(14)この世界には魔法もあるようです。
「あら? 知り合いなの?」
犬耳女性——ピアンタの反応に、ローザがゆめを見る。
「はい! こっちに来たばっかりの時に森で会って、街まで連れてきてもらいました!」
「そうそう、薬草を集めている時に、ばったり会ってね」
ゆめの話にピアンタもうなずいて返す。客の対応が一段落したのか、二人の近くまで、ととっとやってくる。
「それにしてもアンタ、いつの間にしゃべれるようになったんだい?」
「えっとミント……妖精と友達になりまして。あの、それよりもあの時はありがとうございました! ちゃんとお礼、言えていなかったので」
首をかしげるピアンタに、ゆめはそう言うと、がば、と勢いよくおじぎをする。ピアンタは一瞬目をぱちぱちさせると、豪快に笑って背中をばんばん叩く。
「いいの、いいの! 困った時はお互い様さ」
それからゆめに向けて、に、と笑顔を見せる。
「それにしても妖精と友達か。アンタ、なかなかやるじゃないか。それじゃあ、魔法も使えるようになったんだね」
「魔法? 魔法があるんですか?」
ピアンタの言葉にきょとんとしてゆめが聞き返すと、ええ、とローザがうなずく。
「ユメの世界がどうかは知らないけれど、ここでは自然や妖精の力を借りることで魔法を使えるの。個々人で魔法を使う元になる力はないから、あくまで借り物なのだけれどね」
そう補足してローザは、風よ吹け、と小さくつぶやく。指先をゆめに向けた。その途端、ふわりとやわらかな風がゆめのほほをなでる。
「まあ、私は妖精と契約もしていないし、これくらいが限界だけど」
「それでも、すごいです!」
初めて体感する魔法に、ゆめは興奮気味にそう返す。
「ちなみに、アンタと最初に会った時に、あたしが薬草を掘り起こしていたのも魔法だよ」
「そうなんですか!?」
ピアンタの話に、彼女と最初に会った森での様子を思い返す。たしかにシャベルもスコップも何もないのに、薬草を掘り起こしていた、ような気がする。
「他にも火を起こしたり、水を出したり。大きなことはできないけど、結構便利なのよね」
「おお、すごいですね」
「何言ってるんだい!」
ローザの話に目を輝かせるゆめの背中を、ばしん、と勢いよくピアンタが叩く。
「妖精と契約したなら、アンタはもっと大きな魔法が使えるんだろ? 妖精はあたしたちより自然を扱う力に長けているからね」
「え、そうなの?」
ミントを見上げれば、力なくゆめの頭に寄りかかっている。
「今はむりなのー。おなか、ぺこぺこなのー」
「そういえば、まだちゃんとご飯、食べてなかったもんね。私もお腹空いたなー」
「おなかいっぱいになれば、がんばれるのー」
きゅるるーと物悲しげな音を鳴らすミントにつられて、ゆめも自分のお腹を触る。
「はは、悪いね。うちは薬草の店だからね。食べ物は置いていないんだ」
「あ、いえ。このあとごはんにするらしいので、大丈夫、です!」
ピアンタの言葉に、ゆめは手をぶんぶん振って返す。
「そういうわけで、さっそく薬草を確認してもらえる?」
そんなゆめの様子に、ふふ、と笑ったローザがそう続ける。
「お、さっそく薬草を持ってきたんだね。見せてみな」
ピアンタがそう言うと、ローザはゆめの肩を叩き手元のカゴバッグ指し示す。
「お願いします!」
促されるまま、ゆめは持っていたカゴバッグを差し出す。中にはこんもりと薬草が入っている。
「ずいぶん集めてきたね」
カゴバッグを受け取ったピアンタは、その中を見て驚いて声をあげる。そのままカゴバッグを持って屋台の中に入ると、作業台の上のすり鉢をどかす。一束一束、薬草を取り出しながら並べていく。
「ヴィオロッソやトリフォロッソ、フィオレーノまであるじゃないか。しかも、どれも状態がいいね」
真っ赤なすみれや、クローバー、虹色の山吹、作業台の上に並べられた十数種類の薬草をピアンタはていねいに確認する。ゆめは少し緊張した面持ちでその様子を見守る。
「……なるほどね。よし、ちょっと待ってな」
ピアンタはそう言うと、作業台の下から小ぶりの金庫を取り出す。中から金貨を一枚取り出した。それをゆめに手渡す。
「全部で金貨一枚、てとこかね」
「おお、金貨」
ゆめは受け取った金貨をしげしげと眺める。貨幣の価値はわからないが、金貨と聞くとなんだかすごそうなイメージがある。
「あら、そんなにいいの?」
ゆめの後ろからのぞきこみ、ローザが聞く。
「ああ。本当だったら最初に持ってくる薬草は一律で一束銀貨一枚なんだけど、今回は種類も多いし、珍しいものもあるからね。それに状態もいいから、少し色をつけておいたよ」
ピアンタはうなずくと、台の上に並べた薬草を指差す。
「たとえば、このヴィオロッソやトリフォロッソは銅貨二枚と銭貨五枚。これはいい色をしているけど、よく見る薬草だからね。そこまで高くないんだ。それとこのフィオレーノは大銀貨一枚。こんな見事な虹色はめったに見ないよ。アンタ、なかなかやるじゃないか」
「わわ、ありがとうございます?」
ピアンタは小さい体で作業台の上に乗り出すと、ぐっと腕を伸ばして豪快にゆめの肩を叩く。思わずよろけそうになりつつも、ゆめはとっさにそれだけ返す。ただ、薬草の相場も貨幣の価値もまだよくわからない。ピアンタの言葉に実感が持てず、首をかしげる。
「こっちこそ、こんなに良質の薬草をありがとね。アンタの場合、次からは通常価格でも問題なさそうだね。珍しいものでも、よくあるものでもなんでもいいから、じゃんじゃん持ってきな。薬草は、いくつあっても困らないからね」
「はい、わかりました!」
ゆめはうなずくと、金貨をトレンチコートのポケットにしまう。そのあとで、あ、そうだと言葉を続ける。
「私、ユメ、キウリっていいます。自己紹介、まだでしたよね。これから、よろしくお願いします!」
「ああ、ユメ、だね。私はピアンタだよ……て、まあ、ローザも呼んでたし、いまさらか。夕方ならこっち、昼間なら北通りに店を構えてるんだ」
そこまで言うとピアンタは、に、と笑う。
「明日の薬草も、期待してるよ。あたしの方こそ、よろしくね」
「はい、がんばります!」
「ピアンタさん、ちょっといいかい」
そこまで話していたところに、男性の声がかかる。
「はいはい、ちょっと待ってな。じゃあ、明日も頼んだよ」
ピアンタはそう言うと、屋台から出てきて男性の対応を始める。
「私たちも、行きましょうか?」
「あ、はい!」
ローザに声をかけられると、ゆめは一度ピアンタに向かっておじぎをしてから、屋台を後にする。
来た道を戻りながら、ローザはゆめに話しかける。
「この先に、おすすめの屋台があるの。さっき買ったパンもあるし、グランマから教えてもらった、とっておきの食べ方を紹介するわ」