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(17)異世界に来て一日目、なんだかいろいろありました。

「もう、食べれないのー」


 二階の角部屋に入るなり、ミントは一直線にベッドまで飛んでいき、枕にダイブする。


「うん、私も」


 ゆめはうなずくと、ドアを閉めて鍵をかける。

 手探りで壁を探れば、かたい何かに手が触れる。その途端、ぽわりと部屋全体に灯がついた。


「おお、ほんとに電気がついた。これも魔法なんだっけ」


 壁にはルビーのような赤い魔石がはめ込まれている。よくわからないが、これが部屋のライトと繋がっていて、明かりがつくらしい。


「それにしても、ほんとにこの部屋使っちゃっていいのかな?」


 玄関から部屋まで続く短い廊下を抜けて、ワンルームの部屋の中に入る。


「なんだか、ホテルみたい」


 シングルルームくらいの広さの部屋には、ベッドや机、クローゼットなど一通りの家具が備え付けられている。そのうえ、小さいながらもキッチンや、ユニットバスまであるようだ。


 きょろきょろと部屋を見回しながら、ミントがいる窓際のベッドに近づく。


「ローザさんは、こっちで落ち着くまで、しばらく住んでいいって言ってたけど……」


 ローザとは、一軒家に戻ってきた後でこの部屋の鍵を受け取ると、すぐに別れた。


 とりあえずこの家について簡単な説明だけして、詳しい話はまた明日してくれるらしい。その中で知ったことだが、これもコミュニティーが実施しているサポートの一つ、とのことだった。


 ローザは、自分の家族とこの一軒家の裏にある自宅に住んでいるそうだ。何かあれば、気軽に聞きにきてね、と裏口から帰っていった。


 ゆめはベッドまで来ると、ぽふり、と座り込む。ふか、と深く沈み込むベッドに、靴を脱いで後ろから倒れ込む。


「なんだか、今日はいろいろあったなぁ」


 思えば、朝の電車から怒涛の一日だった。電車で居眠りして起きたら、まさか異世界で。


 言葉も通じず、何もかもわからない異世界で、それでもこうして無事に一日を終えられるのは、きっと出会った人たちに恵まれていたのだろう。


 すー、すー、と微かな寝息が聞こえてきて顔を向ける。枕の上で小さく丸まったミントが寝ているようだ。


「ミントにも、いっぱい助けてもらっちゃった。ありがとね」


 小さく笑って腕を伸ばす。ミントの頭をそっとなでれば、むにゃむにゃと何かつぶやいて寝返りを打つ。


 ミントの髪はふわふわと柔らかい。なで心地のよさにずっと触っていたくなるものの、起こすのも悪いので手を引っ込める。


 寝転んだまま天井を見上げれば、視界の隅に窓が目に入った。カーテンのかかっていない窓ガラスの向こうには、満天の星が広がっている。


「わあ、すごい」


 ベッドの上で起き上がり、窓から外を眺める。

 自分が住んでいた部屋からも星は見えたが、その数は片手で足りるほどの星空だった。


 ガラス越しの景色には高層マンションや電信柱もなく、さえぎるものが何もない。ミッドナイトブルーの空に、無数の星がきらめく。


 星の合間を流れる天の川は見えないものの、ちかちかと瞬く星空は、今まで見たことがない輝きを秘めている。


「……異世界、かあ」


 つぶやいて、ベッドの上でうつ伏せる。


「これから、どうなるんだろう。まあ、なるようにしか、ならないんだけど」


 ごろり、と横向きに寝転がる。枕の上のミントは、あいかわらず幸せそうに眠っている。


「そうだ。山根さんが休暇は二ヶ月までって言ってたし、それまでに帰る方法も調べなくちゃ。ローザさんが何か知ってるといいんだけど。あ、でもパンフレットに載ってたりするのかなぁ。確認してみよう」


