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(18)異世界二日目の朝、ローザさんとミントとご飯の時間です。

 一階の共用スペースのリビングに着くと、すでに三人分の朝食がセットされていた。


「わー、ありがとうございます。すみません、全部、用意していただいて。こんなにちゃんとした朝食、ひさしぶりです!」


 テーブルの上に並べられたプレートには、薄いパンケーキが三枚、ベーコンと目玉焼き、ハッシュドポテトとサラダが一つにまとめられている。テーブルの中心には、フルーツも置かれていた。


「家族の分と一緒に作ったものだから、気にしないで。さ、適当なとこに座っちゃって。ユメは何を飲む?」


 ローザに促されるまま、ゆめは席に着く。ゆめの隣でミントはさっそくパンケーキを食べはじめている。


「えっと、牛乳ってありますか? いつも朝に飲んでて」

「それなら、冷却庫の中にあるわ」


 ローザはキッチンまで行くと、冷蔵庫よりも小ぶりな四角い箱から、ビンに入った牛乳を取り出す。近くの食器棚からガラスのコップを取ると中に注ぐ。


「ミントも! オレンジジュースがほしいのー!」


 口いっぱいにパンケーキをほおばるミントが、はい、と手をあげて主張する。


「あと、オレンジジュースもお願いします」

「ちょっと待っててね」


 ゆめがそう言うと、ローザは牛乳と入れ替えでジュースを取り出す。同じようにガラスのコップに注ぎ、二つを持ってテーブルまで戻ってくる。ゆめの前にコップを置いた。


「ありがとうございます」

「ありがとうなのー」


 ゆめの前からコップが一つ、ぱっと消えて、ミントの前に現れる。ミントはコップを抱えこみ、こくこくとジュースを飲みはじめる。


 ローザは自分用にコーヒーを入れると、それを持ってゆめの向かいの席に座る。


「いただきます」


 ゆめは、ぱん、と手を叩いてそう言うと、牛乳を一口飲む。なんだか、いつもよりも、こっくりと味が濃くて深い気がする。


 ナイフとフォークを手に取って、パンケーキと目玉焼き、ベーコンを一口大にカットする。ペーコンと目玉焼きをパンケーキの上に乗せると口に運ぶ。


「おいしい!」


 ほんのりと塩味が効いて甘くないパンケーキに、しっかり焼かれた目玉焼きとベーコンの塩気がよくなじむ。


 ハッシュドポテトを小さくカットして、ぱくりと食べる。ざくざくとしたポテトは、ほろほろと口の中で崩れ、じゃがいもの素朴な味が口いっぱいに広がる。


 今度はサラダに手を伸ばす。ブーケレタスにパプリカやラディッシュが添えられたサラダは、どの野菜も新鮮でシャキシャキしている。


 夢中で食べていると、向かいの席に座るローザが小さく笑う。


「お口にあったようで、よかったわ。この野菜は、近所の人が朝一番に採れたものを譲ってくれたの」

「そうなんですね。どれも、とってもおいしいです!」


 コーヒーを飲むながら微笑ましげにゆめを見るローザに、ゆめも笑顔で返す。


「お腹、いっぱいなのー」


 ゆめの隣では、すでに朝食を食べ終わったミントが、テーブルの上でぐでっと伸びている。その顔はとても満足そうだ。


「そうそう、今日は仕事をお願いする前に、一つ書類を書いてほしいの。ギルドで身分証を仮発行してもらうためにね。試用期間が終わって、実際にユメがここで暮らす、ってなったらちゃんとしたものが発行されるわ」


 ローザの言葉に、ゆめはパンケーキをカットしていた手を止めて、顔をあげる。


「書類ですか? でも、私、こっちの文字わからないです。確かに身分証はあったほうがいいとは思いますが……」

「大丈夫。書類自体は英語での記入で平気よ。ギルドの担当のヴィオラは英語も読めるし、ギルドには読み取り用の魔道具もあるしね」

「そうなんですか? すごいですね!」


 その後もローザは食事を食べながら、この世界のことを教えてくれた。


 ここはポルト・ベッロと呼ばれる街で、ヴァッリーノ共和国の東の外れにあるそうだ。ゆめのように他の世界から訪れる人がたびたびいるのは、この場所が世界の境目にあることが原因らしい。


