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(15)屋台では魔物のお肉(?)も売っているみたいです。

 夕闇の淡い空の下、屋台の店先に提げられたピンクのランタンがゆらゆらと風に揺れる。夜に向かう細い道には、たくさんの人が行き交う。


 ざわざわとざわつく通りをゆめはローザの少し後ろを歩いていく。はぐれないように意識しつつも、ついきょろきょろと周りを見回してしまう。


「ここは、食べ物屋さんが多いんですね」

「そうね。色々と区画分けされているんだけど、飲食店は中心に向かって多くなってくるから」


 道の両側を囲う屋台には、飲食関係の店がずらりと並ぶ。そこかしこからただよってくるおいしそうな匂いに、先ほどから頭の上のミントのお腹の音が鳴り止まない。


「おなかすいたのー」

「うん、私も……」


 力なくこぼすミントにゆめも同意する。ぐるる、と抑えきれずにお腹が小さくうなった。


「すぐそこだから、もう少し我慢してね」


 それが聞こえたのか、ローザはふふ、と笑うと一軒の屋台を指差す。

 視線を向ければ、もくもくと立ちのぼる煙が見えた。店先には大きな鉄板が置いてあり、丸く成形した肉がじゅうじゅうと焼かれている。


「おいしそうなのー!」


 ふわりと風に乗って、コショウの効いた肉が焼ける香ばしい匂いが届く。それにがまんしきれなかったのか、ふらふらとミントが飛んでいく。興奮気味に目を輝かせて、鉄板の上を凝視している。


「ほんと、おいしそう」


 ミントを追いかけて、ゆめも屋台に近づく。店の前には看板が立てかけられ、何やら文字が書かれている。メニューのようにも見えるが、さっぱりわからない。


「お、いらっしゃい。魔物肉のハンバーグステーキだよ」


 看板から鉄板に視線を移したゆめに、店主が話しかけてくる。


「魔物のお肉? 食べても平気なんですか?」


 思いがけない肉の正体に、目を丸くしてゆめが聞く。


「大丈夫、大丈夫。これは家畜用に、特別に飼育された肉だからね」

「家畜用? 魔物が?」


 ますます意味がわからず、首をかしげる。


「魔物肉は魔王国の特産品で、この街でも割とポピュラーな肉なんだ。昔は冒険者や騎士たちが狩ってきた野生のものも多く出回っていたけど、今は魔物の狩猟は禁止されているからな。それで、食料として需要があるものは、家畜として育てられているんだ」

「はあ、なるほど?」


 店主のおじさんの補足説明にとりあえずうなずきつつ、鉄板の上の肉を見る。

 いまいちよくわからないが、表面がカリッと焼けてきた肉はおいしそうだ。


「合い挽き肉のハンバーグステーキを三ついただけるかしら。マイアーレ・ロッソとバッカ・ロッソの」


 ゆめの隣にローザも来ると、手で三を作って店主にそう伝える。


「全部で銀貨三枚と銅貨三枚だけど、お姉さんたちかわいいし、銀貨三枚でいいよ」

「あら、ありがとう」


 ローザはきれいに微笑むとお礼を言って、銀貨三枚を店主に支払う。店主は銀貨と入れ替えで、包み紙に包んだハンバーグステーキを三つ、紙袋に入れて渡してくる。


「さ、次のお店に行きましょうか」


 店主から紙袋を受け取ったローザが歩き出す。


「あ、待ってください! お金、払います。えっと、三つで銀貨三枚だから、ひとつ銀貨一枚ですよね。ミントの分もあわせて、二つ分。あ、そうだ。さっきのパンのお金も!」


 その背中に、ゆめはあわてて声をかける。


「今日は初日の夜だし、ごちそうさせて。この世界にようこそ、それと初仕事お疲れさま、ってことで」


 振り返ったローザが、トレンチコートのポケットから金貨を取り出そうとするゆめの手をやんわり止める。


「いや、でも……」


 言いかけて、にっこりと笑うローザに言葉を止める。


「すみません、ありがとうございます。あ、じゃあせめて荷物は持たせてください! パンの袋も持ってもらってましたし、どっちも、ください!」


 少し考えたのちそう言うと、手を差し出す。


「ふふ、ありがとう」


 ゆめはローザから紙袋を二つあずかると、両手に抱え込む。間近から小麦と肉の香りがして、思わず、お腹が、くう、と小さく鳴った。


「あともう少し買い足したら、高台の方に行って食べましょう」

「……すみません。ありがとうございます」


 ゆめの頭の上では、ミントのお腹の音がずっと鳴り響いている。見上げれば、我慢し切れない様子で紙袋の中をのぞきこむミントの姿がある。


「他の屋台もそう、離れていないから」


 こっちよ、と先導するローザの後に続いて、屋台の間の道を進む。


 その後は、ここまできた道を戻りながら、揚げポテトの店で太めのポテトフライ、果実ジュースの店でオレンジジュース二つと葡萄ジュース、入り口近くの青果店でトマトとレタスを購入した。


 そのままメルカートを抜け、左に折れると緩やかな坂道が伸びる。


「この先の高台はね、私のグランマもお気に入りの場所なの。小さい頃は屋台で買った料理を持って、よく連れてきてもらったわ」


 両手にオレンジジュースと葡萄ジュースを持って、ローザはゆっくり坂道を上っていく。オレンジジュースの一つはミントに手渡され、ゆめの頭に座ってごくごくと飲んでいる。


「へー。楽しみです。ローザさんのおばあさんってどんな人だったんですか?」

「グランマはアメリカってところに住んでいたみたいでね。明るくて元気な人だったわ。アメリカでの話もいろいろと話してくれて」

「アメリカ! そうなんですか! そうか、だから英語も……」


 思いがけない事実に驚くゆめに、ローザは、ええ、とうなずく。


「グランマは精霊と契約したわけでもないし、それほど流暢にこっちの言葉を話せるわけではなかったから、家の中では英語で話すことも多かったの。でも、そのおかげで私もこうして話せるわけだし、感謝しているわ」


 そこまで言うと、ローザが顔をあげる。ゆめも視線を向けると、上り坂の終わりが見えてくる。


「それじゃあ、あそこでご飯にしましょうか」

「はい!」


 ローザの言葉に食い気味にゆめは応えると、残りの坂道を登っていった。

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