
考えてみても答えは出ず、そう結論づけるとゆめはマップを開く。
「山根さんが、役場なり警察なりって言ってたけど……。この街っぽいところまで行けば、何かあるかなぁ」
森を抜けた先、細かく区画分けされた場所をじっと見つめる。
「街……だよね?」
地図上ではその場所だけ明らかに海や森との区画と違い、細かい道が交差している。その中心を走る太い道は森の中まで続いている。
顔を上げて、目の前の森を見る。ホームにある短い階段を降り、砂浜を少し進んだ先、踏み固められた道が続いている。
さや、と潮風が流れてフォレストグリーンの木々が揺れる。枝葉を揺らす森はまるで、ゆめのことを手招いているようだった。
「まあ、ここにいてもしょうがないしなぁ」
周囲を見回し、ひとりごちる。
ホームの周辺には、情報を得られるようなものが何もない。
「あ、電波あるなら、検索とかもできるのかな。……いや、でも文字が読めないや」
浮かんだ提案をすぐに自分で取り下げる。
「ま、行けばわかるか」
一度、後ろを振り返る。
雲ひとつない、スカイブルーの空。その下に広がるコバルトブルーの海。きらきらと陽光を反射させる水面が白く輝く。
視線を前に戻し、スマートフォンのマップを確認する。
顔を上げれば、森の中にすっと伸びる、一本道。
「さて、と」
肩にバッグをかけ直す。
ホームから続く、石造りの短い階段を降りる。
白いスニーカー越しに伝わる感触が硬い石から、さく、と柔らかな砂に変わる。
下まで降りると、真っ直ぐ前を見た。
「よし、行くか」
砂混じりの土を踏みしめて、森の中に続く道へ向かう。
街と思しき場所を目指して歩き出した。