 街や国の名前はわからなかったが、そういえば、そんなことをギルド職員の少女が話していたな、とゆめは思い出す。


 ローザは他にも、このコミュニティーについても話してくれた。


 このコミュニティーは、この街に迷い込んできた人たちの元の世界別にあるらしく、ここだけではなく複数拠点があるようだ。ただ、どこのコミュニティーでも受けられるサポートに変わりはない。


 迷い込んだ人たちがこの世界で独り立ちできるようになるまで、住む場所、三食の食事の提供と、就労サポートまで徹底して行ってくれるそうだ。


「いやいや、そんな。悪いですよ! 住む場所を貸してくれたり、仕事を紹介してくれたりするだけでもありがたいのに、食事までなんて!」

「大丈夫、遠慮しないで。これもサポートの一環だから。この仕組み自体を考えたのは、グランマでね。来たばかりの時は言葉もわからないし、文字もわからないし、何もできなくて大変だったらしくて。せめて後から来る人たちは困らないように、ってギルドと掛け合ってこの制度を作り上げたそうなの」


 朝食を食べ終わった後、せめてこれだけは、と食器を洗うゆめに、ローザはそう話す。


「でも、食事は私も作れますし。毎回お世話になるのは、申し訳ないです」

「だけど、こっちの調理道具は使ったことがないし、勝手も違うでしょう? 食材も、ユメがいた世界とは違うかもしれないし」

「それは、そうかもですけど……」


 ローザに返しつつ、ゆめは眉間にしわを寄せる。洗った食器はミントに魔法で乾かしてもらった。

 ゆめの様子に少し考え込んだ様子のローザだったが、しばらくすると、わかったわ、とうなずく。


「それじゃあ、今度、一緒にご飯を作りましょう。一緒にメルカートに行って買い物して、ご飯を作りながら、色々と教えるわ」

「それなら、ありがたいです! ぜひ、お願いします!」


 そう結論付いたところで、食器洗いが完了する。


 その後は、ローザに言われるまま書類を埋めて、ギルドまで行くことになった。

 身支度を軽く整えてから、ローザとミントの三人でギルドに向かう。


 その道中もローザから話を聞き、元の世界に戻る方法についても聞いてみた。


「ゆめは、元の世界に帰りたいのー?」

「まあ、向こうには家族もいるし、仕事もあるからね。お母さんも先輩も態度には出してなかったけど、心配してくれているとは思うし」


 頭の上からゆめをのぞき込んだミントにそう返す。


「……そうよね。グランマもそうだったけれど、ユメだって向こうでの生活もあるわよね」


 それを聞いたローザが、右手に提げていたカゴバッグを抱え直し、神妙そうにつぶやく。


「あ、でも、この世界がイヤってわけではないです! いや、まだここのこと、ぜんぜん知らないですが、ローザさんもミントもピアンタさんも、みんないい人たちですし。今後のために、一応知っておきたいな、って」


 ローザの様子に、ゆめはあわてて続ける。ローザは少し考え込んでから、首を振る。


「……そう。でも、ごめんなさい。わからないわ。グランマはずっとこっちにいるし。今までここに来た人の中でも、元の世界に戻った、なんて話は聞いたことがないわ」

「そう、ですか。いや、すぐにわかるとは思っていなかったので。わかりました、大丈夫です! ありがとうございます!」


 申し訳そうに話すローザに、ゆめは明るくそう返す。肩のバッグをかけなおした。

 今日は書類もあったので、仕事用のバッグに貴重品だけ詰めて持ってきた。中にはまだ、ギルドでもらったパンフレットも入っている。


「あとで、パンフレットでも見てみます。あ、それか、ここって図書館とかありますか?」

「それなら今度、案内するわ」

「ありがとうございます、お願いします!」


 ローザと話しながら歩いていると、道の先に大きな建物が見えてくる。プレートが掲げられた入り口を抜け、短い階段を上り、ギルドの中へと足を踏み入れた。

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