 ベッドの脇にある机には、パンフレットが入っている通勤用のバッグが置かれている。おそらく、ローザが運んでくれていたのだろう。


「あ、でもその前に、上着を脱いでクローゼットにしまって、化粧も落とさなきゃ。クレンジングとか、あるのかな……」


 そう言いながらも、あくびが漏れる。まぶたも自然と落ちてくる。

 慣れない異世界での疲れからか、昨日の寝不足のせいか、そのまま眠りにつくまで、ものの数秒もかからなかった。




「ユメ。起きてる?」


 こんこん、とドアを叩く音と自分の名前を呼ぶ声に、ふっと意識が浮上する。


「んー、よくねたのー」


 聞こえた声に顔を向ければ、枕の上でミントが起き上がっている。ゆめは寝転がったまま、ぼんやりとその様子を眺める。


「ゆめも、おはよう、なのー!」


 目の前まで飛んできたミントが、ぺちぺちと頬を叩く。


 小さなミントの手の感触に、まどろみかけていた頭が、だんだんと覚醒してくる。ちかちかと視界の隅に差し込む光に、はっとなってベッドの上で起き上がる。


「そうだ、会社! ……あ、あれ?」


 目の前に飛び込んだ、自分の部屋とは違う壁の色、窓の外の景色。いつも以上に、ふか、と沈み込む布団の感触に、目をぱちぱちさせる。


「あ、そっか。昨日、異世界にきたんだった」

「ユメー?」


 こんこん、とドアを叩く音とともにローザの声が聞こえてくる。


「わわ、今開けます!」


 ゆめはとっさにそれだけ返し、ベッドから降りる。近くに脱ぎ捨てられていた靴をはきながら、ささっと髪を整える。


「ミントも、おはよう」

「おはようなのー」


 ミントに声をかければ、ちょこん、とゆめの頭に乗っかってくる。


 トレンチコートも化粧も昨日のままだったが、着替えも身支度をする時間もない。壁の魔石に触れて電気を消してから、ドアを引き開ける。


「ローザさん、おはようございます。どうかしましたか?」

「おはよう、ユメ。あら、そのまま寝ちゃったの?」


 ゆめの姿を見たローザが目を丸くする。


「気がついたら、寝落ちしちゃってたみたいで。それより、何かご用ですか。あ、もしかして今日の仕事の話ですか?」


 ゆめがそう聞けば、ローザは両手に抱えていた紙袋を少し持ち上げる。


「それもあるけれど、今日は洋服や化粧品を届けにきたの。ユメはバッグひとつでここに来たし、着替えとかないでしょう? クローゼットにも少し入れておいたけれど、他にも必要かなって。娘が着ていたもので悪いんだけど。あ、化粧品は新品だから安心してね」

「え、ローザさん、娘さんがいるんですか?」


 申し訳なさそうに話すローザに、ゆめがきょとんと聞き返す。


「ええ。今は街の外れにある学院の高等部に通っているわ。中等部には息子も通っているの。今度、紹介するわね」


 ローザの思いがけない発言に、まじまじと彼女を見上げる。ぱっちりとしたグリーンの瞳と目があった。


 すっと通った鼻筋も、優しげな口元も、年齢を感じさせず若々しい。とても娘や息子がいるとは思えない。


「ローザさん、美魔女だったんですか?」

「美魔女、っていうのが何かわからないけれど、魔女ではないわ。それよりも、はい、これ」

「あ、ありがとうございます」


 思わぬ事実に驚くゆめをよそに、ローザは抱えていた紙袋を二つ渡してくる。片方の袋の中には落ち着いた色合いのワンピースやスカートなどが何着か、もう一つの袋には箱に入ったままのファンデーションや口紅などが入っている。


「それと、朝食を持ってきたの。よかったら一緒に食べましょう」

「家族の方はいいんですか?」


 紙袋の中身をひとまずクローゼットにしまいながら、ローザに聞く。家族がいるならば、そちらと一緒に食べた方がいいのでは、と思ったゆめだったが、ローザはあっけらかんと笑う。


「あー、いいのいいの。どうせ毎日、顔を合わせているし。それに、まだこの世界の話も途中でしょう?」

「たしかに、そうですね。聞きたいこともありますし、朝食はありがたいので、助かります」


 ゆめはトレンチコートを脱いでクローゼットにかける。ローザの後に続いて、一階のリビングに向かった。

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